https://shuchi.php.co.jp/article/7254【感染者が急増する「梅毒」 知っておくべき症状、早期受診の大切さ】より
小野寿々子(ライター)、屋代隆(医療監修:自治医科大名誉教授)
早期の受診が大切
過去の病気、と思われていた梅毒が、近年の日本国内での急増が報じられている。特に妊婦への感染は胎児への影響もあり心配されている。
本稿では、梅毒の基礎的な情報について、梅毒をテーマとしたコミック作品『薔薇の迷宮』の原作者である小野寿々子氏が、医師・屋代隆氏の監修のもとで、急拡大を続ける梅毒について知ってほしい知識と情報を伝える。
梅毒の流行拡大が止まらない
国立感染症研究所のデータによると、1940年代に猛威を振るい20万人を超える患者数が報告されていた梅毒。
ペニシリンの普及で2003年には500人程度まで激減していたが、近年また増え続けている。
2012年が875人、2013年は1228人、2014年1661人、2015年2690人、2016年4575人、2017年5826人、そして2018年にはついに7000人を超えた。
これはあくまでも報告数であり、実際の患者数はその3~4倍とも言われている。いずれにせよ実に6年間で8倍だ。
この急速な拡大はSNSや出会い系アプリの普及が一因とも、外国人観光客の増加が原因とも、また症例が少ないゆえの医師及び患者の梅毒への意識低下が原因とも言われているが、詳細は不明である。
患者の絶対数は男性が多いが、2013年以降は特に10代から20代の若い女性の増加が目立つ。それは必ずしも性風俗産業に従事する女性だけではない。
風俗店の利用男性を通して一般女性や家庭の主婦にも梅毒が広がっていると推測される。つまり、普通の女性が知らないうちに感染していたというケースが少なくないのだ。
こういった背景のなかで、「梅毒診療に不慣れな臨床医のもとにも思わぬ形で梅毒患者が現れる可能性が 高まっている」として、2018年に日本性感染症学会梅毒委員会から簡潔で実用的な「梅毒診療ガイド」が策定、公表されている。
日本性感染症学会のサイトには患者への平易な説明文も用意されているので、関心のある人は読んでみてほしい。では、梅毒とは具体的にどんな症状を現し、どのような経過をたどるのか。
ひとことで言えば、梅毒トレポネーマという細菌が引き起こす性行為感染症である。主に粘膜と粘膜の接触により感染するが、セックスだけでなくディープキスでも感染の危険がある。
現在は早期であればペニシリン系抗菌薬の投与で確実に治る病気だが、放置すると脳や神経、血管を冒され、さまざまな障害を引き起こし最終的には死に至ることもある。
梅毒の進行は4分類される
梅毒は感染からの時間や症状によって4段階に分類されるが、一般的な所見と取材結果を交えてまとめてみた。
【第1期】
感染後3週間から3か月までの期間を第1期といい、リンパ節が腫れたり感染した部位に小さなしこりが現れる。このしこりに痛みはなく、治療を施さなくてもやがて消え、その後しばらく無症状の時期(潜伏期)が続くため、感染に気づかないことも多い。
【第2期】
感染後3か月から3年までを言う。この時期の特徴的な症状として「バラ疹」と呼ばれる赤い花びらのような発疹が現れる。身体のどこにでも出現するが特に手のひらや足の裏に多発する。
蕁麻疹やアレルギー、あるいはヘルペスといった他の皮膚炎と間違えることも多い。
バラ疹以外にもさまざまな皮疹が現れるが、患者自身が気づいていないこともよくあり、105名の患者のうち20%以上に本人が認識していない皮疹を認めたという研究データもある。
これらの皮疹も自然消失するが、もちろん治ったわけではなくトレポネーマは体内に残ったまま長い潜伏期に入る。
第2期の症状の現れ方には個人差が大きく、発熱や関節痛などの全身症状を訴えるケースもある。
この第1期~2期は感染力が強く、この時期に他者にうつすことが多い。
同時に、この時期までに治療を開始すれば梅毒は治癒する。
【第3期】
感染後3年から10年までの状態。この頃になると皮膚や筋肉、骨、内臓にゴムのような瘤(ゴム腫)ができる。この腫瘍は増殖しながら進行し、周辺組織を破壊していく。かつて「鼻が落ちる」などと恐れられた容貌の変化が起こるのがこの時期である。
【第4期】
いわゆる末期梅毒。感染から10年以上経過した段階を言う。脳や血管、神経にトレポネーマが侵入し、さまざまな機能障害や認知障害、進行麻痺などを引き起こす。万能感を持ち、誇大妄想や人格の変化が見られることも多い。また大動脈瘤等もできやすく、これが破裂すると突然死を起こす。
第3期から4期の時期は、周囲の衛生状態や自身の身だしなみにまったく無頓着になることが多く、その外見の変化に驚かされることも珍しくない。
が、前述したように現在では第3期~4期まで進行するケースは極めて稀である。
早期の受診・治療を
以上が病期による分類だが、梅毒は感染から発症までのバリエーションが非常に多く、期を跨いで症状が出現することもある。複雑な進行形態を取るのが梅毒という病気の特徴だ。
特に第2期とその前後の潜伏期には、同じ症状が現れたり消えたりの再発を繰り返す。活動期でも、特に皮膚の病変は他の疾患と酷似する形態も多く、梅毒が「偽装の達人」と呼ばれる由縁である。
そして潜伏期はあらゆる段階に存在し、まったく症状が出ないまま進行する無症候性梅毒の症例も報告されている。
また、現在特に懸念されているのが先天性梅毒だ。
妊娠している女性が梅毒にかかると胎盤を通して胎児に感染し、死産や早産、また新生児の死亡や奇形のリスクが高まる。
妊娠年齢である20~30代の女性の感染増加に伴って先天性梅毒も増加すると推測され、改めて定期的な妊婦健診の徹底が最重要課題となっている。
さらに国立感染症研究所は妊娠中の性感染症の予防知識の重要性を啓発することを医療従事者に呼びかけており、先に紹介した「梅毒診療ガイド」もそれを踏まえて発刊された。
重ねて言うが、梅毒は早期に対処すれば治療できる病気である。
少しでも思い当たる症状や不安があれば、手遅れになる前に検査を受け、治療を開始してほしい。
検査は血液採取でおこなうが、通常の血液検査ではなく「梅毒血清反応検査」であり代表的なものが「ワッセルマン氏反応検査」と呼ばれるものだ。
基本的にはどの医療機関でも受けられるが、皮膚科や性病科、泌尿器科、女性なら婦人科や産婦人科で実施していることが多い。
特殊なケースを除き健康保険も適用されるので自費扱いになることはない。
自治体によっては保健所や保健センターで無料かつ匿名で受けることもできる。
予防(コンドーム使用)と検査(血液検査)と治療(ペニシリン系抗菌薬の内服)を適切におこなえば梅毒は怖い病気ではない。
ただし感染が発覚したら必ずパートナーも同時に受診し、ピンポン感染を防ぐことが不可欠だ。
https://news.goo.ne.jp/article/phpbiz/life/phpbiz-20210716172622150.html 【妙にハイテンションに、会話が一方的に…知らず知らずに現れる「あの病気の兆候」】
妙にハイテンションに、会話が一方的に…知らず知らずに現れる「あの病気の兆候」
過去の病気と思われていた梅毒が、近年の日本国内で急増していると報じられている。そんな梅毒をテーマとしたコミック『薔薇の迷宮』の原作者・小野寿々子氏が制作の意図を語る。
過去の病気、と思われていた梅毒が、近年の日本国内で急増していると報じられている。特に妊婦への感染は胎児への影響もあり心配されている。
コミック『薔薇の迷宮』はそんな梅毒をテーマとした作品である。実話を元に描かれたフィクションではあるが、原作者である小野寿々子氏と漫画家の長浜幸子氏が、医師・屋代隆氏の監修のもとで、梅毒の恐ろしさを描き切っている。
本稿では、同作品内で梅毒に犯された「姉」がどう描写されているのか、梅毒とは何か、そしてなぜ梅毒をテーマにこの作品を作り出したのか、について小野寿々子氏が触れる。
10年以上をかけて進行し、心身を蝕んだ病気
幼い頃は人形のようにかわいらしくおとなしい女の子だった。
健やかな家庭で美しく聡明な女性に成長した彼女は、やがて生涯の仕事と伴侶を得て幸せな人生を送っていた。と誰もが思っていた。
だが、十年余の長い歳月をかけて病魔は静かに彼女の体を蝕み、彼女から人生そのものを奪い去った。
梅毒トレポネーマ。それが今、彼女の脳に巣くっているものの正体だ。
最初はほんの小さな違和感だった。妙にテンションが高い。笑い声を響かせ、快活にしゃべり続ける。だが人の話を平気で遮り、発言は一方的で会話が続かない。
私が知っている彼女はそんなタイプではなかった。
社交的とは言えず、どちらかといえば引っ込み思案。穏やかで理知的な女性だったはずだ。
順調にキャリアを積んだせいか…と、それでも好意的に捉えているうちに彼女の変化はどんどん加速していった。
攻撃的な物言いで周囲との摩擦が増え、自分勝手な言動で家族を悩ませ始める。明らかな人格変化が起こっていた。
パソコンに触ったこともない実家の母にエクセルの入門書を、父にはタクシーの無料チケットと称して単なるエコーカードを大量に送ってくるという異常行動。
合わせが逆の浴衣に足袋と草履という姿で現れ、両親や妹に暴言を吐く。
「冷蔵庫に鍵をかけないで!」と書かれた手紙が妹宛に届いた時、周りの人間は確信した。
間違いない。彼女は精神を病んでいる…。だが本人に病気の自覚はなく、家族が病院に連れて行こうとすると激しく抵抗する。
医師の診断は統合失調症だったが
手をこまねいているうちに、とうとう決定的な事件が起こった──。
事件の当事者となった彼女に下された医師の診断は統合失調症。もちろん本人に病識はない。それがこの病気の特徴であると医師は告げた。
だが私が何より驚いたのはその姿だった。3年ぶりに見る彼女は人格だけでなく容貌も大きく変わっていた。
腰まで伸びた髪はあちこちで団子状に固まって悪臭を放ち、痩せこけて骨張った腕は見るからに垢じみている。腰を曲げてよろよろと歩く姿はまるで老婆だ。
言動も支離滅裂、幻聴や妄想もひどく、介助なしでは生活できないとの判断で一時は措置入院を覚悟したが、かろうじて任意入院となった。
そこで新たな衝撃が家族を襲う。
入院した病院から告げられた真の病名は「第4期神経梅毒」。脳梅毒とも呼ばれる業病(ごうびょう)である──。
日本では江戸時代に蔓延
梅毒。最も有名な性病のひとつであり、昔話の中でショッキングな絵面やエピソードとともにその名を目にすることも多いだろう。
特に江戸時代、遊郭を中心に驚異的に蔓延し、遊女の梅毒罹患率は3割とも5割とも言われた。
その印象からひと昔もふた昔も前の病気だと思いがちだが、梅毒は決して過去の病気ではない。今また静かに、そして急速に感染を広げているのは医療関係者の間では周知の事実だ。
かつては不治の病であった梅毒も、1940年代のペニシリン普及以降、発症は劇的に減少し、今は早期に治療をおこなえば治癒する病気となった。彼女のように第4期にまで進行するケースは極めて稀である。
第4期梅毒とはつまり末期梅毒であり、感染後10年以上経過した状態と分類されている。末期に至るまで、彼女はなぜ10年以上も治療することなく放置したのか…。
答えは実にシンプルだった。自分が梅毒に感染していることにまったく気づいていなかったから。これが梅毒の恐ろしさだ。
早期にはしこりや発疹といったわかりやすい皮膚症状が出現するが、身に覚えがなければ性病感染など疑いもしないだろう。ヘルペス等の単なる皮膚炎と勘違いしがちな上に、これらの症状は治療しなくてもやがて自然に消失する。
無症状の時期と長い潜伏期を持つのがこの病気の厄介な特徴であり、感染の自覚がないゆえに検査も治療もおこなわず進行させてしまう。
その結果「極めて稀」な第4期神経梅毒となった患者。それが彼女だ。
その末期梅毒患者の近親者として重篤な症例を目の当たりに見たことが、私が梅毒をテーマの作品を書くきっかけとなった。
できるだけ多くの人、特に若い女性の目に触れてほしいという思いから、活字ではなく漫画という媒体を選んだ。
今、改めて身につけなければいけない「正しい知識」
『薔薇の迷宮』のストーリーはフィクションだが病状についての描写はすべて事実である。
資料を調べ取材を進めるなかで、私は梅毒という病気の凶悪さに戦慄した。
梅毒トレポネーマは宿主に感染の自覚を持たせず、いつしか脳に、あるいは血管に、あるいは神経にと体内奥深く浸潤し、時に命を、時に人生を奪ってしまう。
特に感染力の強い早期梅毒の患者は、無自覚のまま性行為によって感染を広げていく。
つまり被害者は簡単に加害者に転じるのだ。それがこの病気の真の恐ろしさかもしれない。
さらに梅毒患者への誤解や偏見、過剰な警戒にも私は一片の恐怖を感じた。
ごく近しい相手が梅毒にかかっていると知ったら、あなたは繋いでいた手を咄嗟に振りほどきはしないだろうか。無理もないと思う。
事実、私も彼女の友人たちも自身への感染を疑った。そんな可能性がないにも関わらず。
梅毒はSTD(Sexally Transmitted Disease)の一種で、基本的に性行為によってしか感染しない。
だが人は恐れるのだ。
咳やクシャミでも感染するのではないか?
同じグラスや同じ箸を使ったら?
同じタオルを使っても平気なのか?
銭湯や温泉ではうつらないのか?
トイレの便座は? プールは?
どれも答えは「ほぼ感染しない」であり、「だが可能性はゼロではない」である。無闇に恐れる必要はないが、正しい知識を持ってパートナーとともに予防に努めなければ危険は常に隣にある。
現在、彼女は郊外の閉鎖病棟で暮らしている。傷病名は「神経梅毒後遺症」。いわゆる認知症であり、今後も自立は不可能。死ぬまでここを出ることはない。
梅毒による二次性てんかんのけいれん発作もあり、転倒事故や病気のリスクも高い。各種治療にも限界があり、たとえば医師の指示が届かないため歯の治療は困難である。
だが、そんな暮らしのなかで彼女は屈託なく笑う。
閉鎖病棟という名とは裏腹に陽光さんざめく院内と、童女に戻ったような彼女の笑顔が皮肉な救いだ。
だが、私たちは決して次の「彼女」を出してはならない。
知っているようであまりに知られていない梅毒という病気について、改めて理解を深めなければいけない時が来ている。
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