https://www.kabuki-bito.jp/special/actor/kankyaku/post-kankyaku-32/ 【「人」を楽しむ 富樫佳織の感客道 黛まどかさん】より
2010年最初のゲストは、俳人の黛まどかさんです。女性ならではの感性を17音に織り込んだ句は多くの人の「日本人魂」を揺さぶります。水面に一滴の雫が落ちたかのように、静かに、しかしどこまでも広がる句の世界観―。
黛さんとの観劇には日本人が生きてきた道を感じる「気づき」が溢れています。
着物を纏うのは“挨拶”である
凛とした着物姿で、黛さんは観劇にいらっしゃいました。歌舞伎を観てみたいと思う女性の「いつかはやってみたいリスト」上位に、必ずランクインしている「着物で歌舞伎を観ること」。着物姿の方を目にするだけでも、非日常への扉が開かれる気持ちがします。
黛 「歌舞伎を観るならばハレの日を自分自身で演出しないともったいないですよね。たっぷりある上演時間を素敵な佇まいの劇場で過ごすのですから、お芝居を見るのはハレの日!とまずは自分で演出することが大切だと思います」
富樫 「(笑)なかなかハードルが高いですよね」
黛 「私も、できることならいつも着物で来ることを目標にしているのですが…忙しい時は洋服で開演直前に滑り込むこともあります。歌舞伎は本来、バタバタと駆けつけて観るものではないと思うのですが…」
着物で歌舞伎を観に来ることは、当日その瞬間に至るまでの贅沢な時間を楽しむことだと黛さんは言います。
黛 「演目と配役を見てチケットを買った時から“歌舞伎を観る”序章が始まるのだと思います。俳優さんのことを調べてどんなお芝居になるのかと想像を巡らせたり、着物を着て行くとなれば、どのような着物にしようかと考えたり…そうしてハレの日を迎えるから格別な楽しさがあるんですよね」
富樫 「お話を伺っていると、観劇は季節の行事と同じように思えますね」
この日、黛さんは2頭の蝶々をあしらった帯。観劇をした演目は「双蝶々曲輪日記」です。
黛 「着物の楽しみのひとつは季節を纏うということ、そして歌舞伎を観劇する場合は俳優さんや演目に合せて着物を着る楽しみです。装いを季節や場に合わせるのは、日本人の感性が紡ぎ出す『挨拶』なんですよね。俳句がそうですし、着物もまさに挨拶なのだなと思います」
富樫 「そう考えると俳句や着物がとても身近に、そして大切なものに思えます!ただ、忙しい日常の中では本来の意味での『挨拶』を割愛してしまいがちですね」
黛 「そうですね。ですから歌舞伎を観る時はできれば着物で行って、劇場の玄関をくぐった瞬間に忙しい日々のことを忘れてどっぷり江戸時代につかりたいなという感じがあるんです」
着物を纏って劇場を訪れるひと、その美しい姿を観るひと。
着物や帯に託されたハレの日への想いを読み解くには、受け手側の感性も必要ではないでしょうか。そうした感受性は芝居や俳句、全ての日本文化の根底に流れる芯だと黛さんは言います。
作品に余白を紡ぐ、余白を読む
拝見した演目は『双蝶々曲輪日記 引窓』です。1749年に大坂竹本座で初演された全九段の人形浄瑠璃のうち八段目に当たる作品で、舞台は京都近郊の八幡の里。仲秋の名月が輝く夜の物語です。主人公・与兵衛の家の縁側には三方に盛られたお団子と、すすきのお供えがあります。
黛 「大道具を観るだけで日本人が古来いかに四季の変化に心を寄せてきたのか、そして自然を尊び、神仏に感謝して暮らして来たかが分かりますよね」
人を手にかけた息子をかくまう母の想いと、家族の情に打たれて使命に背く主人公・与兵衛の情を描く物語を、“引窓”から差す月の光が効果的に演出します。
富樫 「実際にライティングで月明かりを作るわけではないので、私たちは窓から差し込む光や月の夜の明るさを想像で見ています。観る側、受け手の想像力を補って完成する表現は俳句もそうですよね」
黛 「日本の文化は『余白』の表現が実際に目に見えるものと同じくらい大切にされています。俳句ですと言葉にしている部分は17文字しかないけれど、その背景に何があるのかを伝え、探り、想像することで完成します」
富樫 「黛さんの句には、たった17文字にまるでひとつのお芝居を観たかのようなドラマ性や、長い長い歴史を感じます」
黛 「句を作るときにはもちろん言葉を紡ぐのですが、感覚として余白を紡いでいる感覚がすごくあります。その感覚を突き詰めていくと、実は17音の句で勝負しているのは余白なんですよね。短い言葉でどこまで想いが伝えられるかをいつも考えています」
背景にある想いに読み手が触れられた時、端的に表現された世界は深く、そして重厚なものとなって心に響いてくる。
黛まどかさんが俳句の道を志すきっかけも、そうした余白で表現される人間の生きざまや想いを感じ取ったことだと言います。
鑑賞者と一体となって完成する表現
黛 「私が俳句の世界に興味を持ったのは、明治から昭和にかけて生きた杉田久女という女流俳人の評伝との出会いがきっかけです。高級官吏の父を持つ教養深い女性で、兄の影響で俳句に出会いその道に没頭していくのですが、まだまだ女性が文化的に活躍するには風当たりの強い時代でした」
女性だけの俳誌「花衣」を主宰するも廃刊の憂き目に遭い、同人に参加しては除名されるなど幾度となく表現の道を閉ざされた杉田久女。 彼女の代表的な句―「花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ」。
黛 「花衣というのは女性がお花見に出かけるために特別に誂える着物のことです。桜満開の春の夜、仕立てた美しい花衣を脱いでいくと、はらはらと畳の上に着物が落ち、帯が落ち、そして帯締めや伊達締めといった色とりどりの紐が落ちて行く美しい情景が目に浮かぶ句です」
富樫 「美しい情景ですね」
久女の句にはわずかな言葉の中に、お花見に至るまでに着物を誂えに行くウキウキした感じや、桜の下で女性が花を愛でている光景、花見から帰ってきて花衣を脱ぐ名残惜しさといった長い時間が見事に凝縮されています。
黛 「はらはらと落ちる紐はただ美しいだけではありません。女性が社会で活躍することのできなかった時代、その紐というのは久女をがんじがらめに縛っていたものの象徴なんです」
富樫 「それを句に…」
黛 「久女の俳句に出会って、心の奥に悲しい思い、つらい気持ちがあっても徹底的に美しい言葉で紡ぎ出す表現に衝撃を受けました。その美意識、余白の深みに触れた時に、俳句というものをもっと知りたいと思ったんです」
歌舞伎も同じです。「引窓」で、罪を犯した身内の姿を映し出す月の光。言葉や視覚表現では語られはしないけれど、その光と表裏一体の闇を私たち観客は感じ、人生で起こる理不尽や悲しみを重ねます。
黛 「俳句も、お芝居も、鑑賞している方が余白を読み取ってくださることでひとつの作品になるのだと思います。ある情景を切り取って紡いだ言葉にひとりの人間の人生や、苦悩、歴史といった奥行きを感じていただけたらという気持ちで句を詠んでいます」
余白に託された想いを察することは、人の想いを察すること。
黛さんのお話を伺ううちに、鑑賞者に必要なのは人の心情を理解する豊かな気持ちを育むことなのだと気づきました。
“和”の心を暮らしの中で育てる
続いて観劇したのは1865年に守田座で初演された『雪傾城』。成駒屋に縁の深い舞踊を、人間国宝の中村芝翫が孫たち6人と一同に会し共演する華やかな舞台です。
黛 「お祖父さまとお孫さんの共演が素晴らしかったです。ひとりひとりの所作を、芝翫さんが嬉しそうに、そしてしっかりと眼を配っているお姿に伝統の継承や家族の和を感じました」
富樫 「お正月風景を描いた題材ですから、羽根付きをする所作のところなどは実際に家族でこうして遊んでいるのかなと想像してしまいますね」
黛 「日本人は本来、お正月や雛の節句、端午の節句といった行事の節目節目に家族が会し、結びの和を確認していたのでしょうね。こうした行事が日常のくらしの中からどんどん消えているのは少し悲しい思いもあります」
俳句は、四季のうつろいを切り取り日々の思いを託した文学。黛さんは俳人としてご活躍しながら、こうした日本の伝統行事や原風景を次の世代に残していこうという「日本再発見塾」の呼びかけ人代表を勤めています。
黛 「『日本再発見塾』は、伝統的な生活を今も残す地域に滞在し、地元の方からお話を伺う中で、 自然と向き合ってきた日本人の暮らし、そこにある幸せを実感しようという試みです。昨年11月は岡山県の新庄村に滞在して村の民家に泊めていただきながら地元の方と交流しました」
日本の伝統的な生活に触れること、そして大都会で歌舞伎を観る時に、黛さんは暮らしの中に残したい大切な心持ちを見つけると言います。
黛 「“身の丈”で暮らすということの大切さです。村の方たちは田畑を耕し、自分の手で作るものの中で暮らし、そこに幸せを見出します。歌舞伎を観ていてもそうですよね。江戸時代の日本人は自分自身の身の丈を理解して、その中で幸せを感じていました。もっと豊かに、もっと贅沢にということではなく、自分に合った生き方ができれば人は幸せに近づけるんです」
観劇した最後の演目は『野田版 鼠小僧』。黛さんが現代日本を見つめ危惧している“身の丈”を越えた悲劇を体現するのが、まさにこの芝居の主人公・棺桶屋三太です。 金に目がなく、人のことを信用しない。世間で評判の鼠小僧になりすまし、ヒーローとあがめられながら最後は偽りの評判ゆえに追いつめられてゆく。
黛 「歌舞伎を観ると、かつての日本人はもっと大人だったのだなと感じます。自分の役割を知っていて、責任を負って生きているからこそ、失敗があっても赦される。今の日本は“甘え”の構造。成熟していないのです。日本人が持つ“赦し”の心の深さも、お芝居を拝見していつも感動するところです」
『野田版 鼠小僧』で、悪人に仕立て上げられた三太は人々の赦しを受けぬまま人生の幕を閉じます。そこに平成の歌舞伎らしさを改めて感じます。芝居が持つ江戸から現代へ脈々と流れる時間、歌舞伎が時代とともに生き続け社会を映している芝居であることを黛さんとの観劇を通して発見しました。
プロフィール
黛まどか
俳人。神奈川県生まれ。1994年「B面の夏」50句で第40回角川俳句賞奨励賞受賞。2002年には『京都の恋』で第2回山本健吉文学賞受賞。「日本再発見塾」呼びかけ人代表。主な著書に『B面の夏』(角川書店)、『花ごろも』 (PHP研究所)、『季語のにおう街』(朝日新聞社)など。近刊に『文豪、偉人の「愛」をたどる旅』(集英社)、1999年に北スペイン・サンチャゴ巡礼道およそ800キロを徒歩で踏破し詠んだ句を収録した『星の旅人』(角川文庫)がある。 昨年は新作オペラ『万葉集』の台本執筆など、幅広いジャンルで活躍している。
黛まどかさん公式サイト⇒http://www.madoka575.co.jp/
富樫佳織
放送作家。NHKで歌舞伎中継などの番組ディレクターを経て、放送作家に。
『世界一受けたい授業』『世界ふしぎ発見!』『世界遺産』などを手がける。中村勘三郎襲名を追ったドキュメンタリーの構成など、歌舞伎に関する番組も多数担当。
Facebookイーハトーブ心身統合研究所投稿記事
日本の神道は縄文の自然崇拝から来ている。石、岩、樹木、山、川を神の依代として自然を崇拝してきた。神社には鎮守の森があり、神の使いである蛇や鹿や動物がいた。
縄文時代、森羅万象に精霊が宿っていた。先祖の墓地がある広場を中心に同心円状に集落が形成されていた。縄文は文字や金属をもたず、富の蓄積をせず、王様を作らず、人を殺す武器を持たず、都市は存在していなかった。
集落はどこまでも開放的で城壁はなく家に鍵はかかっていなかった。縄文時代は死者と一緒に暮らし生と死は離れていなかった。
縄文と弥生の移行期になると墓地は集落の境に作られ、弥生時代になると村から離れた山の裾野などに作られた。
先祖の霊を部族の守護神として大切に祀るようになり精霊は遠い所から村に訪れるようになった。神がかりは女性から男性にかわり司祭によって組織化された宗教的行事が行なわれるようになった。
弥生時代になり大陸から金属製武器をもった父権社会の集団がやってきて戦いが頻繁にはじまると、外敵の侵入を防ぐ為にまわりに堀を幾重にもめぐらした高く厚い城壁が作られ、門は頑丈に作られた。
村落が形成されると自然崇拝の信仰対象は勢力を拡大した出雲系の祖先の霊廟に変わった。
その後、天孫族の勢力が拡大し他の部族を制圧すると出雲系の祖霊神は格下げされた。天孫族の祖霊は格上げされ国を守る最高の守護神「天照大神』として伊勢神宮に祀られるようになった。
縄文の精霊信仰は神社神道に吸収された。
かつて神である樹木や動物は人間と同じく手厚く葬られていた。
江戸時代の広島藩では「木一本が首ひとつ、枝一本が腕ひとつ」といわれ木を無断で伐った久兵衛という人物は打ち首になったほど森が守られていた。
明治になると天皇を頂点とする国家神道が形成された。記紀神話以外の神々は抹殺され、明治42年までに約19万あった神社が統廃合されて神社は11万までに減らされた。消えた約8万の神社の運命と同時にそこにあった鎮守の森も消滅していった。
戦後、高度経済成長が始まるとTVが普及し情報がマスコミ経由になって村の古老の話を子供が聞かなくなった。
日本は工業技術に価値を置くようになって村から都会へ人が移るようになった。村では人が変わり家が断絶した。
深夜電力を使ったコンビニが登場し真夜中も明るくなった。かわりに妖怪が姿を消し、目に見えるものだけを信じる人が増えて、狐にだまされる人が一斉に姿を消した。
大切に保護されてきた神話時代の森はお金の時代になると神聖さを失い単なる商品価値におとしめられた。
経済とお金が新しい神となった。森林は欲望の対象になり土地は売り渡された。森林は伐採され、自然は崩壊していった。
自然と村人を包んでいた神々の世界は姿を消した。昭和30年代の後半(1960年)を境に1万年の間、森を維持してきた村落共同体は急速に崩壊した。
それと同時に縄文時代から続いてきた自然を畏怖するという野生の思考も失いつつある。
動物も人間も生きている地球の大きな網の結び目の一部にすぎない。
すべての生き物はそれから離れて生きる事は出来ない。それでも人間は地球規模で自然を食いつぶそうとしている。
自分が誰なのか忘れてしまったのだ。
Facebook武田曉明さん投稿記事
日本語・虫の音・左脳・松果体、今ココに生きる=中今を生きる…日本人の役目・2025年位までに・幸せの世界
Facebook新田 修功さん投稿記事
すごいぞ日本人……‼️🇯🇵😊💕読書セラピー「賢者の一言」 ひすいこうたろう×SHOGEN
おれは地球にはまだ希望があると思っている。 日本人は1億2千万人もいる。
世界は80億人だ。 世界の80人に1人は日本人なんだ。 だから、地球にはまだまだ可能性がある。
地球のために頼むぞ日本人!「今日、誰のために生きる?」 より
………………………………✨✨✨
タンザニアの「ティンガティンガ」というペンキアートに魅せられて、いきなり会社を辞めて画家になるためにアフリカに修行に行った青年の実話です🇹🇿🎨
なんと、なんのコネもない青年が、帰国後に行った居酒屋で、偶然となりに座っていた作家のひすいこうたろうさんに出逢います。
ひすいこうたろうさんが、ベストセラー作家だなんて知らない青年は、アフリカの村で学んだ日本人の心の大切さを、熱弁したそうです。
(帰国後、情熱を止められずに、誰彼なしに体験談をお話ししていたそうです)
こんなすごいお話は、1人でも多くの日本人に知ってもらおうと、そこから、超スピードで出版が決まりました📖💕
そして、出版されてまもなくベストセラーになるという奇跡的な展開でした🤗
このお話だけでもすごいのですが、本の内容がまたすごい‼️
日本人の心の大切さを伝えたいと思っている私も、アフリカに行きたくなりました🛩️
あまり書くとネタバレになりますので、とくに印象に残った部分を抜粋させていただきましたが、もうひとつだけ。
地球上で、虫の音がメロディーとして聞こえる、 稀有な民族が日本人とポリネシア人だけだそうです🦗🎶💕
なんと、外国の人にはうるさい雑音にしか聴こえないそうです😱👂💦
そんな素晴らしい感性を持っている日本人が、地球の危機を救う役割を担っている🌏💕
私も常々そう思っています。
とくに、なんだか日々がつまらない、どうせ私なんか……なんて思っている人に、ハートにガツンとくる一冊です📖⚡️
ぜひご一読を……🤗
今日も読んでくれてありがとう🙏😊💕
0コメント