浅川芳直句集『夜景の奥』をめぐって ―その高き志に更に期待することなど

https://note.com/muratatu/n/nf5d50306842a 【浅川芳直句集『夜景の奥』をめぐって ―その高き志に更に期待することなど】より

武良竜彦(むらたつひこ)

東京四季出版二〇二三年十二月刊

 期待の俊英俳人、浅川芳直氏の第一句集が上梓された。浅川氏の略歴は次の通り。

 巻頭に「駒草」前主宰の蓬田紀枝子氏の序句が置かれている。

  秋の草刈り始めたる音届く 

 浅川氏の現年齢三十歳までの成長を見守ってきた俳人からの、一区切りの祝言にして、これからの更なる飛躍に手向けた句だろうか。そして序には「駒草」現主宰の西山睦氏が寄稿している。

 句集の構成は次の四章立て。

  第一章「春ひとつ」が平成十四~二十八年

  第二章「雑魚の眼」が平成二十九~三十年

  第三章「雪くるか」が平成三十一年~令和二年

  第四章「パインの木」が令和三年~五年一月

 西山睦氏の序のことばを借りて、この四章の特徴を説明すると、「芳直さんが射程を決めて俳句に邁進するようになるのは大学卒業前から」で、その時期が第一章「春ひとつ」に該当し「写生を基本としながら、作者の立ち位置を明確に詠んで瑞々しい。十代、二十代の生活が清潔感をもって詠まれている」という。

 第二章「雑魚の眼」の時期は大学生院制の時代で、「侮れない器用さを感じ」「一人こつこつと学んできた俳句力の厚みを感じ」、「季語をよく生かし、写生の技量を確かなものとしている」という。

 第三章「雪くるか」の時期は「充実した句が揃い、いろいろな新人賞へとつながっていった時期」で、「繊細さと強さが句を支えている」という。

 第四章「パインの木」の時期は「他者への暮しへの眼が向いている。これからの詠む方向でもあろうか」という。

 そして西山睦氏は「序」の最後を次の献辞で結んでいる。

     ※

 芳直さんは、俳句の道を前へ前へと自力で切り開いてきた人である。論も立つ。そして一集に流れているのは「光」の明るさと「雪」の眩しさである。

 『夜景の奥』を携えた若武者の、今出陣の蹄音を聞く思いである。

     ※

 西山氏が「論が立つ」と指摘する視座にはわたしも同感である。

 哲学の学徒でもある浅川氏の、時流に流されず自分独自の視座と、情緒論ではなく歴史を俯瞰し、文献を引いての客観的な批評の筆致には敬服する。

 余談だが、近年特にわたしが共感した論考については、拙ブログで紹介しているので、是非、そちらも参照していただきたい。

     ※

「俳句に埋め込まれた国粋主義」浅川芳直の俳句時評|武良竜彦(むらたつひこ) (note.com)

https://note.com/muratatu/n/n08f6db3b5d96?magazine_key=m1e4991d564ce

 俳句総合誌「俳句」の二〇二二年十一月号に、大牧広の全集のことばを最後に引用して、「俳句に埋め込まれた国粋主義」という論考を、浅川芳直が寄稿していた。

 論考は三章立てになっていて、

●「近代の超克」としての俳句思想史

●俳句のユネスコ無形文化遺産登録運動の加速

●提案と大牧広の類想批判

という内容で、俳句が日本固有のものであることを、殊更に強調したがる気持ちが抱えこむ、近代俳句思想史に刻まれた国粋主義へ傾斜しがちな危うさを批判した論考である。 

 第一章の〈「近代の超克」としての俳句思想史〉で浅川は次のように論述している。

 子規の時代は急速な近代化を支える日本人のアイデンティティ(和魂洋才)が切実だった歴史的経緯があること、それまで単なる慣習であった季の詞の詠み込みを「季語」という概念の導入によって合理化し、俳句を郷土性に根差した文学と論じた、日本派の大須賀乙字は、俳句を「日本特有の詩形」と喝破して近代俳句の理論的枠組を整備した。

 その思想的背景に国粋主義的な考えがあったと指摘している。

 戦後俳句をリードした高浜虚子は「春夏秋冬四季の変化に心を留めて、その中に安住の世界を見出すという事は我が日本人の特に天より授かった幸福ではないでしょうか」という言葉の背景には、敗戦の刻印の反動としての「美しい日本の風土」礼賛に込めた「日本はユニークな国で西洋より優れている」という、子規の時代とはまた違ったアイデンティティの確認という心理があり、今は殊更日本文化の特殊性を優秀性として強調するような必要のない時代になっても、「俳句にはいつ牙を剥くともしれない国粋主義の遺伝子が埋め込まれている」と述べている。

 第二章の「俳句のユネスコ無形遺産登録運動の加速」の章で浅川は、その運動の主旨に対する国粋主義的な側面に危惧を表明している。

「自然と共生する」という日本俳句の精神が、他の〝俳句的〟な短詩を束ね、一神教の国々の争いを収めて世界平和を先導するだろう、という有馬朗人の談話の理路に違和感を表明している。

 それは八紘一宇の精神による東アジアの解放を謳いながら日本の植民地政策のイデオロギーと化した、戦時中の「近代の超克」論と重なって見えるからだという。

 そして最後の章「提案と大牧広の類想批判」で浅川は、作品に表出する季や景物、抒情に見出される価値を説明するとき、「伝統的」「日本的」といった性質に暗に依拠していないか注意したいと提案している。

 例えば、「日本の風土」という概念は実作者の手近な「環境」で代替できる、というように。確かに「環境」と捉えれば公害問題も視野に入る。そして大牧広が述べた、世の中で「秀句」と呼ばれる俳句の類型性への批判を引用して次のように提案している。(大牧広の秀句なるものの類型批判は)「自分が俳句を通して国粋主義に引きずられていないかどうかをチェックするテストになるはずである」と。

        ※         ※

 浅川の視点、論考に、大いに共感する。

 わたしも、殊更、日本的であることを、対外文化における優位点として喧伝する思考の単純さと軽薄さについて、批判意識がある。

 日本語としての表現の歴史に刻まれた、風土性や感性については、自省的に検証するべき課題ではあっても、文化的優位性の文脈で論じられるべきことではない。

 文学は合目的的な産物ではなく、自己の深い認識と不可分の自己表現の世界であり、何かのためになるとか、こうであるべきだという主義主張の世界とは、もともと相容れない世界であると言う認識が、「美しい日本」論者には、あらかじめ欠落しているのである。

     ※

「跋」には渡辺誠一郎氏が寄稿している。渡辺氏は「小熊座」の元編集長で、陸奥の風土に根ざす俳句を開拓し続けている俳人である。

 浅川氏が東北の若い俳人たちに呼びかけて、俳句誌「むじな」を創刊したとき、その相談を渡辺氏にしたとき、渡辺氏は「その志よし」と励ましたという。

 その渡辺氏は浅川氏の俳句作品を次のように評している。

     ※

 いずれも視線は対象を真っ直ぐにとらえ、清新な詩情が籠る。しかしその世界は、あふれ出る感性をぎりぎりまでに制御した詩情が魂のように見え隠れしている。

 (略)未来に生起する困難を前に、少しもぶれずに意気軒昂としている清々しい浅川氏の表情が目に浮かんでくるのである。

     ※

 以上で浅川氏の作品世界の特徴、傾向、作句姿勢を少しは紹介できただろうか。

 平成四年生まれの浅川氏は、まさに「今」を生きる新世代の俳人だ。

 その俳句に対する真直ぐな姿勢と俳句作品世界は、昭和の「戦後」前期生れのわたしたちと、その上の世代が背負った昭和の時代的な屈折感のようなものとは無縁で、俳句というものが、純粋に信頼され愛され詠まれている姿は眩しく見える。

 以下、秀句揃いの句集の中から、特に強く印象に残った句を摘録する。

 わたしとは作句姿勢も俳句観もまったく違うので、誤読するといけないので、一句一句の鑑賞、感想文は添えず、引用抜粋するに留める。

 句の前書きは省略させていただく。

第一章「春ひとつ」から

春ひとつ抜け落ちてゐるごとくなり         新春の小石ひとつを蹴って泣く

約束はいつも待つ側春隣              かごめかごめ残花瓦礫へ降りゐたり

つばくらめ海の反射を高く去る           空調音単調キャベツ切る仕事

油虫じつと見てゐる人の影             蟬の屍が眩しアスファルトの硬し

秋高しポケットの切符いつか折れ         あかるくてからつぽしぼり器のレモン

姥百合の実の時詰めてゐる力

第二章「雑魚の眼」から

言はぬことありて握手や春の雲         王冠を飛ばし真夏のオリオン座

みちのくの煤の力をもつ裸身          夏座敷素揚げの雑魚の眼の大き

風たつや人に渇きて海の家           鳳仙花昭和の駅舎光充ち

日向濡れゆく初雪の駐車場           降りてゆく寒夜の底の珈琲館

七草粥箸につきくるひかりあり         論文へ註ひとつ足す夏の暁

第三章「雪くるか」から

耕や蟬幼虫の死を抛り             一本は海に吼えたる黄水仙

明日咲くかさくらは樹液を満たしけり      葉擦れとも水の音とも夜の新樹

狛犬の新緑の闇見据ゑをり           砂溜る破船の中や南吹く

出奔と家譜に短くばつたんこ          茄子の馬夜のカーテンふつと揺れ

わが深きところへ飛雪息晒す          白き蝶手すりより船ふるへだす

駄馬に泥ついて歩めりふきのたう        白ばらへ雨の垂直濁りけり

突風の天牛触角のみ動く            夜を鎮め鎮め蛍火湧きあがる

第四章「パインの木」から         昨夜は生者の綿子でありし軽さかな

雪はげし炎を拒む大腿骨           サイレンの此処には鳴らず紅椿

鳥帰る廃船といふ道しるべ          人白くほたるの森へ溶けきれず

とんぼうの良き日だまりを回りをり      栗の毬一つ轢かれて村境

冬木に日木の生涯の閃めけり          甚句平らか夏雲の平らかに

ひめぢよをん古城(グスク)の海に人のゐず

     ※

 序にて西山氏が「これからの詠む方向でもあろうか」と述べた第四章への、社会性も孕み込んだ内省的な深まりは、読者の一人のわたしにも、明確な手応えとして伝わる句集である。

 浅川氏がこの地平からどこへゆくのかは不明だが、その試行と志向への期待は無論のこと、先に触れた論考の深まりも併せて期待したい俳人である。

 俳句内俳句論に終始する閉塞感を脱した、視野の広くて深い論考の分野での活躍を期待するものである。

 蛇足だが、集中、わたしが好きなベストナインを揚げると以下の通り。

春ひとつ抜け落ちてゐるごとくなり       蟬の屍が眩しアスファルトの硬し

あかるくてからつぽしぼり器のレモン      一本は海に吼えたる黄水仙

夜を鎮め鎮め蛍火湧きあがる          鳥帰る廃船といふ道しるべ

人白くほたるの森へ溶けきれず         栗の毬一つ轢かれて村境

冬木に日木の生涯の閃めけり

 先に「時代的な屈折感のようなものとは無縁」と書いたが、

    春ひとつ抜け落ちてゐるごとくなり

のような表現には、わたしたちの世代が共有していない、浅川氏たち世代特有の「喪失感」のようなものの在処を感じる。

 ただし、お断りしておくがこれは誤読である可能性がある。

「未来に生起する困難を前に、少しもぶれずに意気軒昂として」と渡辺氏が述べる、浅川氏たち世代の「困難」について、わたしたち世代は無知であり、それを共有していなことだけは確かである。


コズミックホリステック医療・現代靈氣

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