https://www.kikunotsukasa.jp/column/archives/4426 【偶然が生み出した奇跡?もう一つの酒のルーツ「猿酒」のはなし】より
こんにちは!風香です。突然ですが皆さん「猿酒」って知ってますか?
私がこの言葉を知ったのはまだ純粋無垢だった幼少期のころ。幼いながらに「お猿さん専用のお酒があるのかな」などとぼんやり想像していたものです。最近になってふと思い出したのでちゃんと調べてみることにしました。
○○酒というと、梅酒、蜂酒、ハブ酒みたいに○○に該当する物体がそのまま漬かってることが多い…じゃあ猿酒には猿が浸かってる?!そんなことはありません。
じゃあどんなお酒なんでしょうか?猿酒はどんな酒?
猿酒とは、果実などが岩のくぼみや樹木のうろに溜まり、自然にアルコール発酵した「野生酒」のこと。猿は浸かってません。
山には猿が住んでいることもありますから、文字通り猿が作った酒なのです…と言いたいところなんですが、一概にそうとは言い切れません。
要は酒のルーツみたいなものです。
ここで、前回のふうかのこらむ「仕組みが分かればもっと面白い!清酒酵母と機能性のはなし」の内容を少しおさらいしましょう。
アルコール発酵には「アルコール発酵をする酵母」「栄養源」「酵母が増殖・発酵するのに適した環境」などが必要です。
アルコール発酵 酵母 酵素反応
逆に言えば、これさえそろっていれば樽や桶、大層な醸造施設なんかが無くても酒はできるってことです。
酵母はもともと植物、動物、真水や海水など自然界に多く生息している生きもの。実は、下手に管理されてる建物の中より野性味あふれる山の中とかのほうがアルコールそのものは生産しやすい…のかも。
さて、話を猿酒に戻しましょう。
山で猿が食べ残して出来上がった、あるいは意図的に木のうろにためて造った酒だから、猿酒。
偶発的に出来上がった猿酒ですが、県南の方では、野猿が満月の日によく熟れた野イチゴや野ブドウを木のウロに詰め込み、もう一度満月が昇るころにそれを啜っていたという逸話が残っています。山仕事を生業とする人たちがたまたまそれを発見し、盗み飲みをしていたそうな。少しだけなら猿も黙認してくれるが、残さず飲み切ってしまうと猿も怒り、逆に人間の酒を盗みに来るとか…食べ物の恨みは恐ろしいですね。
さらにさらに…「猿酒」は隠語として山で密造した酒や隠した酒のことを指す場合もあるそうな。猿、とんだ冤罪です。
アフリカなどでは酒化した果実を食べたゾウやイノシシが暴れたなんて話もありますし、アルコールの高揚感が癖になって酒を造る猿が居たとしてもおかしい話ではないでしょう。
酵母の性質上、こんな感じの発酵食品の成り立ちは全国、果ては世界中に存在します。
発酵食品は偶然の積み重ねで生まれた!
発酵食品
例えば泡盛の祖となる「すずめ酒」は、雀が大岩のくぼみに隠した粟の穂に雨水がたまり、発酵したものである。といわれています。
また納豆は稲藁をしいた屋内に煮豆を放置したらできちゃったもの、ヨーグルトは飲み残したヤギの乳が空気中や革袋内の酵母で発酵しちゃったもの…という話も結構有名ですよね。
こうして偶然できちゃった発酵食品が、メカニズムもよくわからないまま「なんか食べれる、美味しい、若干保存できそうな気がする」とふわっとした理由で現代まで残っている。これって結構すごいと思いませんか?
(略)
http://www.pbo.gr.jp/column/%E7%8C%BF%E9%85%92/ 【猿酒】より
白土三平の漫画に登場することで覚えておられる方もいるかもしれない。猿が山の木の実を集めて忘れてしまい、それが自然発酵して生まれる酒のことである。
この猿酒伝説、中国の南の島々と日本だけにあって、他の地域にはないらしい。中国大陸にも猿酒の話の類はないという。古くからワインがあった所なら似たような話がありそうだが、やっぱりないようだ。もっともヨーロッパには猿が生息していなかったらしいので当然かもしれない。
猿酒が登場する伝説を挙げてみよう。
明代の李日華の「紫桃軒又綴」では、『黄山には猿が多く、春夏にたくさんの果実を石の窪みに集め、それが酒になる。香りが数百歩離れた所まで届く。樵(きこり)がこれを見つけ飲んで楽しんだ。たくさん飲んでしまったので猿がこのことに気付き、この樵をなぶり殺しにしてしまった』
清代の李調元の「広東筆記」では、『海南島には猿が多く、かつては岩石の多い所で猿酒が得られる。味は辣(から)く、これを得ることはきわめて難しい』
「広西偶記」という本では、『平楽には山中に猿が多く、百花を集めて酒を造る。樵が山に入ってその巣穴で酒を見つけることがある。その量は数石にも達する。飲むと香りは美しく、常とは異なっている。これを猿酒という』
日本の「俚諺集覧」では、『猿酒。猿の甘酒とも奥州南部辺にありと云ふ。猿が木の控へ木の実を入おきて製して人見つけて是をとると云へり』
西沢文庫「皇都午睡」では、『木曽の猿酒、岐蘇の猿酒は以前信州の俳友より到来して呑たるがこは深山の木の股節穴などの中へ猿秋の木の実を拾ひ取運び置くたる雨露の雫に熟し腐るを山賎見出して持返り麻の袋へ入絞りし物にて黒く濃して味渋みに甘きを兼ていかさま仙薬ともいふべき物也』
「嬉遊笑覧」という本では、『秋坪新語。忠州山中黒猿酒善醸酒ことを載す。酒といへりみさごすしに対すべし』
現実的に考えれば、アルコール発酵するよりも腐敗するほうが多いだろうし、あらゆる偶然が重ならないと酒にはならないだろう。しかし、このような古い文献に猿酒が登場するのだから、もしかしたらその偶然があったのかもしれない。そう思うと愉快な気持ちになってくる。
https://www.chisou.go.jp/iikamo/lifestyle/lifestyle33.html 【汽笛が響く美しい街並み。長崎暮らしを楽しんでいます】より
父の単身赴任していた土地になじみ
「もし移住するなら、海運業界勤務が長かったので船に関わる港町での仕事がいいな。そうすると、神戸、大阪、長崎あたりかなと、漠然と考えていました」
2021年3月、東京都町田市から長崎市に10歳の娘とともに移住した。父が長崎県五島列島の新上五島町に長く単身赴任していたこともあり、たびたび上五島を訪ねていた。父は2008年に海難事故で無言の帰宅となったが、その後も命日に合わせ何度も現地を訪ね、上五島の人との交流も続いていた。「だから長崎にはもともと馴染みがありました」
2018年の秋ごろ、東京・有楽町にある「ふるさと回帰支援センター」に立ち寄ってみた。そこで長崎県の窓口担当者と長崎話に花が咲き、長崎市、大村市などのオンライン移住者説明会への参加を勧められた。「聞くだけ聞いてみようと思って参加すると、各自治体の担当の方が熱心に説明してくれて、後日資料が山のように届きました。資料の求人には、仕事内容と収入の面で思うような条件のものがなかったのですが、子育てと仕事、医療など生活を考慮すると、移住するなら長崎市か佐世保市のような都市部が現実的かなと思いました」
「しばらく動きがなく忘れかけていたころ、長崎市の担当者から、『船関係の仕事があります』と、紹介の連絡をもらいました。2020年12月のことです。応募してみると、『面接に来てください』と連絡があり、年末に福岡市にある本社に行きました」
年明け1月に勤務地である長崎に呼ばれたときは、意思確認だけだった。「子育てのこともあり、まず仕事ありきでないと移住はできませんでした。長崎には父や前職の縁もありますし、この会社なら、と思いきって決断しました。ここからは早かったです」
豪雨の中、地域の温かさに触れる
子どもの学校の新学期に合わせて3月末までに移住することになり、時間的余裕は全くなかったが、長崎県や市の担当者、転職先の会社の人が親身になって相談に乗ってくれ、助けられた。引越し先も、会社から紹介された不動産屋で検討した。「住宅は、母と一緒に見て決めました。せっかくなので長崎暮らしを五感で感じられる場所が良いと思い、旧居留地のグラバー園の近くにある、見晴らしの良いところに決めました」
物件を見に行ったのは平日。学校などの各種手続きも平日にしなくてはいけなかった。「コロナ禍でテレワークが多かったため、平日でも動くことができたのはとても助かりました。感染状況が全国的に落ち着いていた時期だったので、移住するにも差し障りないタイミングでした」
マンションが少なく、高齢化が進んだ住宅地。その分、近所付き合いが大切になる。「自治会の行事や町内会合には積極的に参加するようにしています。町内を活性化させようという動きがあって、よその地域から来た私も快く受け入れてくれています」
2021年8月、長崎県など九州北部を集中豪雨が襲った。当時、娘は夏休みで東京の実家の母を訪ねていたため、独りきりだった。「経験したことのない恐怖を感じてとても心細かったし、万一のことがあった場合の避難先も分かりませんでした。そんなときに大家さんがとてもていねいに有益な情報をくれ、『避難するときは声をかけるね』と安心させてくれました。近所の人たちも心配して手料理を持ってきてくれました。そんな温かさに心から救われました」
音楽やアート、歴史・・・知的好奇心を刺激される街
楽器が好きで、ピアノやギター、アイリッシュハープなどを演奏する。娘もアイリッシュダンスのレッスンをリモートで続けているほか、移住してからクラシックギターを習い始めた。「コロナ禍で学校の行事がなくなっていますし、学校以外のコミュニティを作るのも親の役割ですから。娘も楽しくギターのグループレッスンを受けているようです。私ももう少し落ち着いたら、コンサートができるような場所を開拓するなど、ライフワークとして音楽を続けていきたいと考えています」
「せっかく長崎に来たのだから、歴史的なことの知見も広めていきたい。食べ物はおいしいし、街並みがきれい。家からはさまざまな船が見えて、汽笛の響きは体内時計に組み込まれ始めています。グラバー園からはアイリッシュ音楽やバグパイプが聞こえ、嬉しいオプションになっています。長崎ならではのアートにも興味があり、ギャラリーを訪ねたりして、やりたいことや行きたいところは山のようにあって、新しい日常を楽しんでいます」
街から知的好奇心を刺激され、充実した長崎暮らしを謳歌している。
冒険家チャールズ・リンドバーグの妻、アン・モロー・リンドバーグの著書『海からの贈物』を座右の書としている。「彼女のように、虚栄心を捨てて、人間として、女性として、簡素に過ごしたい。その意味では、長崎はとても適しているところだと思っています」
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