脳には 実態験も イメージ体験も同じインパクトを持つ

「自分を制限する信じ込み」についてご紹介します。

例えば 「跡取り息子」というステレオタイプは 日本の社会に未だ残っていますね。

そんな暗黙の価値観がある大家族の中で 子どもが与えられます。

一人目の女の子;女の子は育てやすいとされ、一姫二太郎など言われるわけですから 歓迎です。

二人目の女の子;そこそこ受け取れるのが一般的です。 然し3番目が男の子であった時周囲の愛と関心は 男児に傾き ストレスフルな子ども時代を過ごす傾向が強いです。

三人目の男の子;周囲の期待がかけられ 男の子イメージが 自己イメージとして植えこまれることが多いです。

三人目の女の子;「男の子だったらよかったのに」 という呟きを聞いてしまうことが多いです。

性を否定されることは生を否定されること!

心理療法をしていると その人の痛みの源泉が 兄弟の布置にあることが多いのに気付きます。

幼い時に 周囲の大人たちが言った何気ない一言を受け取り自己イメージと変え 自分の一生を縛ることがあります。

私たちは関係存在ですから 文化の中で、グループの中で色々な評価を受けてしまいます。

その評価が外からのもの(外的抑圧と呼びます)と感じている場合は評価と自分が一つにはなっていませんが 外からの評価の一部が やがて自己イメージになってしまうのです。(内的抑圧と呼びます)

私たちは自己イメージのように生きていきます。

イメージ力を観るための逸話をご紹介します。

死刑囚に「ある実験の被験者」を募りました。

全員目隠しをし 手首に 鋭い刃物で切った刺激を与え、水をぽたぽた落とす音を聞かせました。

被験者は「実際はどこにも傷はないのに 手首が切られ そこから血が滴り落ちるイメージ」を持たされたのです。全員亡くなったとのことです。

スポーツ選手が イメージトレーニングで実際のトレーニング以上の効果を上げるはことは周知の事実です。

イメージ力を実感していただく研修で 被験者に 5年玉を糸でぶら下げたまま「縦、横、回転」を図示した紙を見てもらいます。 

縦方向を見れば5円玉の振り子は縦にふれ、横方向を見れば横にふれ、回転を見れば見事に回ります。視覚情報はそのままイメージに結びつきます。

脳には 実態験も イメージ体験も同じインパクトを持つ刺激となります。

どのような 自己イメージを持つかは大変重要です。

①マイナスの自己イメージを持つと 筋肉は弱くなり、 肉体は病にかかりやすくなります。

筋肉反射テストもストレス反応であり、マイナスイメージを持つと筋肉は弱くなり プラスイメージを持つと強くなります。

②また潜在意識と顕在意識が 食い違うと 車のアクセルとブレーキを同時に踏むが如き現象が起き 自分を見失った無気力(エンコ)に陥ります。

③これに加え 「自分の持つ自己イメージ」と「他者が私に対して抱く イメージ」のずれも 問題になります。

まさに「病は気から」と言われる所以です。 

「私という人間に対するイメージ」が ひとつになるためにはどうすればいいでしょう?

次のエクササイズをしてみてください。

「あなたは誰ですか?」と尋ねられると 困るのが普通です。相手や、場面によって登場する自分の側面は変わってきますから。

①関わりを観たい相手を選び イメージしましょう。

( 誰でも、自分で分かっている私と、分からない私が居ます。これも相手、場面によって変わります。)

②四角を私という一つの大きな心の窓に見立ててください。

横軸のメモリを指標にして、「イメージした相手との関わりにおいて」分かっている程度(0はまったく分かっていない…….10はすべて分かっている)で、四角を縦に2分してください。

③相手は、あなたをどの程度分かっていますか?

それを縦軸のメモリを指標にして四角を横に二分してください。分割された心の窓の4つの領域には次のような意味があります。

開放:私にも、相手にも分かっている私の領域       

盲点:私には分かっていないが、相手に分かっている私の領域

秘密:私には分かっているが 相手には分かっていない私の領域

未知:私にも、相手にも分かっていない私の領域

開放領域では、お互いに既に分かっていることを基本に活動できるので、相手の真意を推し測ったり、自分のある部分を隠したり、現実を自分に都合が良いように歪曲する必要がありません。

開放領域では、自分の真の姿で取り組むことができます。開放領域を 拡大することは人間の成長を意味します。そのためには 盲点と隠している領域を狭める必要があります。

盲点の領域を狭めるためには 他者からのフィードバックが役に立ちます。

秘密の領域を狭めるためには 今まで相手に隠していた自分のある部分を知らせればよいわけです。これを自己開示と呼びます。

盲点と隠している領域が狭まるにつれ(開放領域が広がるにつれ)未知の領域を知る手がかりが得られ 洞察が進められると「自己との出会い」のチャンスが訪れます。

自己イメージを検証し 色眼鏡を外していく作業は素敵なことです。

昔、スリーインワンのワークショップで 全身のスタックポイントを見ました。

驚くことに正中線と関節の全てがスタックポイントでした。それを省みて 私の口から出た言葉は「邪魔もの」でした。

母と兄を殺した デビルチャイルドという信じ込みを持っていたと気づきました。

私は終戦直後(昭和20年)に受胎しました。食糧難の極致です。何度も堕胎の刺激を受けました。それでも命が与えられました。

然し母は 私が1歳になる前に、私をおんぶしたまま、栄養失調で倒れてなくなりました。

私には同じ母から生まれた光義という名の兄がいました。母が亡くなって この兄が私を愛してくれました。

私が2歳の時 よちよち歩きで崖っぷちを歩いてしまったようです。 三輪車で遊んでいた兄が心配して 三輪車ごと駆けつけ 崖から転落しました。勿論入院し 院内感染で肺炎になり 亡くなりました。

この悲しい出来事故に「私を愛した人を 私が殺した」と 信じ込んでしまったのです。

そんな自己イメージがあれば 愛される資格がないと思いますよね。

生きていて御免なさいの人生を歩むことになりました。小学低学年は生きる屍でした。

新しい母に愛されてはならない子どもであり続けました。

父さえ拒絶することをしました。レイプも引き付けました。女であることをどれだけ呪ったことか!!

それ故に 愛するものに自分の歪を手渡さないよう自分と向き合い、癒し続けました。

勿論多額のお金も使いました。

この痛みを原風景として描くとナイル河に流されるモーゼのイメージでした。

これを箱庭で表現した時 河に流される幼子は 羽の取れた丸々と太った天使でした。

私がこの箱庭から得たメッセージは「デビルチャイルドという人生を自分の意志で選んで生まれた。

生き切れるように 多くの力を神によって供えられた。」という 内容でした。

振り返ってみると 壁は人一倍(以上かも)ありましたが、「多くの恵みを得、社会からも人々からも信頼を得、生かされて来た」ことへの感謝を捧げずにはおれませんでした。

中学生時代 行きつく先が墓場なので 好きなことをしようと心に決め 満足できることを探し求めましたが 得られず、生きる意味を失ったニヒリストになってしまいました。

お金、地位、快楽 得ても仕方がないものでした。

もしそれを得ることを目的とすれば 得れば得るほど「もっと」を望み まるで「勝ち得たことが次の欲望への誘い水になる」かのように、飢えと渇きは身を焦がすほどになると思わずにおれなく、それ以上に 求めたい気力も湧きませんでした。

生きる意味を求め続けた思春期の問いを棚上げしましたが 今はそれは「自分が創造するもの」ということができます。

魂と一つになって意味を創造するために 力になるのが「カウンセリング・セラピー・ヒーリング」です。

真実の創造の為には 色眼鏡が拭い去られなければなりません。心の浄化が必要だとも言えます。私はそのために人生で得た財を注ぎこめる人を 幸せだと思います。

(私は優の字が好きです。人が憂うと書いて優れている、優しいと読みます。)

コズミックホリステック医療・現代靈氣

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吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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