② 中国の脅威分析と日本の対中国基本戦略

https://ippjapan.org/archives/1530 【中国の脅威分析と日本の対中国基本戦略】より

大陸国家中国が覇権国家として君臨するための世界戦略

 一帯一路政策は、地政学的な視点から見ればー中国の当局が意識しているか否かに関わらずーハートランドと呼ばれるユーラシア内陸部の支配を固めるとともに、ユーラシア弧状地帯(リムランド)を巡る海洋勢力との争奪戦に勝利を収め、大陸国家である中国が覇権国家として君臨するための世界戦略の役割を担うものと見なすことができる。リムランドの重要性を説いたのは、アメリカの地政学者ニコラス・スパイクマンである。

 その著『平和の地理学』(1944年)の中で彼は、ユーラシア大陸の中枢部(ハ-トランド)を扼するランドパワ-と海洋を支配するシ-パワ-の両勢力が接触するユ-ラシア大陸沿岸の弧状地帯を重視し、リムランドと名づけた。具体的には、バルカン半島からコーカサス、パレスチナ、ペルシャ湾、さらに南アジアのパキスタン、インド、アフガニスタンから、東南アジアを経て台湾、朝鮮半島へと至る地域を指す。もしハートランドを扼するランドパワーかこのリムランドをも支配するようになれば、シーパワーはこれに対抗できない。それゆえ「リムランドを支配する者はユ-ラシアを制し、ユ-ラシアを支配する者は世界を制するであろう」とスパイクマンは説いたのである。「シルクロード経済ベルト」と「21世紀の海上シルクロード」の二つのルートはこのリムランドを包み込む形で伸びており、ルート上の諸外国・地域の掌握に成功すれば、中国がアメリカに代わる新たな覇権国家となる可能性が俄然高まるということだ(8)。

(3)最先端技術・知的財産権:官民のスパイ行為によるハイテク・ノウハウの簒奪

 米中戦争は両国の貿易不均衡に端を発したため、一見経済戦争の様相を呈しているが、その主戦場は、知的財産やハイテクノロジーの簒奪戦にある。昨年のファーウェイのCEO逮捕やZTEに対する制裁で、ハイテクを巡り米中両国が鋭く対立する状況が表面化したが、実際にはその遥か以前から中国の企業や研究機関、国家組織が様々な方法を駆使して米企業の持つ最先端技術やノウハウ、情報等を盗み出したりコピーするなどの違法行為を繰り返していることは関係者の間では既知の事実であり、問題視されていたのである。

 国家安全保障局(NSA)のトップや国家情報長官などを歴任したマイケル・マコーネルは、「アメリカで暗躍する産業スパイの8割は中国の仕業」と断言している。またアメリカ国際貿易委員会の報告によれば、米企業の持つ知的所有権の58.1%が中国企業に不法に盗まれ、アメリカ企業が蒙った特許料やライセンス料の損失は併せて480億ドルに上るという。

 ハイテク技術に関する知的所有権だけでなく、デザインや標章などを盗み取るケースも多発している。盗んだパテントや特許、デザインなどを不法に売買する闇のネットワークを作り、莫大な利益を上げている中国企業も存在するとアメリカ国際貿易委員会は指摘する。スパイを送り込むだけでなく、中国企業が米企業と共同開発や合弁事業、資本参加などの契約関係を持ち、その枠組みを悪用して先端技術やノウハウなどを盗み出すケースも後を絶たない。違法行為は企業にとどまらず、人民解放軍のスパイ機関もアメリカの国防産業や先端技術企業にハッキングなどを仕掛け、最先端のテクノロジーを盗み出している。

 留学など海外で生活している中国人が、その勤務場所の企業や研究機関から盗み出すケースも多いが、これも単純な個人犯とはいえない。中国当局は、2008年から「千人計画」と名付けた秘密工作を主導している。海外の企業や大学に勤務する中国人の研究者や技術者らをリストアップし、祖国の科学的発展に貢献するとの名目の下に、彼らに職場から研究成果や情報、知的財産などを盗み出させている。中国は官民一体となり、まさに国家・民族ぐるみで組織的に他国の技術やノウハウ、知的財産を奪い取り続けているのである。

 さらにアメリカを刺激したのが、15年5月に国務院が発表した『中国製造2025』である。『中国製造2025』は、2025年までに中国が「製造強国」の仲間入りをし、次いで建国100周年の2049年までに「世界の製造強国の先頭グループに入る」という野心的な目標を掲げる内容で、重点分野には次世代情報通信やAI、航空・宇宙、EV、新素材、バイオ・医療、高速鉄道・リニアなど、先進国が凌ぎを削る先端領域がずらりと並んでいる。『2025』が最終目標年とする2049年は、後述するように習近平が「社会主義現代化強国」の完成を約した年に該たることから、『2025』は中国による覇権国家実現の宣言書と映った。それゆえに、違法なアクセスを徹底的に排除し、絶対に最先端技術の優位を中国に譲り渡してはならないとの危機感が俄かに全米で高まったのである。

●注釈

(1)米中衝突の可能性について、リベラル派は中国を世界経済に組み込むことで衝突は回避できるとの見解が強い。現実主義学派は、衝突不可避と見る立場(例えばミアシャイマー、ムンロ、ピルズベリー等)と回避可能と考える立場(ブレジスキ、キッシンジャー等) に分かれる。中国は野心を隠し、古い覇権国家を油断させて倒し、復讐を果たすことをかねてより計画していたとピルズベリーは主張する。キッシンジャーは社会的格差の拡大や急速な高齢化社会(2050年までに中国人口の半分が45歳以上になり、1/4が65歳以上になる)に突入する等大きな国内問題を抱える中国が戦略的対立や世界支配を追い求めることはないとし、米中に利害の完全な一致は望めないが、対立を最小限に抑え、互いの関係を調整し、補完できる利害の特定と育成に務める(相互進化)ことが大切で、最終的にはアジア国家アメリカを含めた太平洋共同体を構築すべきと説く。Zbigniew Brezinski, John J.Mearsheimer, Clash of the Titans,http://foreignpolicy.com./story.cms.php?story_id=2740&print=1,Richard Bernstein and Ross H.Munro, “The Coming Conflict with China,” Foreign Affairs,vol.76,no.2,(March-April1997),pp.18-32、 ヘンリー・A.キッシンジャー『キッシンジャー回想録中国(下)』塚越敏彦他訳(岩波書店、2012年)569~573頁、マイケル・ピルズベリー『China2049』野中香方子訳(日経BP社、2015年)55頁。

(2)ペンスが指摘した事項 列挙 ペンス演説の全文は

https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-vice-president-pence-2019-munich-security-conference-munich-germany/

(3)「中国は19世紀のアメリカが西半球で行ったように、北東アジア地域の覇権を目指すのは間違いない。中国はこの地域の周辺国が敢えて中国に対して挑戦しようという気を起こさない程強力な軍事力を築き、日本や韓国、その他の国々を支配しようとすることが予測される。また中国がアメリカの外交指針となったモンロードクトリンのような、独立相互不干渉の対外政策を発展させることも予測される。アメリカが他の大国に対して西半球への不干渉を明確に要請したように、中国もアメリカのアジア干渉を許さないだろう。中国が将来及ぼしてくる脅威の恐ろしさは、中国が20世紀にアメリカが直面したどの大国よりもはるかに強力で危険な『潜在覇権国』になるかも知れない、という点にある。」ジョン・J・ミアシャイマー『大国政治の悲劇』奥山真司訳(五月書房、2007年)516頁。

(4) 2003年12月の「中国人民解放軍政治工作条例」に「三戦」が付加された。三戦のうち、「輿論戦」とは、中国の軍事行動に対する国内・国際社会の支持を築くと共に、敵が中国の利益に反する政策を追求できないよう国内外の世論に影響を及ぼすこと、「心理戦」は、敵の軍人、文民に対する抑止や士気の低下等を目的とする心理作戦を展開し、敵の作戦遂行能力を低下させること、「法律戦」は、国内法および国際法を利用して中国軍の行動に国際的な支持を獲得し、また予想される反発を低減させることである。防衛省編『防衛白書 平成30年版』(日経印刷、2018年)91頁。

(5)毛沢東が日本軍と提携していた事実は遠藤誉『毛沢東』(新潮社、2015年)に詳しい。ねつ造した歴史の政治利用はオーウェルの世界と全く同じである。『1984』では、主人公ウィンストン・スミスは、オセアニア国の真理省の役人として、毎日、歴史記録の改ざん作業を行っていた。オセアニア国成立までの経緯やそれ以前の世界が一体どのようなものであったか、記録が絶えず改ざんされ続けているいため、真実がわからなくなっている。教えられる歴史は改善後の、党の支配に都合のよいものに変えられている。ウィンストンは、古道具屋で買ったノートに自分の考えを書き記すという禁止された行為を密かに行うようになる。ある日、抹殺されたはずの3人の人物が載った過去の新聞記事を偶然見つけたことで、ウィンストンの体制に対する不信感は強まっていく。

(6)近年日本周辺海域での中国海軍の活動が活発化しているが、その意図として『防衛白書』は、①中国の領土や領海を防衛するために、可能な限り遠方の海域で的の作戦を阻止すること②台湾の独立を抑止・阻止するための軍事的能力の整備③海洋権益を獲得し、維持及び保護すること④自国の海上輸送路を保護することを指摘するが、これ以外にも、アメリカなど民主主義諸国の海軍力を排除し、中国周辺の海洋を“中国の海”と世界に認知させること、あらゆる分野で進む中国の海外進出を後押しし、自国の国際的な影響力拡大を支援することを重視している。防衛省『平成24年版日本の防衛』(防衛省、2012年)37~8頁。中国軍幹部は2007年5月、米太平洋軍のキーティング司令官にハワイを基点として米中が太平洋の東西を「分割管理」する構想を提案したといわれる。

(7)一帯一路構想の詳細及び、この政策が中国の経済の立て直しや影響力拡大を目的とした覇権膨張主義的な政策であることは、当研究所の政策提言『中国一帯一路構想の狙いと日本の採るべき国家戦略の提言』(2018年3月)を参照。

(8)ニコラス・スパイクマン『平和の地政学』奥山真司訳(芙蓉書房出版、2008年)97~104頁。リムランドの名称は使っていないが、麻生内閣が提唱した「自由と繁栄の弧」構想や安倍内閣の「自由で開かれたインド太平洋」構想もリムランドの重要性を指摘する点では同じ立場をとる。

(9)「中国の武力侵略は、1950年、世界史上最大の帝国主義的併合と言うべきチベット及び新疆ウイグル自治区の征服をもって始まった。・・・(両地域を)合わせた面積は260万平方キロメートル、中国の国土の30%を占めている。・・・こうした侵略の根拠として中国が掲げる『これらの地域は歴史的に見て中国固有の領土』という主張は、そうした『失地回復主義』論拠を容易に認めない現代国際法とは相容れないものである。」ピーター・ナヴァロ『米中もし戦わば』赤根洋子訳(文藝春秋社、2017年)33頁。

(10) 冊封システムについては、主に茂木敏夫『変容する近代東アジアの国際秩序』(山川出版社、1997年)4-11頁に拠る。「中国は・・・ヴェストファーレンの発想とは最もかけ離れている。紀元前221年に統一されてから、20世紀初頭まで、中国は世界秩序の中心だという考えが支配層に深く植え付けられていたため・・・自分たちを世界で唯一の主権政府だと見なした。中国皇帝は全宇宙におよぶ人格、人間と神の間の要であると考えられていた。その及ぶ範囲は『中国』という主権国家ではなく『天の下すべて』で、中国はその中心の文明的な部分だった。・・・この見解では、世界秩序は競い合う主権国家の釣り合いではなく、・・・中国と同等になれる社会は存在しない。・・・外交は複数の主権者の利益に関する交渉のプロセスではなく、入念に創りあげられた儀式で、外国の社会は、地球上のヒエラルキーでそれぞれに指定された地位を確認する機会をその場で与えられる。この考え方に沿って、古くから中国では『外交政策』と呼ばれるものは礼部の管轄だった。」ヘンリー・キッシンジャー『国際秩序』伏見威蕃訳(日本経済新聞出版社、2016年)247~8頁。

(11)『産経新聞』2017年1月16日。

(12)『産経新聞』2018年1月9日。

(13)エイミー・チュア『最強国の条件』徳川家広訳(講談社、2011年)378頁。

(14)ファリード・ザカリア『アメリカ後の世界』楡井浩一訳(徳間書店、2008年)307~8頁。

(15)「アメリカをはじめとした先進民主主義国が(中国の)改革を促すためにできる最も価値あることは、中国国内外の情報の流れを自由にすることにある。これを実現する最も効果的な方法は、国家が人々の通信を追跡したり、グローバルな情報ネットワークへのアクセスを妨げようとしたりすることから逃れられるソフトウェアなどを開発することだ。・・・これらの政策を補完するものとして、アメリカ政府は電子フロンティア財団や株主団体などのNGOとともに、アメリカ企業が中国のインターネット・セキュリティ・サービスを支援することに不名誉な環境を作るか、違法としてしまうべきである。」アーロン・フリードバーグ『支配への競争』佐橋亮監訳(日本評論社、2013年)340頁。

(16)「中国の台頭が、アメリカや世界にとって脅威となるのは、アメリカがそうなることを許したときだけである。従って、正しい対中国戦略は国内から始まる。アメリカのなすべきことは、力強い成長を回復させ、世界的にもずば抜けて優れた高等教育部門への支援を継続し、新技術を開発し続け、スパイ行為や盗難から知的財産を保護し、他の経済諸国との貿易関係を深め、軍の革新と更新を続け、同盟国及びその他の協力国との関係を発展させ、模範を示すことによって世界中の人々からアメリカ的価値観への尊敬を得ることである。」アンドリュー・J・ネイサン、アンドリュー・スコベル『中国安全保障全史』河野純治訳(みすず書房、2016年)

●参考文献

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遠藤誉『「中国製造2025」の衝撃』(PHP研究所、2019年)

岡田 英弘『だれが中国をつくったか 』(PHP研究所、 2005年)

岡本隆司『中国の論理:歴史から解き明かす』(中央公論新社、2016年)

茅原郁生・美根慶樹『21世紀の中国:軍事外交篇』(朝日新聞出版、2012年)

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ジョージ・オーウェル『1984年(新訳版)』高橋和久訳(早川書房、2009年)

ジョージ・オーウェル『動物農場(新訳版)』山形浩生訳(早川書房、2017年)

石平『なぜ日本だけが中国の呪縛から逃れられたのか』(PHP研究所、2018年 )

石平『なぜ中国は民主化したくてもできないのか』(KADOKAWA、2018年)

石平『なぜ中国は覇権の妄想をやめられないのか』(PHP研究所、2015年)

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防衛研究所編『東アジア戦略概観2018』(ジャパンタイムズ、2018年)

マイケル・ファベイ『米中海戦はもう始まっている』赤根洋子訳(文藝春秋社、2018年)

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Steven Levitsky and Daniel Ziblatt, How Democracies Die: What History Reveals About Our Future(Crown. 2018)

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