Facebook新田 修功さん投稿記事
「だって、春だったんだも〜ん」……⁉️🌸💕🌈✨
読書セラピー「賢者の一言」心屋仁之助
同じ場所にいると同じ風景しか見えない。勇気を出してそこから離れよう。
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春です🌸 別れと出会いの季節であり、異動の季節でもあります。
「置かれた場所で咲きなさい」という、渡辺和子先生のお言葉もありますが、思い切って離れてみるという選択肢も有りだと思います😊
だって、鬱になって死んでしまったら元も子もないからね😭
本当の自分を抑えて、やりたいことを我慢して、ずっと良い子ちゃんだった人こそ、季節を言い訳にして、飛んでしまったらどうでしょう👍✨
「だって春だったんだもん」……なんてね😊🌈🌸
今日も読んでくれてありがとう🙏😊
Facebook加藤隆行さん投稿記事【自分を大切にする】
この2年間ぐらい、かなり体調がすぐれなかったので自分を「いたわって」 あげようと
お仕事も相当ペースダウンしてきました。そして少しでも頑張ったらよくやってるね、と自分を「ねぎらって」あげています。おかげさまでだいぶ体調も持ち直しました。
今年はさらに無理せず仕事を減らしいたわり、ねぎらいゆーーっくりこのペースで行こうと思っています。
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昔は自分を叱咤激励して がんばらせることしか知らず「いたわったり」「ねぎらったり」なんてしたことありませんでした。ここ7、8年です、そんな発想ができるようになったのは。
したら、めちゃめちゃラクに生きられるようになりました。
だからボクがクライアントさんやお客さんに最初にお伝えするのはほとんどがこの自分への「いたわり」と「ねぎらい」です。
セミナーとかで「私、これまでよくがんばってきたなー」「えらいなー」「大変だったね」
「あんた、よくやってるよー」って言ってみてとお伝えすると、嗚咽するぐらいこの言葉に反応される方もいらっしゃいます。
それぐらい自分が自分にこの言葉をかけてあげたことがないしかけて欲しかった言葉なんです。
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これまで「いたわり」も「ねぎらい」も人からしてもらうものだと思っていました。
でもがんばってもがんばっても誰もしてくれません(TдT)
というのは実はカンチガイでほらオレ、こんなに頑張ってるんだから「いたわれよ」「ねぎらえよ」「褒めろよ」「エライねって言えよ」「感謝しろよ」と、気持ちが他者に強要していたから相手がいたわってくれていることにも気づけないしねぎらってくれてることも受け取れていないのです。
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ところで「いたわる」と「ねぎらう」って両方とも「労わる」「労う」って書くんです。
知ってた?
○いたわる(労わる)= 優しく大切に扱う 「大変だったね」と同情する。
○ねぎらう(労う) = 労苦や骨折り仕事を、 慰め感謝する。 「がんばったね」「よくやったね」
お年寄りや子どもには、「いたわる」社員や同僚には、「ねぎらう」といった感じでしょうか。
「いたわる」は主にカラダに「ねぎらう」は主に気持ちに対して行われるもの、かもしれません。
自分をいたわるということ。自分をねぎらうということ。疲れきった時は自分と向き合う時間をたっぶりとって“いたわる”。よくがんばった時はえらいねと褒めてあげたりなにか好きなもんでも食べたりして“ねぎらう”。どっちも大事。
アナタやワタシが憧れてwなぜあんな幸せそうに生きられるんだろうと不思議に思うあの楽しそうに生きている人たちは実はみんなこれが自然にできています。
自分を「いたわり上手」で「ねぎらい上手」になれると人生の達人になれます。これホントなんです。
試しに「私、これまでホントよくやってきた」「エライよ」ってコトバに出して言ってみてください。
言えなかったり強く反応する自分がいたらそれ、ビンゴです。
あなたに足りなかったのはソレです。あなたが本当に欲しかったのもソレなんです。
「いたわり」と「ねぎらい」を自分の ”一生のクセ” にしてください。
したらボクみたくゴロゴロ休める人になりますよ(^ω^)
これが今の自分をまるっと認めて受け入れて自己肯定感を育てる基本のキです。
今日は金曜日ですね。今日一日がんばったらゆっくりじっくり自分を「いたわり」「ねぎらい」してあげてください。
Facebook藤井 清史さん投稿記事 【諺から考える健康学 100『最終話』】
『春宵一刻値千金(しゅんしょういっこくあたいせんきん)』という諺があります。
これは、「春の夜は気候も温暖でこころよく、そのすばらしい興趣は、短い時間が千金にも値する」という意味です。
昨今、本当にさまざまな事件、事象が起きております。
国内でも政治家の裏金問題、製薬会社の健康被害サプリ、天変地異や異常気象などなど、世界的に見れば、長引く戦争や、大規模なテロなど、この地球上でまるで「膿み出し」の様な出来事があちこちで起きていますね。
これはある意味、地球という生命体を構成する人間という細胞群がかなり病んで来ているがために、自然治癒力が働いて病を治している姿なのかもしれません。
これは、長い地球の歴史から考えると幾度もあったことなのかもしれません。
その度に、私達人間は痛い目に遭っては反省して、より良い方向へと舵取りをしてきたのではないだろうか!?と考えてしまいます。
そして、また進歩と調和の日々を繰り返し、また進歩が行きすぎては、病となり…の繰り返しの歴史だったのかもしれません。
そう考えると本当に平和な時期、調和された時期というのは、有史、また有史以前も、諺通り、本当に短い期間で本当に有難い、千金の時だったのかもしれません。
このような千金に値する時間を、少しでも多く創っていくのが、私達人間の本当の仕事なのかもしれないな、と思う今日この頃です。
皆様は、いかがお考えでしょうか?健康においても如り、であります。
人生の中で、本当に心身ともに健康でいられる時間というのは、短いのかもしれません。
本当に諺通り、春の心地よい夜、といった感じなのかもしれません。
そこから、どう対応するか、また、どう維持していくか、これがポイントなのかもしれません。
千金に値する時間を少しでも伸ばし、ある意味、ずっと千金の時をどの様にしたら過ごせるか?
人生を「健康大金持ち」として過ごしていくかは、このことを深く理解しておく必要があるのではないでしょうか?
有難き時を、心から感謝し、その時間を少しでも長く、維持し創造することが、私達人間としての報恩行なのかもしれません。
感謝と報恩、この観点はとても大切なことであり、忘れてはならないことだと感じています。
皆さま、長きに渡り「諺から考える健康学」を拝読いただきありがとうございました😊
今回で一応、100話になるので、一旦最終回とさせて頂きます。
また、続編をやるかもしれませんので、その時はよろしくお願いします!
4月中旬からは、実践的なお話をまたシリーズでしていきたいなぁ、と考え中ですので、どうぞ宜しくお願い致します!
※心と身体の解説書「心主身従」もぜひ、ご覧下さいね^_^
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