シカの問題

https://www.alsok.co.jp/corporate/bsl_column/w_beasts_locality.html 【地方におけるシカ・イノシシ被害の実情と対策】より

近年、地方部を中心にシカ・イノシシなどの野生鳥獣による被害が深刻な問題となっています。野生鳥獣による農作物被害額は約172億円(平成28年度)に上り、さらには森林や生態系、人間にまで影響を及ぼしているのが現状。鳥獣被害の対策は、出没した個体を捕獲するだけでは不十分であり、多面的に対策を講じていくことが求められます。シカ・イノシシなどによる鳥獣被害を減らしていくため、被害の実情から要因、対策について紹介していきます。

シカやイノシシといった動物による被害は中山間地域を中心に深刻化・広域化しています。農林水産省の調べによると、平成28年度の野生鳥獣による農作物被害額は172億円。230億円となった平成24年度以降、被害額は減少傾向にあるものの、農業を始めとする各方面への被害は依然として甚大なものとなっています。

農作物被害のうち、特に大きいのがシカやイノシシによる被害です。獣類の割合としては、シカによる被害が41.2%、イノシシが37.1%。また、これらによる農作物被害は実に被害額全体の6割以上に及びます。また、森林の被害面積については全国で年間約7,000haとなっており、シカによる被害が約8割を占めています。

こういった鳥獣被害は農林業に多大な被害をもたらすだけに収まりません。人的被害や生活環境の悪化といった被害が深刻化するとともに、森林破壊、希少植物の食害などの生態系への影響も問題となっています。さらに、鳥獣による被害は営農意欲の減退や耕作放棄地の増加にもつながり、被害額として数字に表れる以上の影響を農山漁村に対して与えていると言えるでしょう。

出典

・農林水産省「鳥獣被害の現状と対策」(平成30年)

・農林水産省「野生鳥獣による農作物被害の推移(鳥獣種類別)」(平成28年度)

個体数が増加傾向にある野生鳥獣

環境省の調べによると、ニホンジカ(北海道除く)の推定個体数は2013(平成25)年度末において約305万頭。これは、1989(平成元)年の約30万頭から四半世紀で約10倍に増加したことを示しています。さらに、現在の捕獲率を維持した場合、2025年には約500万頭にまで増加し、今以上に大きな被害をもたらす恐れもあるのです。

そのような鳥獣被害への対策のひとつとして、2013年に環境省・農林水産省が「抜本的な鳥獣捕獲強化対策」を策定。2023年までにシカ・イノシシの生息数を半減させることを目標として掲げており、ニホンジカについては、2011年度実績の2倍以上の捕獲を実施しなければならない旨が記述されています。

現在も、この目標を達成するために、環境省・農林水産省や地方自治体においてさまざまな面からの対策が行なわれています。管理のための捕獲事業制度化の検討や狩猟銃の規制緩和のほか、ICT等を利用した捕獲技術の高度化なども積極的に推進。また、捕獲事業を強化する対策と同時に、地域ぐるみの被害防除・生息環境管理や、捕獲した鳥獣を食肉(ジビエ)として利活用する取り組みも進められています。

出典

・環境省「統計手法による全国のニホンジカ及びイノシシの個体数推定等について」(平成28年)

・環境省・農林水産省「抜本的な鳥獣捕獲強化対策」(平成25年)

シカ・イノシシなどの鳥獣被害が深刻化する要因

鳥獣被害が深刻化する要因としては、一般的に以下のような要因が複合的に関係して鳥獣被害が大きな存在になっているとされます。

1. 生息域の拡大

近年、シカ・イノシシの生息域は拡大傾向。1978年から2014年までの36年間でニホンジカは約2.5倍、イノシシは約1.7倍に生息域が拡大しており、その要因のひとつとして考えられているのが温暖化による積雪量・積雪期間の減少です。

シカはそもそも寿命が長く、1歳以降のほとんどのメスが毎年1頭の子を産むため繁殖力が高いとされます。また、食べる植物の種類は極めて多く、一部の植物を除いてほとんどすべての植物が餌となります。そんな生態のシカが、暖冬・少雪によって子ジカの死亡率が減少することで個体数が急速に増加しており、多雪地として知られる尾瀬や南アルプスの3,000m級の山々にまで分布を広げています。

イノシシも繁殖力が高く、ほぼすべてのメスが毎年4〜5頭の子を産みます。積雪条件で生息は限定されるものの、人家に近い里山に多く生息し、シカ同様に温暖化で生息域が拡大。また、もともと生息していなかった地域でも食肉用に飼育していたイノシシやイノブタ(イノシシとブタの交配種)が逃げたり、狩猟資源育成のために人為的に放獣されたりしたことで生息域が拡大したようです。

出典

・環境省「二ホンジカ等の生息や被害の現状」

2. 狩猟者の減少・高齢化

狩猟は免許制となっており、狩猟期間や猟法には厳しい規則があります。ここ数年は新規の狩猟免許取得者数が増加傾向にありますが、1975年には50万人以上であった狩猟者も2015年には19万人まで減少。さらにベテランの狩猟者は高齢化しており、狩猟の捕獲圧が低下しています。

有害鳥獣の捕獲では銃猟ではなく、わな猟を行う場合が多くなります。しかし、わな猟は見回りなどに労力を必要とし、狩猟者の減少・高齢化が進んだ状況では対応しきれなくなるケースも。捕獲後の埋設・焼却処理なども負担となります。また、自治体の有害鳥獣捕獲事業も猟友会頼りになっている場合が多く、狩猟者は相当の費用・手間を負担しながら協力していることが多いのが現状です。

出典

・農林水産省「鳥獣被害の現状と対策」(平成30年)

3. 耕作放棄地の増加

耕作放棄地とは、以前は耕作地だったが1年以上作物を栽培せず、その後数年も耕作するつもりのない土地のこと。農業の高齢化や後継者不足、離農などによって耕作を放棄するケースは非常に多く、1990年は21.7万haだった耕作放棄地は、2015年には42.3万haとなっています。

耕作放棄地はやがて、荒れた竹林、ススキ・ササなどの植物に覆われた土地となります。こういった環境はシカやイノシシに餌場・隠れ場所を提供する生息適地となり、鳥獣被害を深刻化させる要因のひとつとなるのです。

出典

・農林水産省「荒廃農地の現状と対策について」(平成28年)

4. 過疎化・高齢化などによる人間活動の低下

中山間地域における人口の減少や高齢化、生活スタイルの変化などによって、人間活動が低下していることも鳥獣被害が増える要因となっています。かつては里山として人間の影響があった土地も、森林管理や炭焼き、狩猟などで出入りする人がいなくなりました。

もともとシカやイノシシなどの野生動物は用心深く、基本的にはわざわざ人のいる場所には寄ってきません。しかし、人間の気配が薄れた中山間地域では、動物の生息域と人間の生活圏の境界線が曖昧になっており、農村だけでなく平野部・市街地にまで鳥獣が出没する状況になっているのです。

シカ・イノシシなどの鳥獣による被害の例

シカやイノシシなどの鳥獣による被害は、先に述べたような甚大な農業被害から人的被害までさまざまです。ここでは、実際にどのような被害が起きているのか見ていきましょう。

シカによる被害

シカは植物性のものならほとんどのもの食べるため、被害を受ける農作物は多岐にわたります。水稲を始め、麦、豆類、白菜などの葉菜、大根などの根菜が狙われます。また、以前は食べなかったものでも、茶の葉など味を覚えると食べるようになるようです。

林業や森林の生態系に与える被害も甚大。冬場の餌としてスギやヒノキ、果樹などの樹皮を食べる食害のほか、オスが木に角を擦り付けて剥皮するなどの被害があります。また、地表の植物が食い尽くされて景観が失われたり、土砂崩れが発生したりというケースも発生しています。

イノシシによる被害

シカと比べてイノシシは高栄養価で消化しやすい部位を好んで食べます。農作物のなかでは水稲、サツマイモ・ジャガイモなどのイモ類、好物のタケノコ、豆類、クリなどが狙われます。また、水田の稲が踏み荒らされる被害や、地中の餌を探すために路肩や土手を掘り返されるという被害も。

イノシシは警戒心が強いため基本的には人間を避けますが、住宅地に侵入したり、刺激されると人を襲ったりする可能性もあり大変危険です。跳ね飛ばされて怪我をする事故のほか、指を噛み切られたり、股下に入ったオスの大きな牙で太ももの動脈を裂かれて失血死したりする事故も発生しています。また、人に慣れると買い物袋などを狙って襲ってくるというケースも報告されています。

シカ・イノシシともに、自動車と衝突する事故の件数も少なくありません。衝突によって車が損傷を受けるだけでなく、高速道路などではねられた死体を避けようとした車が事故を起こすという場合もあるようです。また、シカやイノシシが電車の路線内に立ち入り、衝突事故・ダイヤの乱れを発生させるという事例もあります。

シカ・イノシシなどの鳥獣被害をなくすための対策とは

シカやイノシシが出没したとき、被害を受けときにその都度対処するだけでは、被害をなくすことはできません。大きく3つの基本要素について、同時かつバランスよく対策を講じることで、被害の減少が期待できます。

被害防除

まずは、侵入防止柵・電気柵などで農地への侵入を防ぎ、被害を防除します。鳥獣は柵の弱いところを見つけて侵入してくるため、道路や河川を含め全面的に農地を囲い、メンテナンスを欠かさず行う必要があります。柵を飛び越えたり、くぐったりして侵入する場合もあり、正しい知識で柵を設置することが重要です。

個体数管理

個体数や密度などを考慮した目標に従って、適切な捕獲・狩猟を行うことで周辺地域の個体数をコントロールします。山に生息する個体をしっかり管理するとともに、実際に農地を餌場と認識して農作物に被害を与えている有害鳥獣を的確に捕獲することで、被害を減らすことができるのです。

生息環境管理

被害を予防し、個体数をコントロールするとともに、鳥獣が寄り付く環境を作らないようにすることが非常に重要。農地周辺に放任されているカキなどの果樹を撤去したり、農地に放置した野菜クズなどによる無意識の餌付けをなくしたりすることで、副次的な餌場を除去します。また、山際の藪を刈って緩衝地帯を作ったり、耕作放棄地を刈り払ったりして鳥獣の隠れ場所・通り道をなくし、鳥獣と人間の住み分けをしていくことが大切です。

これらの対策を行えば、鳥獣被害は減少していくでしょう。ただし、これらの対策は一度限りのものではなく、継続的に実施していくことが必須。地域が一丸となって、それぞれの要素について確実に対処できる体制を整えていくことが重要な課題となります。

ALSOKの「有害鳥獣対策」で効果的にリスクを低減

鳥獣問題は深刻化しているうえ、捕獲等にもコスト・労力や危険がつきまとうもの。ALSOKの「有害鳥獣対策」では、対策に必要な機器の販売から設置・管理・駆除までをトータルサポートし、鳥獣問題の解決に貢献します。

ALSOKグループでは、平成30年2月時点で東京・神奈川・千葉・宮城・福島において「認定鳥獣捕獲等事業者」の認定を取得。すでに周辺地域において鳥獣捕獲等の実績があり、自治体や中山間地域の各種施設など、鳥獣対策のあらゆる場面でサービスを提供しています。

※認定鳥獣捕獲等事業者

鳥獣に捕獲等にかかわる安全管理体制、適正かつ効率的な鳥獣の捕獲等をするための技能・知識が一定の基準に適合している法人を認定するもの。

わな・防護柵などの鳥獣対策商品は幅広くラインナップしており、用途に応じて選ぶことが可能。ICT活用によって見回りの労力を減らせる最新の監視装置付きのわななども取り扱っています。

鳥獣わな監視装置の設置例

鳥獣捕獲には、

・わなの設置

・わなの見回り・餌やり

・止め刺し(捕獲した鳥獣にとどめを刺すこと)

・移送

・埋設・処理

といったいくつか工程があります。ALSOKではそういった鳥獣捕獲に関わる全業務を請け負うだけでなく、お客様の状況に合わせて必要な業務のみをご依頼いただくことも可能。さらに、ご要望に応じてわな設置場所や生息環境管理についてのアドバイス・解説なども承っておりますので、ALSOKのトータルサポートを強い地域体制づくりにお役立てください。

鳥獣(イノシシ・鹿)被害対策

地方部において深刻化するシカ・イノシシなどの鳥獣被害のリスクを減らしていくためには、的確かつ継続的な対策が不可欠。長期的な視線でさまざまな要素の対策をする必要があるため、地域ぐるみで鳥獣被害に強い体制を整えていくことが求められます。大切な農作物・自然資源や地域の人を守るため、積極的に対策を打っていきましょう。


https://buna.info/runningstory/4276/ 【出没! 都市と野生動物 第2回:シカたちの逆襲】より

野生動物の出没と人間のかかわりを考える連載「出没! 都市と野生動物」。東京都での生物調査や保全活動に取り組む川上洋一さんが、都市とシカの関係を解説します。

ここ数年、里山の動物たちが人間の生活圏にも現れたというニュースをよく目にします。イノシシやシカが大都市近郊の住宅地に出没し、東京都心ですら白昼にアライグマやハクビシンが現れて、警察による大捕物劇が報道されることも珍しくありません。何か動物たちに異変が起こっているのでしょうか。なぜ動物が里山から都市にやってくるのか、種類別に考えてみたいと思います。

森だけでなく、都市にもシカの被害が?

第2回目のテーマとして取り上げるのは、ここ数年で話題になることが非常に多くなったシカです。彼らによる森林への食害は以前から深刻で、植林された苗木はもちろん、樹皮まで剥いで食べてしまうため、2018年には全国で4200haもが被害を受けています。シカの多い森林では、彼らの背が届く範囲の葉が食い尽くされた「ディア・ライン」が形成されていることも少なくありません。

ディアライン

また、シカの好物でない植物だけが食べ残されて草原の景観が一変し、一面に咲いていた花が電気柵に守られてようやく残っている例もあるほどです。

シカの嫌うヤマドリゼンマイと外来種のオオハンゴンソウばかりが残る霧ヶ峰高原

しかし、これは山間地の問題だけではありません。すでに東京都西部の緑豊かな住宅地ですら、シカが進出しつつある最前線になっている認識が必要となってきました。

東京でもシカによる被害が起こっている

東京都心から西に30kmほどの中核都市・立川市から、多摩川に沿って川遊びや山歩きの行楽地に向かうJR東日本の青梅線。ここでは事故で列車が遅れることが少なくありませんが、その原因がシカとの衝突であることは日常茶飯事です。2020年7月には、市街地に近い都道に飛び出してきたシカがオートバイと衝突、ライダーが亡くなりました。

こうした直接的被害だけではありません。シカやイノシシに寄生するヤマビルやマダニが人間の生活圏まで持ち込まれ、人から吸血したり死に至る深刻な病気を媒介する例も増えています。2020年6月には、神奈川県・丹沢山地への登山口になっている駅前で、50匹ほどのヤマビルが見つかって大騒ぎになりました。シカが増えている丹沢山地より下山してきた登山者のグループが、付着されていることに駅前で気づき、その場に払い落としたまま立ち去ったのではないかと考えられています。すぐに発見されて駆除されましたが、運が悪ければ一般の乗降客への被害も拡がりかねなかったでしょう。すでに人間ですら寄生生物の運び手になっているのです。

こうした深刻な事態に、広く市民に呼びかけて、シカについての情報収集に力を入れる自治体も増えてきました。

あきる野市のビラ

昔はそんなにいなかった?

もっとも、シカは昔からこれほど人間の生活圏の近くまでやってきていたわけではありません。むしろ1970年代頃には東京都や神奈川県ではわずかな数しか確認できず、保護の必要性が叫ばれていたほどです。1980年に発行された第2回 自然環境保全基礎調査からの分布データによっても、都内で確認されるのは西のはずれの奥多摩山地のごく一部のみ。

同じ報告書にあげられた東京のシカの年代別絶滅情報は、明治時代に11ヶ所、大正時代に6ヶ所、戦前の昭和時代に8ヶ所、昭和20年代に5ヶ所と推移し、昭和50年代以降は0となっています。すでに絶滅が確認できるほど身近にはいなくなっていることを表しています。明治維新によって東京周辺の都市化や農地開発が急激に進み、猟銃の性能も良くなったことで、シカの生息地は台地や丘陵地から山岳地帯へと追われていったのでしょう。

環境庁メッシュ図1980(赤線:県境 黄色:絶滅が確認された地域)

頻繁に利用される里山は、シカにとって居づらい場所だった

さらにシカと人間を互いに近づけないための環境があったことが考えられます。台地や丘陵地に点在する農家の周辺に雑木林や草原、農耕地といった環境がモザイクのように配置されていた「里山」です。ここは多くの生物たちの生息地ともなり「人間と自然が共生してきた理想的環境」と、近年では高く評価されてきました。

ところが最近の植生景観史などによる研究によると、実際の里山は人間による過度の収奪によって、荒廃していた例が少なくなかったようです。短いサイクルで伐採や刈り取りが繰り返されたため、植生は痩せた土地に生えるアカマツ林やススキ草原が広い面積を占め、雑木林もひょろひょろした背の低い段階までしか成長できませんでした。ササ藪ですらカゴ細工の材料用として一部に残されていただけ。落ち葉も肥料のためにほとんど掻き取られていました。

昭和初期の東京都西部の里山

当然こうした環境は見通しが良く、シカのような大型の野生動物が隠れられる場所はわずかしかありません。地表は乾燥し、草むらも茂っていなかったおかげで、ヤマビルやダニが棲みつく余裕もなかったでしょう。

もちろんシカやイノシシは江戸時代から農作物を荒らす害獣と考えられていました。本来なら刀や鉄砲などの武器の所持を禁じられていた当時の農民も、駆除のために鉄砲貸し出し許可を再三求めていたことが、古文書からも明らかです。国分寺村(現在の東京都国分寺市)のように、江戸時代を通じて約90頭のシカと約60頭のイノシシを駆除していた地域もあるほど。

ちなみにこうした害獣の天敵であるニホンオオカミを祀っていた神社への信仰は強く、今でも埼玉から神奈川県にかけての農家や田畑でお札を見かけることが珍しくありません。このように、かつての里山は人間とシカが共生できるような場では無かったのです。

御岳神社のお札

森林が豊かになり、シカに有利に 〜人間の里山利用の変化〜

しかし里山という緩衝地帯を挟んで、シカと人間が棲み分けていたのは今世紀の初めくらいまでのこと。「森林飽和」という言葉が生まれるほど日本の森林が豊かになり、さらに狩猟者の高齢化などもあって、山地のシカは増加を続けました。これは森林に対する鹿の食害が、年々増加していることからも明らかです。

さらに山地に続く丘陵地の森林の変化も、シカにとって有利に働いたと言えるでしょう。関東から西日本にかけての雑木林とは、もともとシイ・カシといった冬でも葉を落とさない照葉樹の森でした。それが炭や薪を得るための伐採が繰り返されることによって、クヌギやコナラなどの落葉広葉樹林に保たれていたのです。

しかし高度経済成長期を境に、石油を中心とするエネルギー革命が起き、炭や薪が使われることはほとんどなくなりました。そのため雑木林は放置され、もともとあった照葉樹林に戻ろうとする植生の遷移が急速に進んでいます

照葉樹林化する雑木林

シカはもともと照葉樹林の林縁付近にすんで付近の草地で餌を取る習性の動物。里山の放置によって人間との緩衝地帯が消え、さらに住宅開発が丘陵地まで及んできたことで、シカと人間の生活圏は直接対峙するようになってしまったのです。

シカとのトラブルを防ぐにはどうすればいい?

シカと人間のトラブルや、植物の食害による生物多様性を防ぐためには、まずは両者の間に緩衝地帯を設ける必要があるでしょう。もちろんかつてのように農民の厳しい労働によって成立していた里山を再現するのは現実的ではありません。電気柵のような新たな技術を使った対策がとられるべきでしょう。しかしかつての里山ほどではないとはいえ、こうした緩衝地帯の施設を維持しメンテナンスするには、膨大な手間と予算がかかることは明らかです。

作物や在来の植生を守るための電気柵

さらに根本的な問題として、シカの個体数自体を調整する必要があるのは言うまでもありません。当然こちらも、専門家の養成も含めたシステムづくりに、かなりの出費と労力が必要です。

都市に現れるシカは「かわいそう」なのか

そしてもう一つ、シカ問題の解決のためには重要なポイントがあります。それは野生動物にどのように接していくかという市民の意識づくりです。

2020年5月から6月にかけて、東京都23区東部を流れる荒川の河川敷に野生のシカが現れ、メディアで大きく取り上げられたことは記憶に新しいところです。報道が過熱するにつれて「かわいそう」「保護するべき」「早く山に返してあげたい」という一般市民の声が大きく広がり、行政にまで要望の電話が集中しはじめた挙句、結局は動物園が引き取ることで騒ぎは治まりました。

ここで明らかになったのは、シカに対するメディアや一般市民の意識が、あまりに現実とかけ離れていることです。シカは「人間に奪われて山に棲みかがなくなったために、はるばる都会まで追われてきたかわいそうな存在」ではありません。森林が急速に回復してきたことを足がかりに、生息環境を著しく伸ばしており、すでにその距離は川沿いなどの緑地を伝い夜間に移動すれば、容易に住宅街まで到達できるほど。こうした事実についての冷静な報道が、十分にあったかは疑問です。見た目の可愛さとは裏腹に、交通事故で死者まで出ていることからも明らかなように、人間に危害を及ぼす恐れも十分に予想されます。

今後も次々に現れてくるであろうシカやイノシシのような大型の野生動物について、メディアも一般市民も感情的になることなく、どう対処していくかという原則を冷静に考えて合意形成していくべきではないでしょうか。

Author Profile

川上 洋一

東京都新宿出身。生物多様性デザイナー&ライター。トウキョウサンショウウオ研究会事務局。東京都西部の里山での生物調査・保全活動に取り組むとともに、江戸から東京への自然環境や生物相の変化について、著述やテレビ番組、講演などで紹介。「工房うむき」として生物をモチーフにした陶器や手ぬぐいをデザイン。著書に「東京いきもの散歩~江戸から受け継ぐ自然を探しに~」(早川書房)など多数。 


http://www.asahi.com/area/tottori/articles/MTW20190422320680001.html 【動物生態学者 高槻 成紀さん 】より

◆単なるシカ駆除には警鐘

 米子の里山で虫を追いかける少年だった。ただ、他の子と違うのは植物も好きなこと。友人には隠していたが、野のスミレを採取し、家で栽培した。

 米子東高2年の夏休みに「生物学者になる」と生態学を志した。だが、生態学を学べる大学が分からない。大学受験を控えた高校3年時、理学部生物学科のある全国の主要な大学に、手紙で問い合わせた。

 返信された情報から、進学候補は九大と京大、東北大の三つになった。京大は、合格できるかギリギリ、九大は学べる昆虫の分類が生態学とずれていた。「遠くへ行ってみたいな」と、東北大を選んだ。

 シカ研究の始まりは、宮城県沖の離島・金華山。霊島として殺生が禁じられ、シカが高密度にいた。ただ、研究のメインはシカではなく、金華山の植生の成り立ち。修士論文のテーマは「草食獣が植物に与える影響」で、光や水といった環境の要因とともにシカのことを調べた。

 シカの研究は、群れの観察や解剖など直接シカに触れる研究だけでない。地面に残された足跡や植物がシカに食べられた食痕を探したり、フンの中身を分析してシカが何を食べているか調べたり。

 研究人生と、過疎化の進む各地の里山でシカが一気に増えて問題を起こす時期が重なった。専門家として意見を求められることも多い。駆除の必要性は認めるが、「農村・里山に活力がある状況でシカを減らさないと解決にならない」と警鐘をならしている。(長崎緑子)

◆都市化進み バランス崩れた

――シカの問題が日本各地で起きています。

 サルやイノシシは農作物に手を出す害獣だけれど、シカは山にある自然植生も荒らす。最近は高山帯にも進出しており、大山でも被害が出始めるのではないかと心配している。

 ――どれだけシカを減らせば頭数管理ができますか

 それ、行政の担当者がすぐ聞く質問です。地域の自然環境によって適正なシカの密度は変わってくる。暖冬などでメスの出産率が変動するので個体数も大きく変わる。素朴な狩猟と有機的農業を営んでいた昔は野生動物と人の生活に折り合いがついていたが、都市化で里山から人がいなくなりバランスが崩れてシカが増えた。増えすぎたシカを減らす必要はあるけれど、高齢化・過疎化した農村をそのままにして、シカを減らしても解決にはならない。

 駆除するにしても、シカは一夫多妻制だからオスを撃つのではなく、メスを駆除しなければ意味は無い。

 ――鳥取でシカ研究はされていますか

 若桜町の山にいるシカのフンを自宅で顕微鏡で見て分析している。夏でもフンに枯れ葉が入っていた。杉を植えすぎて、林床が暗くなり、夏でも枯れ葉を食べざるを得ないほど、シカの食物になる植物が少ないのかもしれません。

◇ ◇

たかつき・せいき 

 1949年、倉吉市生まれ。78年東北大大学院修了。専攻は動物生態学。東京大総合研究博物館教授、麻布大獣医学部教授を歴任。著書に「シカ問題を考える」など。



コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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