https://www.wbsj.org/activity/spread-and-education/toriino/toriino-kyozon/symbiotic-relationship/ 【いま問われる、野生動物と人間の共生】より
文=葉山政治 自然保護室
①雑食性のツキノワグマの暮らしには、生物多様性に富んだ豊かな森が必要。紀伊半島や四国山地などで絶滅危惧種に指定されている(写真/NPO日本ツキノワグマ研究所)
日本は湿潤な気候に恵まれ、豊かな森が広がり、世界の先進国の中では唯一、大型の野生動物が人のそばで暮らす国です。
そんな日本で、「近年、シカが増えすぎて各地で問題になっている」というニュースをよく耳にします。ともすると、シカは人間の敵のように取り上げられていますが、そうなのでしょうか。
林床(りんしょう)のササを食べることで、種子の芽吹きを助けて森林更新を促す「生態系エンジニア」とも称されるシカの存在は、森林の生態系にとって重要な存在でした。しかし、現在では増えすぎたことやその生息域の拡大によって、農林業被害にとどまらず、森林の植生破壊や土壌の流出をも引き起こしています。
数の増加が問題になり始めたのは、20年ほどまえのことです。そもそもの原因には、戦後の拡大造林政策による植樹や、畜産振興のための草地造成など、人間の活動による影響があります。
ツキノワグマについても同様で、人家の近くに出没した場合は人の生活の安全を確保するために駆除せざるを得ませんが、生息地が確保され、こういった大型のほ乳類と人との距離が適正に保たれていた時代には、このような問題は少なかったのです。シカもクマも、森のいち住人であり、生態系の重要な構成員なのです。
②温暖化や狩猟の減少など、さまざまな要因で数を増やしているニホンジカ。旺盛な食欲で草本類からササ類、樹木の枝葉や樹皮まで食べる
③吉野熊野国立公園大台ケ原では、ニホンジカの増加により林床のササ藪が消滅。そこをすみかとしていたコマドリの減少が、日本野鳥の会奈良県支部の調査で報告されている
駆除だけではない計画的な保護管理が必要
増えすぎたり、人間の生活圏に入り込んできた動物は、農業や林業、漁業などに被害を出したりと、人間との軋轢(あつれき)が生じます。
鳥獣保護法では科学的なデータに基づき、シカやイノシシ、カワウのように増えすぎたり、ツキノワグマなど減りすぎたりした鳥獣について、個体群の存続を安定的に図る制度が定められています。1999年に施行されたもののあまり効果が現れず、軋轢や問題はさらに増加し、結果、駆除されることが多くなっていきました。
しかし、増えすぎたら駆除し、減りすぎたら保護し、増えたらまた……といった、行き当たりばったりで計画性のない対策をとりつづけてよいのでしょうか。
今年の通常国会でこの鳥獣保護法のさらなる改定が行なわれ、野生動物を「保護」と「管理」に分けて保護計画、管理計画を立てるようになりましたが、2つに分けることは賢明とはいえません。たとえば、同じ個体群のツキノワグマでも、人里に出没するものは「管理の対象」ですが、奥山に生息するものは「保護の対象」という場合があります。本来、個体群の「保護」と「管理」は一体であるべきで、モニタリングに基づき計画的な個体数調整や生息地管理、被害防除を組み合わせた、「ワイルドライフ・マネジメント」という考え方で順応的に進めることが重要です。
また、そのためには実際に事業を行なう都道府県に、たとえばシカやイノシシなどの対象生物の専門家を配置することが必要なのですが、今回の改定ではこの点が明言されていません。これまで同様に知識がないなかで、「駆除することで個体数を管理する」といった、短絡的な手法が講じられてしまう危険もあります。
そんななか、この4月には農林水産省と環境省から漁業に被害を与えるカワウについても、個体数を10年後に半減させるという方針まで出されています。
現状では捕獲は必要だと考えますが、やみくもに捕獲すればいいというものではありません。
人間も動物も、多種多様な生物の一員である
かつて、森(奥山)と人の生活圏の間には、生活の場とは別に、人によって管理・利用されている雑木林や茅場といった場所がありました。そこはちょうど野生動物のすみかとの緩衝帯の役割も担っていました。近年は、人間の生活圏が拡大する一方で、中山間地では過疎化が進み、集落やその周辺に人の手が入らなくなりつつあります。このように、中山間地域の活動衰退が農地への鳥獣の侵入を許し、野生動物と人との接触が増えてしまっているという状況なのです。
今後、いっそうの人口減少や都市への人口集中、土地利用の変化が予想され、人間と野生動物とがすみわけるエリアや境界線は大きく変わっていくことでしょう。
このような社会状況において、鳥獣保護法が果たすべき役割は大変重要です。当会は、野生動物とのよりよい共生の指針になるよう、今回の改定の問題点を糺ただし、今後も国や関係機関に働きかけていきます。
日本の生物多様性
④夏鳥として飛来し、「ヒンカララ」と声量のある美しい声でさえずるコマドリは、高い山のクマザサなどが茂る渓谷や斜面にすむ
生物多様性条約締約国会議COP10を受けて策定された「生物多様性国家戦略2010-2020」では、《日本の生物多様性の特徴として、「先進国で唯一野生のサルが生息していることをはじめ、クマ類やニホンジカなど数多くの中・大型野生動物が生息する豊かな自然環境を有しています。こうしたことから、世界的にも「生物多様性の保全上重要な地域」として認識されています。》とあります。
しかし、生態系レベルの生物多様性を保全していくには、希少種の保護だけではなく、シカも含めた多種多様な生物の調和がとれた生態系が必要です。同国家戦略でも、里地・里山では人と鳥獣との適切な関係の構築を進めると書かれています。
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