https://minamiyoko3734.amebaownd.com/posts/47505069【現実とは何か?】
わたしは①自己イメージをリストアップし② ペアになってその各々を「これは和多志の作り上げた想念です」と確認しあうワークを体験しました。「ポチは和多志です」という類のことを宣言するワークもセットでした。
Facebook田中 宏明さん投稿記事
インドの聖者ラマナマハルシは彼の話しを聴きに来る人にとてもシンプルなワークを教えていましたそれは「これはわたしではない」というものです
例えば爪を見てそれを自分だと思う人はいませんよね^ ^ だから「これはわたしではない」
と言います
あなたの髪の毛 あなたの内臓 そしてそれらを構成する あらゆる細胞に対しても
「これはわたしではない」と言っていきます
次に我々の心の中を流れていく様々な感情があります 例えばとても悲しい 思いがあなたの中にあったとしてもあなたは悲しみそのものではありませんよね?だから悲しみに対しても
「これはわたしではない」と言います 喜びであっても同じです
あなたは喜びそのものではありませんから 喜びに対しても「これはわたしではない」と言います そのようにして 知覚する全てのものに 「これはわたしではない」と言い続けていると ある時とても不思議な感覚に辿り着きます「ではわたしは どこにいるんだろう?」という感覚です^ ^
もちろん「わたしはどこにいるんだろう?」という思いも同じくただの思いであってあなたではありません^ ^
だから「これはわたしではない」と言います さて^ ^この辺りまで来るとなんとなく気づいて来るのです どこにも「わたし」がいないということに(笑)
普段自分だと思っているのは 様々な「自分」ではない 要素の集まりに過ぎないとわかってしまうのです
さぁどうでしょう^ ^どこにも自分が見つけられないとしたらあなたは一体全体何者なんでしょう^ ^
今まで「自分」がいると我々に思い込ませてきた自我にとってこの気づきはとても厄介なものです
なぜならどこにも「自分」なんていないと見抜かれてしまったら肉体でも感情でもないと気づかれてしまったら 我々の本質が愛そのものであるという ことがバレてしまうからです^ ^
我々が本質に目覚める ということは 自我にとっての 死を意味します
自我も死にたくないのです でも一度この自我に死んでもらわなければ我々の本質である愛に気づくことは出来ません^ ^ 僕自身もある日突然自我の死を体験しました
そして我々の本質が「愛」だと思い出しました それ以来ずーっと同じことを話し続けています きっと死ぬまで同じことを話し続けていくと思います
みんなが愛を思い出す お手伝いをすること それが僕の役割だと 思っています
なぜなら それ以上に人生で価値の あるものが見つからないからです
愛とはこの宇宙そのものです^ ^
あなたはそんな小さな身体を持って いつか死んで消えていく ちっぽけな存在ではありません^ ^ 宇宙そのものなんです
存在する全てなんです ヤバくないですか(笑) とまぁ、今日は久しぶり全開でマニアックな話しをしました^ ^
いやーとっても気持ちがいいです^ ^ 今企てている 瞑想会でも 参加してくださった 皆さんとこんな話しも 出来たらいいですな😆 興味のある方は是非遊びに来てください
そうそう 瞑想会に僕の盟友のフランコが インドの百弦琴のサントゥールで参加して
くれることになりました^ ^ 美しい音色が さらに静けさと瞑想を深めてくれると思います
また詳細は改めてお知らせしますがとても楽しみになってきました
今日は長くなるだけでなく超マニアックな話しになりましたが読んでいただきありがとうございます😊そんなあなたは僕の大切な仲間です^ ^では今日も良い一日を😆✨🌈らぶ💓
アドラー心理学サロン@adler_salon
過去の悲しみをずっと引きずってる?それは仕方ありません。悲しい時は大いに悲しみましょう。感情は、押し殺すから爆発するのです。
なので、無理して明るく振る舞ったり、前向きになる必要はありません。
感情を解放していれば、時間と共に、傷は癒えます。解放していなければ、癒えません。
アドラー心理学サロン@adler_salon
固定観念に縛られてはいけません。
良い大学に入る、大企業に入社するか、安定した公務員にならないと、車くらい持っていないといけない、30歳までには結婚するべき、子供を作らないといけない
これらは全てあなたの思い込みなのです。
全てはあなたの主観で認識し、自己満足で良いのです。
アドラー心理学サロン@adler_salon
多くの人は、他人に勝手な期待をして勝手に失望します。
「〜してあげたのに」、「こんなに良くしてあげたのに」と思っています。
相手に期待し、見返りを求めるのは、単なる「依存」です。
「見返り」に求めてもいけないし、縛られてもいけません。貢献は主観なのですから、自己満足するのです。
”それ”は在る bot@o0690oo
苦しみとはつまり、抵抗である。目の前の人生で起きること、その事象が『これはこうあるべきだ』というあなたの理想と異なる時、そこに抵抗が生まれる。『これはこうあるべきなのに、そうなっていない』『これはこうなってほしいのに、そうならない』これが抵抗であり、抵抗とは苦しみである。
FacebookAyuka Mizoguchiさん投稿記事
また新しい動画をナチュラル・スピリットさんがアップしてくださいました♪
今回は「3つの私」がタイトルですが、基本的に「私はいない」ですね。(ですねって、納得する人はほぼいないと思いますが😆)
私がいないなんて話は、自我的には一番つまらない話ですが、一方で自我がほんと〜に求めていることは、自分から目覚めて、全体としての愛そのものに帰ること。
ということで、人間ドラマに疲れてきたあなた、自分をもてあましているあなた、または単に目覚めに興味があるあなたへ、ぜひ御覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=gx-r8PCM57o
【3つの私 苦しみの所有】|「私はいる感」が分離感を強める|溝口 あゆか
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