NHKドキュメンタリー@nhk_docudocu
【8日午前8:45】時をめぐる絶景旅~Jポップ作詞家が行くおくのほそ道~
#松尾芭蕉 #おくのほそ道 の世界をJポップ作詞家の #児玉雨子 さんが旅する。平泉、山寺、出羽三山などの心打つ紀行文や名句を絶景タイムラプス映像で味わい壮大な宇宙へ誘う。
https://www.amazon.co.jp/%E6%99%82%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%90%E3%82%8B%E7%B5%B6%E6%99%AF%E6%97%85-NHK%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%89/dp/B09Q5DYSVK 【シーズン1】より
松尾芭蕉・おくのほそ道の世界をJポップ作詞家の児玉雨子さんが旅する。平泉、山寺、出羽三山などの心打つ紀行文や名句を絶景タイムラプス映像で味わい壮大な宇宙へ誘う。(C)NHK
松尾芭蕉に心酔している気鋭のJポップ作詞家で作家の児玉雨子さんが「おくのほそ道」の中でも名句が多い景勝地、奥州平泉から山寺、最上川、出羽三山を経て酒田までたどる。芭蕉にとって「人生は旅」そのもの。当時は大冒険だった旅を児玉さんが体験し言葉に秘められた想いをひもとくと、「おくのほそ道」から今の時代を元気に生きるヒントが見えてくる。心打つ名句や紀行文は地元の写真家たちが撮った圧巻の絶景に乗せて味わうNHK
児玉雨子 Ameko Kodama @kodamameko
【出演】10/23 18:00~、10/28 12:35~ NHK8K「タイムラプス おくのほそ道紀行 ~時をめぐる絶景旅~」に、俳人の黛まどかさんと出演いたしました。わたしは実際に平泉から酒田までロケしました。ぜひご覧くださいー!
https://nhk.or.jp/bs4k8k/8k/#modal
児玉雨子 Ameko Kodama @kodamameko
仕事の合間合間に『おくのほそ道』や芭蕉論の本を改めて精読したり、自分で再解釈してみたり、準備から楽しかったな。リアリティとは何かということを改めて考えなくてはならないと思った。
写真は黛さんと8K試写室でご一緒したものと、羽黒山二の坂にある手動かき氷機🍧
https://natalie.mu/music/pp/jasrac_kodamaameko 【児玉雨子|音楽と生きる、音楽で生きる ふわっと入った作詞家の道、ここまで続けられたのは】より
楽曲やライブなどを通じてリスナーの生活に潤いを与えてくれるアーティストやクリエイターは、普段どのようなことを考えながら音楽活動を行っているのだろう。日本音楽著作権協会(JASRAC)との共同企画となる本連載では、さまざまなアーティストに創作の喜びや苦悩、秘訣などを聞きつつ、音楽活動を支える経済面に対する意識についても聞いていく。第2回は、ハロー!プロジェクト所属グループをはじめとするさまざまなアーティストやアニメ作品に歌詞を提供し、近年は小説家としても活躍する児玉雨子が登場。10年以上も第一線で作詞家業を続けてこられた理由や作詞家としての矜持、今後の野望について語ってもらった。
そのほかの「音楽と生きる、音楽で生きる」特集はこちら
取材・文 / 張江浩司撮影 / 笹原清明
プロフィール 児玉雨子(コダマアメコ)
1993年生まれの作詞家、小説家。モーニング娘。'20、℃-ute、アンジュルム、Juice=Juice、つばきファクトリー、BEYOOOOONDSといったハロー!プロジェクト所属グループをはじめ、近田春夫、フィロソフィーのダンス、CUBERS、私立恵比寿中学、中島愛といった数多くのアーティストに歌詞を提供している。
作詞家になるならDAW機材をそろえて日商簿記を取れ……!?
──児玉さんが作詞家業を始めるようになったきっかけについては、以前音楽ナタリーでもお伺いしましたが(参照:佐々木敦&南波一海の「聴くなら聞かねば!」1回目 前編 / 作詞家・児玉雨子とアイドルソングの歌詞を考える)、初めての作詞はどのように進んでいったんですか?
いわゆるJ-POPだと、8.5割くらいは楽曲のメロディが固まったうえで作詞家に回ってくるんです。でも、まだ高校生だった2011年に書いた「カリーナノッテ」(※静岡朝日テレビ「コピンクス!」主題歌)のときは時間がなさすぎてサビの音源だけがある状態で、「これに適当に歌詞を付けて」と言われたんです。作曲家さん以外、スタッフもみんな初めての音楽制作だったんですよ。今考えるとあんまり段取りがよくなくて(笑)、譜面もないし、歌詞を書いても譜割とかをどうやって伝えればいいかわからなかったんですよね。
──リスナーに届けるよりも前段階の、スタッフにどう伝えるかという。
今だったらボーカロイドを使って自分でデモ音源を作れるんですけど、当時は本当にどうすればいいかわからなくて。「iPhoneに吹き込めばいいんだよ」って言われても、私はシンガーじゃないし、聴くに耐えないものになっちゃいますから。それまでもコピーバンドをやったり、趣味で簡単な作曲をしたりしていたので、ちゃんとしたDAWのソフトを買ってくるところから始めました。「Cubase、学割使っても高え!」とか思いながら(笑)。
──確かに会心の歌詞ができても、スタッフに聴かせるデモの音質のせいで印象が悪くなってしまったら元も子もないですもんね。
そうなんです。私の音痴のせいであんまりいい歌詞に聴こえなかったら嫌だし。歌詞の研究よりもボーカルエディティングのような、ディレクターさんに伝えるための技術ばっかり考えてましたね。最近は「Synthesizer V」「CeVIO AI」「VOCALOID6」とか、どれもすごいじゃないですか。もう技術も放棄してAIに頼ってます。
──AIに任せられる分、今のほうが作詞自体に集中できるのでは?
効率はすごく上がりましたし、作詞について真面目に考えるようになったと思います。
──児玉さんは小説を書かれたり、構成作家として台本を書かれたりもしていましたが、それらの仕事と作詞はどう違いますか?
どちらかと言うと、作詞と小説は同じ頭を使う感じなんですけど、構成作家の仕事は大学の課題をやってるみたいで全然向いてなかったですね(笑)。作詞は「うまく書けない」という歯痒さはあっても、ストレスはなかったんですよね。
──作詞も構成の仕事も、誰かから依頼されて書くという点では共通していますが、児玉さんの中では明確な線引きがあったんですね。
自分はあくまで音楽と小説が好きで、エンタテインメントのすべてが好きなわけじゃないんだという嫌な気付きがありましたね……(笑)。
──作詞家を続けているのも、「好きだから」という要素が大きいんですかね?
そうですね。小説や作曲などもするからなんとなく器用な人に見てもらえることが多いのですが、実は私は不器用で、好きなことだけ絞り込んで取り組んでいるから“いろんなことができる人”に見えるだけだと……。心の底から興味がないとマジで何もやれないんです。就活も3社にしかエントリーシートを出さなくて失敗しましたし(笑)。世の中には他人から言われたことをするのが得意な人もいると思うんですけど、私は就活で無理やりそっちの方向に行こうとして、まあダメでしたね(笑)。
──興味がないことを仕事にするのが大人だと思う時期ってありますよね。
ありますあります! それが大人の証拠だと思ってた。給料は我慢料だって言う人もいますし。でも、それは我慢が得意な人の言葉ですよ。適材適所ですよね。作詞は好きだからなあ。
──作詞家に必要な条件なんかがあるわけでもなく。
各々が好きなことが作詞にも生きると思うので、「これが必要だ!」というものは特にないですね。「音楽を聴け」とも「映画を観ろ」とも思いませんし。それなら日商簿記の資格をとったほうがいいですよ(笑)。パズルみたいで楽しいですし。
手癖のメロディを輝かせたい
──これまでにいろいろなタイプの歌詞を書かれてきたと思いますが、例えばBEYOOOOONDS「ビタミンME」やアンジュルム「SHAKA SHAKA TO LOVE」はアイドルソングでありながら商品とのタイアップソングでもありますよね。作詞をするにあたっての縛りがかなり多そうだなと思うんですが。
「ビタミンME」のときは初めて薬機法にぶつかりましたね。「元気になる」がダメだったのが衝撃的で! それまでは自由に書かせてもらうほうが好きだったんですけど、法律というルールに直面して「こういうゲームがあったか……!」という感じで、かえって面白く仕事しました。
https://www.youtube.com/watch?v=YhJHUxQtnkM
──なるほど! 言葉のチョイスがいつもとは違ってきますね。
「SHAKA SHAKA TO LOVE」は、自信満々で書いたフレーズがあろうことか同業他社の商品名だったことがありましたね。悔しかったし難しかったけど、一方でこれも楽しかった。タイアップソングはいつにも増して歌詞が注目されたり、コンセプトが重要だったりするので、作曲家さんやディレクターさんと話し合いながら曲と詞を同時進行で作っていくことも多いんですよ。みんなでわいわい共同作業していく感じが楽しいですね。
https://www.youtube.com/watch?v=e66ExjbIdrk
──アイドルソングを多数手がける一方で、超大御所にして作家としても大先輩にあたる近田春夫さんにも詞を提供しています。
あれは自由にもほどがありました。楽曲だけ送られてきて「好きにやっていいよ」と。「もう少し注文ください」って言っちゃったくらい何もなくて。本当に好きに書いたら、ディレクターさんから感動して泣いてる近田さんの自撮りが送られてきました(笑)。
──そんな近田さんのかわいいエピソードが(笑)。しかし、「超冗談だから」というフレーズに近田さんっぽさが凝縮されていて、初めて歌詞を目にしたときはご本人が書いたんだと思ってました。
https://www.youtube.com/watch?v=BvXG4WVlkGE&t=1s
わー、うれしいです。恐縮なんですけど、近田さんのことは「週刊文春で連載やってる人」くらいの認識しか当時は持ってなくて。「今から調べても絶対に付け焼き刃になっちゃう」と思ったから、近田さんの曲を聴くのは2、3曲程度に抑えました。
──デビュー直後のアイドルグループを担当するときと同じやり方ですよね?
同じです。アイドルでも結成3年もすればコアなファンが付いてますよね。そういう人たちと同じ気持ちになることは難しい部分もあると思うんですよ。ものすごいキャリアをお持ちの近田さんならなおさらで。だから開き直りじゃないですけど、このタイミングで私に声をかけてくださってるんだったら新しい視点が欲しいんだろうなと。じゃなければご自身で書かれるわけですから。
──児玉さんは詞を提供するアーティストの芯の部分を把握するスピードが早いんでしょうね。「アイドルグループの立ち上げに関わったことがあまりなくて、むしろ引き継ぐことが多い」(参考:ナタリー15周年記念インタビュー 第1回 / ヒャダイン×児玉雨子が語るカルチャーの変遷)とおっしゃっていましたし、それまで培ってきた歴史をよく理解しているんだなと。
そうだとうれしいですね。もし今後既存のグループやコンテンツで歌詞を書く機会があれば、古参ファンの方には「ふーん、児玉雨子にできんの?」みたいな目で見てほしいです。俄然燃えますね(笑)。
──例えばアンジュルム「46億年LOVE」などに顕著ですけど、ミクロとマクロの視点をダイナミックに行き来するのが非常につんく♂さん的で、意図的に踏襲しているのかなと思ったんです。
https://www.youtube.com/watch?v=njCe2i91kWo&t=3s
私はハロヲタってわけじゃないんですけど、「リズム天国」(※つんく♂がプロデューサーを務めたゲームボーイアドバンス用ソフト)をやってたし、アニメ「しゅごキャラ!」も観てたし……ハロプロじゃない文脈でつんく♂さんの作品に触れてきたので、もしかしたらその影響があるかもしれませんね。「リズム天国のおっちゃまの声はつんく♂さんなんだよ」みたいな、ハロプロの王道から脇道に逸れたことは知っています。あとは、小学生から高校生の頃まで流行っていたフィクションがいわゆるセカイ系だったので、それがベースにあるのかなと。セカイ系の影響を直に受けるというより「自分と地球は同等だ」という自意識みたいな。
──つんく♂さんとセカイ系がつながるとは……!
あはは。あと、単に私が落ち着きがなくて、同じ視点が続くと単純に飽きちゃうんですよ。心情のことばかり書いてると、情景を書きたくなるし。歌詞はメロディがあるから視点が飛躍しても違和感にならないし、むしろ曲にパワーが出るんです。また、作詞と作曲は分業していても密接でないといけないので、歌詞を書くときに言葉の意味や音節数だけ気にしてちゃダメだなって。音程だったり、後ろで鳴ってるコードも大事な情報ですよね。曲からそのダイナミクスが導き出されてる感じもします。
──先に詞だけを完成させる、というパターンもあるんですか?
あるにはあるんですけど、そのときは「こういうリズムをイメージしてます」と作曲家さんにお伝えすることがありますね。
──なるほど、詞先でも音楽的な着想がすでにあるんですね。
でも、そのうえで作曲家さんに自由にやっていただいたほうが絶対面白くなるので、気にしないでくださいと伝えています。
児玉雨子
──常にコラボレーションワークし続けてるわけですもんね。歌詞を乗せることで作曲家を驚かせてやろう、みたいな気持ちはありますか?
あー、ありますね! 作曲家さんにとってこのフレーズが肝なんだなというのももちろん汲み取りたいですけど、手癖で書いただろう部分を際立たせたいというか(笑)。全然ダイナミックじゃないメロディを「ここが泣ける!」とリスナーに言わせてみたい。これは分業ならではの面白さですよね。
──スランプで「1文字も出てこない!」ということもありますか?
やる気が出なくて仕事の椅子に座るまでが長い、みたいなことはよくあります。椅子に向かうまで3日かかったのに、いざ座ったらあっという間に書けたみたいな、そんなのばっかりです。
──逃げなければ書けると(笑)。
書ける! でも、いろんな理由をつけて逃げるのがうまくなってきているので、いつかマジでやらかすような気がしてます……。
印税契約させてくれなかった人々は全員いなくなった
──以前のインタビューで「作詞家としての自覚ができたのは著作権譲渡契約をしたとき」というようなことをおっしゃっていましたが、それはいつ頃ですか?
高校生のときに初めて書いた「カリーナノッテ」がテレビ番組のオープニング曲で、フルバージョンが制作されるまでにけっこうブランクがあったので、著作権譲渡契約したのは大学生のときですね。忘れた頃に契約書が送られてきて「大変なことになったな」って。最初は作詞家業なんて記念受験くらいの気持ちだったので、教えてもらった通りに書類を書くだけだったんです。自分の権利なのに、他人事みたいな感じで。お仕事をちょくちょくいただけるようになってからは「これはちゃんと知らないとダメだな」と思うようになりましたね。
──契約する以前に、買取での作詞依頼はありました?
いくつかありましたね。学生だったから、それが適正な金額かどうかもわからなくて。印税は入ってくるまでにタイムラグがあるので、目先のことだけ見れば買取のほうがよさそうにも思えるし。
児玉雨子
──「およげ!たいやきくん」状態ですね。「日本の最も売れたシングル・レコード」としてギネス世界記録に認定されるほどの大ヒット曲でありながら、歌唱を担当した子門真人さんはアルバイト代5万円をもらっただけで印税の契約をしていなかったという。
あれはすさまじい話ですよ(笑)。買取に心揺れる気持ちはわかるんですけど、今だったら絶対に印税方式で契約をしたほうがいいと思います。だから当時相手が若くて経験のない人間だとしても、ちゃんと契約してくれた方々には本当に感謝してますし、その方々とは今でも一緒にお仕事してますね。今考えたら足元を見たような条件で依頼してきた人たちは、その後あんまりいい話を聞かないというか、いなくなっちゃいましたね。結局、他者を尊重しないと事業は続かないんだと思います。
──印税契約をする以前と以後で、JASRACのような著作権管理団体のイメージって変わりました?
私も仕事をする前はよくわかってなかったので、申し訳ないんですけど「取り立て屋」みたいなイメージがありました。でも仕事をしていく中で、そもそも知的財産という感覚が養われていなかったと考え直していきましたね。
──個人でサブスクに登録しているアーティストの中には、JASRACと管理委託契約を結んでいないから原盤権に関する使用料だけしか受け取っていないという人も少なくないそうです。
そんな人いるんですか!? 私のような職業作家は基本的に著作権印税だけで、原盤権周りとはちょっと距離があるのですが、事務所に所属せずに個人で活動しているようなアーティストとなるとまた違う事情があるんですね。やっぱり知らないことが多いですね、勉強しないとな。
──音楽の主戦場がライブとレコードやCDなどのフィジカルだけだった時代と比べて、インターネットの普及で著作権を管理すべき場面は一気に増えましたよね。
インターネットというメディアの発達は、知的財産について考える1つのきっかけになっていると思います。YouTubeやTikTokのようなプラットフォームが登場するたびに、認識も変わっているし。ひと昔前だったらテレビの映像をみんな平気でYouTubeにアップロードしてたじゃないですか。それ著作権法違反だということを、ネットに触れている方のほうがわかってることが多いですよね。逆にネットに疎い人のほうがギョッとすることを言っちゃうというか。
児玉雨子
──コロナ禍になって、インターネットと音楽の関係もさらに新しいフェーズに入りました。
この数年で、音楽はメディアの変遷の最前線にいるんだなと実感することがあって。最近は小説などの書籍を出す機会に恵まれまして、その作業の中で「音楽業界ってデジタル化が早かったんだなあ……」と思うことがあり。出版業界も少しずつデジタル化を進めていますけどね。Netflixや動画配信もいろいろありますけど、コロナ禍で真っ先に変化せざるを得なかったのはライブを配信に切り替えた音楽の現場でしたよね。著作権譲渡契約の電子化もかなり早く進みました。音楽が先鞭をつけるものは多いなと。
──音楽業界のシステムを知りつつ出版業界にもいる児玉さんは有利なのかもしれないですね。
まあ、CD、レコード、紙の本にも風合いがあったり、直接サインができるという特徴もあったりしますから、アナログ否定派というわけではないんですけどね。「ゲラチェックお願いします」と紙のゲラを送られそうなときだけ、「PDFで送ってください」って返事してます(笑)。
前例のない道を一人で進む
──著作権管理団体の仕組みがもっとこう変わったらいいのに、と思うポイントはありますか?
私はそんなに詳しいわけではないですが、JASRACとNexToneがあって、1社による独占というものでは徐々になくなってきています。もちろんまだまだ改善点はありますが、こうして業界システムを変えてゆく流れは確実にできていますので、これからもそれを止めずに進めてほしい、というのが、クリエイターとしての願いです。同時に、リスナーの知的財産に関する意識、「エンタメにお金を払う」という認識もこの数年ですごく変化してますよね。去年JASRACが題材になった小説「ラブカは静かに弓を持つ」(安壇美緒・著)が発表されましたけど、JASRACに批判的というよりもその必要性との両面を踏まえている読者の存在も感じまして、これは面白い変化だと思いました。
児玉雨子
──2020年末の記事では「コロナの影響で既得権益的になっていたシステムが瓦解していきそう」とおっしゃっていました。振り返ってみて、音楽業界の変化はポジティブなものだったと思いますか?
職業作詞家にとって「この仕事をやればしばらくは安泰」みたいな既得権益が以前はあって、個人的にはそれがすごく嫌だったんですよ。「それって音楽そのものの価値と関係あるの?」っていう青臭い気持ちもあって。じゃあ私は別の道を行こうと思ってたら、今、どんどんそういうものが崩れていってるんですよね。「この仕事をするから印税がこれくらい入って何カ月は生活に困らない」という計算がすごく難しくなってると思うんですけど、私はそれをいいことだと思ってます。
──「ちゃんといい曲を書く」ということに価値が戻ってきたというか。
そう書かざるを得なくなっているので。あと、これは個人的な不満なんですけど、芥川賞の候補になった途端に知らない作詞家、作曲家からまるで知り合いのような自慢をSNSでいくつか書かれて……(参照:児玉雨子の小説「##NAME##」が芥川賞候補に)その時期はもうずっとイライラしちゃってましたね。マネージャーさんに「全然うれしそうじゃないですね」って言われました(笑)。
──「一緒に音楽業界を盛り上げていきましょう!」じゃないんだよと(笑)。
「作詞家が書いた小説」というので盛り上がるなら光栄なことですけど、歌詞は歌詞でもっとがんばろうよ、別ジャンルの権威に頼って恥ずかしくないの?と。しかも候補になっただけで受賞してないですからね(笑)。……ここ何年かでの状況の変化は、職業作詞家・作曲家の意識の転換点であってほしいです。
──児玉さん自身の野望はありますか?
「この賞を狙うぞ!」みたいなのはあまり考えてないんですよね。ハングリー精神がないわけじゃないんですけど、それに捉われて先を見失うほうが怖い。だから野望は「俺しか行けねえ道を行く」ですね。
──道なき草むらを突っ切って、振り返ったら道ができていた、という。
思えば、作詞家の仕事も、何か大きくて有名なコンペに通って、誰かのお墨付きをもらってから始まったわけではありませんでした。「前例がないことをやっていかなくちゃいけない」という半ば強迫観念めいた信条があります。私が入っている事務所は音楽作家事務所ではないので、いつもすべてが手探りです。大きいものに所属して安心するのではなく、奪われちゃいけないものはぎゅっと握ってないといけない。そうやって俺の道を太く長く歩き続けたいですね。
児玉雨子
プロフィール
児玉雨子(コダマアメコ)
1993年生まれの作詞家、小説家。モーニング娘。'20、℃-ute、アンジュルム、Juice=Juice、つばきファクトリー、BEYOOOOONDSといったハロー!プロジェクト所属グループをはじめ、近田春夫、フィロソフィーのダンス、CUBERS、私立恵比寿中学、中島愛といった数多くのアーティストに歌詞を提供する。また「ワッチャプリマジ!」「劇場短編マクロスF ~時の迷宮~」などのアニメソングも手がけている。2021年7月「誰にも奪われたくない / 凸撃」で小説家デビュー。2023年6月に「##NAME##」が第169回芥川龍之介賞候補作にノミネートされたほか、9月に近世文芸読書エッセイ「江戸POP道中文字栗毛」が発売された。
0コメント