Facebook事清水 友邦さん投稿記事
禅の世界では悟りの行程を「最初、修行に入る前の山は山であり、川は川であった」
瞑想を続けて悟りに入ると「山は山でなくなり、川は川でなくなった」になり、
さらに悟りが深まると再び、「山は山になり、川は川になった」と表現しています。
(『続伝燈』二十二、『五燈会元』十七)
世界を認識しているのは、言語が結ぶ世界を見ているマインドです。
言語を使わないで世界を見ていくと、世界が違って見えてきます。
「山は山でなくなり、川は川でなくなった」は、日常意識と異なる変容した世界を見ている状態です。山も川も消えて一つになっています。空です。無境界です。もはやマインドで区別して山や川を見ていません。世界はわかれてはいなくて、一つに見える状態です。
そして再び「山は山であり、川は川であった」に戻ります。
今ここに、あるがままに見ている山や川は、悟りの境地そのままだと道元はいいました。
実は、瞑想修行をしなくとも、最初から「山は山であり、川は川であった」なのですが、一度「山は山でなくなり、川は川でなくなった」を経験しないと、それがわからないのです。
唐代の禅僧、石頭禅師(せきとうきせん700-790年)は禅の六祖慧能の弟子である青原山の行思和尚(せいげんぎょうし671年- 740年)のもとを訪れました。
行思和尚 「どこから来た」
石頭禅師 「慧能禅師の所からです」
行思和尚 「慧能禅師から何を学びとった」
石頭禅師 「慧能禅師に行く前、私には何も欠ける所はありませんでした」
行思和尚 「それなら何も慧能禅師に行く事はなかっただろうに」
石頭禅師 「慧能禅師の所に行なかったら、私には何も欠けるところはなにもなかったということが、わからなかったでしょう」
自分が本当に欲しかったもの、探している大切なものは、探求の旅に出る前から最初から持っていました。ですから、探求の旅に出る必要はなかったのです。
しかし、旅に出なければ、最初から持っていることが解らなかったのです。
健康な人に、入院、投薬の必要がないように、自己の本質を一度つかんでしまえば、あらゆる瞑想や修行は目的を失います。
瞑想は、その事がはっきり分からない人の為にあるのです。究極の悟りの道は、何処にもありません。方法もありません。
探求者は、何処かへ到達しようとしたり、悟りをつかまえようとしたり、悟りや覚醒を手に入れようとしますが、それらの努力をすること、あれこれと、あらゆる企てをする以前、すでに手に入れているのです。
本当の所、そのことが腑に落ちるには、瞑想やワークを重ねて実際にその行程を歩んでみないとわからないのです。
そのような意味では、瞑想が必要でない事を知る為の方便として瞑想が必要と言えます。
門の無い門をくぐらなければならないのです。
矛盾していますが、これが探求の道のパラドックスと呼ばれています。
わからない人はわからなくとも大丈夫です。
探求の道を歩いているうちに自然に理解するでしょう。
探して道を歩いていること自体が答えなのですから
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清水友邦 呼吸道のお知らせ
呼吸道の目的は真の自分自身を知るということです。
呼吸道は気づき・自覚の訓練をします。
身体に生命エネルギーが、循環して流れている状態が、健全な状態です。
緊張が発生して、生命エネルギーの流れが滞ると、問題が発生します。
いまここに気づくと緊張が解放されて、エネルギーの流れが改善されます。
身体感覚の自覚を育てて、微細な領域も自覚できるようにしていきます。
https://mag.nhk-book.co.jp/article/29632 【般若心経のねらいとは——佐々木 閑さんが読む、『般若心経』(2)【月曜日は名著ブックス】】より
累計60万部突破の人気シリーズ「100分de名著ブックス」を月曜日に1章まるごと公開する当企画。
今回は仏教学者の佐々木 閑さんによる『般若心経』読みときの第1章「最強の262文字」から、『般若心経』のねらいについての一節を紹介します。(第2回/全6回)
「日本で一番人気のお経」の新しい見方——佐々木 閑さんが読む、『般若心経』(1)【月曜日は名著ブックス】
「五蘊」はみな「空」である
まずは、『般若心経』冒頭の文章をご紹介しましょう。後ろの【訳】は、漢文ではなく、サンスクリット原典からの訳です。
観自在菩薩(かんじざいぼさつ) 行深般若波羅蜜多時(ぎょうじんはんにゃはらみったじ)
照見五蘊皆空(しょうけんごうんかいくう) 度一切苦厄(どいっさいくやく)
【訳】
聖なる観自在菩薩(かんじざいぼさつ)が、深遠な般若波羅蜜多(はんにゃはらみった)(智慧(ちえ)の完成)の行を行じながら観察なさった。
五蘊(ごうん)があり、そしてそれらの本質が空(くう)であると見たのである。
そして一切の苦しみや厄(わざわい)を超えたのである。
(※この一行は、漢訳にはあるが、サンスクリット本にもチベット訳にもない。もともとなかったのかもしれない)
最初から難しい仏教用語がたくさん出てきました。その一つ一つについてはこれから説明していきますが、まずは少し読んでみて、読者のみなさんはどのような印象を持たれたでしょうか。一番最初の「観自在菩薩」というのは観音(かんのん)様のことです。観音様のことを何か言っているのですね。
おそらく多くの方は、よくわからないけれども何かありがたいことを言っているようだとか、きっとご利益のあるお経なのだろうとか、思われたのではないでしょうか。その気持ちは全く正解です。
『般若心経』というお経は、いろいろな点でありがたく、優れたところがたくさんあるお経なのです。とは言っても、『般若心経』が釈迦の教えだからありがたいのではありません。「はじめに」でも言ったように『般若心経』は釈迦の教えではないのです。ではどういう点で『般若心経』はありがたいのでしょうか。それを一歩ずつゆっくりと説明していきましょう。
先に少し述べましたが、釈迦の死から約五百年たった紀元前後、つまり今から二千年ほど前のインドで、新興の宗派である「大乗仏教」が興りました。『般若心経』は、その大乗仏教運動の中で作られた数多くの「般若経」をもとにできあがったものです。ここに登場する主人公の観音様はそういった大乗仏教の中で生み出されたキャラクターですから、釈迦のころの古い仏教には存在しませんでした。あくまで大乗仏教の教えの中で現れてきた大乗特有の理想の救済者なのです。
また、その次の「般若波羅蜜多(はんにゃはらみった)」とは、「六波羅蜜多(ろくはらみった)」と呼ばれる六種類の仏道修行のうちでもっとも重要な「智慧の修行」を極めることによって得られる「完璧な智慧の体得」なのですが、この修行も大乗仏教になってからさかんに言われるようになったもので、釈迦のころにはありませんでした。般若波羅蜜多という語はインド語の「プラジュニャー(智慧)」と「パーラミター(完成した)」を合わせたものに漢語を当て字したもので、大乗仏教の特有の用語です。
こういった点からもわかるように、『般若心経』は釈迦の時代の教えをそのまま伝えたものではなく、また、釈迦が説いたままの教えを広めようとして作られたものでもありません。では何かと言えば、大乗仏教の教義、なかでも「般若経」の持つ不思議な“神秘の力”を広めるために作られたのです。これは事実として意識しておく必要があります。
その後に、続いて「五蘊(ごうん)」という聞き慣れない言葉が出てきますね。これは、「われわれ人間はどのようなものからできていて、どのようなありかたをしているのか」ということを釈迦が分析し、独自の思想から五つの要素に分けて把握したものです。その五つの要素とは、「色(しき)」「受(じゅ)」「想(そう)」「行(ぎょう)」「識(しき)」の五種類です。かいつまんで言うと、「色」とはわれわれを構成しているもののうちの外側の要素、つまり肉体のことを指します。本当は木や石なども含めて外界にある物質全般を指すのですが、ここではとりあえず肉体のことと考えたほうがわかりやすいでしょう。残る四つは内面、つまり心の世界に関係する要素です。「受」は外界からの刺激を感じ取る感受の働き、「想」はいろいろな考えをあれやこれやと組み上げたり壊したりする構想の働き、「行」は何かを行おうと考える意思の働き、「識」はあらゆる心的作用のベースとなる、認識の働きです。私たち人間は、この五つの要素、すなわち五蘊の集合体だ、というのが釈迦の教えなのです。
なお、ここで注意すべきは、外界(肉体)と内面(心)のちょうど中間に位置するものがあることで、それは目や耳などの認識器官です。それらは肉体の一部ですから「色」つまり物質なのですが、それを通して外界の情報が心に送られるという意味では、心の機能の一部でもあります。ですから認識器官だけは肉体と心の両方にまたがって所属していることになるのです。
人間という存在は、この五つの要素が、ある特定の法則にしたがって作用しあい、関係しあうことによって存在している、と釈迦は考えました。「五蘊はある」と釈迦は言ったのです。
ところが『般若心経』は、「そのような五蘊はぜんぶ錯覚だ、実体のないものだ」と主張するのです。それが、「照見五蘊皆空(しょうけんごうんかいくう)」(五蘊があり、そしてそれらの本質が空であると見た)という言葉の意味です。そして、錯覚であると悟ったからこそ、この世の一切の苦しみや憂いから解放されたというのです。
このように、『般若心経』はある意味、釈迦の教えを否定する経典です。釈迦の時代の教えを「錯覚である」と言って否定し、それを超越するようなもう一つ高次の論理をその上にかぶせ、みずからが釈迦の時代の教えよりも上位に立つことを目指した、そういう経典なのです。
ではなぜ、そういうことが必要だったのかと言えば、大乗仏教が新興の宗教運動だったからです。仏教に限らずどんな世界においても、後発のグループは先行するグループを超えるために、それまでの常識を覆すような新機軸を打ち出して自分たちの場所を獲得していきます。ですから、大乗仏教の担い手たちもまた、古い教えを刷新し、より多くの人を惹きつけ、多くの人から信奉される魅力的な新しい教えを世に広めていこうと果敢に挑んだのでしょう。
このようなわけで『般若心経』は、同じ仏教の経典でも、以前に取り上げた『ダンマパダ(真理のことば)』とは全く違う教えなのです。そして全く違うからこそ、あらためて「100分de名著」ブックスで取り上げる意味があるのです。
『般若心経』全体の意味は、次章以降くわしく見ていくとして、この章ではまず『般若心経』とはどのようなお経で、どのようにして生まれてきたのか、その成立過程や全体の構成について述べていきたいと思います。
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