Facebook尾崎 ヒロノリさん投稿記事
おはようございます。『まれびと』「まれびと」は、稀な人という意味で、漢字にすると「客人」と書きます。
昔、知らない土地からくる人は、非常に珍しい神秘的な存在だったのでしょう。
そのために……、自分たちの村に来る恩恵をもたらす対象として、手厚く歓待したというのが「おもてなしのルーツ」なのです。
今は、そんな霊的な存在というとらえ方は消えましたが、その起源を考え、立ち返ると……、
おひとりお一人を大切にする気持ちが深く心に落ちてきます。
素敵な一日をお過ごしください。
FacebookKNOB ノブさん投稿記事
昨日は医師の長堀優先生とホツマツタヱ研究のいときょう先生とご一緒させていただいていました。長堀先生といときょう先生と自分。不思議な組み合わせだなぁと感じながら、お二人の新たな書籍がこの春にも出版されるので、その予祝のような集いなのかなぁと。
昨年の12月に高知で長堀先生のお姉さまでもある小鮒婦貴子さんとご一緒していた時、久しぶりに長堀先生とお逢いしたいですね~との話になっていたようで、、、(いろいろなこと、すぐに忘れてしまう自分であります、、、)
そんな流れもあり、ご縁を結んでいただいての有り難い昨日でした~
長堀先生といときょう先生、それぞれの社会的立場もある中で、この流行り病騒動の捉え方は、少数派となっているようなお考え。
また流行り病をはじめとした様々な物事の根源がなんなのかについても、同じ見識。
場によってはまるっきり話が通じないような話も安心して。そして、結ばれる心はやはり日本。またこれからの日本人の失われつつある魂の大復活を成すには、いときょう先生のフィールドワークをされながら、確信を得られた古代からのホツマツタヱに秘められたメッセージにあるように感じてなりません。
長堀先生がホツマツタヱから感じられた大切なことシェアさせていただきます。
~ホツマツタヱによれば、日本建国にあたり、クニトコタチは、民を治める初代アマカミ(古代の天皇)の心構えとして、トの教えを説きました。
トの教えとは、
「国民のために尽くすことにより、はじめてアマカミは存在する意義があり、アマカミの手で国を豊かにすることが国民のためになる」 というものです。
そして、私心なくこの国のために尽くしていこう、という指導者の大志が三種の神器の一つである勾玉になったとされます。
すなわち、この教えは、神器とともに、現代の皇室に至るまで脈々と受け継がれている建国精神の神髄といえるのです。
その御心のまま、クニトコタチ以来の長きにわたり、この日本は、支配されることなく統治されてきたわけです。
時代はずっと降ります。
古代史の英雄ヤマトタケルは、日本全国平定を目指すさなか、非業の死を遂げます。
父景行天皇は、ヤマトタケルの死を深く嘆き悲しみました。
景行天皇がヤマトタケル(ホツマでは、ヤマトタケ)に注いだ深い愛情と信頼が、ホツマツタヱの編纂につながっていきます。
ヤマトタケルと景行天皇をめぐる神話をホツマツタヱから見てみましょう。
ホツマツタヱに登場する最後の天皇は十二代景行天皇です。
優れた人徳と智力に恵まれた皇子のヤマトタケは、景行天皇の期待を一身に集め、騒乱の続く国内に一刻も早く和平をもたらすため、日本全国を駆け巡っていました。
しかし、エミシやクマソを退治するなど苦難の戦役に明け暮れるなか、志半ばで無念の死を遂げてしまうのです。
ヤマトタケを跡目にと期待をかけていた景行天皇は、その死を深く嘆き、先の見えぬ絶望感に苛まれます。
都を離れ、休む間もなく戦闘に追われ続けたヤマトタケは、おそらくは平和な世の中への渇望が人一倍強かったことでしょう。
今際のきわ、日本国民が古来の心に目覚めるなら平和な社会が訪れるはずとの思いから、ヤマトタケは、ノコシフミ(遺書)をしたためて景行天皇に託しました。
そして、神代以来の建国の心「アメノミチ(天の道)」と歴史をまとめ、民族本来の生き方を示すように、と最期の力を振り絞って、必死の願いを父に伝えたのです。
過酷な生涯を通じて紡ぎだされたヤマトタケのノコシフミは、深い悲しみの中にあった高齢の景行天皇を立ち上がらせます。
そして、ヤマトタケの遺志を実現すべく、景行天皇はついに行動を開始するのです。
まず初めに人倫を守り、国を治める法則を示すために、アメノミチを書き残そうと決意し、自らは「カグノミハタ」を著しました。
続いて、伊勢神宮の初代神主であったクニナヅ・オホカシマに「ミカサフミ」の編纂を、さらに奈良・大神神社の神主であったスエトシ・オホタタネコに「ホツマツタヱ」の編纂を命じたのです。
ホツマツタヱが編纂されるきっかけとなったのは、ヤマトタケの国情への深い憂いであったわけですが、現在の不安定な日本の実情を思えば、このヤマトタケの心情に共感する日本人は少なくないと思います。
先進国の仲間入りをしたにもかかわらず、日本人はどこか落ち着きがなく、自信を持てないままです。
経済的に豊かになり、戦争もない世界でも恵まれた国に生まれたはずなのに、毎年多くの自殺者を数え、幸福を感じる国民が世界的に見ても極端に少ないのが日本の現状です。
今の日本に必要なものは、民族の魂、言い換えれば、ヤマトタケが父に書き残すように願った真実の歴史と建国の精神なのではないでしょうか。
国際史学者のアーノルド・トインビーは「十二、三歳くらいまでに民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅んでいる」との言葉を残しています。
神話は、事実であるかどうかということよりも、人の生きる道や考え方を指し示す真実が含まれていることが重要とされます。
西洋社会の倫理規範となっている聖書は、いうならば真実を教示する神話といえるでしょう。
一方、ホツマツタヱには、国祖クニトコタチ以来伝えられてきたアメノミチ(天の道)と、建国以降日本民族が歩んだ歴史が示されています。
その意味からは、ホツマツタヱこそは、まさに我が民族の真実を確認できる神話そのものといえるのではないか、と思うのです。
日本の古代に、人に優しく華やかな文化を有する社会があったことを知れば、この国に生まれた喜びと誇らしい気持ちが湧いてきます。
自然と湧いてくる国を愛おしく思う気持ちこそが今、GHQによる戦後の戦争贖罪政策により滅び去ろうとしている大和心を復活させるために必要なのではないでしょうか。
ヤマトタケが強く望んだように、我々日本民族が古来の心を取り戻せば、この国は落ち着きを取り戻し、日本社会に活力が蘇るはずです。
我が国には、戦前の反省からか、愛国心を口に出すことさえ憚られる風潮もありますが、他の国を見下したり排他することのない正しい愛国心こそは、国民を元気づけ、一つにまとめていくための足懸りになるはずです。
国を良くするためには、私たち国民がまず国を愛することです。その第一歩は、国の古代の姿を学び、民族の魂を取り戻すことです。
国の根幹が揺らぐ今こそ、私たち日本人は建国の精神と失われた歴史を取り戻す必要があります。
この国における過去の出来事を学び、この国がどのように生まれ、天皇と国民がいかに密接な関係を築いてきたのかを知れば、愛国心の根幹となる日本民族としての誇りと自信を呼び覚ます大きなきっかけとなるはずです。
そして、西洋社会が是としてきた自由主義社会とは異なる日本人が真に目指すべき理想の国造りが理解され、生きる力が湧いてくるのではないでしょうか。
弱肉強食の経済至上主義が行き詰まったこの混沌とした現代社会を調和のとれた優しい世の中にするためにはどうしたらよいのか、その行動指針を世界に示すことができるのは、我々日本人しかいないはずです。
そのためには、まずは、民族の魂を取り戻し、真っ当な愛国心をもつこと、
自国を愛する気持ちがあってこそ、他の国を愛することができるのであり、真の国際貢献が可能になるものと考えます。
ホツマツタヱが伝える美しく情緒豊かな古代社会を通じて、古来日本人が大切にしてきた精神や生き方を確認できたら、そして、この国の素晴らしさに目覚める方が増えてくれたら、と私は願っています。~
胸に熱いものがこみ上げ、魂が凛とするようなメッセージです。
写真の光の中にはホツマツタヱのヲシテ文字での闇(やみ)があります。
昨年発売したCD『INORI』の中ジャケットにヲシテ文字の光と闇を入れたのですが、闇のほうが光の中に吸収され、見えなくなってしまいました。
悪にも感じるこの今の地球の様々な働き 能の世界でもそうですが、日本人という民族は、悪の存在をやっつけ退治するのではなく、心で寄り添い、きちんと話を聞き、祈り鎮魂し、光へとお戻しさせていただくという愛の心がありました。
これから、今 日本人として生かせていただいている地球人の中での役割、働きをきちんと、現してゆきたいと強く感じています。
いときょう先生、長堀先生、婦貴子さん、森康子さん、晃子さん。ありがとうございました。
KNOB拝
https://xn--aozora-hh4e2do472a.gr.jp/cards/000933/files/47176_37072.html 【「とこよ」と「まれびと」と】
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4771 【「まれびと」とは何か?折口信夫が考えた日本文化の根源 折口信夫が語った日本文化の核心(1)「まれびと」と日本の「おもてなし」】より
概要・テキスト 折口信夫 出典:Wikimedia Commons
折口信夫の学問は、大きな見取り図のようなものがあり、それが円を描いているのが特徴である。その学問は、あらゆる文化の根源を「生活」に置いている。例えば「もてなす」という文化は、お祭りが「常世」から来る「まれびと」への接待であることと関係すると考える。日本のお祭りは、やってきた神様を芸能や食事などでもてなしたあと、帰っていただくものが多い。これは人間同士にも通じる話で、お客さまに来てもらう喜びはあるが、長居されても困る。そこから「おもてなし」が生まれ、それを洗練させたのが芸能であると折口信夫は考えた。(全4話中第1話)
折口信夫 日本 まれびと 神様 常世 文化
≪全文≫
●大きな見取り図が円を描く折口信夫の学問
上野 ご機嫌いかがでしょうか。上野誠です。今日取り上げるのは折口信夫という学者の話です。
折口信夫といってもピンとこない人も多いと思います。地味な学者の1人と思われがちですが、日本文学、ことに『万葉集』などに関心がある人、さらには日本民俗学や柳田國男の学問に関心がある人は、折口信夫という学者の名を聞くと、いくつかのことを思い浮かべます。
1つは異端の学者ということ。もう1つは学説が極めて難解であること。この2つで有名です。
難解だから近づきがたいと評価しない人もいますが、一方で熱烈なファンもいます。しかも、熱烈なファンは折口信夫の学説をさまざまに評価し、実証しようとしています。
折口信夫の活動時期は、大正時代後半から昭和20年代です。亡くなって70年を過ぎようとしていますが、それでも多くの本が再刊され、多くの読者がいる。同時代を生きた国文学者、例えば久松潜一のような東京大学で教鞭を取っていた学者などと比べると、まだまだ版を重ねている点で特異な人物といえます。
折口信夫が難しいのは、彼の学問に1つの体系、大きな見取り図のようなものがあり、それが円を描いていることです。円を大きく見定めたうえで、個別の論文を読まないと分からない。ある意味、体系性がある学者で、よくいわれるのは「巨大な仮説」というものです。それについて少し説明します。
折口信夫は、あらゆる文化の根源を「生活」に置きます。生活にはいろいろなものがありますが、人間には1つの「あこがれ」があり、それはいろいろな宗教の形をとります。中でも「他界へのあこがれ」「あの世へのあこがれ」に起点をみとめると折口信夫は考えます。
古代の文献で「他界」というと、「常世」(とこよ)という世界があります。「常世」は現実世界とは時間が異なり、そこは不老不死の世界です。人間社会ではどんな人間でも歳を取り、最後は死にますが、不老不死はまったく真逆です。歳を取らないし、死なない。そういう社会が存在をしている。
この「常世」が人間と交流を持ち、そこから時を定めてやってくる神がいる。これを「まれびと」と呼ぶわけです。これは、私のこの講義を聴いて、折口信夫の『古代研究』などを読もうという方がいらっしゃると、そこに「まれびと」という...
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