https://www.hokto-kinoko.co.jp/kinokolabo/science/41507/ 【第1回 生命の共通祖先は「菌」だった】より
スーパーでは、野菜コーナーで売られていることが多いきのこ。でも本当は「野菜」じゃなくて、きのこは「菌類」に分類される生物です。じゃあ菌類ってなんだろう?菌類はいつから地球にいるの?そんな疑問を紐解いていくと、実は生命の進化の過程で、菌類が重要な役割を果たしていることがわかります。もっと言うと、緑と空気と水に覆われ、ありとあらゆる動物、生物が命を育む地球のいまの姿があるのは、菌類のおかげと言っても過言ではないほど、菌類と地球の歴史は切っても切れない関係です。
そこでこのコラムでは、きのこをはじめとする「菌」の歴史やチカラを深掘りしながら、知られざる菌類のチカラをわかりやすく解説していきます。いつもおいしく食べているきのこが、実は私たちと近い存在であり、地球の歴史にも深く関わっていた…そんな風に思うと、きのこを見る目もガラリと変わるかもしれませんね。
まずは、地球の歴史における菌類の活躍を見ていきましょう。菌類は、植物や動物が誕生するはるか昔から、地球や、すべての生命の進化を見守ってきたのです。
そもそも、「菌類」とは?
みなさんは、誰かに「菌類ってなに?」と聞かれたら、なんと答えますか?
「菌」という名前がつくものとしては、例えば、乳酸菌や納豆菌、酵母菌など様々な菌が思い浮かぶと思います。また、「菌」とつかなくても、きのこは菌類の代表的なもののひとつです。
菌類を一言で説明するのはとても難しいですが、上にあげた「菌類」は大きく二つに分けることができ、その違いとは、核膜を持たない「原核生物」と、核膜を持つ「真核生物」です。
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図左:核膜を持たない「原核生物」 / 図右:核膜を持つ「真核生物」
これらの菌が地球上の生物の進化や現在に繋がる自然環境の形成に深く関わっているのです。
地球上で最初の生物は菌だった!
地球が誕生したのは今から46億年前。当時は酸素が存在せず、強い紫外線が降り注ぎ地表は溶岩で覆われ、生物が棲める環境ではありませんでした。しかし、時間の経過とともに溶岩が冷えることで大気の状態が変化し海が作られ、38億年前頃、ついに海の中から生命が誕生しました。
当時、まだ大気に酸素はなく、海に豊富に存在したのは硫化物や炭化水素、メタンといった有機物。それらをエネルギー源として、海底の熱水が吹き出す熱水噴出孔から生まれたのは、「超好熱菌」と呼ばれる原核生物、つまり菌の一種でした。
地球上で初めて生まれた生命であり、すべての生物の共通の祖先となったのはこの菌だったのです。
菌によって生態系の基礎が築かれた
そして、海底で有機物を食糧として摂取していた原核生物は進化し、32億年前頃、光を使用してエネルギーを作り出す細菌の一群「シアノバクテリア」が生まれました。現在の陸上の植物と同じように、太陽光を利用して二酸化炭素と水から分解し、酸素を生み出す光合成のはじまりです。
その後、シアノバクテリアが大量に発生し、大気中に酸素が増え続け、やがて、今から約5億年前、大気圏の上空にオゾン層が形成され、太陽からの有害な紫外線を遮ることになり、地球環境も大きく変わっていきます。
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様々な菌が進化・誕生しオゾン層ができたことで、空が青く澄み渡る、生物が活動しやすい生態系の基礎が築かれたのです。
21億年前、人ときのこの共通祖先となる生物が誕生
シアノバクテリアが増殖して地球上の酸素濃度が高まる中、21億年前に菌は新たな進化を遂げました。動物や植物の原型となる「真核生物」の誕生です。
真核生物誕生の最も有力な説は、ある原核生物が酸素を使ってエネルギーを得る力を獲得した原核生物を取り込み進化したというものです。
これが今、私たちの体の中にもあるエネルギー供給所「ミトコンドリア」の起源となったと考えられています。効率よくエネルギーを生み出せるようにになったおかげで、真核細胞は爆発的な進化を遂げます。ある細胞はシアノバクテリアも取り込むことで、光合成を行う「葉緑体」を生成し、植物細胞へと進化し、またある細胞は独自の栄養吸収能力を獲得して進化。この細胞が人ときのこの共通祖先です。
その後、長い年月をかけて真核生物が枝分かれし、菌類が誕生します。
現在、最古の菌類は、2019年にベルギー・リエージュ大学の研究チームがカナダ・ノースウエスト準州にあるグラッシーベイ累層にて化石で発見された10億年前のものといわれています。
菌類は、菌糸から出す酵素で動物や植物の死骸の中にあるデンプンやたんぱく質といった有機物を分解し、栄養分とする生物です。この働きにより地球環境はさらに整っていくのです・・・
このように、地球上のすべての生物のオリジンをたどると、菌へ行きつきます。菌は、生命の誕生だけでなく太古より地球の進化と深く関わり、地球を生命に適した環境に整える重要な役割を担ってきたのです。
https://www.hokto-kinoko.co.jp/kinokolabo/science/41867/ 【第2回 「菌」がいるから、人類が誕生した】より
きのこは、野菜の仲間と思われることも多いのですが、実は「菌類」です。もっと言えば、きのこをはじめとする菌類は、私たち人間と同じ祖先をもち、地球の歴史にも深く関わっています。つまり、人や生命の進化を語る上で外せない生物なんです。
そこでこのコラムでは、菌類の歴史やチカラを紐解きながら、知られざる菌類の魅力、人間とともに歩んできた軌跡を分かりやすく解説していきます。
前回は、地球誕生から生態系が形成され、そしてヒトときのこの共通祖先となる生物が生まれるまで、菌類がどう関わってきたかを紹介しました。
第1回 生命の共通祖先は「菌」だった
第2回となる今回も、はるか昔の地球へ舞台を戻しましょう。私たちが生まれるずっと前、動物や植物が次々と進化を遂げる中で、菌類はどんな役割を果たしていたのか?生態系の立役者とも言える菌類の働きを見ていきましょう。
ヒトを生み出したのはきのこの力!?
前回紹介したように、地球上の生物は細菌からはじまり、21億年前にきのこやヒトの共通祖先となる最初の「真核生物」が誕生しました。
その真核生物が、長い時間をかけて進化し、動物が誕生します。
動物の祖先となった「原生動物」は、今から約10億年前までに海の中で生まれた襟鞭毛虫(えりべんもうちゅう)の仲間の単細胞生物だったといわれています。そのような単細胞生物からたくさんの細胞が集まってできるカイメンのような多細胞動物が生まれました。、5億4千年前のカンブリア紀には、現在わたしたちが知るさまざまな動物と同じ体の構造をもった祖先のほとんどが誕生しました。いわゆる「カンブリア紀の大爆発」です。
その後、陸上に進出した脊椎動物は両生類から爬虫類や哺乳類へと進化していきますが、その進化を支えてきたのは、他でもない菌類だったのです。
みなさんは「食物連鎖」という言葉を耳にしたことがあるかと思います。生物間で捕食(食べる)と被食(食べられる)を繰り返しながら食物エネルギーが循環していく関係のことです。
食物連鎖の起点となるのは、「生産者」である植物です。植物は、光合成を行って、太陽光エネルギーや二酸化炭素、窒素からデンプンやたんぱく質などの有機物を生み出(=生産)します。
それを「消費者」である動物が食べ(=消費)、栄養とします。
さらに、この植物(生産)、動物(消費)の循環に欠かせないのが、きのこなどの菌類なのです。菌類は自らの菌糸で動物や植物の遺骸を分解し、生産者の土壌となる二酸化炭素などの無機物を生み出します。
菌類は、植物とは異なり、自分では栄養を生み出せない生物なのですが、見えないところでエネルギー循環を助ける「分解者」の役割を果たしています。
見方を変えると、分解者である菌類がいたから、物質が循環し、生態系が成り立ち、様々な生命が発展、進化したとも考えられますよね。キノコなどの菌類がいなければ、植物や動物の遺体はそのまま蓄積し、新しい生命を生み出す物質が供給されなくなるのです。つまり!今ある地球の豊かな生態系はもちろん、私たち人間が生まれ、進化したのも、菌類のチカラなくしては考えられなかった、ともいえるかもしれません。
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植物繁栄を支える菌類の広大な地下ネットワーク
一方、先述したように生産者である植物は光合成によって有機物を生み出し、食物連鎖を作り出します。その生育に必要な水や養分は根から吸収しますが、その働きには切っても切れないパートナーとして菌類が大きな役割を果たしています。
菌類の中には、菌糸を使って植物の根の内外に付着して、植物が根から栄養を取りやすいように助けたり、病気や害虫から守るといった役割を担っているものもいます。植物は自らが得た栄養分を、菌糸を介してその菌類へ与えるのです。
植物が光合成に利用できる二酸化炭素は空気中にわずかしか含まれないのですが、分解者であるきのこなどの菌類が、植物や動物の遺体を分解することによってそれらを潤沢に生み出すことができるので空気中の二酸化炭素が豊かになります。こうしたきのこなどの菌類がもつ特性が植物の繁栄を支えていたのです。もしこの世にきのこがなかったら、世界中の森はあっという間に枯れ木や動物の遺骸だらけになってしまうでしょう。
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植物と菌類は、生産者と分解者でありながら、同時に、お互いが生きていく上で欠かせないパートナーでもあったのです。そしてその植物を食べることで、動物が繁栄していきます。実はわたしたちが生きる大地の下には、きのこをはじめとした菌類の菌糸が繋ぐ巨大なネットワークが存在し、植物と動物の大繁栄を支えていたのです。
<ミニコラム>多様で魅力的な古代生物たち
地球上の生物がものすごいスピードで多様化し、生命の進化が目覚ましく進んだ時代。実はその土台を作ったのが、ほかでもない菌類の存在でした。こうして、生命の進化はまさに百花繚乱のごとく、多種多様に広がっていくのです。
この頃、最初に上陸した植物と言われているのがクックソニアです。茎の先端に胞子を入れるトランペット型の袋を持っていました。
海中では、ヒトと同じくらいの大きいプテリゴトゥスなどのウミサソリ類や、全長10メートル、体長1トンあり、当時の海洋を支配した最強の古代魚ダンクスオステウスなど、今では考えられないような生物が登場。
その魚類のひれが足に進化してついに陸へと上がります。最古の陸上四肢動物といわれるイクチオステガやアカントステガといった両生類が誕生しました。
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そうした生物の進化は菌類が生態系を整えてきたからこそ生まれましたが、4億年前には、きのこの仲間である菌類プロトタクスアイティーズが広く生息し、その大きさはなんと6メートルを超えるものだったといわれています。
ヒトを生み出した“影の主役”はきのこだった!
さらに時が経ち、2億2千万年前頃に爬虫類から進化した恐竜が登場します。約1億5千万年もの間、恐竜が繁栄する時代が続きましたが、6600万年前、現在のメキシコに巨大な小惑星が落ち、その影響で恐竜をはじめとする多くの動植物が絶滅しました。
その地球上の生命の危機を救ったのも、なんときのこなどの菌類でした。
動植物の遺骸を栄養源とする菌類にとって、大量の生物の死滅は千載一遇のチャンス。隕石の衝突後に菌類が大量発生し、分解によって物質の循環が進み、次の新生代に続く哺乳類と鳥類の繁栄に繋げたのです。
その後、哺乳類が進化し、700万年前頃に最古の人類と呼ばれる猿人がアフリカで生まれたとされています。
そこから原人を経て、20万年前、ついにヒトであるホモ・サピエンスが誕生しました。
地球上の生物のルーツは菌だったことは前回で紹介しました。
それだけでなく、いつの時代も常に大地と生命に寄り添いながら、きのこなどの菌類は生命の進化を促す豊かな生態系を整えて来ました。いわばきのこは、生態系の “影の主役”、そして人類の生みの親とも言えるのかもしれませんね。
https://www.hokto-kinoko.co.jp/kinokolabo/science/42491/ 【第3回 きのこの進化が地球の健康を創った】より
私たちの身近にあるきのこを含む菌類は、ヒトと同じルーツをもち、生命の誕生から現在に至るまでの地球の歩みに欠かせない生物です。
このコラムでは、その菌類の歴史や地球の生態系との深い関わり、そして知られざる魅力を分かりやすく解説していきます。
第1回は、地球上での生命誕生と菌類の関わり、第2回は、動物や植物の進化に果たした菌類の役割を紹介しました。
第1回 生命の共通祖先は「菌」だった
第2回 「菌」がいるから、人類が誕生した
今回の舞台は、陸上に生物が進出した後の古生代。生物が絶滅する危機を迎える中で、いつも地球に寄り添い、ピンチを救ったきのこの深遠なチカラを見ていきましょう。
人類誕生のターニングポイントは「きのこの進化」だった!
石炭紀と呼ばれる約3億6千万年前、地球上では多くの植物が繁栄し、樹高30〜40メートルにも及ぶシダ植物の森林が広がっていました。
高く伸びた木を支えるために、植物は木材を強固にするリグニンという物質を進化させました。しかしその当時、枯れた樹木に含まれるリグニンを分解できる生物がいませんでした。
リグニンを分解できる生物がいない結果、どうなったかというと…。枯れた樹木は分解されず地中に埋もれて石炭となる一方で、植物の光合成により酸素だけが増加し、大気中の酸素濃度がどんどん高くなっていったのです。約2億9900万年前のペルム紀になると酸素濃度がおよそ30%にまで上昇。すると、今度は大気中の二酸化炭素が少なくなり、植物は光合成ができず、植物にとっても生きづらい環境となってしまいます。それはつまり、地球の物質循環はうまくいっておらず、不健康な状態に陥っていたとも言えます。
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その状況を劇的に変えたのがきのこでした。
時を同じくしてきのこが進化を遂げ、エリンギやブナシメジなどの祖先である「ハラタケ綱」のきのこがリグニンを分解する能力を身につけたのです。枯れた樹木が分解されると二酸化炭素が放出されますが、それにより植物の光合成に必要な二酸化炭素が潤沢に生み出され、地球の生態系は徐々にバランスを取り戻していきます。
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さらに、約2億5千万年前には地球史上最大といわれる生物の大量絶滅が起こりました。海洋生物種の96%が死滅したこの事件の原因はいまだに解明されていませんが、氷河期の訪れという有力な仮説があります。
そして、そのピンチを脱することができたのも、リグニンを分解できるハラタケ綱のきのこが二酸化炭素を生み出し、地球の温度を上げたからだと言われています。
きのこが存在したからこそ、後の人類誕生に繋がる生態系の基礎が築かれたのです。
菌類が大活躍を遂げた結果、恐竜が大繁栄!?
きのこの活躍によって低下していった酸素濃度は、約2億年前からはじまるジュラ紀には12%にまで下がりました。
動物界では既に私たち哺乳類の祖先が登場していましたが、低酸素濃度の環境では、現在の高山病のような状態で息苦しく、活動がままなりません。そこで台頭してきたのが、哺乳類よりも低酸素濃度に耐えられる効率的な呼吸器官をもった恐竜でした。恐竜の子孫である現在の鳥類も、同じように効率的な呼吸器官をもっているので、ヒマラヤのエベレスト山頂はるか上空を飛んで渡りをするガンがいるほどです。
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そして実は、この恐竜が隆盛を極めた時代に、哺乳類は密やかに進化を遂げます。
昼間は恐竜が闊歩しているので、夜行性になり、体温を外温ではなく体内の代謝熱によって維持する内温性を獲得。さらに、暗い夜間で活動するために嗅覚などの感覚器官や脳が進化しました。
きのこなどの菌類が引き起こした恐竜繁栄は、見方を変えると私たち哺乳類の発展に寄与していたといえますよね。
恐竜絶滅後、さらに進化した菌類がまたも生物絶滅の危機を救う
前回紹介したように、恐竜が繁栄する時代は約1億5千万年続きましたが、6600万年前に巨大な小惑星が衝突し、恐竜をはじめとした多くの動植物が絶滅しました。
隕石衝突後、地球上には砂塵やほこりが舞い、大気を覆って太陽光が地表に届かない状態に。その暗黒の時代が年単位で続くと、植物は光合成が行えずに枯れ、その影響で多くの動物が死滅しました。
これは、地球にとっては絶対絶命のピンチ。しかし、このピンチをチャンスに変えてくれたのも菌類でした。菌類は、見えないところで大量発生し、動植物の遺骸を分解することで物質の循環を整え、再び生命の生きられる“健康”な地球を創ったのです。
この、驚異の生命力を持つ菌類という存在がいなかったら生物の「冬の時代」はさらに長く続き、その後に訪れる哺乳類の繁栄もなかったかもしれません。
菌類の存在なくして人類誕生はなかった
これまでみてきたように、リグニンを分解するきのこの進化や、酸素濃度の昇降、そして恐竜の繁栄と絶滅といった、地球上でのすべての出来事は、様々な偶然が積み重なって、今に繋がっているように思えるかもしれません。
ですが、菌類というピースがなければ、そして菌類が幾度となく生態系のピンチを救わなければ、現在のような健全な地球環境は形成されませんでした。
つまり、いつの時代も菌類が地球の健康を整えてきたからこそ、私たち人類の誕生にも繋がったのです。
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約10億年前に誕生し、長きに渡って動植物の発展や地球の進化に重要な役割を果たしてきた菌類は、はるか太古の昔から人類の誕生を知っていたのかも知れませんね。
そんな風に考えると、いつも美味しく食べているきのこへのイメージもガラっと変わるのではないでしょうか。
https://www.hokto-kinoko.co.jp/kinokolabo/science/43108/ 【第4回 神秘的な魅力を持つ“人の理解者”】より
ある時は食卓の主役として、またある時は健康食材として、またまたある時は料理に深みをつくる出汁として食卓に欠かせないきのこは、私たちヒトと同じルーツをもつ菌類です。
このコラムでは、その菌類が歩んだ歴史や地球や人類とともに歩んできた軌跡、そして知られざる魅力をわかりやすく紹介していきます。
第1回から第3回は、地球上での生命誕生から動植物が進化を遂げる中で果たした菌類の重要な役割、そして生物の絶滅の危機を救いながら地球の健康を整えてきた菌類の深遠なチカラをみてきました。
第1回 生命の共通祖先は「菌」だった
第2回 「菌」がいるから、人類が誕生した
第3回 きのこの進化が地球の健康を創った
今回は、人類誕生後、常にヒトに寄り添いながら進化し、世界中で親しまれてきたきのこの不思議な魅力に迫ります。
きのこは人類を生み出したヒーロー!?
前回紹介したように、約3億年前、私たちが普段親しんでいるエリンギやブナシメジの祖先であるハラタケ綱のきのこが、枯れた木材に含まれるリグニンを分解する能力を身につけ、地球の物質循環を整えるようになりました。
その後、約2億5千万年前に起こった地球史上最大と言われる生物大量絶滅や約6600万年前に小惑星が衝突し恐竜大絶滅が起こった時も、救世主のように生物界のピンチをチャンスに変え、分解者として次の時代に繋がる地球環境を整える役割を果たしてきました。
恐竜が絶滅した後、新生代に入り哺乳類が大型化して最初のサルが誕生しました。それが私たちヒトやゴリラ、チンパンジーといった類人猿の祖先なのですが、そのような進化にもキノコが整えてくれた地球環境が関わっていると考えられます。
3400万年前、南極大陸は地球上の大陸分断によって暖流の影響を受けなくなり、氷の大陸と化しました。その影響で地球全体も寒冷化現象が起こり、動植物が絶滅。確かな証拠はまだ発見されていないのですが、これまでのように 菌類が動植物の遺骸を分解することで物質循環を整え、地球を生命が生きられる健康的な状態に戻し、その逆境を救ったという説が考えられているのです。
その地質変動を機にサルが分岐・進化し、後のヒトへと繋がります。
つまり、きのこのおかげで私たちは生まれたかもしれない……そう考えると、いつも食べているきのこが人類誕生のヒーローに思えてきますね。
人類ときのこの進化はリンクしている!
約7万年前に始まった最後の氷河期の末期である約1万2千万年前に、人類が農耕を始めたとされています。そして、森林を伐採して畑を耕し、動物を家畜化するといった営みによって地球環境も大きく変貌を遂げていくようになりました。その中で、興味深いことにきのこもヒトの発展に合わせるように進化を遂げていくのです。
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たとえば、マツタケやホンシメジなどは、原生林が伐採された後にできる二次林のアカマツやコナラに発生します。こうした伐採は、薪や炭といった木材の採取を目的に行われたもの。日本では奈良時代に人口の増えた近畿地方で原生林からアカマツ林への移行が起こり、アカマツと共生するマツタケなどが人々に利用されるようになりました。同時に、伐採後にできた多くの切り株にきのこが発生し、現在のように多様化してきたと考えられ、きのこが切り株に宿ることでまた生態系が循環し、豊かな森林が守られたともいえるのです。
きのこは地球の環境を整えるだけでなく、常にヒトの営みに寄り添いながら、世界中 の食文化に欠かせない存在となったのです。
アンビリーバボー! 世界中で見つかったヒトときのこの不思議な関係
私たちの食卓に欠かせないきのこは食料としてだけでなく、宗教儀礼の道具や不思議な効果を持つ薬として太古の昔から世界中で重宝されてきました。ここではその中のユニークな例を紹介します。
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世界に名高い高度文明の宗教儀式で活躍
マヤ文明の遺跡からは、まるで擬人化されたようなきのこ形の石像「きのこ石」が発見されています。石に獣や人間の顔を彫ったそれらは、幻覚性のきのこを形象しており、宗教儀式に用いていたと考えられます。
世界最古のきのこ遺物は縄文時代の図鑑だった!?
東北地方や北海道の縄文遺跡から世界最古のきのこの遺物である「きのこ形土製品」が多数出土。特定のきのこに似せて非常に精巧に作られたこれらの土製品は、食用きのこと毒きのこの判別を後世に伝えるための図鑑として使われていたという研究も。
日本最大の説話集にきのこの滑稽話が収録
平安時代に編まれた仏教の説話集『今昔物語集』には、山で見つけたマイタケを食べて思わず舞ってしまった尼僧に出会う木こりの話や、信濃守藤原陳忠が谷に落ちた後、籠一杯に入れたヒラタケを抱えて上がってきた話など、きのこを題材にした話が5話収録されています。
5000年前のミイラからきのこの“お守り”を発見!
1991年イタリアとオーストリアの国境付近で発見された5000年前の人のミイラ「アイスマン」。彼の持ち物にはなんと2種類のきのこが入っていたそう。一つは、ヨーロッパでは一般的に火を起こす火口として利用されていたツリガネタケ。もう一つのカンバタケは、お守りとして身につけていたという説があります。
ファラオや始皇帝を魅了した “不老不死”のきのこ!?
かつて古代エジプトでは、きのこは“不死の植物”と信じられており、ファラオが野生のマッシュルームを独占して食べていたという話があります。さらに中国で一時代を築いた秦の始皇帝が、不老不死の妙薬としてマンネンタケを試していたという逸話も。また、中国には世界三大美女のひとり、楊貴妃が美しさと若さを保つためにシロキクラゲを食べていたというエピソードも残されています。
世界中の人の暮らしを豊かにするきのこの魅力
地球最初の生命として生まれた菌が進化して誕生したきのこは、分解者として物質の循環を整え、幾度となく訪れた生態系の危機を救いながら、人類誕生に繋がるまで地球の健康を下支えしてきました。
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人類が誕生してからは、ヒトの生活様式の変化に寄り添いつつ、宗教儀礼の象徴や薬として、また食料として世界のあらゆる地域でヒトとともに歩み、進化を遂げてきました。
それは、元来のきのこが持つ美味しさや健康・美容の効果、そしてヒトを惹きつける神秘的なビジュアルなど、他の食材にはない魅力があるからこそ。
いつの時代も生活を豊かにしてくれるきのこは、ヒトの一番の理解者なのかも知れませんね。
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次回
「人と菌の物語」は次の章へ…。人体と菌の知られざる関係性に迫ります。
監修:長谷川政美(はせがわ まさみ)
1944年生まれ。1966年東北大学理学部物理学科卒業。進化生物学者。統計数理研究所名誉教授。総合研究大学院大学名誉教授。理学博士(東京大学)。著書に『DNAに刻まれたヒトの歴史』(岩波書店)、『新図説 動物の起源と進化―書きかえられた系統樹』(八坂書房)、『系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史』(ベレ出版)、『ウンチ学博士のうんちく』(海鳴社)、『共生微生物から見た新しい進化学』(海鳴社)、『進化38億年の偶然』(国書刊行会・近刊)、など多数。受賞歴は、1993年に日本科学読物賞、1999年に日本遺伝学会木原賞、2003年に日本統計学会賞、2005年に日本進化学会賞・木村資生記念学術賞など。
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