五島珊瑚

https://nagasaki-bunkanet.jp/institution/%E7%8F%8A%E7%91%9A%E8%B3%87%E6%96%99%E9%A4%A8/  【珊瑚資料館】より

五島における珊瑚細工の歴史は、1886年(明治19)男女群島沖で発見されたことに始まります。サンゴは深海に生え、最低でも500年から600年もの長い年月をかけて育ったものでなければ宝石としては使えない貴重なものです。現在も五島黒瀬沖や東シナ海女島海域にてサンゴ船で採取し、加工される珊瑚細工は五島が誇る伝統工芸となっています。特に、富江は、明治以来の珊瑚加工の名産地として知られています。1953年創業の出口珊瑚の2階に設けられた資料館では、サンゴ漁や世界のサンゴについての紹介がなされているほか、サンゴの原木や繊細かつ深い彫りが施される「五島彫り」による美しい珊瑚細工の名品の数々が展示されています。また工房見学のほかペンダントなどをつくる加工体験も出来ます(予約制)。


https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/f5ac2f5c410ae2009ec7380408bd979dd11ccdd8 【五島列島の珊瑚と109年前の大きな海難】より

饒村曜気象予報士

長崎県五島列島付近は、近年、中国漁船団の赤珊瑚の密猟が大きな問題となっており、10月18日にも五島列島沖の排他的経済水域(EEZ)内で海上保安庁が拿捕した中国漁船から珊瑚が見つかっています。

この海域では、今から109年前の10月22日に珊瑚をめぐって大きな海難が発生しています。

五島列島沖の珊瑚は明治時代の主要な輸出品

欧米では、珊瑚は地中海やハワイ近海など、限られた海域でしかとれず、しかも、血のように赤い珊瑚は特に希少価値か高く、神秘的なものとして珍重されてきました。

明治初期に五島列島近海で発見された赤珊瑚は、その色や質、採取量から「世界一の五島珊瑚」として名声をはくし、生糸や銅と並んで、日本の主要な輸出品となっています。

このため、西日本各地から五島列島沖に小さな手こぎ船が多数出漁し、無理をして操業を続けていたため、台風などによって全滅に近い遭難が繰り返されています。

明治38年と明治39年の海難

図 明治39年10月24日6時の地上天気図と台風の経路(「気象要覧」より)

五島列島沖では、明治38年(1905年)8月7~8日に東シナ海を北上した台風により珊瑚船が大量遭難して219名が死亡するという海難が発生していますが、翌30年にはこれを上回る大きな海難が発生しています。

明治39年10月22日に台風が直撃し、死者・行方不明者1300名という大惨事が発生したのです。

中央気象台(現在の気象庁)が月毎に作成していた「気象要覧」には、次のような記述があります。

鹿児島県薩摩郡の珊瑚採取船90隻(乗員700名)が行方不明、長崎県五島の珊瑚採取船250隻が破壊沈没し、男女群島付近の海上に漂着した死体が600名以上。

出典:気象要覧(明治39年10月号、中央気象台)

その後の五島珊瑚

五島珊瑚は、多数のベテラン漁師を失ったことに加え、乱獲で良質のものが減ったことから衰退し、漁民の一部はサンゴを求めてオーストラリアなどに散らばっています。

最盛期に比べれば衰退したとはいえ、五島列島近海は、現在でも珊瑚の産地にはかわりがありません。ただ、珊瑚の生育には長い時間がかかります。

貴重な珊瑚を守り続け、後世に引き継いでゆくのが現在の私たちの課題ではないかと思います。

図の出典:饒村曜(1996)、明治時代の台風と気象事業(2)、月刊誌「気象」、日本気象協会。


https://goto.nagasaki-tabinet.com/spot/665 【五島珊瑚資料館】より

ごとうさんごしりょうかん

長崎県の伝統的工芸品、五島珊瑚の玉作りを、職人さんの教えで加工体験でき、珊瑚の歴史も勉強できます。

かつて男女群島沖で獲れるサンゴで栄えた五島列島。サンゴ細工は五島が誇る伝統工芸となっています。特に、富江は、サンゴ加工の名産地として知られ、水深千数百mという深海で500~600年かけて育った貴重な深海サンゴが宝石に使われています。

出口さんご店の2階にある資料館には、明治初期のサンゴや、サンゴ漁をしていた当時の舟の模型、世界のサンゴの品種など、数々の作品が展示されています。真っ暗な深海に育まれたサンゴが見せる多彩な表情に驚くはず。直売所も併設されており、ネックレスや指輪、タイピンなど様々なサンゴ製品が並んでいます。

また、職人の加工風景の見学もできます。


https://www.mistore.jp/store/nihombashi/event_calendar/takuminowaza/archive05.html 【出口さんご】より

五島の珊瑚の歴史は、明治19年に男女群島沖で発見されたことから始まります。明治から昭和初期にかけて五島は珊瑚漁で栄え、上質な五島の珊瑚を求めて、珊瑚の文化を持つイタリアから買い付けに来るほどでした。イタリア人からの彫刻技術の伝授や、国内の象牙職人との交流を経て、立体的な美しさが特徴の五島彫が確立しました。

〈出口さんご〉は、五島彫職人として活躍した亡き祖父と父の心を継いで、次女の栄美理さんが中心となり母の涼子さんと切り盛りしています。栄美理さんは作品づくりの要である素材の見極め方を早くから父に習い、現在に活かしています。先代から五島彫を学んだ甥の和輝さんも加わり、家族で工房を支えています。一つとして同じものがない珊瑚は、手をかけていくほど色艶が増し、そこに魅せられる、と栄美理さんは語ります。

コズミックホリステック医療・現代靈氣

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