日本人としての自覚と誇り

https://nezu3344.com/blog-entry-4400.html?fbclid=IwAR3hINofg5Uqh9eWgOcLvmBx9UW-EZ2VbzUcyfks2MtwXI6slka1BwgZluI 【民族(エスニック)という自覚、国家(ネイション)としての自覚】より

日本が誇れるだけの国家となっていれば、どれだけ外国人が増えても、本当は大丈夫です。実際、平安時代初期には3分の1の豪族が帰化系の人たちでしたけれど、日本は文化花咲く平和な国を実現しています。

いま、ごくわずかな数百万人程度の外国人によって日本が壟断されるのは、日本人が日本人としての自覚と誇りを失っているからに他なりません。そしてその自覚は、どこぞの半島人のように、民族(エスニック)としてではなく、国家(ネイション)としての自覚である必要があります。

沖縄の琉球民族だとか、アイヌが先住民族だとか、やたらに民族を口にする人たちがいます。

「民族」を辞書で引くと、「人種的・地域的起源が同一または同一であると信じ、言語・宗教などの文化的伝統と、歴史的な運命を共有する人間の集団」と書かれています。

ところが実はこの「民族」という思想こそが、きわめて危険な思想です。なぜなら「民族」は、どの人なのか特定も線引もできないからです。だから紛争になります。

そして民族紛争は、必ず流血騒動になります。なぜなら血族なら、誰が親なのか証明が可能です。昔はこれを「姓」と言ったわけで、「姓」というのは女性から生まれたという字です。

同じひとりの特定の女性から生まれた血縁集団が「姓」です。氏族も、同じ素性を持った人たちですから、これまた証明が可能です。

甲斐の武田家の家臣団であれば、誰と誰と特定ができます。

ところが民族になると、沖縄の翁長知事みたいな人が、わざわざ国連にまで出向いて「琉球民族は日本民族とは異なる」などと発言したりしましたが、では、その琉球民族とは誰のことなのか、というと、その特定ができない。

沖縄県出身者という意味で言っているなら、東京にも大阪にも札幌にも福岡にも、沖縄県出身者はいます。

いま沖縄に住んでいる人という意味なら、本土から移り住んだ人や、選挙工作やデモのためにアルバイトで入り込んでいる左翼の工作員たちも琉球民族です。

もちろん先祖代々の沖縄出身の方もおいででしょうけれど、ではそういう方が本土の人と結婚したら、生まれた子供は琉球民族なのでしょうか、それとも大和民族なのかというと、これまたむつかしい。

さらにやっかいなことに、日本語の「民族」と、西欧における「エスニック(Ethnic)」がまた、意味が全然異なるのです。

もともと西洋社会はたいへんに暴力がさかんで、常に上か下かの競争と殺し合いが日常的、恒常的に発生し、一般の民衆が常に身の危険に晒されていたという歴史があります。

このため中世ヨーロッパでは、平均寿命も24〜5歳だったりしています。

こうした厳しい環境の中にあって、自分たちの身を守るために、すすんで王の庇護下にはいる。王は民衆を守る義務があり、民衆はその見返りとして税を払う。これが、王の主権のはじまりです。王の庇護下にある領土領民を守るために、王は進んで主権者として他国と交戦するし、領土を広げ、あるいは植民地をなし、他国から金品を奪って自国の繁栄を図ります。

いいとか悪いとかではなくて、そうせざるを得なかった事情が、西欧社会の歴史にはあったのです。

こういう次第ですから、強い王の下には、いろいろな言語を話し、様々な血縁共同体があり、またときには宗教さえも、同じキリスト教徒とはいっても、カトリックとプロテスタントでは、まるっきり教義が異なるのですけれど、そうした宗教の壁さえも越えて、自分たちの安全をはかるために、様々な地域の様々な人たちがひとつの王のもとに集いました。

たとえばフランスの場合であれば、もともとフランス語を話したのはフランス北部に発生したフランク族だけです。

英語で「フランク(Frank)」といえば、率直といった意味いなりますが、映画『指輪物語』に出てくるエルフ族のように、王が髪の毛をロングヘアに伸ばし、他の者は後ろ髪を刈り上げるといった特徴のある格好をした一族がフランク族です。

このフランク族は民族ではなくて、複数の血族が集まった戦闘集団で、これが次第に勢力を伸ばし、オック語やピカルディ語、ブレイス語、アルザス語、フラマン語など、77種類もの異なる言語を話す人々の住むエリアを次々併合し、ブルボン王朝のルイ14世の時代に最大版図となったエリアが、いまのフランスです。

要するにフランスは「国家(Nation)」です。

これに対して、フランス国内にもともとあった77種類もの異なる言語を話す人々は「エスニック(Ethnic)」です。日本語だと「民族」と訳されます。

けれどエスニックは、きわめて曖昧なもので、早い話が日本人でフランスに住み、フランス語を流暢に話す人は、日本エスニックなのか、それともフランス・エスニックなのか。

あるいは深く日本を愛し、日本語を日本人以上に流暢に話し、日本文化への造詣が深く、日本国籍を持っているフランス人は、日本エスニックなのか、それともフランス・エスニックなのか。要するに境界が曖昧なのです。

フランスに住んで、フランス国籍を持っていれば、フランス語を話せなくてもフランス人だというのは、ネイション(Nation)の考え方です。

フランスに住んでいて、フランス語を話しても、日本人は日本人だというのなら、それはエスニック(Ethnic)の考え方です。

しかし、そのエスニックが、当該国の内外で、独立運動や民族自決などと言い出したら、これはもう収拾がつきません。

さらに加えて、日本語の「民族」の定義がもっと曖昧です。

満州国人(ネイション)という意味でも「民族」という語が使われるし、満洲国民であるモンゴル人(エスニック)という場合でも「民族」の語が使われます。

日本語における「民族」という語は、同族意識を持ち、同種の文化・伝統・慣習を有する人間集団として用いられる用語でしかないため、概念として、あまりにも曖昧なのです。

従って、上に述べたように、沖縄の翁長知事が、わざわざ国連にまで出かけて行って、

「沖縄民族(沖縄エスニック)は、大和民族(大和エスニック)によって、意思に反して無理やり併呑されたのだ」などと述べた場合、日本語で聞くと、さももっともらしいご高説に聞こえますが、これを英語圏などの西欧諸国の人が聞くと「?」マークが点滅します。

沖縄の人たちが「ethnic」というのなら、その「ethnic」ごとに「国家(Nation)」が独立しなければならないのなら、フランスなどは、それこそ77カ国に分割しなければならないことになるからです。

アメリカ合州国のように、そもそも多民族共同体としてスタートした国家も、存在すらできません。

日本国内でも、会津人、鹿児島人、上州人、関西人、関東人など、それぞれに微妙に異なる文化・伝統・慣習を持っていますが、それらを異なる「エスニック」と考えるなら、それぞれが民族自決のための独立運動の対象となります。

もっといえば、武家と農家、商家では、文化・伝統・慣習が異なります。

さらに言うなら、お隣のお宅と、自分の家では、文化・伝統・慣習が異なるし、親子兄弟姉妹においても、それぞれに個性があって違いがあります。

要するに「ethnic」を言い出したら、きりがないのです。

きりがないということは、「琉球 ethnic」が、国家として独立主権や排他性を持とうとするということは、そもそも、どっからどこまでが「琉球 ethnic」を示すのかという定義さえも曖昧なわけですから、こうなると、もはや殺し合いと暴力によって、上下と支配を打ち立てるしかなくなってしまうのです。

翁長知事のいう「琉球民族自決」というのは、実は、たいへんに暴力的で危険な思想であるということなのです。

「民族」が「血族」を示す言葉であれば、「何親等までを血族とする」という線引も可能です。あるいは氏族であれば、「◯◯家の人々」として特定できます。

けれど「ethnic」は、文化・伝統・慣習を同一にする人々という意味であって、特定ができないのです。まして日本語の「民族」になると、もはやお手上げです。半島人を民族とする見方も同じです。半島人は、歴史的にかなり血の密度が濃い人々であって、血族性の高い人たちであると言われますが、では、どこからどこまでがコリアン・エスニックなのかというと、これまた曖昧なのです。そもそもコリアンは、単一民族ではありません。

語族そのものが6種に別れ、民族的にも扶余系、濊族系、高句麗系、百済系、新羅系、済洲系と、まるでエスニックが異なる人々でした。

新羅や李氏朝鮮王朝などもありましたが、これはたとえてみれば、アフリカにアフリカ王国を自称する暴力団がひとつあったという程度のもので、国内が言語的文化的共同体となっていたわけではありません。

それを、ひとつの語族、ひとつの文化にまとめたのは、実は日本です。

日韓併合後、日本は半島における標準語と標準文字を確立し、ハングルを復活させ、学校をつくり、服飾文化や住居文化、あるいは食文化なども、築いていきました。

もっというと、それまでの半島の王朝は、むしろ半島内のエスニック相互の交流を分断することによって、政権の安定を保っています。

これを日本は、彼らにコリアンとしての誇りをもてるように、朝鮮半島の歴史が始まって以来はじめて、コリアンという文化意識を彼らに植えつけたわけで、こうして生まれたのが、実は「コリアン」というエスニックです。

要するにもともと朝鮮半島では、李氏というひとつの「エスニック」が、朝鮮半島内にある「他の5つのエスニック」を束ねて王朝「ネイション」を築いていたわけです。

その半島を併合した日本は、李氏朝鮮王朝を正統な「ネイション」として扱い、朝鮮半島にある異なる「エスニック」もまとめてひとつの「エスニック」として統合しようとしたわけです。

朝鮮半島がネイションではなく、日本ネイションの一部となったわけですから、日本はそのようにしたわけです。

その意味では、これは私見ですが、日本の半島統治は失敗したと思っています。

むしろ半島は、ひとつのエスニックに統合するのではなく、6つの県に分割して、それぞれのエスニックの文化を蘇生、復活させ、エスニック毎の郷土愛を育むべきであったのではないかと思っています。

多くの日本人は、いまでも、このエスニックとネイションの区別がついていません。

「民族」という便利な用語で、エスニックとネイションの両方をひとまとめにしてしまっていることに安住し、エスニックの独立という言葉の持つ恐ろしさに気付いていません。

それどころか、「国家(Nation)は民族(ethnic)ごとに独立しなければならない」などと、まったく意味不明の論理のパラドックスの中に入り込んでいます。

この理屈は、戦前の朝鮮独立派の不逞コリアンのバカ者どもとまったく同じ発想にすぎません。同じ会社で働くA君とB君が、それぞれエスニックを言い出したら会社組織は成立しません。「お前とは生まれや出身や信仰や生活習慣が違うから、一緒に仕事ができない」などという、そんな主張を真に受けていたら、まともな経済活動など成立しません。同様に、同じひとつのネイション(国家)の中にあって、互いにエスニックが異なるから一緒にやっていくことはできないなどと言い出したら、これまた国家など成立しえません。

日本語の「民族」には、ネイションという意味と、エスニックという意味の両方が内包されています。

このことを明確にしないで、ただ「民族」を言い出すのは、国家解体を唱えているのと同じことなのです。ちなみに平安時代の初頭、我が国の人口構成は、なんと人口の3分の1が渡来してきた帰化人でした。

渡来先は半島やチャイナだけでなく、タイやインドもあれば、中東やアフリカ、南北アメリカ大陸からまでもあったようです。

当時の日本は、東亜の超大国だったからです。

けれど平安時代は、みなさま御存知の通り、我が国の文化が爛熟期を向えた時代です。

こんなに外国人が多いのに、どうしてそのようことをなし得たかといえば、平安時代の日本が「国家(=ネイション)を営んだからです。

そして国家としての軸になる記紀や、万葉集などの高い文化性をその前の時代に定着させ、さらに広大な農地開拓によって、食料事情に余裕を持っていた。

このことが、どんなに外国人が多く入り込んでも、国内に一点の乱れも生まない強靭な国家を形成する元になっています。

日本が誇れるだけの国家となっていれば、どれだけ外国人が増えても、本当は大丈夫です。

実際、平安時代初期には3分の1の豪族が帰化系の人たちでしたけれど、日本は文化花咲く平和な国を実現しています。

いま、ごくわずかな数百万人程度の外国人によって日本が壟断されるのは、日本人が日本人としての自覚と誇りを失っているからに他なりません。

そしてその自覚は、どこぞの半島人のように、民族(エスニック)としてではなく、国家(ネイション)としての自覚である必要があります。

つまりどのような日本を築くのか。日本人のその意思こそが、日本をつくるのです。

あたりまえのことです。

※このお話は、新しい歴史教科書をつくる会主催「日本史検定講座」における宮脇淳子先生、倉山満先生の講義をもとに、私なりに考えをまとめたもので、2016年1月の記事のリニューアルです。

お読みいただき、ありがとうございました。


https://note.com/happybongo/n/n8b664e962bd2 【日本人としての自覚と誇りを見直す】より

“国破れて山河あり”という言葉があります。たとえ国が滅んでも自然の山河は変わらないという意味ですが、山河はまた、われわれの心のふるさととも言えましょう。歴史に幾変転はあっても、人のふるさとを想う心には変わりはありません。この国に祖先が培ってきた伝統の精神、国民精神もまた変わることなく、お互い人間の基本的な心構えであると思います。

われわれは日本という尊いふるさとを持っています。これを自覚し誇りとし活動する、そこにはじめて、お互いに納得のいく動きが起こるのではないでしょうか。日本人としての自覚や誇りのないところには、日本の政治も経済もないと思うのです。

https://www.panasonic.com/jp/corporate/history/founders-quotes.html より

松下翁は、「日本人としての自覚と誇り」に関して、言葉を換え以下のように仰っています。

花が散って、若葉が萌えて、目のさめるような緑の山野に、目のさめるような青空がつづいている。身軽な装いに、薫風が心地よく吹きぬけ、かわいい子供の喜びの声の彼方に、鯉のぼりがハタハタと泳いでいる。

五月である。初夏である。そして、この季節にもまた、日本の自然のよさが生き生きと脈うっている。

春があって夏があって、秋があって冬があって、日本はよい国である。自然だけではない。風土だけではない。長い歴史に育まれた数多くの精神的遺産がある。その上に、天与のすぐれた国民的素質。勤勉にして誠実な国民性。

日本はよい国である。こんなよい国は、世界にもあまりない。だから、このよい国をさらによくして、みんなが仲よく、身も心もゆたかに暮らしたい。

よいものがあっても、そのよさを知らなければ、それは無きに等しい。

もう一度この国のよさを見直してみたい。そして、日本人としての誇りを、おたがいに持ち直してみたい。考え直してみたい。

(松下幸之助著「道をひらく」)

松下翁は日本人の優れた伝統精神として、大別すると「和を以って貴しと為す」、「衆知を以って事を決す」、「主座を保つ」の3つであるとしています。つまりは、平和愛好の精神、民主主義、主座を失わずに外来のものを消化吸収し日本化する力となります。

他方で、アニミズムを起点とした視点から、この国に祖先が培ってきた伝統の精神や国民精神を鑑みるならば、日本の仏教が大きく発展した鎌倉仏教の礎である平安時代の終わりの「天台本覚論」の思想にあると言えるのではないでしょうか。天台本覚論では以下の考え方が基本になっています。

「山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)」

山や川も、草や木も、すべて成仏する。動物はもちろん、植物や鉱物、山や川まで仏性を持っていて、仏になれる。生きとし生けるものはすべて共存するという考え方です。

仏教発祥のインドでは、動物に仏性はあると考えますが、植物や鉱物、山や川に仏性があるとは考えないそうです。仏性があると考えるのは中国の一部と日本しかないそうです。哲学者の梅原猛さんは、日本には他国とは異なる素晴らしい自然があったためこの考え方が一挙に広がり根付いたのではないかと仰っています。

植物や鉱物、山や川にも仏性があると考えることで、そこから多くの学びを得ることが可能になります。私たちの祖先は、美しい日本の自然から多くのことを学び、それを精神的な支柱とすることで、他国とは異なる優れた国民的素質が生まれたのではないでしょうか。人間の力の及ばない大自然は、畏敬の念を抱かせ、それと同時に謙虚さを生み、勤勉にして誠実な国民性を培う礎になったのではないでしょうか。

ボーダレス化が進み多様化が求められる時代において、日本人が国際社会で生き抜くためには、もう一度日本人が有するナショナリティを見直し、それをコアコンピタンスとして私たちが共有していくことが不可欠であると私は考えます。


Facebook西尾仁さん投稿記事 【日本人の自覚】(抜粋)

私達は、『こういう働きをしよう』とシナリオを描いて生まれてきたのですが、それを忘れ果てているのです。生まれてきたのには、理由があるのです。それは、

①地上を平和で調和された安らぎのある世界へ導くことと、

②自分自身(魂)を進化向上させることです。

誰もが「周りを喜ばせる使命」を持って生まれてきており、使命を果たす中で、過去世のカルマも精算していくのです。日本人の私達は、「日本人としての自覚」をもっているでしょうか。「極東の小さな島国の日本」に過ぎないと思っておられませんか?

「先の戦争に負けて、アメリカに頭が上がらない」と考えているでしょう。

実は、日本人は地球の代表として、その存在が宇宙からも評価、承認されているのです。宇宙の惑星人が「地球の交渉相手」として認めるのは、日本人だけなのです。

やがて、地球人は宇宙時代へ突入していきます。異星人の協力を仰ぐときが必ず来ます。

その時の交渉の相手は、日本の代表になります。ぜひそのことだけは心の片隅に覚えておいて下さい。

今から日本人がやらねばならないことーーー

それは

①「国際紛争の解決の手段として武力を行使することを、永久に放棄する」と明文化された『平和憲法』を世界に広げることです。それを「世界の憲法」にしていかなければなりません。核兵器は当然のこととして、武器を持たない世界をつくっていくのです。

②次に貧富の差の激しい国々の調和を図る必要があります。

 富める国が持たざる国に、無償援助するのです。日本人がリードして世界を指導していく必要があります。先進国も日本の考えに賛同し同調してくれることでしょう

 日本人の役割は大きいのです。

「想念は現実化する」という真理です。「世界ををこのように変えたい」「地球をこのような星にしたい」と想う(イメージ)ことが重要なのです。

日本人が「地球の代表」という自覚に目覚めて、「世界のあるべき姿」をイメージできる人々が多くなれば、確実に地球は進化向上していきます。

自分の生活だけを追い求めても、何も変わりません。 

医学博士  岡崎公彦 著 「究極の難病完治法」より


https://www.kyoto-np.co.jp/articles/biz/788081 【非常時のあり方 俳人 黛まどか氏】より

 新型コロナに関して緊急事態宣言が出された2020年の春、多くの人からこんな言葉を聞いた。

 「人間が活動を止めて籠っている間に、気が付けば木々は芽吹き、花は咲き、鳥がさえずり始めていた。自然のいのちのダイナミズムに感動し、勇気づけられた」と。

 その夏、有志たちと「京都×俳句プロジェクト」を立ち上げた。俳句は花鳥諷詠。自然つまり「いのち」の詩だ。近年俳句(HAIKU)は世界中で親しまれている。今日ある「いのち」の輝きを詠み留め、世界の俳句愛好家たちとともにこのパンデミックを乗り越えようという趣旨だ。

 京都には日本文化のエッセンスが詰まっている。また歳時記は、京都を中心に編まれている。この活動を世界に発信する地は、京都をおいて他にない。 

 21年、多言語での俳句募集を開始すると、瞬く間に46カ国から1700を超える俳句が寄せられた(22年5月現在)。5月には「世界オンライン句会」を開催。嵐山を舞台に、フランス語圏4カ国の人々と日本人が参加した。

 12月には英語圏で開催。NHK国際放送の協力を得て、ミャンマー、イラン等からの特別参加もあった。困難な人生を、俳句を支えに生きる人たち。短いからこそ、余白にある背景や感情を察し合える。言葉の壁を越えて思いがひとつになる瞬間を経験した。句会の終わりにアメリカ人女性が感極まって言った。「今日、私の人生は変わりました…」。

 ロシアがウクライナに侵攻すると、「Haiku for Peace」を掲げて世界中の俳句愛好家に呼びかけた。すると約2カ月で30カ国から投句があった。日本でも各界から参加があり、政界からは林芳正外務大臣や河野太郎氏、また京都ゆかりの千玄室氏、中西進氏、山折哲雄氏、尾池和夫氏からも平和への一句が寄せられた。

 その中にロシア人(真莉愛さん)からの俳句があった。

  雪の後元に戻らぬ桜かな

 季節外れの雪に花を咲かせることが出来なかった桜と、戦争によって未来を奪われた人々を重ねた句で、添えられたメッセージの結びには「この悲劇を防げなくて、本当に申し訳ありませんでした」とロシア人としての悲痛な胸の裡がつづられていた。

 実はウクライナのハルキウに、日々命がけでこの戦争を俳句に詠み続ける若い女性がいる。真の平和を願う世界中の俳人とつながっていることを彼女に伝えることで、地下壕(ごう)に一筋の光が射せばと願う。 

 2年前の3月、ドイツの文化相が会見で言った言葉がよみがえる。「いま文化は生命維持のために必要不可欠です」。日本では「文化」は政治や経済に劣後するという通念が一般的だ。他方、彼らにとっての「文化」は社会の基層にある。人間の人間たるゆえんが「文化」だ。生活文化、教育、哲学…基盤である文化が痩せれば、おのずと社会全体が衰えていく。それが彼らの考え方だ。

 ウクライナの惨状に日本が果たす役割は、軍事支援よりもむしろ文化貢献ではないだろうか。戦下の文化交流を実現する…その役割を担えるのもまた「京都」だ。

 企業として、都市として、国として、コロナ禍や戦禍といった非常時にどのような行動をとったかを、世界は見ている。

Haiku for Peace  https://kyoto.haiku819.jp/ja/20220319-1/


https://www.chunichi.co.jp/article/653837 【第565回 Haiku 世界が共感 俳人・黛まどかさん】より

中日懇話会で俳句の力について講演する黛まどか氏

 第565回中日懇話会(中日新聞社主宰)が14日、名古屋市内であり、俳人の黛(まゆずみ)まどか氏が「Haiku for Peace 平和への一句」と題して講演した。外国語の短い三行詩が「俳句」と呼ばれ、海外で普及していることを解説。東日本大震災の被災者の句が広く評価されていることや、ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、世界から句を募集した自身の取り組みを紹介した。

 講演の要旨は次の通り。

 【世界に広がる俳句】

 「全ての虚飾を取り払った後には真実が残る。僕が知る詩の形式の中で一番美しい」。ジョン・レノンがこう評した俳句が、世界でブームだ。70カ国以上の200万人以上が親しんでいるとされる。私は文化庁の「文化交流使」として欧州に滞在した際などに、海外で作句を指導したり、愛好家と交流したりしてきた。

 俳句は季語を入れて575で詠む型がある。外国語でも型がなければ、ただの短詩にすぎない。例えば単語の音節の数を575にし、季節の言葉を入れるのが望ましい。こうした型は海外でも浸透しつつある。

 【震災の句にも評価】

 東日本大震災では、被災者らも自身の思いを俳句に詠んだ。小野とめ代さんの<夕焼けの空を供華(くげ)とし津波跡>。津波で何もかも流されて死者に手向けるものがない。だから夕焼けの空を供えたという。箱石郁子さんの<一切を失い仰ぐ山法師>。木に咲くヤマボウシの花を見上げる。この動作で気持ちが少し上を向き始めていることが分かる。

 こうした動きを、海外の人々は驚いて受け止めた。震災の1年後、仏紙「ル・フィガロ」が、俳句を詠む被災者らについて報じた。自然に打ちのめされたのに自然をたたえ、困難を乗り越えようとしている。「この国には、まだ言霊が生きている」と指摘している。

 【戦地の人々と詠む】

 ロシア軍のウクライナ侵攻が始まり、私は「Haiku for Peace」を掲げた企画を始めた。平和をテーマに、世界から俳句をインターネットで募集した。作者の思いが集まれば、大きな言霊になって停戦に向けた一助になるのでは、との思いからだ。45カ国から、12言語の約千句が寄せられた。

 中日新聞の記事で、ウクライナのウラジスラバ・シモノバさん(23)が英語で俳句を詠んでいると知った。記者を介して連絡し、地下壕(ごう)から俳句を送ってもらった。<兵(つはもの)のやうに新樹の並び立つ><街の灯の消えハルキウの星月夜>。人間はどんな過酷な状況でも星や花を美しいと思う。生き物として、そこに命の根源を感じるからではないか。

 今、ウラジスラバさんの句集を編集している。戦争の悲惨さを命懸けで告白し続ける俳人がいることを、世界に知らしめたい。今夏の出版を目指している。



コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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