https://ameblo.jp/ohyasuko/entry-12152796889.html 【「鬼剣舞」(おにけんばい)】
岩手県北上駅に展示されています、伝統芸能「鬼剣舞」の人形です。鬼ではなく仏の化身で、面には角がありません。鬼の面は五色あり、それそぞれに意味があります。
陰陽五行説による四季、方位を表すと共に、五大明王を表しています。
青面=東・春、降三世明王 赤面=南・夏、軍茶利明王 白面=西・秋、大威徳明王
黒面=北・冬、金剛夜叉明王 黄面=カッカタ(道化師)、不動明王
踊り手の中心は白面。白面はリーダーであり1人しかいません。
他の面は「阿(あ)口が開いている」と、「吽(うん)口が閉じている」の面をそれぞれつけてます。白面つける者を一剣舞(いちけんばい)といいます。
ちなみに一人加護を踊れるのは、この白面をつける者のみとされています。
「けんばい」の語源は、陰陽師や修験者(山伏)が用いる呪術の「片ばい」とかんがえられ、
鬼剣舞は念仏で人々を救い、片ばいで悪い者を踏み鎮めて邪気を払っているといいます。
岩手県北上市にある、伝統芸能「鬼剣舞」。見事な踊りです。
m(__)m「鬼剣舞」にありがとう、~OH!・康子~
(愛知県名古屋市出身、岩手県花巻市在住)
http://www.hosshi.or.jp/1_roots/0407.html 【鬼剣舞(おにけんばい)~北上みちのく芸能まつり】より
岩手県北上市ほか
●みちのくの大地を踏みしずめ、祖霊をなぐさめる念仏供養の踊り。
鬼剣舞と書いてオニケンバイ。マイがなまってバイになった・・・というわけではありません。 さまざまな謂われと歴史に縁取られる鬼剣舞は、北上市周辺を中心に、県下でみられる民俗芸能です。 馬の毛や鳥の羽などでつくったカブリモノを頭に、いかつい鬼の面をつけ、扇子や抜き身の刀を振りかざし、ハァーッ、ウォーッと雄叫びを発して、力強く大地を踏みしめ躍りあがる・・・勇壮にして華麗、迫力満点の躍動感!
鬼剣舞のケンバイとは、修験道の呪法のひとつで、地面をしっかと踏みつけて悪霊を鎮める「反閇(へんばい)」に由来するといわれています。 最も古い縁起としては、大宝年間(701-704年)に修験道の開祖・役小角(えんのおづぬ)が満願の日に踊ったものが伝わったとされています。 そうした“反閇”に浄土信仰の念仏踊りが結びついて、江戸時代初期までには、現在にみられるような芸能が完成したようです。 また、安倍一族や源義経など、中央権力に追われ、無念の死を遂げた武者の霊を鎮めるために踊られた、さらには翻って平安初期、朝廷軍率いる坂上田村麻呂に捕らえられた蝦夷の首長・アテルイを慰めるために始められたという説も各地に残されています。
●角がないのは仏の化身だから。手に汗にぎる高度な技で観客を魅了。
よく見れば、鬼剣舞の鬼たちには、角(つの)がありません。これは仏が明王の姿として現れたものだと考えられているからです。 踊り手は白・青・赤・黒4色の面をつけた鬼が2匹ずつ。この4色は陰陽五行説により四季と方位を表しています。 それに道化面のカッカタを交えて、仏教の如来の化身である五大明王となります。 ご紹介すれば、白面・・・秋、西、大威徳明王、青面・・・春、東、降三世明王、赤面・・・夏、南、軍荼利明王、黒面・・・冬、北、金剛夜叉明王、そしてカッカタは不動明王にあたります。 演目は、各流派によって多少の違いはありますが、全部で18種前後あり、そのうち実際に演じられるのは12、3の曲目です。 基本は8人による舞い、人数の制約から解かれ少人数で自由闊達に踊られるのは「狂い 」、さらには宙返りなどのアクロバチックな曲芸も繰り広げられます。
岩手県内には120を超える伝承団体があり、なかでも岩崎鬼剣舞保存会、滑田鬼剣舞保存会、朴ノ沢念仏剣舞保存会、川西念仏剣舞保存会の4保持団体によるものは、国の重要無形民俗文化財に指定されています。 そもそもは正月やお盆に寺や神社、新盆の家や墓などで祖霊をなぐさめるために踊られてきた鬼剣舞。 現在では、「北上みちのく芸能まつり」でその全演目を見ることができます。 クライマックスは、迫力満点の大群舞。鬼たちの凛々たる舞いが、みちのくの短い夏に弾けます。
https://www.thr.mlit.go.jp/isawa/sasala/vol_8/vol8_23.htm 【胆江地区の鬼たち3】より
ところで、胆江地区には鬼剣舞をはじめ、黒石寺の鬼子のぼり、鬼っ子の墓(人首丸の墓)など、鬼のつく行事や史跡が数多く残されている。それはなぜなのか。
「それには、まず陰陽道説、そして東北の歴史を理解しなければなりません。
陰陽道というのは、大陸から仏教とともに伝来(6世紀中葉)してきたもので、天文の動きからその方位により吉凶を占い人間社会の動向を察知する、いわば方位占いみたいな思想ですが、その中で疾病や災いをもたらす方角を『鬼門』と言い、それが東北の方角だったのです。
古くから東北地方は豊かな地域で農産品や馬、金、鉄などを多く産出していましたが、それらは東北の先住民である蝦夷と呼ばれる人たちのものでした。それに目をつけた朝廷は、何とか自分たちの領地にしたいと考え、陰陽道説を引用し、東北地方の人々を鬼に仕立てて戦争を仕掛ける口実をつくり、征伐に乗り出したのです」。
それでは、東北全域が鬼の住む地となるはずだが、なぜ北上市や胆江地区にその名残りが多いのだろうか。
「それは、アテルイという八世紀末から九世紀初頭に、胆沢地方一帯を治めていた豪族の存在が大きいでしょう。アテルイは朝廷からの圧力に最も抵抗した人ですが、朝廷の命令で蝦夷征伐に乗り出した坂上田村麻呂と休戦を結び京都まで上ります。しかし、中央の公家たちは『虎を飼って、あばれることを心配するのと同じ』と言って、アテルイを斬首刑にしてしまいます。
また、アテルイ亡き後、この地を治めた安倍氏の存在も大きかったでしょう。安倍氏は、中央の権力に屈することなく抵抗を続けていましたが、安倍貞任(1019~62)が前九年の役(1051~62)で源頼義・義家父子に敗れ、一族は滅んでしまいました。その当時、中央の人々が東北の人々をどのように見ていたかというのが良く分かる絵図があります。蝦夷と朝廷側との闘いの絵図なのですが、蝦夷の軍はみな異形のように描かれているんですね(清水寺縁起絵図)」。
お話を聞いていると、なぜか桃太郎の話とだぶってくる。胆江地区は鬼が島で、その鬼が島には財宝がたくさんある…。
「そうですね。まったく桃太郎伝説と同じような見方が、現実にこの地方に対して行われてきたのです。ただし、胆江地区に住む鬼(蝦夷の人々)は、村々を襲って財宝を略奪するような悪いことをしていなかったという点は違いますが」
https://ameblo.jp/eimicocoronoha/entry-12456579981.html 【復活祭に鬼剣舞】より
先日の日曜日は、キリスト教の復活祭(イースター)でしたね。そんな特別な日、私は岩手県北上市にある展勝地に、桜を観に。。。というより、鬼剣舞を観に行っておりました。
昨年、地元で開催された東北絆まつりから始まっている「郷土芸能」を通じてのアニミズムの学び。
江刺鹿踊、中野七頭舞、黒森神楽・鵜鳥神楽・・・・そして、さまざまな郷土芸能が集まるイベントに足を運ぶ機会が増え、それぞれの神楽を通じて、様々な気づきを頂いています。
今回は鬼剣舞が仏教の明王部「五大明王の舞」であることを知り、驚きと感動。
鬼剣舞の鬼は「仏」なので角がない、とは、知っていたものの、その仏がどんな仏かまでは、ずっと「知りたい」とは思わなかったんですよね。
以下、Wikiさんの解説より
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青面:東、春、降三世明王、
赤面:夏、南、軍荼利明王、
白面:西、秋、大威徳明王、
黒面:北、冬、金剛夜叉明王、
黄面:カッカタ(道化面)不動明王
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なんて身近に仏様がいる地域なんでしょう。
隣に5歳の男の子がいたんですが、その男の子の口から、すらすらと鬼剣舞の演目名が出て来た時にはほ~~~。と感動してしまいました。
生活の娯楽に仏様。贅沢です。それを復活祭の日に知るというシンクロにも驚きです。
鬼剣舞が踊られた会場の真後ろの方角には、200年ほど栄えた仏教の中心地であり、
奥州平泉のモデルとなったといわれる「国見山廃寺跡」があります。
そんな場所で眺める「五大明王の舞」鬼剣舞は、まさに仏にささげる舞であり、仏が降りる舞、そんな感じがしました。
今年も地元の神なる存在と一緒に過ごす季節がやってきたなぁ。そんな気持ちを携え帰宅すると、これが届いてました。
今年の年初め、お世話になった「マジックプレゼンス」「明かされた秘密」の続編です。
この本が発売されることがわかっていたんでしょうね。
そして、この本をこのタイミングで手にし、読むための準備として、今年の年初めに前作2冊をしっかり読むことになった。この本の中にもイエスが出てきます。
まさに、イースター・復活祭。
自分の「内なる神」時空に満ち溢れる、全ての「神なるもの」~生命~が新しい宇宙のサイクルから受け取ったエネルギーによって調和され、この次元に再び現れ、活動を本格化していく時。
それがイースター。
この時期に天秤座の満月がやってくるのもうなずけます。もうすぐ10連休のGWがやってきますね。どんな時空間が現われるのか楽しみです。
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