燃え尽きるまで

Facebook斎藤一人さん投稿記事

一人さんがお弟子さんに贈った詩:そよ風にゆれる花、空を飛ぶ鳥、私の愛する人、このすばらしい人生、燃え尽きるまで。この詩は、風に揺れる野の花のように、心を穏やかに、空を飛ぶ鳥のように優雅に人生を過ごす。守られ、明るく、楽しく生きることを教えてくださっています。


Facebook相田 公弘さん投稿記事

江戸時代の終わり頃、博多の聖福寺に「西の一休」と呼ばれた“仙崖和尚”という名僧がいました。

その和尚さんが最期のときを迎えようとしていたとき、和尚さんはこう言ったそうです。

「死にともない」(死にたくない)11歳で出家し、88歳まで修行に励んだ名僧です。

この言葉が最期の言葉になるのはいかがなものかと、弟子たちはもう一度聞き直しました。

すると、「それでも死にともない」と。人が100%避けて通れないのは、必ず死ぬということ・・・必ず死ぬということを分かってはいても、なかなか普段の生活では意識できないものです。

道元禅師のエピソードからも学べます。あるとき、弟子の一人が道元禅師に質問しました。

「仏教では、みな平等だと教えます。なのに何故、成功する人と成功しない人がいるのですか?」道元禅師は答えます。「成功する人は努力する。成功しない人は努力しない」

なるほど確かにそうだと思い、一度帰った弟子ですが、また一つ疑問が生まれます。

「人間にはどうして努力する人と、しない人がいるのですか?」

それに対し、「努力する人には志があるし、努力しない人には志がない」

フムフム確かに、しかしまた問いが生まれます。

「どうして志のある人と、志のない人が出てくるのでしょうか?」

すると道元禅師はこう締めくくります。

「志のある人は、人間は必ず死ぬということを自覚している。死を自覚して今を生きていこうとする。志のない人は、死の自覚がない。故に軽薄で、いい加減な生き方をしてしまう」

深いお話です。(^_-)-☆


https://emuzu-2.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-896c.html 【「死にともない」の仙厓和尚】より

先日の朝日新聞にこんな記事があった。

「(あすへの話題)死にともない 静岡文化芸術大学学長 熊倉功夫

 臨終に際して「死にともない」といったのは一休和尚だったように憶(おぼ)えていたが、正しくは仙厓義梵(せんがいぎぼん)(1750~1837)であったとされている。仙厓和尚は「西の一休」ともいわれた傑僧だったから、どこかで一休さんと混同されたのだろう。仙厓和尚は日本最初の禅寺、博多の聖福寺住持になった。しかし何より仙厓和尚が有名なのは飄逸(ひょういつ)な禅画を数えきれぬほど描いたことである。たとえば大きな円を描いて(禅でいう円相)、脇に「これをくふて茶のめ」と賛をしたものがある。画餅という言葉があるが、喰えない大きな饅頭を描いてこれ喰うて、まずお茶一服、とはずい分人を喰った絵だ。

 仙厓和尚は、禅僧としてすばらしいキャリアをつみ、当時としてはスーパー長寿の88歳で臨終を迎えたのだから、最後のお言葉をと申し出た弟子たちは立派な遺偈(ゆいげ)がきけるものと思ったにちがいない。そこへ「死にたくない」の一言。弟子たちは驚いたが、いかにも仙厓和尚らしい。

 どのように死を迎えるか。「終活」の本が売れているそうである。71歳をこえた私も無関心ではいられない。自然にまかせて死を迎えたいと思って尊厳死協会にも入り、過剰な延命措置を拒否する証書も作ったが、しかし私がまだ元気で意識がはっきりしているからそう思うので、本当に死に直面したら「死にともない」と思うのではないか。それも人間の本性である。

 仙厓和尚は本性を受け入れた上で従容として死を迎えたのであろう。しかし私のような凡人は、「死にともない」という気持ちだけが、どんどん肥大してゆくのではないかとおもえて、それが恐ろしい。」(2014/03/18付「日経新聞」夕刊p1より)

前から、ある立派なお坊さんが、いざ自分が死ぬ時になると「死にたくない」と言った。という話は昔から良く聞いていた。しかしそれが誰だったかまでは調べたことがなかった。

どうもそれは、仙厓和尚と言うお坊さんらしい。しかし、Wikiを見ると「辞世の言葉は「死にとうない」だったという逸話がある。ただし、同様の逸話は一休宗純にもある。」とある。次いでWikiで「一休宗純」を見ると「臨終に際し「死にとうない」と述べたと伝わる。」とある。どうも上の記事の「臨終に際して「死にともない」といったのは一休和尚だったように憶(おぼ)えていたが、・・・」という記憶も正しいようで・・・

「死にともない」で検索したら、臨黄ネットというサイトで、こんな法話が見つかった。

「「死にともない!」今、精一杯の一言

     静岡県 ・潮音寺住職  渡邊宗禅

  江戸時代の終わり頃、九州は博多の聖福寺に、「仙厓さん」と呼ばれ、多くの人々に慕われた禅僧がおられました。

 晩年のこと、88歳の仙厓さんは、いよいよ臨終というまさにその時、「死にともない」とつぶやきました。それを枕元で聞いたお弟子さん達はビックリ仰天です。

 「え、いったい何を仰るのですか!」

 「どうか有り難い末期の一句をお願いします」

と、皆が詰め寄りました。すると仙厓さん、渾身の精気をふりしぼって、

 「ほんまに、ほんまに、死にともない!」

と言って息を引き取られたのでした。

 この逸話、みなさんはどう思われましたか。「仙厓さんって、本当に親しみやすいお方だね」。「私たちと同じで、やっぱり死ぬのは嫌なんだよ」と、つい笑いがこぼれてしまいます。けれど、この「死にともない」の一言には、何かもっと深い真実が込められているのではないでしょうか。

 私たちは誰だって「死にたくない」と思っています。でも「人生」とは「生」と「死」がセットになっているものです。この世界に生まれて来たからには、いつかはこの世を去って行く日が来ることを、私たちは知っているはずです。

 「人生」はまるで「旅」のようなものと良く言われます。

・・・・

 もし、この「人生」を「旅」として見ることができたなら、辛く苦しい出来事や嫌なことに対する見方も今までとは少し違ってくるかもしれません。

 すべては過ぎ去って行く旅の途中の出来事。思いがけない喜びや悲しみでさえも、ふいに訪れそして過ぎ去って行くことでしょう。

 私たちはそんな「人生」という「旅」をちゃんと楽しんでいるのでしょうか。人生の旅行者の多くは、せっかくの旅を楽しもうとしないで、不平や不満ばかりをこぼしているように思えます。それでも、「旅」の終わりの地である「死」という「人生」の目的地に、いつかは一人残らず辿り着くのです。

 私たちは大切な真実に気付かなくてはなりません。「これは、たった一度きりの限りある人生という私だけの特別な旅なんだ」と。」(ここより)

そう、幾ら「死にともない」と思っても、全ては有限。終わりがある。

この所、空き家になった実家の家財(両親の遺品)の整理をしている。両親が、この田舎の家に引っ越したのは、昭和43年(1968年)だった。市内の社宅から、この別の社宅に引っ越した。その後、この家を購入したが、この家に移り住んでから今年で46年になる。つまりこの家の整理は、ほぼ半世紀ぶりに陽の当たる場所に出て来た色々な品物がある、ということ。でも二度と使われることはないそれぞれの品。両親の記憶はいつまでもキレイだが、品物は朽ちていく。

いつか自分の旅が終わる時も、必ずつぶやくであろう「死にたくない」・・・

親の残した数々の遺品を眺めながら、自分の時を想定してあらかじめ身辺整理をし、「いつ死んでも良い」という“完成された(?)人生”の境地には、到底到達できないことを悟るこの頃である。


http://www.shokoji.net/kaizokutoyobareta.html 【海賊とよばれた男】より

今年の本屋大賞第一位の「海賊とよばれた男」。面白かったです。

出光興産の創業者、出光佐三さんをモデルにした本格歴史経済小説。明治生まれで確固たる信念をお持ちの方です。いいなぁと思った言葉を紹介します。

・すべて「平等」は人間の否定。

人情を無視したものを人間社会にあてはめても、それは合わない。人間は公平に扱わなければならない。ぼくが、いつも平等と公平を間違えるな、と言っているのはそのことなんだ。

人間は公平に扱われてはじめて満足するものであって、平等では満足しない。

・知恵は対立でなく、平和のために・・・心と知恵の区別を判断したんだよ。

本来悪い心というのはないと思うんだ。

心なくして知恵だけ発達したものは、なにをするかわからない。人間尊重とは、心をつくることとも言えるね。

世界に数多ある思想や哲学は、そのどれもが出発点は人間社会が平和で仲良く、幸福に過ごせるところになるために、人はどうすればいいか、どうあるべきかということから始まっている。日本人は、その国民性の結露ともいうべき、物欲を超越し、清廉潔白、自己を超越した責任感による生き様を体現してきた、それが武士道である。心が発達した人は、知恵も悪い方には使わないもので、心をつくるために、宗教や哲学、教育や修養というものがあるのだろう、などなど。

自らの経験則の中からでてきた言葉。特に上記のような言葉には、私も強く共感いたしました。そんな出光佐三さん。福岡商業学校時代に「仙厓」に出会いました。

「仙厓」とは「仙厓義梵」のことで江戸時代後期の臨済宗の禅僧。洒脱で飄逸な禅画を多数書き残したことで有名。その絵に魅了された佐三さんは晩年に至るまで仙厓を追い求めます。

そのコレクションは現在、東京や博多の出光美術館に展示されています。そんな「仙厓」さんには様々な逸話が残されています。

たとえば、仙厓和尚は、請われれば近所の人や子供にも気軽に絵を描いた。

あまりにも多くの人が絵を求めて訪れるので、「うらめしや わがかくれ家は雪隠(せっちん=便所)か 来る人ごとに紙おいてゆく」という愉快な狂歌を残している。

また、老いることは万人に共通の苦しみだが、老いることも肯定的に捉えて楽しもうではないか。という意味の狂歌「老耄六歌仙」も残している。

その一部を抜粋すると。「しわがよる ほくろができる 腰まがる 頭がはげる ひげ白くなる 手はふるふ 足はよろつく 歯は抜ける 耳は聞こえず 目はうとくなる 身に添うは 頭巾 襟巻 杖 眼鏡 たんぽ おんじゃく しゅひん 孫の手」「聞きたがる 死にとむながる 寂しがる 心がひがむ 欲深くなる くどくなる 気短になる 愚痴になる でしゃばりたがる 世話焼きたがる 又しても同じ話に子を褒める 達者自慢に人は嫌がる」という讃を書きつつ、そこに書かれた老人達は嬉しそうに笑っています。佐三さんがこれらの禅画に魅了されたのもうなずけます。

さらに、仙厓和尚、八十八歳の時、病で床に臥せっているところ枕元に弟子たちが集まります。弟子「和尚さま、どうか私たちに最後にいまひとつ教えをいただけないでしょうか」

仙厓「死にとうない、死にとうない」

弟子「そんな天下の名僧である師匠が死にたくない、死にたくないだなんて・・・そんな情けないこと言わないでください」

仙厓「ほんまに、ほんまに」と言ったという逸話があります。

この逸話。現在の仏教界、臨済宗ではどのように解釈されているかと言いますと。万人共通の苦しみである「死」というもの。誰も経験したことのないものであり、そこからくる不安や恐怖。古来よりおとぎ話などにも「不老不死」の妙薬を求める大勢の人間が登場するように、「死」というものが多くの人にとって最大の関心毎のひとつであり、できることなら避けたい、長引かせたいにも関らず、避けられないし、いつその時を迎えるのかわからないものです。その一般の人々共通の苦しみを「肯定」してあげる為に「仙厓」さんはみずからもそうおっしゃったのだと。

その言葉は「仙厓」さんの「慈悲のこころ」である。というのが王道といいますか、主流の解釈となっています。

ですから、私もこのように解釈していましたし、そこから「死の恐怖」というものをどのように説くのかというのが主題となっていました。

この解釈が間違っているとは思いませんが、他にも解釈の仕方があるのではないかと心の片隅で思ったりもしてました。

そんな中、仲間内で勉強会を行うことになりましてこの逸話を多角的・多方面から見てみようという話になりました。

すると、このような意見がでてきました。

仙厓和尚の「死にとうない、死にとうない」というのはもしかしたら、「死にともない、死にともない」だったのではないだろうか、と。

「死にともない」。これを漢字にしますと「死に伴い」。

つまり、意味は「死にたくない」ではなく「死と一緒に」・「死と二人三脚で」・「死の瞬間には死というものを受け入れよう」という意味なのではないか、と。

こう捉えると、良寛和尚の有名なエピソード。

「災難に遭う時節には災難に遭うがよく候  死ぬる時節には死ぬが良く候  是はこれ 災難をのがるる妙法にて候」

と災難に遭った友人に手紙を送った良寛和尚の境界(心境)と仙厓和尚の境界(心境)が同じものであると言えます。

われわれが説く「禅」というもの。

「禅僧」の境界において大事なもののひとつに、「そのものと一つになる」・「なりきる」というものがあります。

「一如」・「不二」・「三昧」などという言葉であらわされますが、これらは全て同じ意味です。

これだけさまざまな言葉で言い表されるということは、それだけ「禅」において大事なんだと。

「死」というものを避けたい、避けようと努力する、しかし最終的には避けられない、それを知った時の絶望・不安・恐怖というもの、これが迷いや悩みとなる。

ならいっそ、「死」というものを受け入れ・肯定すれば絶望や恐怖というものがなくなるではないか、と良寛和尚や仙厓和尚はおっしゃってます。

しかし、このような心境になるにはどうすればよいのでしょうか?

それは、「死」の反対、「生」つまり「生きるということ」を常日頃から考え、それに自分なりの答えを持ち、自分の人生を満足して生きておれば死の瞬間を迎えても笑って死ねるのではないでしょうか。

良寛・仙厓和尚、われわれに問う。「いかに生きるか?」と。

コズミックホリステック医療・現代靈氣

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