やまと歌

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盃に春の涙をそそぎける 昔に似たる旅のまどゐに

 和歌シリーズを続けます。この歌は私の古今の数多くの歌人の中でも、一番のお気に入りである式子内親王の詠んだ、多くの春の歌の中でも、最も情趣のゆたかな一首だと思います。

「盃に春の涙を落としてしまった。昔を思い出させる、旅中の車座にあって。」

 この訳はネット上に式子の歌100首を集め、その現代語訳を掲載している水垣久さんのつくられた「やまとうた」というページに掲載されていたものを拝借しました。

http://www.asahi-net.or.jp/.../yamatouta/sennin/syokusi.html

 この歌は「前小斎院御百首」という初期の百首歌の中に羇旅歌として収められている歌で、新古今和歌集には選ばれていません。家集90番です。

 しかし、私の敬愛する歌人塚本邦雄氏の「王朝百首」には、式子内親王の歌は二首選ばれていますが、そのうちの一首がこれです。塚本氏は「『昔に似たる』とは言ひながら、世も人も自分自身もすでにその日の面影はとどめない。涙とは若き日、栄華の日を偲ぶほろ苦い涙であり、還らぬものを恋ふはかない心の翳であった。彼女の歌は、おのづから鳴り出でる魂の調べをそのまま書き記したようなうつくしさであるが、実は、千五百番歌合当時の爛熟した技法を先取りしたかの繊細微妙な配慮がうかがわれ、この歌でも『春の涙』など実に新しい用法と言へよう」と評しておられます。式子は華やかな平安王朝の時代が終わりを告げ、世の中は源平争乱から、殺伐とした戦争と殺戮の時代へと変遷していく時代のただなかに生きた人でした。青春の時代は鴨神社の齋院として、後半生は出家して仏に仕えた方でした。その式子が華やかな過去を思い出して涙する気持ちがよくわかります。私も、塚本先生のおっしゃる通りだと思います。私たちも、ウクライナの戦乱を思い、「春の涙」を注ぐしか、途はないのです。

式子の春の歌をもうひとつ紹介しましょう。

花は散りその色となく眺むれば むなしき空に春雨ぞ降る

新古今和歌集 春上149番

 こちらは、久保田淳先生の訳でご紹介します。

「花は散ってしまい美しい色に惹かれるというわけでもなくじっと見つめると、何もない空に春雨が降るよ」

 式子の歌は、四季の歌・恋の歌だけでなく、旅の歌・釈教歌なども、いつも鮮烈な美しさの中に静かな哀しみを湛えているように思われます。

 次に、仏教の教えを詠んだ歌を一首紹介します。

しづかなる暁ごとに見わたせば まだ深き夜の夢ぞかなしき

 式子内親王のこの歌は、いつ詠まれたかわからない百首歌のひとつです。家集では327番です。新古今和歌集にも選ばれており、1969番釈教歌の部に収められています。その詞書には、「百首歌の中に、毎日晨朝入諸定の心を」とあります。

 久保田淳氏の角川ソヒィア文庫では、この歌を「毎日の晨朝に入定して世界を見わたすと、衆生は無明の長夜の深い闇に沈んで迷妄の夢を見続けているのが悲しい」と解釈しています。つまり、詠歌主体が世界を見渡す側、闇に沈んでいるのは衆生と解釈されているのです。

 これに対して、佐佐木信綱氏の解釈(校註式子内親王集(補訂版))では、「経文の意は、地蔵菩薩が毎朝定に入るといふことであるが、 それから転じて、静かな暁ごとに澄み渡った心で思ひめぐらしてみると、また煩悩を脱しかねた身の、迷執の夢深い心境がしみじみと感じられて悲しさに堪へない、の意。」とされています。つまり、ここでは詠歌主体自身が思ひめぐらし、自らを省みて夢に沈んでいる者そのものであると捉えられているのです。式子の気持ちとしては、闇に沈む衆生を見下ろすような不遜な態度は似つかわしくなく、私は、佐々木先生の解釈の方がしっくりときます。

 前出の「やまとうた」も、「静かな暁ごとに自身を観ずれば、まだ深い迷妄の夢の中にあることが悲しい。」と訳されています。

 式子といえば、百人一首に選ばれた「玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることのよわりもぞする」があまりにも有名で、数々の忍ぶ恋の歌が湛える絶望の裡に沈潜する激しい恋情に、私も深く心を打たれますが、彼女の歌には恋の歌以外にもたくさんの素晴らしい歌があります。もっともっと式子内親王の歌のファンが増えてほしいものです。

 写真は、ソメイヨシノの散ってしまった今日の新宿御苑に見事に咲いていた八重紅枝垂さくらです。


http://poetsohya.blog81.fc2.com/blog-entry-104.html 【ひと知りて四十年経ぬ萌え立てる君は野の花ムラサキハナナ・・・・・・・木村草弥】より

今年は暖かいので、例年なら四月に入ってから咲く「ムラサキハナナ」が、もう満開であるので、急遽載せることにする。

この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載るもので、自選にも採っているのでWebのHPでも、ご覧いただける。この歌は、ある短歌結社の全国大会が九州であったときの応募歌である。

ムラサキハナナは、アブラナ科で学名は orychophragmus violaceus というが、別名をショカツサイ(諸葛采)、オオアラセイトウ、花大根などという。

諸葛采は中国での名前で、諸葛孔明に因む命名である。花大根という名がついているが、大根とは無関係である。写真②のように、今ではあちこちに群がって咲いている。

種が落ちると、とても強い草で、どこから来たのか、私の方の菜園にも周辺部にわんさと咲いている。種が落ちる前にこまめに除草をすると群落は減ってくる。

私の歌の「ひと」とは、もちろん妻のことである。紫色の4枚の花弁が「十字架植物」であることを示してはいるが、今では雑草扱いされている野の花であって、私は妻を、その野の花になぞらえたのである。西洋人ならば、こういう、へりくだった表現はしないが、日本では謙遜が尊ばれる。

hanadaikonムラサキハナナ

この歌を作ったときは、もう十数年以上も前のことになってしまったが、「四十年経ぬ」と詠ってあるように知り合ってから、その頃で四十年も経ってしまったのか、という感慨である。

この頃まだ妻は健康であったし、それから十年以上の歳月が経ってしまった。

やはり文芸作品というのは、思いついたら、すぐに、このように作品化しておくべきものだ。

妻が亡くなった今では、いい思い出の歌になった。

以下、この草を詠んだ句を引いて終る。「諸葛菜」である。

 諸葛菜咲き伏したるに又風雨・・・・・・・・水原秋桜子

 諸葛菜晩年の文字美しや・・・・・・・・角川源義

 諸葛菜死者が生者を走らせる・・・・・・・・和田悟朗

 目つむれば眠つてしまふ諸葛菜・・・・・・・・茂恵一郎

 諸葛菜人に委ねし死後のこと・・・・・・・・福田葉子

 新聞のたまるはやさよ諸葛菜・・・・・・・・片山由美子

 言海のとぢ糸滅び諸葛菜・・・・・・・・南雲愁子

 電柱に夜の雨走る諸葛菜・・・・・・・・西谷剛周

 廃れをる牛舎の中も諸葛菜・・・・・・・・小野塚登子

 鎌倉は木暗し崖(はけ)の諸葛菜・・・・・・・・久保美智子

 諸葛菜われらひもじき日々ありき・・・・・・・・大黒華心

 裾ふれて散り際早き諸葛菜・・・・・・・・中川禎子 


https://yamatouta.asablo.jp/blog/2017/11/03/8720005 【佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』九州46 五島 ―福江島三井楽】より

長崎県五島市三井楽町渕ノ元 カトリック墓地

五島

佐世保西方の海上に群列す。(注:五島列島とも。百四十余の島から成る列島。主な島に福江島・奈留なる島・若松島・中通なかどおり島・宇久島・久賀ひさか島・小値賀おぢか島など。長崎・佐世保・博多から船便がある。)

吉田又七  日の本の果はての五島いつしま一つ消え二つ消えつつ見えず成りにけり

補録

源重之  名を頼みちかの島へとこぎくれば今日も船路に暮れぬべきかな

(注:「ちかの島(値嘉島)」は五島列島・平戸島など旧松浦郡の島々の総称。「近」の意を掛ける。)

土屋文明  憶良らの往き来の海を恋ほしめど三井楽みいらくまでも行くをためらふ

(注:万葉集巻五、山上憶良の「好去好来歌」に「智可能ちかの岫みさき」の名が見える。福江島の三井楽湾の岬かという。)


https://yamatouta.asablo.jp/blog/2017/11/07/8722587 【佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』九州47 雲仙】より

雲仙

長崎県島原半島にある火山群とその周辺地域の称。普賢岳・国見岳・妙見岳・平成新山などがあり、豊富な温泉に恵まれている。かつては「温泉」と書いて「うんぜん」と読んだ。躑躅の名所。

中島広足  湯浴みして見るもめづらし湯の峰の高嶺を出づる有明の月

斎藤茂吉  温泉うんぜんの山のふもとの塩しほの湯ゆのたゆることなく吾は讃たたへむ

雲仙嶽

太田水穂  春雨のおぼろがなかにうす墨のありとはみえて大いなる山

川田順  普賢岳は大き岩やま蒼空に押し上りつつその秀ほ尖とがれり

北原白秋  色ふかくつつじしづるも山の原夏向ふ風の光りつつ来る

(注:「しづる」は「したたり落ちる」意。躑躅の花びらが風にこぼれ散ることをこう言ったか。)

吉井勇  雲仙の地獄のみちの幾曲り無明むみやうの橋もわたりけるかも

林田恒利  草谷の朝霧のなかに馬が飲むたまり泉を吾ものみたり


https://www.youtube.com/watch?v=RLmv5OCG0FM

京都面白大学第63講 高木慶子先生との対話「五島列島、スピリチュアルケア」~日野原重明先生、ルルドの泉、五島列島のキリスト教教会のことなど

http://www.zenjinryoku.com/profile.html

プロフィールPersonal history 髙木 慶子 たかき よしこ

熊本県生まれ。聖心女子大学文学部心理学科卒業。上智大学神学部修士課程修了。博士(宗教文化)。現在、上智大学グリーフケア研究所名誉所長。「生と死を考える会全国協議会」会長。「兵庫・生と死を考える会」会長。一般社団法人グリーフケアパートナー理事。

援助修道会会員。日本スピリチュアルケア学会元理事長。

三十数年来、ターミナル(終末期)にある人々のスピリチュアルケア、及び悲嘆にある人々のグリーフケアに携わる一方、学校教育現場で使用できる「生と死の教育」カリキュラムビデオを制作。幅広い分野で全国的にテレビや講演会で活躍中。

著書として、『喪失体験と悲嘆-阪神淡路大震災で子供と死別した34人の母親の言葉』(医学書院)、『大切な人をなくすということ』(PHP出版)、『悲しみの乗り越え方』(角川書店)、『悲しんでいい~大災害とグリーフケア~』(NHK出版)、『悲しみは、きっと乗り越えられる』(大和出版)『それでもひとは生かされている』(PHP研究所)『それでも誰かが支えてくれる』(大和書房)、最新刊『「ありがとう」といって死のう』(幻冬舎)など多数。

兵庫県「県勢高揚功労」(2015年度)、「カトリック大学連盟 カトリック学術研究奨励賞」受賞、「神戸新聞 第63回平和賞」受賞、

「財団法人兵庫地域政策研究所機構 第7回21世紀のまちづくり・研究部門賞」受賞、など。

三十数年来、ターミナル(終末期)にある人々のスピリチュアルケア、及び悲嘆にある人々のグリーフケアに携わる一方、学校教育現場で使用できる

「生と死の教育」カリキュラムビデオを制作。幅広い分野で全国的にテレビや講演会で活躍中。

著作紹介Book introduction

著書として、『喪失体験と悲嘆-阪神淡路大震災で子供と死別した34人の母親の言葉』(医学書院)、『大切な人をなくすということ』(PHP出版)、『悲しみの乗り越え方』(角川書店)、『悲しんでいい~大災害とグリーフケア~』(NHK出版)、『悲しみは、きっと乗り越えられる』(大和出版)『それでもひとは生かされている』(PHP研究所)『それでも誰かが支えてくれる』(大和書房)、最新刊『「ありがとう」といって死のう』(幻冬舎)など多数。


https://www.youtube.com/playlist?list=PLFtdp0N9fRzFgxXf9BU1roLvkcoN8Ml2M

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