からすみの昼を灯しておりにけり

もしかして句意は「美味しいものが目の前にあるのに食べれない」ということでしょうか?

t珍味からすみは高嶺の花?

https://ttree.exblog.jp/9950165/ 【対馬のからすみ】より

対馬でもからすみが出回る季節になった。からすみといえば長崎が有名。実家では食べる習慣がなかったし、対馬にからすみがあるということを知らなかった。2年前の冬、厳原(いづはら)町の飯束商店で見つけて、「対馬にもあるんですね?!」と驚いてしまった。すぐさま一腹を分けていただき、大変高価なものなので、ちびりちびり、大根を添えてお酒のつまみに、すりおろしてパスタにからめて食べた。

からすみの歴史をさかのぼると、1652年に中国から長崎に伝来している。1712年より、長崎奉行から江戸幕府に献上されるようになり、「野母のからすみ」は「越前のうに」と「尾張のこのわた」と並んで、日本三大珍味として数えられたということだ。からすみを納めていた高野勇助がおこした長崎市の「高野屋」は、今も老舗のからすみ専門店としてその味を守り続けている。

先日、國分英俊さんのブログ「対馬の自然と生き物」で、対馬のからすみが紹介されていた。詳細について國分さんに問い合わせ、対馬で唯一の生産者、厳原町豆酘(つつ)の小森さんに注文することにした。そして、ついでに色々とお話しを伺った。

からすみの原料となるボラの卵巣が採れるのは、10月下旬から11月上旬にかけて、ほんの2週間あまり。このわずかな期間に、天気や風向き、十分なボラの群れがいるかどうかを見極め、実際に漁に出られるのは5回ほど。夜明けから豆酘(つつ)湾を見渡せる見晴らしの良い山に登り、ボラの群れが入ってくるのを見張る。「よしっ!」と思ったら山を駆け下り、船を出して魚群へ向かう。このタイミングがずれると全く網に入らないということもある。一度に1000本をあげられることもあるけど、だめなときはさっぱりということも。トータルで800本から1000本をあげるのがだいたいの目安だ。

取り出した卵巣を1週間から2週間ほど塩漬けにした後、真水にひたして塩抜きをし、2週間ほど天日で乾燥させるとようやく完成する。よく晴れた、乾いた北風がふく日でないと、うまく乾燥できないため、漁と同様、天候を読みながらの作業なのだそうだ。「だけん、難しいとですよ」と。人がコントロールできないものばかりを相手にしていて、それでいて均質なクオリティーのものを作っていくというのは本当に困難なことだと思うけど、だからこそ効率的に作られる工業製品とははるかに違った美味しさや魅力があるのだろうなと思った。

小森さんは直売されていますので、欲しいと思われた方、興味のある方は、直接お問い合わせください。


https://xn--n8j320ixuiolgtssen2b.com/%E8%A8%80%E8%91%89/hiruandon-toha-imi.html 【昼行燈とはどんな意味になってるの?】より

テレビや本などで昼行燈(ひるあんどん)という言葉を耳にしますが、昼行燈とはどんな意味を持ってるのでしょうか?

なので今回は昼行燈とはどんな意味か?についてまとめてみました。

昼行燈とはどんな意味なのか?

昼行燈とはどのような意味なのかと言いますと、昼間に行灯(あんどん)を灯しても意味がないことからぼんやりとしている人。役に立たない人。という意味をもった言葉になります。

行灯とは江戸時代頃に使われていた照明器具の一つであり、竹、木、金属などで作った枠に紙を貼り、中に油皿を置いて点灯する物です。

よく時代劇等で薄明かりがついた提灯のようなものが部屋に置いてあったりしますが、

あれが行燈になります。

そして行燈とは当然、夜などの暗い所で使うものになりますので、明るい昼に行燈を灯しても何の意味ないし役に立ちません。

なので、昼に行燈を灯しても何の役にも立たないことから転じて役に立たない人という意味の言葉となりました。

また、昼間に灯した行燈はうすぼんやりしている状態になります。

なので、行燈の灯が昼はぼんやりしてることから転じてぼんやりとしている人という意味になりました。

昼に行燈をつけても役に立たないことから転じて役に立たない人となってるのは何ともな部分がありますね。



コズミックホリステック医療・現代靈氣

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