https://hidakashimpo.co.jp/?p=83576【星の旅人 黛まどか著】より
熊野古道の姉妹道、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼道を女流俳人が40日かけて踏破した、その記録と俳句集です。「スペイン『奥の細道』」と副題がついています。
内容 スペインの現代作家パウロ・コエーリョの小説「星の巡礼」に心を動かされ、聖地サンチャゴへ向かう巡礼の旅に出る著者。 旅立つ前に、すでに難関はあった。旅人に巡礼手帳を発行するマダム・ダブリルに、「なぜカトリック信者でもないのにこの道を巡礼するのか。詩を作りたいのなら、イタリアでもドイツでもいいところがいくらでもあるでしょう」と問い詰められる。著者はその問いに必死になって答え、ようやく手帳を手にする。
リュックに旅人のお守りであるホタテ貝、日本の友人たちがくれたお守りもぶら下げて、早朝から晩までひたすら歩き続ける旅。取り立ててドラマチックなことが起こるわけではないけれど、各国の巡礼仲間たちと出会っては別れ、旅の途中でまた再会。古い巡礼の歌「ウルトレーヤ」を全員で情熱的に合唱したり、肉刺(まめ)がつぶれて炎症を起こし、熱が出て一歩も歩けなくなったり、48日間、900㌔の旅は決して平坦ではない…。
著者に関しては、サッカーの日韓ワールドカップが開かれた2002年にNHK教育のハングル講座を毎週見ていたのですが、そのレギュラー出演者だったのをよく覚えています。「東海に白波立ててワールドカップ来る」と詠み、韓国側の出演者から「韓国では日本海を東海と呼ぶので適切でない」と指摘があってちょっとした論争になっていました。同じく2002年、南部梅林に吟行に来て「濃きも薄きも紅梅の夕まぐれ」と、枕草子を本歌取りした句を詠んでおられました
本書は聖地巡礼を追体験できるエッセイ・俳句集。大自然の中を自分の足で歩くことは、体と宇宙を同化させてエネルギーをもらうことなのかもしれないと思わせられます。(里)
https://www.tb-kumano.jp/kumano-kodo/dual-pilgrim/ 【「二つの道の巡礼者」】より
https://www.youtube.com/watch?v=WvCgK8Gk2s4&t=6s
「二つの道の巡礼者」とは、熊野古道とサンティアゴ・デ・コンポステーラの道の二つ道の巡礼を達成した人のことを指します。
熊野古道とサンティアゴ・デ・コンポステーラの道の両方の巡礼を達成すれば、「二つの道の巡礼者」限定ピンバッジを贈呈いたします。 このピンバッジには、二つの巡礼道のシンボルであるホタテ貝と八咫烏(やたがらす)、そして、太陽のイメージであるオレンジ色があしらわれております。
「二つの道の巡礼者」となるためには、それぞれの巡礼道において、下記の「巡礼達成の条件」の中からいずれか一つを達成する必要があります。また、二つの道の巡礼を達成された方は、専用ウェブサイトで紹介いたします。
巡礼達成の条件
サンティアゴ・デ・コンポステーラの道
サンティアゴ巡礼道
下記のうち、いずれか1つを達成する必要があります。
●徒歩または馬で少なくとも最後の100km以上を巡礼する
●自転車で少なくとも最後の200km以上を巡礼する
熊野古道
下記のうち、いずれか1つを達成する必要があります。
●徒歩で滝尻王子から熊野本宮大社(38km)まで巡礼する
●徒歩で熊野那智大社から熊野本宮大社(30km)間を巡礼する
●徒歩で高野山から熊野本宮大社(70km)まで巡礼する
●徒歩で発心門王子から熊野本宮大社(7km)まで巡礼するとともに、熊野速玉大社と熊野那智大社に参詣する
※熊野古道の巡礼は徒歩に限られます。自転車や馬での巡礼はできません。
※熊野古道巡礼達成の条件に必要な箇所については、下記『スタンプ設置個所一覧表』をご参照ください。
●中辺路の『スタンプ設置個所一覧表』
●小辺路の『スタンプ設置個所一覧表』
共通巡礼手帳
共通巡礼手帳の片面は熊野古道、もう片面はサンティアゴ・デ・コンポステーラの道のスタンプ台紙となっており、それぞれの道中に設置されているスタンプを集め、歩いた道のりを記録していきます。 熊野古道での巡礼を達成するためには、熊野本宮大社の札所の横にあるスタンプ台でスタンプを押す必要があります。 また、サンティアゴでの巡礼を達成するためには、サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂の近くにある巡礼事務所で巡礼証明のスタンプを押していただく必要があります。 この共通巡礼手帳は無料です。
共通巡礼手帳 入手可能施設
スペイン
● サンティアゴ・デ・コンポステーラ市観光局(スペイン・サンティアゴデコンポステーラ市)
日本国内
● 田辺市役所観光振興課 (和歌山県 田辺市)
● 田辺市観光センター (和歌山県 田辺市)
● 熊野古道館 (和歌山県 田辺市中辺路町)
● 世界遺産熊野本宮館 (和歌山県 田辺市本宮町)
● 高野山宿坊協会中央案内所 (和歌山県 高野町)
● 新宮市観光協会 (和歌山県 新宮市)
● 那智勝浦町観光協会 (和歌山県 那智勝浦町)
● わかやま紀州館 (東京都千代田区有楽町)
二つの道の巡礼者として登録するには
二つの巡礼道の巡礼を達成されましたら、二つ目の巡礼を終了した地点(田辺市または、サンティアゴ・デ・コンポステーラ市)にて、「二つの道の巡礼者」登録をしていただけます。
なお、「二つの道の巡礼者」登録については、郵送・メール等でのお手続きは出来ません。田辺市またはサンティアゴ・デ・コンポステーラ市の下記施設でご登録ください。
登録場所
サンティアゴ・デ・コンポステーラ市(スペイン)
大聖堂や巡礼事務所の近くにある、サンティアゴ・デ・コンポステーラ市観光局にてご登録ください。
■Turismo de Santiago Information Center
住所:Rúa do Vilar 63, Santiago de Compostela , Galicia, Spain
電話番号: +34-981-555-129
営業時間(年中無休):
冬季:月曜日~金曜日 9:00 ~ 19:00
土日祝 9:00 ~ 14:00 , 16:00 ~ 19:00
復活祭(イースター)・繁忙期 9:00 ~ 21:00
田辺市(和歌山県)
熊野本宮大社の近くにある世界遺産熊野本宮館か、JR紀伊田辺駅横の田辺市観光センターにてご登録ください。
■世界遺産熊野本宮館
住所:〒647-1731 和歌山県田辺市本宮町本宮100-1
電話番号:0735-42-0735
営業時間(年中無休): 9:00 ~ 17:00
■田辺市観光センター
住所:〒646-0031 和歌山県田辺市湊1-20
電話番号:0739-34-5599
営業時間(年中無休):9:00 ~ 18:00
※巡礼達成のお手続きには15分程度のお時間を要します。バスの乗継などを考慮し、時間に余裕を持ったお手続きをお願いいたします。
二つの道の巡礼者の皆様へ
共通巡礼達成大太鼓の儀
熊野古道とサンティアゴ・デ・コンポステーラの道の両方の巡礼を達成された方は、「二つの道の巡礼者」として登録していただくことができます。
この度、二つの道の巡礼を熊野古道側で達成される方につきましては、熊野本宮大社にて特別なおもてなしセレモニーといたしまして「共通巡礼達成大太鼓の儀」を執り行っていただけることとなりました。 古来より和太鼓の音は始まりと終わりを象徴しており、普段は一般の方は叩くことのできない熊野本宮大社拝殿横に備えられている大太鼓を二つの道の巡礼達成者自らが叩くことにより、二つの道の巡礼を締め括るとともに熊野の神々や聖ヤコブにご自身の想いを伝え、納める儀式となります。
二つの道の巡礼を熊野古道側で達成される方におかれましては、共通巡礼手帳や巡礼証明書など二つの道の巡礼者であることを確認できるものをご準備の上、熊野本宮大社社務所にてお申し出下さい。 なお、神事等により当儀式が出来ない場合や、他のご祈祷などを行っている間お待ちいただくことがありますこと、あらかじめご了承下さい
https://www.yomiuri.co.jp/local/wakayama/news/20231014-OYTNT50151/ 【「姉妹道」 輪広がる】より
熊野古道 ■ スペイン・サンティアゴ
「紀伊山地の霊場と参詣道」を構成する熊野古道と、スペインの「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の双方の世界遺産を巡拝する「共通巡礼」を達成した登録者が8日(日本時間)、5000人になった。近年はコロナ禍で減っていたが、共通巡礼が始まって足かけ9年で実現した。熊野古道は来年で世界遺産登録から20年。約1万キロ離れた〈姉妹道〉を歩む人々の輪はますます広がっている。(平野真由)
共通巡礼達成5000人
ともに1000年の歴史を有する巡礼路がある田辺市とサンティアゴ・デ・コンポステーラ市は2014年、観光交流協定を締結。翌15年に共通巡礼を始めた。
熊野古道は中辺路・滝尻王子―熊野本宮大社間(38キロ)など四つのルートのいずれかを、サンティアゴ巡礼路はサンティアゴ大聖堂へ向かう最後の約100キロを歩くなどすれば双方の世界遺産を巡ったと認められ、証明書などがもらえる。
5000人目となったのはシンガポール人の女性、ジューン・リアン・モクさん。田辺市によると、2018年に熊野古道の約64キロ、今年にサンティアゴ巡礼路の約120キロを歩き、現地時間の7日に登録を果たした。二つの巡礼路について「5000人目となり興奮している。異なる歴史と文化を持ち、どちらもともに奥深い。人生を変える経験になる」などとメッセージを寄せている。
共通巡礼の達成者は15年から年々増え、19年には最多の1387人が登録したが、コロナ禍で20年に218人、21年には124人にまで落ち込んだ。昨年10月以降は回復基調を見せ、今年3月から急増。9月末までに1000人を超え、コロナ禍前の水準まで戻っている。国・地域別では、約4分の1が日本(1321人)で、オーストラリア(707人)、アメリカ(619人)、スペイン(441人)、台湾(379人)――と続く。
来年は世界遺産登録20年、また協定締結10年の節目を迎える。関係強化や記念事業実施に向けた協議のため、田辺市の真砂充敏市長は近く、スペインを訪問する予定だ。真砂市長は「大きな節目に到達したことは喜ばしい。今後も歩く方がますます増え、両市の交流人口の増大や地域経済の発展につながることを期待している」とコメントした。
サンティアゴ・デ・コンポステーラ市のゴレッティ・サンマルティン・レイ市長も「国は違っても自然を愛する心や歴史・文化遺産を敬う気持ちは同じ。共通巡礼はスペインと日本をつなぐ象徴だ」と祝福の談話を出した。
https://www.youtube.com/watch?v=RYWKer0npPM
https://www.reallocal.jp/68970 【「 感動は、一度捨てたほうがいい 」 俳人 黛まどかさん/わたしのスタイル3】より
「 感動は、一度捨てたほうがいい 」 俳人 黛まどかさん/わたしのスタイル3
蛸壺やはかなき夢を夏の月
松尾芭蕉によるこの句を目にして、どのような情景を思い浮かべるでしょうか。このたび山寺芭蕉記念館開館30周年を記念した講演会で俳人の黛まどかさんが山形市を訪れ、虫や小動物をも主題とする日本人の自然観や、世界で俳句がどのように受け取られてきたかなどについて講演しました。
「 感動は、一度捨てたほうがいい 」 俳人 黛まどかさん/わたしのスタイル3
平成22年度には文化庁文化交流使としてヨーロッパ各地に赴いた黛さん。その際、フランス人が詠んだ俳句に、「私の」という所有格でくくられた自然に対する表現を見つけ、少し違和感をもったそうです。なぜなら日本人の自然観は、自らは自然の一部として捉えられるからだと黛さんは言います。自然をありのままに詠む俳句において、作者の視点とはどのように存在するのでしょうか。俳句のなかの自然と人との関係性、その表現における「主観」のあり方には、あらゆる創作に通ずる深い示唆があるように感じます。講演後の黛さんにお話を伺いました。
俳句とは
「もの」の文学
冒頭の芭蕉の句について、黛さんは講演のなかで次のように語りました。
「明日の朝には海から引き揚げられてしまう蛸。その束の間の淡い夢に思いを馳せる芭蕉。日本人は人と自然とのあいだに何ら仕切りを置いていません。自然と一体化させるべくもなく、最初から溶け合って、自身と対象との境目がなくなっているのです」。
17音節という限られた言葉からこの静かな海の月明かりを切実に眼前に感じるとき、作者である芭蕉は、蛸とも海とも一体となって、その風景全体のなかに沈み込むような印象を受けます。芭蕉は弟子の服部土芳が芭蕉の言葉をまとめた『三冊子』のなかで、詠む者の心が外側の物と一体化して、それが句のすがたとして定まるものだと説いています。また、黛さんは著書のなかで、俳句は「もの」の文学であり、「もの」をつぶさに観察し、ひたすら「もの」に語らせるのだと書いています。しかし、まず何かに感じ入る心があるから創作するのだとすると、その感情は作品になる際にはどのようにかたちを変え、対象全体と一体となって昇華されていくのでしょうか。
大切にしている「欲しがらない」の一言
「その距離のとり方は、若いときは特に難しいものですね」と黛さん。
「自分というものが大きくて、やはり自分の思いを詠みたいし、自分が感動したものを知ってもらいたい。でも、私が最近思うのは、自分が感動したことなんかは、一遍捨てたほうがいいということなんですね。所詮、感動なんて自分を起点にするもので、自分から一歩も出ていない。それは大したことじゃないなあと。だから、一度そこから離れるために捨てて、それから再び心が動いた原点に立ち戻るということが、とても大事なのではと思うんです」。
続けて黛さんは、いま一番大事にしている言葉は「欲しがらない」という一言なのだと教えてくれました。何かに拘泥するとき、結局自分は欲しがっているのではないか。その自分を一度捨てると、見えていなかったものが見えてくる。個を超えた普遍的なものに到達するためには、そこから出発するしかないのではないかと。
スペインのサンティアゴ巡礼や四国遍路などの1000キロ以上の道のりを度々踏破し、俳句の原点にある自らの身体性と対峙してきた黛さん。サンティアゴ巡礼では、炎天下の麦畑を歩き続けて息も絶え絶えになったそう。そのとき、遠くに見えた木陰を求めて力を振り絞って近づくと、「なんと巡礼者で満員で(笑)」。けれども、誰かがやって来るたび、すっとそこを発つ人がいる。長い道のりを歩き継いできた者同士が、ごく自然に木陰を譲り合う、そんな光景に出合ったと言います。
黛さんの著書『奇跡の四国遍路』。通し遍路に挑み、限界を超えて歩き続けるなかで出会った風景や人びととの一期一会が、温かくも静かな眼差しで綴られています。
ユーモアと観察眼。静かに語られる一つひとつの外連ない言葉は、芭蕉の眼差しとも重なりながら、やわらかな余韻を運びました。
※ なお、山寺芭蕉記念館では常設展「芭蕉の生涯」を常時公開しています。ぜひお運びください。(休館日等はホームページをご覧ください)
https://news.yahoo.co.jp/articles/99e84e1081dce2c4cde5b0b4f1d33f4aa8c62b85 【なんと芭蕉ファン!伝説的なスペイン人映画監督の新作「瞳を閉じて」が日本で公開】より
「ミツバチのささやき」で知られる伝説的なスペイン人映画監督ビクトル・エリセによる新作映画「瞳をとじて」が2月9日から日本各地の映画館で公開される。寡作で知られるエリセ監督の長編映画は31年ぶり。俳人松尾芭蕉と「奥の細道」の大ファンで、日本との関わりが深い巨匠の新作は日本で注目を集めそうだ。
公開をまえにしてこのほど、東京都千代田区のスペイン政府機関セルバンテス文化センターで「瞳をとじて」の魅力を語る座談会が開かれた。司会したのは同文化センター文化部長のハビエル・フェルナンデスさんで、スペイン語圏の映画に詳しい東京大学の柳原孝敦教授と映画ライターの久保玲子さんが、エリセ監督との思い出や人柄などを話し合った。
フェルナンデスさんがまず「エリセ監督の新作がやっと日本に着きました」と話した。
「ミツバチのささやき」(1973年)が日本の映画ファンの間で好評を集めたのは1985年。同年には「エル・スール」(1982年)も日本公開された。そして長編第三作「マルメロの陽光」の製作は1992年。その後、今回の「瞳を閉じて」が2023年に完成するまでに31年が経過した。
久保さんが、「エリセ監督は松尾芭蕉が好きで『奥の細道』を愛読しているそうですね」と言うと、柳原教授は「1993年にエリセ監督が来日した時、彼が『奥の細道』スペイン語翻訳書を持っているのを見た」と証言した。当時大学院生だった柳原教授は、エリセ監督の通訳を務めていた。『奥の細道』はボロボロで、相当読み込まれていたという。
エリセ監督が「ミツバチのささやき」を製作していた頃、頭の中で芭蕉の辞世の句〈旅に病んで夢は枯野をかけめぐる〉をつぶやき続けていたというのは「伝説」となっている。
フェルナンデスさんが「エリセ監督は、よくしゃべるスペイン人よりも、言葉数が少ない日本人のようだ」と言うと、柳原教授は「よく考えてから言葉を発する方でした」と回想した。
「瞳を閉じて」は、元映画監督と、謎の失踪を遂げたかつての人気俳優の記憶をめぐるヒューマンミステリー。22年前、映画の撮影中に俳優が失踪する。当時の映画監督でフリオの親友でもあったミゲルは、失踪事件を追うテレビ番組に証言者として出演。ミゲルは次第にフリオと過ごした青春時代や自身の半生を追想していく。
「映画を作る」ことや「映画を見せる」ことなど、映画愛も大きなテーマとなっている。エリセ監督の集大成ともいえる新作。そこに過去の名作とどんなつながりが見てとれるか、また、どんなところに日本文化の影響が現れているか。興味は尽きない。
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