ペットは家族?:家族かどうかはどう決まる?

ミニダックスのジョイはやきもち焼きでした。

ジョイが はじめて我が家に来た時 先の住人ウサギウサギのもこがいました。

娘が ポケットには二匹のシマリスを入れ、袋にウサギを入れて英会話教室に通い 教室に放った 宣教師泣かせの あのウサギです。

ウサギってふわふわの毛で 抱っこすると とろける様に氣持ちがいいです。

可愛くって優しく見えるでしょ?

「ピーターラビット」も可愛い!!

ところが「獰猛?」と言いたいほど氣が強いんです。

(まさか我が家が呼んだ 特別なウサギの性格だったのでしょうか?)氣に入らないと ドンと床を蹴ります。キーと鳴きます。チクリと噛みます。

カラスと対決したウサギの話もききます。

もこを入れた袋は 穴だらけになりましたウサギは部屋の中で飼うとコードや、いろいろなものをかじるので危険故 ベランダで飼っていました。

そこにジョイがやってきたのです。

さすがにウサギは犬を警戒します。

ジョイが最初にベランダに出て、したことは ラビットフードを皆食べたことです。

自分より数倍大きい ラブラドールリトリバー・らんが来た時には 同じように 貰ったチーズを らんが さっと食べ終わるのを待って おもむろに自分のものに向かい、よだれをこぼすらんを 尻目に 見せびらかしながらゆっくり食べます。

二匹にアキレス腱を一本ずつ与えて 私が階下に降り 再び二階に上がるとちゃんとらんが二本とも 口に加え 得意そうにしています。ジョイは何の未練も示さず 平氣な顔です。

家族の前では先輩ジョイが立てられ、二匹だけになると自然の掟のように らんの天下になる様です。                       

ジョイが亡くなってしばらくは 家族が留守になると らんは 来客用の布団が入れてある押入れの戸を開け お布団にくるまって孤独を耐えたようです。(雷が鳴る時もぶるぶる震え 押し入れに入り込みます)

おかげで押し入れの戸はバリバリ。何度張り替えても破られるので ベニヤ板を張って そこに襖紙を張っても破られ、あきらめてしまいました。

数年はジョイの名を呼ぶと 探しに走り回っていました。(今居ない家族の名を読んでも やはりけなげに探しに行きます。)

ペットは家族。そんな思いを禁じ得ません。


https://teamwagaya.com/posts/familyidentity 【ペットは家族?:家族かどうかはどう決まる?】より

とあるイベントへの登壇を機に「家族」についてあれこれ考えてみました。まずは、以下の質問を少し考えてみてください。

1. あなたが犬または猫を飼っているとしたら、そのワンちゃん/ネコちゃんはあなたの「家族」ですか?

2. 同様に、カブトムシの場合はどうですか?家族ですか?

3. さらに、ロボットはいかがでしょう。家族ですか?

4. ロボットも色々ありますが、ロボット掃除機はいかがですか?動物型ロボットは?

いかがでしたか?あなたが家族と感じたのはどれでしたか?

ある調査によると、「一緒に暮らしている親子」「一緒に暮らしている夫婦」はもちろん、「愛情をこめて育てているペット」も多くの人が「家族だと思う」と回答しています。一方、「愛情がないまま何十年も離婚せずに暮らしている夫婦」はペットよりも「家族だと思う」と回答した人が少ないという結果でした。

「家族かどうか」は人によって感じ方も違います。そこには正解も不正解もありません。が、人は一体何を基準に「家族かどうか」を判断するのでしょうか。

人が「自分の家族とみなす人(あるいは生き物)の範囲」をFamily Identityといいますが、それは、居住状態や血縁関係のみで決まるわけではありません。

Family Identity は、「親子」「夫婦」など、関係に名前がつくかどうか、また同居しているかどうかなどの「物理的境界」と「その対象を家族だと感じるかどうか」という「心理的な境界」の二つの境界によって決まります。

そして、この二つの境界が一致しない場合、人は強いストレスを感じます。例えば、コロナ禍で夫婦が共に在宅勤務をしていて近くにいるつまり「物理的境界的には家族」であったとしても、家事育児の大変さを共有できず負担を一人で負っている方が他方に「心理的に家族とは感じない(感じたくない)」というような場合、そこに乖離を感じる方がストレスを感じます。

一方、コロナ前は仕事が忙しく家にいる時間が短く家事育児の負担を一緒に負いたくても負えなかった夫婦が、コロナを期に負担を共有することができ、物理的境界と心理的境界がなくなりストレスが軽減されたという場合もあるでしょう。

では、家族とは何なのか。絶対的な定義というものはありませんが、アカデミックな感覚と実体験のリアルな感覚、これまでの経験からタペストリーのように浮かび上がってきました。

ありのままの自分を受け入れ、なりたい自分を一緒に叶えてくれようとする関係

つまり、私のとっての家族とは「味方」のような関係でしょうか。

家族としての過ごし方が変われば、家族との物理的、心理的距離感が変わる。もし最近ちょっと家族関係に違和感やもやもやを感じていたら、ちょっと立ちどまって自分にとっての「家族の定義」について考えてみることもよいかもしれません。

参考:大野祥子(2001)家族概念の多様性:「家族」であることの条件、上野千鶴子(1994)近代家族の成立と終焉、山田昌弘(2007)家族ペット

コズミックホリステック医療・現代靈氣

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