般若心経は真言を説いたお経 ②

https://www.mikkyo21f.gr.jp/academy/cat48/post-203.html 【第4章 「諸法」とは何か】より

第1節  キーワードは「諸法」

 続く本文は次のとおりです。 

舎利子よ、是の諸法は空相にして、不生にして不滅、不垢にして不浄、不増にして不減なり。 観自在菩薩は、ここで再び「舎利子よ」と呼びかけます。 

般若心経において、舎利子は、もっぱら観自在菩薩の言葉を聞く立場の人として登場します。般若心経という一幕の寸劇(ドラマ)で、そういう役目に舎利子という人物が選ばれたのはどうしてでしょう。

 この寸劇には、(「大本」によると)お釈迦さまはもちろんのこと、大勢の人が集まっているのですが、現行の玄奘訳「小本」般若心経は、観自在菩薩と舎利子だけにスポットが当てられている格好になっています。観自在菩薩は、「観ること自在」という名が暗示しているように、般若心経が想定している高次の観点に至った、いわば理想の人物です。かたや、舎利子はお釈迦さまの高弟として知られる歴史上の人物です。ほかの誰でもなく、舎利子が観自在菩薩の教示を受ける立場の人として選ばれた何か特別の理由があったのでしょうか。

 この配役は実は仏教思想史の展開を反映していて大変興味深いものです。キーワードは上掲の文中の「諸法」です。 順を追って説明していきましょう。

 まず文中の「是の諸法は空相」ですが、「この諸法(しょほう)」とは、直前の本文の〈色〉〈受〉〈想〉〈行〉〈識〉の五蘊をさしています。五蘊というのは、すでに説明してきましたように、自己をふりかえる瞑想の中で「〈私〉は五蘊にすぎない」と得られるヴィジョンにほかならないわけですから、ここでいう「法」も、さしあたって「瞑想の中で観察される特殊なヴィジョン」という意味で理解しておいてよいと思います。(仏教の「法」は、多義のある「ダルマ」の漢訳語で、必ずしも法則・規範という意味ではありません。ここでも独特の意味で使われています。)

 次に「空相」とは、「空を特徴としている」という意味ですから、これは要するに「空である」ということです。なんのことはありません。「この諸法は空相」とは、前出の「五蘊は皆空」とまったく同じ意味の文なのです。「五蘊」を「諸法」と言い換えただけのことなのですが、ただし、この言い換えは重要なポイントです。問題は「諸法」なのです。

 実はこの直後の心経本文で「ない」と列挙されているすべての項目が「諸法」に該当しますので、「諸法空相」ということは、当然それらすべての諸法についても当てはまると考えなくてはなりません。

 つまり、要点はこうです。般若心経で問題としているのはあくまでも「諸法」であって、いかなるものでも何でもかんでも「空」だとか「不生」だと言っているわけではないのです。

第2節  諸法が顕(あら)わになるとき

 さとりを開かれた直後のお釈迦さまが、みずから感興のおもむくままに唱えたと伝えられる次のような詩があります。 

  熱心に瞑想するバラモンに 諸法が顕わになるとき 彼の一切の疑惑は消滅する

  有因の法を知るがゆえに(律蔵『大品』)

 お釈迦さまの成道(さとりの完成)において「顕わ」になったもの─。それが「諸法」だったのです。

 その「諸法」とは何かというと、この前後の文脈から判断すると、無明、行、識、...生老病死、という十二因縁(後述)の各項目をさすと考えられます。

 お釈迦さまは瞑想によって苦の原因を順に次々と探っていき、その因果系列をつきとめたのでした。その各項目(一つ一つのヴィジョン)を「諸法」といい、法には必ず原因があるので「有因の法」といい、「有因の法を知る」がゆえに「一切の疑惑は消滅」したと、こういっているわけです 

 このように諸法が「因に縁(よ)って生じる」ことを「縁起(えんぎ)」といいます。お釈迦さまは、まさに「縁起する諸法」をさとられたのです。

 諸法は瞑想によって初めて「顕わ」になるものですから、これまで本稿で述べてきた建物の比喩にあてはめると、諸法は一階の幼児のフロアや二階の世間のフロアで観察できるものではなく、そこを越えた階上のフロアに至って初めて観ることができる高度なヴィジョンであった、ということでしょう。

 二階のフロアでは、〈私〉は〈私〉です。世間の日常生活において自己形成は大切なことですが、一方、そこは自己に執着し、それゆえに苦にみちた迷いの世界です。

 ところが、世間のフロアを出離して、三階のフロアで自己を観察すると、〈私〉は五蘊という五つの要素にすぎないと判明します。五蘊という諸法が顕わになり、〈私〉は五蘊に解体されてしまうのです。この三階レベルのフロアに至ると、〈私〉という実体はどこにもなく、〈私〉自身、そして〈私〉が見たり聞いたり感じたりするさまざまな経験の内容が、もっぱら「縁起する諸法」として観察されるのです。このことを仏教では「諸法無我」といい、大事な教えとしてきました。

 仏教における「法」の重要性は以上のとおりですから、お釈迦さまの滅後も、仏弟子たちにとって、諸法の性質や種類を探究し、いかにして諸法を観察するかということが最大の関心事となったのも当然でしょう。

 法の研究のことを「アビダルマ」といいます。紀元前二世紀頃からアビダルマの学派が数多く誕生し、たくさんの論書が著されました。仏典を総称して、経(きょう)・律(りつ)・論(ろん)の「三蔵(さんぞう)といいますが、部派仏教の〈論〉はすべてアビダルマ論書で占められています。

 多くの学派の中で最も優勢を誇ったのが 説一切有部で、世親(せしん)という論師が書いた『アビダルマ・コーシャ』(『倶舎論』)という書物は、法の研究の集大成といえるものです。

第3節  大乗仏教の出現

 こうした専門的な人たちによる精緻な研究に対して、いつしか批判的な態度をとる人たちが出てきました。アビダルマの論師たちは法に固執し、法を実在視してしまっている、それは誤りである、という批判です。

 たしかに法こそ、お釈迦さまの成道において顕わになったものですから、これほど重要なものはありません。したがって、アビダルマの論師たちが法に固執してしまったのも無理はありませんが、それはやはり正しくない。我執を離れるために自己を五蘊という諸法に解体したように、それと同じように今度は諸法に対する執着を離れるために、法もまた解体されなければならないと、批判者たちは考えたのです。

 でも、法そのものを否定することはできません。お釈迦さまのさとりを否定することになってしまうからです。しかし、法を否定することなく、解体するなどということが果して可能でしょうか。

 ともかく、いずれにしても法を実在視するのは明らかに誤りであると考える人たちは、みずからの立場を「大乗」と称し、説一切有部をはじめとするアビダルマの論師たちを「小乗」と蔑称で呼び、たえず鋭い批判を投げかけました。

 彼らは、最初は法を蜃気楼の水や弦楽器の音に喩えたり(『八千頌般若経』)、また例えば「AはAではない。それゆえにAといわれる」(『金剛般若経』)といった一見非合理でパラドックスに満ちた文章を用いて「法の解体」を試みました。

 そうこうしてやがてついに、法を否定することなく、法を解体し、なおかつ至高の法のヴィジョンを確立するに至ります。そんな 離れ業を可能にした用語が、ほかでもなく「空(くう)」だったのです。

  ─諸法は空である─  これが諸法に関して大乗仏教が提起した最終的な結論でした。

 これを高らかに宣言した経典が般若心経なのです。観自在菩薩は大乗仏教の旗手としてこのお経に登場したのでした。

 その聞き手の代表に舎利子が選ばれたのは、もちろん偶然でも任意でもなく、確かな理由があってのことでした。

第4節 舎利子のエピソード

 舎利子がお釈迦さまの弟子になるきっかけとなった有名な話があります。

 成道後のお釈迦さまの最初の弟子となった五人の比丘の中に、アッサジ(漢訳名「馬勝(めしょう)」)という名の人がいました。

 ある時、王舎城に托鉢に来ていたアッサジの姿を見て、その気高さに心打たれた舎利子は「あなたは誰を師とし、どのような教えを身につけているのですか」と尋ねます。アッサジは、「私の師はお釈迦さまです。私は弟子入りしたばかりで、まだ少ししか学んでいないのですが」と言って、披露した言葉が「縁起法頌」として伝わっています。それを聞いただけで、舎利子はそれまで師事していた人のもとを離れて、ただちにお釈迦さまに帰依する決意を固めたのでした。

 その縁起法頌とは次のようなものです。

  諸法は因より生じる。 それら諸法の因を如来は説いた。 また、それら諸法の滅をも。

  大沙門はこのように説きたもう (律蔵『大品』)

 これがやがてお釈迦さまの十大弟子の筆頭となり、「智慧第一」と称えられた舎利子にして初めて感得しえた言葉であるということを考慮するまでもなく、ここには世間のレベルを越えた内容が記されています。諸法のヴィジョンを持つこと、それじたいが世間を越えたレベルなのです。それが生じるか生じないかどうか以前の問題として、なにしろ諸法とはお釈迦さまの成道において初めて顕わになったものですから、「諸法は...」で始まる縁起法頌は確かにお釈迦さまの教えの核心を伝えるものでした。

 多くの仏典に記されている舎利子入門のエピソードと縁起法頌を知らないインド仏教徒はいなかったはずですから、舎利子が登場する般若心経という寸劇が、この故実を踏まえていることは確実だといえます。その劇的効果は、観自在菩薩が再度「舎利子よ」と呼びかけて語る次の言葉で最高潮に達します。もう一度、心経本文を引用してみましょう。 

 舎利子よ、是の諸法は空相にして、不生にして不滅、不垢にして不浄、不増にして不減なり。

 これは画期的な"宣言"でした。大乗仏教の最終結論がついに示された、という場面です。その内容の意外性に最も衝撃を受けたのは、ほかでもなく舎利子その人だったでしょう。この場面の聞き手が舎利子でなければならない理由がここにあります。なにしろ─

 舎利子は以前に、─諸法は因より生じる...─ ということをアッサジから聞いて、感銘を受けたのでした。それが、ここでは、─諸法は生じない(不生)...─ と観自在菩薩から告げられるのです。

 一見まるで正反対です。観自在菩薩は縁起法頌を否定したということなのでしょうか。

第5節  不生不滅の諸法とは?

 四階建ての比喩を用いて説明するのが最もわかりやすいでしょう。

 一階の幼児のフロア。ここはまだ自己が確立されていない段階です。二階の世間のフロア。ここで自己が形成されます。それは自己自身に対するさまざまな枠づけ(例えば社会や家庭における役割や地位)となり、人はそれに執着します。あらゆる苦しみはその枠から発生します。三階の舎利子のフロア。まさしく舎利子がこのフロアのマスターでした。 

 舎利子になりかわっていいますと、苦しむ自己から解放されるには、自己そのものがないというごく単純な、しかし深遠な事実を知ればよい。それをいかに洞察するか。自己は五蘊にすぎない(五蘊の仮の集合にほかならない、すなわち「諸法無我」)と知る「五蘊の瞑想」を実践すればよろしい。

 本来は、このフロアだけで十分だったのです。ここが仏教のフロアであり、ここで諸法を観察することによって、人は苦しみから解放されるのですから。 

 しかし、あまりにも研究熱心な人たちが、諸法を絶対視し、諸法の一つ一つを何か独立した存在のように考えてしまったため、本来の法のヴィジョンを提示するために、より上位のレベルのフロアが必要になりました。

 そこで四階のフロアです。おそらく舎利子にとっては不本意でしょうが、階下のアビダルマ論師を代表する立場を演じてもらう人物は、三階のマスターである舎利子しかいません。結局、「大乗のフロア」と呼ぶべき最上階に至った観自在菩薩が、階下の「小乗のフロア」の舎利子に教示するという構図が般若心経の中心場面として設定されることになったのです。

 三階のフロアで自己を観察すれば、自己という枠はどこにもなく、ただ諸法のみというヴィジョンが得られ、諸法はそれぞれに原因となり条件となり、生じ、あるいは滅するようにみえることでしょう。ですから、確かに諸法は因によって生じ、因によって滅するのです。増えたり減ったりもするでしょう。

 しかし、それを四階のフロアでみれば、生じることも滅することもありません。当たり前です。四階には何もないのですから。そこは広々とした展望のみというフロアなので、当然のことながら、何であれ生じるも生じないもないのです。諸法が増えたり減ったり、浄らかであったり、汚れているということもないのです。

 ただし、最上階の四階は階下のすべてを含みます。ですから、「諸法無我」といい、「諸法空相」といっても、諸法も自己も消滅したわけでは決してありません。問題は自己自身を、ひいては諸法をどう観るか、その観点とヴィジョンなのです。観自在菩薩はそれを会得して「一切の苦厄を度したもうた」のでした。

 言い忘れましたが、サンスクリット原典には、今回引用した本文の最初に「ここにおいて」という漢訳にはない語があります。観自在菩薩のいる「ここ」とは四階のフロアのことであり、これはその観点を明白に示している語だといえるでしょう。 

https://www.mikkyo21f.gr.jp/academy/cat48/post-205.html 【第5章 「諸法」のヴィジョン】より

第1節  お釈迦さまの「説法」とは?

 お釈迦さまが最初に説法をされたインドのサールナートは「初転法輪の聖地」として知られています。この「説法」という言葉は日常語として「教えを説く」といったほどの意味で使われていますが、厳密にいいますと、「説法」にはもっと限定された意味があります。

 お釈迦さまの成道において初めて顕現した瞑想上のヴィジョンが法です。それはあまりにも「難解で世間の人には見難い」ものであるとして、お釈迦さまも最初は人々に説くことをためらわれました。しかし、梵天の「世尊よ、どうか法を説きたまえ! きっとわかる者もいるであろうから」という懇請を三度受け、ようやく説くことを決意された。それほどのものです。

 しかも、それは「現見さるべきもの、時をまたないもの、来たり見よと言い得るもの、涅槃に導くもの、智者によって各自に知らるべきもの」(『増支部』)であり、そのような「法」が説かれるということは稀有のことで、まさしくお釈迦さまによって初めてこの世に示されたのでした。

 つまり、お釈迦さまの成道において初めて顕わになった特殊な高度の瞑想上のヴィジョンが説き示されたということ。それが「説法」という言葉の厳密な意味です。なお、それ(瞑想上のヴィジョン)はいくつもあるので、しばしば複数形で「諸法」と呼ばれます。

 般若心経で問題にしているのも、実はまったく同じその「諸法」なのです。前回説明しました「諸法空相...」の次の文に移る前に、律蔵『大品』の記述にそって、成道と初転法輪の内容について簡単に述べておく必要があるでしょう。

第2節  成道と初転法輪

 お釈迦さまの成道において顕わになった「諸法」とは、律蔵『大品』によると、具体的には十二因縁の各項目をさします。  人はなぜ苦しむのか。お釈迦さまは菩提樹の下で、その原因を追求し、苦の元になる因果系列をつきとめます。伝統的な漢訳語で順に列挙しますと、次のとおりです。

 無明・行・識・名色・六入・触・受・愛・取・有・生・老死(愁・悲・苦・憂・悩)

 これを「十二因縁」または「十二支縁起」といいます。先行する支分が因となって後続するものが生起すると観察することを縁起の順観といい、先行する支分の滅が因となって後続するものが滅尽すると観察することを縁起の逆観といいます。

 このように観察された諸法が織りなす因果系列の仕組みを世間のレベルで解釈することはできません。ただ一つ確実なのは、要するに思いのままにならない人間存在の苦の根源は無明であり、無明が滅すれば苦も滅すると、お釈迦さまは看破されたのです。

 次に初転法輪において、お釈迦さまは五人の比丘にまず「中道」を説きます。愛欲にふけることと、苦行で身をさいなむこと、この両極端を離れて中道を実践しなさいと、実践的な教えが示されます。

 中道とは次の「八正道」です。 

 正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定

 その前提として、この世の中には「四つの尊ぶべき理(ことわり)(四聖諦)」があり、それを見極めなければならないと説かれます。

第一番目は、「一切は苦」という理(ことわり)。具体的にいうと、〈生〉〈老〉〈病〉〈死〉の「四苦」に、〈愛別離苦〉〈怨憎会苦〉〈求不得苦〉〈五取蘊苦〉を加えた「八苦」です。これを「苦聖諦」といいます。

第二番目は、苦の原因をさかのぼれば渇愛(かつあい)(むさぼる欲望)にゆきつくという 理(ことわり)。苦集聖諦といいます。これは十二因縁の順観の一部です。「集」とは各支(諸法)が集まることをさすと考えてよいでしょう。

第三番目は、その渇愛を滅すれば苦も消滅するという理(ことわり)。苦滅聖諦といいます。これは十二因縁の逆観にあたります。

第四番目は、苦を滅するために「八つの正しい道」があるという理(ことわり)。先にあげた八正道のことですが、これを苦滅道聖諦といいます。

 以上の〈苦・集・滅・道〉という「四つの理(ことわり)」が判明したとき、「私は智が生じ、光明が生じた」と、お釈迦さまはみずからの経験を語ります。この説法により、五比丘は相次いで「法の眼」が生じ、「法を見、法を得、法を知り、法に悟入」したと、律蔵『大品』は伝えます。最後は、色受想行識の五蘊についての説法で締めくくられます。

 ちなみに、ここでなぜ五蘊かといいますと、五蘊が諸法の基本となるからです。十二因縁も実は「苦」の根源を追求した因果の系列において観察された諸法にほかなりませんし、「集」は十二因縁の各支の集まりそのものであり、「滅」と「道」はその順逆を観察して智に至る瞑想のプロセスそのものだと考えられます。

 以上、律蔵『大品』が伝える成道と初転法輪の内容をざっと見てきましたが、この仏教の基本教理というべき諸事項が、驚くべきことに、ほぼそっくり否定されたかたちで般若心経でとりあげられていることに、賢明な読者はもはやお気づきでしょう。

第3節  五蘊・十二処・十八界

 この故に空の中には、色もなく、受想行識もなく、眼耳鼻舌身意もなく、色声香味触法もなく、眼界もなく、乃至、意識界もない。

   インドでは、法を分析し研究するアビダルマの学派がいくつも生まれたということを前回に述べました。諸法はさまざまな仕方で分類され、説一切有部という学派で最終的には「五位(ごい)七十五法」といわれる精緻な体系にまとめられました。

 それは要するに、〈私〉とは何か、という問いに答えたもので、結論としていうと、〈私〉という実体はどこにもない。分析して数えあげれば七十五の諸法の仮の集合にすぎない、というものでした。

 般若心経のこの段落では、「五位七十五法」に分類される以前の「五蘊・十二処・十八界」という分類法がとりあげられています。「処」も「界」も、サンスクリット語の原意から〈私〉の根拠という意味で理解してよいでしょう。

 五蘊についてはすでに説明しました。十二処とは、人間にそなわった視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚の五感と、意識という六つの感覚機能(六根または六内処)と、これらそれぞれの感覚がとらえる六つの対象(六境または六外処)を合わせたものです。

 列挙すると、眼処・耳処・鼻処・舌処・身処・意処と、色処・声処・香処・味処・触処・法処の十二です。心経本文で「眼耳鼻舌身意もなく」と「色声香味触法もなく」といっているところが十二処にあたります。

 十八界とは、十二処をそのままにして、それに六つの感覚機能とその対象とを縁として生じたそれぞれの識別範囲の六つを加えたものです。全部列挙すると、眼界・耳界・鼻界・舌界・身界・意界の六つと、色界・声界・香界・味界・触界・法界の六つと、眼識界・耳識界・鼻識界・舌識界・身識界・意識界の六つを合わせた十八です。心経本文で「眼界もなく、乃至、意 識界もない」といっているところが十八界にあたります。(「乃至」は中間の項目を省略するという意味です。)

 結局のところ、十二処は五蘊を細分化したものであり、十八界はそれをさらに細分化したものといえるでしょう。

 これらの元をただせば、お釈迦さまの成道において顕現した「諸法」であり、また初転法輪で説き示された貴重この上ないヴィジョンです。後世の仏弟子たちがそれを煩瑣にすぎるほど丹念に分析することに精魂を傾けたのも十分頷(うなず)けることですし、紀元前後にこれだけ精緻な人間分析がなされたことは驚嘆に値します。

 ところが、そのすべての諸法が「ない」と、般若心経は述べているわけです。

第4節  十二因縁・四諦八正道

 五蘊だけではなく、十二因縁も四(聖)諦もないと、次のように続きます。

 無明もなく、また無明の尽きることもなく、乃至、老死もなく、また老死の尽きることもない。

 苦集滅道もなく、智もなく、また得もない。

   本段ではまず、無明から老死に至る十二因縁の最初と最後の支分をとりあげて、それがなく、それが尽きる(滅する)こともないというのですが、これはお釈迦さまの成道において順逆に観察された諸法のヴィジョンがないといっているに等しいことです。 

 次に「苦集滅道もなく」とは、「四つの尊ぶべき理(ことわり)(四聖諦)」がなく、当然それに付随する八正道もないということです。なんと初転法輪で説かれた教え(諸法)もないということになります。  最後の「智」と「得」については、一般にまったく誤って解説されているので、正しい意味を説明しておきます。

 ここでいう「智」は、お釈迦さま自身が初転法輪で述べられた「私は智が生じ、光明が生じた」における「智」をさします。それは四諦八正道の結果として生じる「智」のことですから、心経本文でも「苦集滅道もなく」のあとに「智もなく」と続く文脈から判断して、そのように解すべきでしょう。 

 古今のどの解説者も「智もなく、また得もない」を一つの文と解し、「智」と「得」を一対のものとみなしていますが、それは誤りです。これを損得の儲(もう)け話のように解釈するのは論外ですが、たとえば「さとりを得る」といった意味に解釈するのも間違いです。

 般若心経の「大本」では、「智もなく」に続いて「得もなく、非得もない」となっています。「得」は「非得」と対なのです。

 そもそも諸法とは、自己の経験内容を構成する要素として観察される瞑想上のヴィジョンのことでした。そのように自己を諸法に解体することによって〈私〉という一見自明な存在は実はどこにもなく、固定的な自我というものはない、つまり「無我」である、という仏教の基本的立場を補強するために、アビダルマ論師たちは法の研究に打ち込みました。

 では、本来「無我」であるにもかかわらず、どうして〈私〉という存在があるようにみえるのでしょうか。アビダルマ論師たちはこの点についても考察し、どこかに諸法を結合させたり結合させなかったりするはたらきがあって、それがあるから自己形成ということが起こり得ると考えました。そうしたはたらきは経験内容を構成する法とは別種であるけれども、やはり法体系(「五位七十五法」)の中に含ませるべきだとしたのです。このように諸法を結合させるはたらき、すなわち諸法の獲得作用のことを「得」といい、結合させないはたらきのことを「非得」というのです。

 しかし、般若心経はそれもないという。

 結局、お釈迦さまの成道において顕わになったすべての諸法に言及し、そのことごとくが「ない」と、全面的に否定されたかのようです。

 これを文字通りに受け止めると、お釈迦さまの成道も初転法輪も否定することになってしまいます。いかなるものにもこだわってはいけない、たとえ仏教の基本教理といえどもこだわってはいけないんだ、それが大乗の立場であり、般若心経の「空」という教えなのだと解説する人がいますが、それは間違いです。一体、どんな立場であろうと仏教の基本教理を否定するような経典がどこにあるでしょう。

 後述するように、般若心経はいかなるものもないといっているわけではありません。無のオンパレードのようでいて、肯定すべきものはしっかり肯定しているのです。

第5節  観自在菩薩のレベル

 これまで説明してきましたとおり、ここは四階の観自在菩薩が三階のフロアのマスターである 舎利子に語りかけている場面です。

 観自在菩薩のいる最上階には何もないのですから、そのままの眺望を舎利子に告げているわけです。ただし、端的に「何もない」といえばすむところを、「ないもの」をわざわざ列挙しているのは、その一つ一つの項目がいかに重要かを物語っています。なにしろお釈迦さまの成道において顕わになった諸法なのですから、これほど重要なものはありません。

 サールナートの仏伝レリーフも三階の部分が「説法の図」でした。お釈迦さまこそが最初に三階のフロアに昇り、その階のヴィジョンを弟子たちに説き示された方でした。弟子たちは、これぞお釈迦さまの悟りの内実であると聞き、あるいは聞き伝えられたことを自分たちが理解したままの形で整理しました。それがやがて精緻きわまる膨大な法の体系となっていきます。

 律蔵『大品』が成道の内容をもっぱら十二因縁に絞ったのは、ひとえに苦の根源は無明にあるとつきとめた、この最重要の一点を強調したかったからでしょう。

 無明を滅したお釈迦さまに、老死はなかったでしょうか。お釈迦さまとて歳を重ねて老い 、齢八十で入滅されました。誰であろうと老死は避けられません。では、無明を滅するとはどういうことなのでしょう。そもそも無明とは何でしょう。

 より適切な問いは、無明を滅する観点とは何処(どこ)か、です。無明の対極である明(智慧)のレベルが三階のフロアです。瞑想のプロセスを経て「これが無明である」という自覚を得た時が、二階の世間のフロアを卒業した時なのです。とはいえ、二階のフロアは依然としてあります。二階あればこその三階なのですから。つまり、一階ないし二階のあり方そのものが無明なのです。

 三階の明のフロアとは、一階と二階を通過し、無明の何たるかを知るレベルだといえるでしょう。無明に起因し、思いのままにならない自己を構成するさまざまな要素をつぶさに知ることのできるレベルです。そのヴィジョンが「諸法」なのです。 

 瞑想上のヴィジョンにほかならない諸法を実在視することは、当然避けなければなりません。世間のレベルで自己に執着するのと同じことになってしまうからです。 

 アビダルマ論師が陥ったこの過(あやま)ちを糺(ただ)そうとしたのが、般若心経でした。そこで、いかなる諸法もない、という、もう一つ上のレベルのフロアを、どうしても設定する必要があったのです。

 無明も老死も、自己という存在に必然的に付随します。でも無明を滅し、老死を滅する観点のレベルがあるのです。同様に、しかと諸法のヴィジョンを踏まえた上で、「諸法がない」というさらなる高次の観点のレベルに至って、観自在菩薩はまごうかたなく「一切の苦厄を度したもうた」のでした。

https://www.mikkyo21f.gr.jp/academy/cat48/post-204.html 【第6章 仏母般若波羅蜜多の咒(マントラ)】より

第1節  文章上の厄介な問題

 得る所なきを以っての故に、菩提サッタは般若波羅蜜多に依るが故に、心にケイ礙なし。ケイ礙なきが故に、恐怖あることなし。一切の顛倒夢想を遠離して涅槃を究竟したまえり。

 この一節は、実はサンスクリット原典と漢訳とが一致しません。

 まず、「得る所なきを以っての故に(以無所得故)」の一句は、わが国の伝統的な訓読の仕方では、この段の一部とせず、前段の文章に含ませて、「...智もなく、得もなし。得る所なきを以ての故に」と読ませています。

 しかし、原典には、この語句の前に漢訳では省かれている「それ故に」という接続詞が置かれていますから、やはり本節の一部と考えるべきでしょう。 

 ほとんどの解説者は、「得る所なき(無所得)」について、どうやら漢字にとらわれて「損得の打算を越えた心境」といった珍解釈をしていますが、そうではなく、これは前回説明しました「得(とく)」に対する「非得(ひとく)」のことです。「四階のフロアにおいては諸法が結合することはない」、言いかえれば「まったくの開放次元である」という意味です。

 最も問題の箇所は、次の「菩提サッタは般若波羅蜜多に依るが故に」の一文です。

 漢文を訓読すれば、こうとしか読めないのですが、原典によれば、この文は「菩提サッタの般若波羅蜜多に依るが故に」としなくてはなりません。

 漢訳では、「菩提サッタ」が主語になっています。しかし、原典では、「菩提サッタ」に対応する語は 所有格で、しかも複数形なのに、この文全体の述語(動詞)は単数形ですから、「菩提サッタ」は絶対に主語になりえないのです。信じがたいことですが、この箇所の漢訳は誤訳といわねばなりません。

 では主語は何かといいますと、原典には明記されてはいません。一体誰が「菩提サッタの般若波羅蜜多に依るが故に、心にケイ礙なし。ケイ礙なきが故に、恐怖あることなし。一切の顛倒夢想を遠離して、涅槃を究竟し」ているというのでしょう。

 漢訳のように無理に主語を「菩提サッタは」としても意味は通りますが、ここでは原典を尊重して「菩提サッタの般若波羅蜜多」とは何かという問題から説明していくことにします。

第2節  菩薩の般若波羅蜜多

 まず、「菩提サッタ」ですが、これの略語が「菩薩」です。すでに「観自在菩薩」の名でお馴染みですね。その原意は「悟り(菩提)を求むる人」で、要するに「修行者」のことです。ただし、どんな修行者も菩薩と呼ばれるのではなく、大乗仏教の修行者に限られます。

 元来は、お釈迦さまの数限りない過去世の話を伝える古い伝承(「ジャータカ」といいます)において、過去世のお釈迦さまが「菩薩」と呼ばれていました。つまり、仏陀(ブッダ)になる前の存在が菩薩です。

 菩薩として常に慈悲の心を抱き、自己犠牲をいとわず他者のためにつくす生涯を数限りなくすごして、その結果として今生で仏陀となったお釈迦さまにあやかって、いつか再び必ずや出現するであろう遠い未来の仏陀の前世を生きようと決意した人々が、自分たちのことを「菩薩」と称したのです。

 彼らは、ひたすら僧院にこもって修行に専念していた比丘(出家修行者)に対して、自己の利をかえりみず他者の利を優先的にはかるという、本来ならば仏陀にのみなしえた慈悲の精神を発揮しようと心がけました。

 出家修行者が自分のために修行をするのはむしろ当然のことで、何ら咎(とが)められることではありません。でも一方において、菩薩として生きようと決意した人たちは、みずからの立場を「大乗」と称し、お釈迦さまの真精神に立ち戻ろうとしたのです。 

 ここに至って、「無我(むが)」の教えは、ただ単に自分自身の苦に対処するためだけでなく、他者の救済にとって、はるかに重要で不可欠なものとなります。なぜならば、崇高な利他の精神、慈悲の精神を発揮するためには、(見返りを求めがちな)自己という存在を滅却しなくてはならないからです。自己の経験を構成する要素としての法(ダルマ)の束縛からも開放されなくてはなりません。この意味において、空性(くうしょう)体験は、実に慈悲の精神と不可分のものであったといえるでしょう。 

 さて、そうした菩薩たちが大乗のスローガンとしたのが「般若波羅蜜多」でした。彼らはこの言葉を拠り所とし、この言葉のもとに集結し、この言葉によって瞑想し、あるいは祈り、この言葉にこめられた理想(「智慧の完成」)を追求したのです。

 ここで最初に舎利子に観自在菩薩に問うたことを思い出してください。一体あなたの得たヴィジョンとはどのようなものなのか─。

 心経「大本」の「序」によると、これが舎利子の第一の質問でした。それは驚くべき「諸法のヴィジョン」として、すでに明らかにされました。第二の質問は、そのヴィジョンを得る手段は何か、です。

 今が、その問いに観自在菩薩が答えようとしている場面なのです。「われわれ菩薩(複数形)の般若波羅蜜多に依るが故に」と。

 膨大な大蔵経(仏典)の中で最大規模を誇る「般若経」(玄奘訳の正式名称は「大般若波羅蜜多経」)の主題(テーマ)は、その経題名が示すとおり、「般若波羅蜜多」です。般若心経もまったく同様で、般若心経とはどういうお経かといいますと、「般若波羅蜜多を説くお経」以外の何物でもありません。

 観自在菩薩がすべての菩薩を代表して、大乗仏教の「祈りの言葉(マントラ)」としての般若波羅蜜多を宣揚したお経が般若心経なのです。

第3節  めざすべき境地

 本節の解説に戻ります。

 最上階のフロアには何一つ視界をさえぎるものがありません。だから、「心にケイ礙なし」です。「ケイ礙」とは「覆(おお)うもの」の意。そこでは恐怖もなくなるはずです。

 どのような恐怖も、その根底にある本質はきっと「閉ざされている」という感覚でしょう。閉ざされていて逃げ場がないという感覚から恐怖が生まれます。例えば死の恐怖にしても、死から逃れられないと思えばこそ恐怖が生じます。逆にいうと、たとえ閉ざされていても、逃げるつもりがない者には恐怖はないし、むろん閉ざされていない者に恐怖は生じないでしょう。

 日常の私たちの心は、時間に縛られ、空間に縛られ、世間のありとあらゆる習慣や状況や知識に縛られていて、あたかも頑丈な檻に閉ざされているかのようです。でも、いったい自分の外のだれが心を縛ることなどできるでしょう。逃げ場がないですって? もちろん逃げ場などありません。つぶさに観察してみると(これは本当は容易なことではありませんが)心には限界がないのです。心を束縛しているようにみえるものは、みんな幻影です。それもまた心が生み出したものにほかなりませんが。

 だからそれから逃げる必要はないのです。それが幻影であることを見抜けばよい。それが「一切の顛倒夢想を遠離して」ということです。「顛倒」とは「逆さま」の意。「遠離」とは「超越」の意。ないものをあると誤って考えることが、「顛倒夢想」です。それを遠離するとは、これまで心経本文で「ない」と述べられてきた諸法を「ある」とみなすレベルを卒業しているという意味です。 

 するとどうなるか。「涅槃を究竟する」というのです。「涅槃」とは、最上階における意識の開放次元のことです。「究竟」は「完成」の意。これが、めざすべき境地です。

 さて、そのような涅槃の境地を完成しているのは一体誰なのでしょう。つまり、本節の全文の主語は何か、ということですが、「涅槃の完成者」は、お釈迦さまに決まっているではありませんか。「お釈迦さま」が隠れた主語です。

 三世の諸仏も般若波羅蜜多に依るが故に、阿耨多羅三藐三菩提を得たまえり。

 「阿耨多羅三藐三菩提」」は音写語で、いわゆる「さとり」のことですが、「この上ない完璧な目覚め」という意味です。ここで「般若波羅蜜多」と「涅槃」と「阿耨多羅三藐三菩提」の三つが、しっかり肯定されています。般若心経は、なにもかも「ない」といっているのではないのですね。

第4節  上昇の通路

 故に知るべし。般若波羅蜜多は、これ大神咒なり、これ大明咒なり、これ無上咒なり、これ無等等咒なり。よく一切の苦を除く。真実なり、虚からざる故に。

 すべては最後の真言に集約されます。それは大神咒であり、大明咒であり、無上咒であり、 無等等咒である、と。いずれも般若波羅蜜多を嘉(よみ)した名称です。自己という 高楼(こうろう)を昇り極めるための通路としての─。

 この 四つの咒(マントラ)の名が列挙されている理由は明らかではありませんが、本稿で試みた四階建てプラス屋上の構図にあてはめて、階上への通路にはそれぞれのフロアに応じた名称があると考えることができます。

 大神咒(偉大なるマントラ)は、一階(幼児のフロア)から二階(大人、世間のフロア)への通路です。この上昇は人間にとって偉大な飛躍というべきでしょう。

 大明咒(偉大な明知のマントラ)は、二階から三階への通路です。無明の対極の明知こそ三階のフロアの光です。

 無上咒(この上ないマントラ)は、三階から四階への通路です。この建物にはこれ以上の階はありません。 

 無等々咒(比べるものなきマントラ)は、四階から屋上への通路です。屋上は大空そのもの。これに比べられる展望はないでしょう。

 このように四つの咒(マントラ)の名称と各階のレベルとは奇しくも符合します。般若波羅蜜多は新たなる次元に参入する手だてなのです。その結果が「よく一切の苦を除く」です。

 本節の「真実」にあたる原語「サトヤ」は「究極のありよう」といった意味です。真実は真実でも「究極の真実」です。般若波羅蜜多は飛翔への推進力を秘めた祈りの言葉であり、人間の思慮分別を越えていて何の偽りもないので、「不虚なるがゆえに」すなわち「偽りなきがゆえに」と述べられます。

 最後に般若波羅蜜多の咒が披露されて、壮大かつ深遠な寸劇(ドラマ)は幕を下ろします。

第5節  祈りの彼方

般若波羅蜜多の咒を説いて曰く─ 掲諦、掲諦、波羅掲諦、波羅僧掲諦、菩提、薩婆賀。般若心経。

この咒はサンスクリット原文を音写したものです。原文をカタカナで表記しますと、

 「ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スヴァーハー」となります。玄奘三蔵は漢訳できない語として次の五種類をあげています。

(1)陀羅尼(だらに)(真言)のように秘密の語。

(2)「薄伽梵(ばがぼん)」のように多義のある語。

(3)「閻浮樹(えんぶじゅ)」のように中国にない語。

(4)「阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)」のように先例のある語。

(5)「般若(はんにゃ)」のように「知恵」と訳してしまうと意味が軽くなってしまう語。

 これを「五種不翻」といい、これら五種類のいずれかの語は漢訳せずに、音写語が用いられました。その筆頭が真言です。

 音写語は漢字の字面から意味を窺うことはできません。意味を知るには、サンスクリット原文にあたる必要があります。でも、サンスクリット語を解する者なら誰でもわかることを、一体なぜ「秘密だから」といって真言は漢訳されなかったのでしょう。 

 実は真言は、その一つ一つの文をさして真言というのではないのです。真言とは、特定の儀礼や瞑想修行において師より弟子に伝授される言葉で、そこで用いられて初めて真言の名に値するものとなるのです。

 真言とは、そうした特殊な場面で誦(とな)えられる象徴的かつ聖なる音韻です。それが繰り返し誦えられることによって修行者の人格を調和的に揺さぶり、より高次の体験へと飛翔させる「祈りの言葉」なのです。だから般若心経においても、観自在菩薩が舎利子に伝授するというかたちで示されているわけです。

 真言の真価は字句の意味よりも、その場面の神秘性にこそあるので、漢訳せずに原文を忠実に音写表記する方針がとられたのです。真言の音節や意味が秘密ということではないので、次に概略を説明しておきます。

 まず、最初の「掲諦(ガテー)」ですが、これを文字どおりの「行く(往く)」という語意にとらわれてはなりません。行くとか行かないということではなく、より適確な語感は「理解する」でしょう。「智慧の完成」という意味の「般若波羅蜜多」と重なる語です。

 この「掲諦」が、つごう四度繰り返されることによって、階段を昇って理解を高めていく展開が実感されることでしょう。

 次の「波羅掲諦(パーラガテー)」の「波羅(パーラ)」は、「彼岸」とも訳される語ですが、要は「超越的地点」のことです。これが「掲諦」と結びつくことによって、現地点を越えた展望が開けてきます。

 さらに、「波羅僧掲諦(パーラサンガテー)」の「僧(サン)」とは、「完全に」という意味ですから、ここで完全な理解に達し、いわば階段を昇りきって全方位に見晴らしがきく状況が現出します。それがまさしく「完璧な目覚め」であることが、「菩提(ボーディ)」の語で示されます。

 最後が「薩婆賀(スヴァーハー)」ですが、この語は、仏教に限らず、インドでは儀礼において 咒句(マントラ)を誦えつつ神々等に供物を捧げる際に用いられる定型の終句です。「成就あれ!」というほどの意味です。

 以上が一応の語義の説明ですが、「掲諦」から「菩提」までの各語は、実はすべて「般若波羅蜜多」の別称で、しかもそれらは女性名詞の呼格(呼びかけ語)ですから、女尊の名称なのです。 

 般若波羅蜜多が女尊であり、掲諦の句がそれと同義の女尊への呼びかけといえば、奇異に感じられるかも知れません。

 宋(そう)の時代に漢訳した施護(せご)の経題は「聖仏母般若波羅蜜多経」となっていて、般若波羅蜜多が「仏母(ぶつも)」と呼ばれていたことを示しています。実際に、大般若経巻14の中の「仏母品」という一節には、「般若波羅蜜は能(よ)く諸仏を生ず」と記されていますし、このほか維摩経などの多くの仏典にも「仏母」としての般若波羅蜜多が説かれていることは事実なのです。

 お釈迦さまのご生誕の聖地ルンビニーの守護神は、生母マーヤー(摩耶)夫人です。お釈迦さまをこの世に産んでわずか七日で没した母マーヤーの名は「幻影」を意味し、その現地名「ルンミンデーイ」の原意は、「失われた女神」です。数百年の時を経て、仏陀(ブッダ)の母は般若波羅蜜多として蘇り、大乗仏教の原動力となったのでした。 


https://jukuhinokuruma.blogspot.com/2022/01/blog-post_24.html 【「空海著, 加藤精一編集『般若心経秘鍵 ビギナーズ 日本の思想』角川ソフィア文庫_新春に『四国遍路』を渉猟する」】より昨夕、

◆ 空海著, 加藤精一編集『般若心経秘鍵 ビギナーズ 日本の思想』角川ソフィア文庫

の初読・再読を終えた。

『般若心経秘鍵』の〔原文 訓み下し〕はもとより、〔口語訳〕についても、つたない理解に終始した。再読後 時が経過し、『秘鍵』は、『般若心経』の「密教的意味」に則した訳でも、読みでもないことに気づいた。愚かだった。先入観の怖さを知った。

 空海は『般若心経』を五つに分け、詳細に論じている(五分判釈(ごぶんはんじゃく))。『般若心経』の各句が、「仏教諸宗そして二乗教(南方仏教、小乗教)」の宗旨から成ることを、次々に判じ、評釈していく。空海のその学識、またその手さばきはみごとである。

 そしてついには、「このように考えれば、仏教の各種の悟りの心境も内容も、各種の教えもその依りどころも一切合切がこの経(『般若心経』)に説きつくされており、漏れるものは一つとして無いのであります。欠けているもののあろう筈はありません」(82頁)と結論づけている。

『般若心経秘鍵』は、空海の入定前年の著であり、最晩年の作である。

 これについて、加藤精一は、「すべての仏教徒が共に『心経』を読み、あるいは書写することによって、仏教徒たちは同じ土俵の上に乗ることができる。万人に共通の光を求めていた空海が『秘鍵』を著作したのはこのためだったと言える」(128頁)と書いている。

 空海の果てしない夢である。

 加藤精一は、『般若心経秘鍵 』を「般若心経の真意を読み解く秘密の鍵(かぎ)」(45頁)と口語訳している。それは、空海の心意であり、まったくの新釈だった。

『四国遍路』の渉猟を、 川崎一洋『弘法大師空海と出会う』岩波新書を嚆矢とし、

◆ 空海著, 加藤精一編集『般若心経秘鍵 ビギナーズ 日本の思想』角川ソフィア文庫

で終えることができたのは幸運だった。

 思いがけずも長期間におよんだが、それは『般若心経』のもつ深遠さに由来するものである。連作は終えるが、寄せる波は続くであろう。よく「持(たも)」つことを心がけたい。

 新緑のころには、高野山へ、また東寺へと思っている。

コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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