Facebook近藤裕子さん投稿記事 ☘️今をはるべと咲くやこの花☘️
「難波津に咲くやこの花冬ごもり 今を(は)はるべと咲くやこの花」
この歌は 西暦397年倭国の時代、仁徳天皇が即位したことを祝って百済から大和の国に移住した大学者の王仁さんが詠んだと言われています。
出土する木簡に「難波津の歌」が多く見られるのは 貴族が集まって この歌を木簡に書いて皆で唱和していたのかもしれません。
源氏物語 「若紫」に京に戻った源氏が結婚を申し込む手紙を書いたことが記されています。
その手紙はさっそく若紫のお祖母さんの尼君のもとに届けられます。
尼君は「このような和歌を戴いても...姫は幼すぎて手習い初めの難波津の歌さえちゃんと習得していないのに」と戸惑うことばがあります。
このことから当時の「手習い」は 「難波津に、、、。」だったことがわかります。
今も競技かるたの冒頭では「序歌」としてこの歌をよみ 試合開始の合図としています。
1600年も前の歌がこうやって受け継がれている事に感慨を覚えます。
https://note.com/masajyo/n/n74d50a446cbd 【【和歌鑑賞】難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今を春べと 咲くやこの花 王仁】より
■難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今を春べと 咲くやこの花 王仁
(詠んで味わう)なにわづに さくやこのはな ふゆごもり いまをはるべと さくやこのはな わに
競技かるたにおいて、一番最初に読まれる和歌だとのこと。百人一首に入っている和歌ではありませんが、詠まれるように決まっているらしいです。でも、それもわかるような気がします。明快で分かりやすい言葉や情景、さらに声に出すと収まりのいい響き。背筋がピンとするような。こちらの和歌は季節としても今ちょうどよい頃。今宵はこちらを味わいましょう。
https://www.youtube.com/watch?v=4nZDpOyo79w&t=1s
■現代語訳
難波津に花が咲いたことだよ。冬は去り冬の間は籠っていて、今はもう春になったので咲いたよこの花が。
■語句解説
・難波津…難波の港
・この花…この時代は「桜」ではなく、「梅」。
・冬ごもり…春の枕詞
王仁(わに)という作者の時代
応神天皇の時代に百済より渡来した人。「古事記」「日本書紀」に王仁についての記述があるとのことで、一体何年前の人なんだ!!です。万葉集より昔ですから。西暦270年頃(?)1800年も前ですか!王仁さんが日本にきて作った和歌ですが、もう立派。歌を介すと、朝鮮人とか日本人とか関係ない気がしてきます。難波にきた春を喜ぶこの気持ち。人間共通の喜びなのでしょう。
「咲くやこの花」を2回繰り返していること
この和歌が気になったのは「咲くやこの花」という、一回聞けば覚えることができるフレーズがあったことと、さらにそのフレーズを2回繰り返していること。31文字しか言葉を入れることができない中に二度繰り返したということはとても凄いことなんです。本当は。それほどの、梅の見事さだったのでしょう。花に話かけているような人間の心の優しを感じます。
難波津といえば、今の大阪市中央区付近の港だと推測されます。今では中央区は埋め立てられてなのか、海辺ではなく内地です。中央区からは古墳なども確か発見されており、実は大阪も古い街なんだな、ということが分かります。
大阪には、太古のロマンが眠っているんですね。
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