https://blog.goo.ne.jp/samubuto/e/0a6afc000efa4fc820742f01da08b20b 【「奇跡の四国遍路」 黛まどか】より
いつの頃からか、四国遍路がブームになっている。四国88か所のお寺を廻るのにはいろいろ方法がある。通し、または区切り。団体、または個人で。
団体もツアー会社、有志が先達さんを頼んでマイクロバスまたはマイカー複数で。
個人なら、マイカー、バイク、公共交通機関に徒歩を組み合わせる、全行程徒歩など。
この中で一番苛酷なのは通しの歩き遍路ではないでしょうか。
時間とお金と健康、三つが揃わないと歩ききれない。
著者は50歳を過ぎて、女性一人で1,400キロを歩き通す。齢70半ばのばあちゃんの私は、尊敬するし、かつ羨ましい。
著者は若いころテレビによく出ていらした。若い女性と俳句の組み合わせが意外で、美貌の人だったので需要があったのでしょうが、この本を読むとそれだけではとどまらないいい俳句を詠まれるし、内外の文学にも精通していて、2017年の出版当時、3つの大学の客員教授の肩書を持つ。
お遍路を巡る理由はいろいろ。でも理由などなくても歩き続けるうちに日常生活の垢を落とし、自然と人情に触れて新しい自分を発見し、生まれ変わる。それは共通しているように思う。
23番薬王寺 2021年9月
この本で初めて知ったけれど、歩き遍路は2017年当時、外国人が多かったとか。
そしてスペイン巡礼を歩いた人も複数。
スペイン巡礼も、昔は善根宿があったけれど、今は宿泊施設が整備されているとか。
フランス南西部コンク、昔の巡礼宿の印はホタテの貝殻。2014年6月。
フランス、ドイツ、オランダなどなど。アメリカやアジア、アフリカ、中南米などの人もいるかもしれないけれど、著者は出会っていない。
歩き遍路、いったん出てみれば楽しそうである。楽しそうに読める。
まずコンビニでその日の食べ物飲み物を仕入れるとき、同じ遍路姿の人と情報交換、一緒に次の札所まで歩くこともある。遍路に出たら、肩書は全部捨てて、一人の人間として付き合う。外国人も日本人も関係ない。その純粋な触れ合いがこの本の読みどころの一つ。
外国人は若い男性、またはカップルが多く、殆どが野宿。これもまた、体力許せば楽しそうである。
いいなあ、お遍路。行きたいなあ、お遍路。
遍路の本は過去にも何冊か読んだけど、こういう気持ちになるのは初めて。
残念なこともいくつか。
香川県の札所は(どこかは本書を参照に)、納経所が閉まる17時をわずかに過ぎても受け付けないところが複数。大勢が押し寄せるのではなく、たった一人のお遍路さん、そのくらいは融通利かせてもいいんではないでしょうか。
愛媛香川は徳島高知に比べて札所が便利な場所に多く、昔から「職業遍路」と呼ばれる人が歩いていたので、お遍路さんにはやや冷たいかなと思います。
我が実家もすぐ近くを遍路道が通り、子供のころは時折お遍路さんが玄関先に立つことがありました。小さな鐘を鳴らして低い声で何か唱え始めると、祖母が米びつから一合、米を掬い、首から下げた頭陀袋に入れるのです。
この本では最小限の社会福祉と表現しています。社会福祉が今ほど整備されていない時代、巡礼は生きるための方法でもあったのかなと思います。
ついでに思い出したけど、小学校3年生くらいの夏休み、祖父に連れられて近隣のお寺へ行くと、本堂の縁側の下に年寄りの夫婦ものらしいホームレスの人を見かけました。白装束も着ていなかったけど、寺社を巡り施しを受ける人なのかなと、今にして思うのです。持っていたしなびたナスやキュウリはどこかで貰ったのでしょうか。
あの人たち、その後どうしたのでしようか。まだまだ、貧しさがはっきりと目に見える時代でした。
そうそう、お米の代わりにお餅を上げることもあったけど、お餅は硬くなると食べにくいし、宿代にもならないし、やはり日本ではその頃の第二の通貨、米がよかろうかと。
修学旅行にもコメ持参しました。1967年に当地へ来たときはまだ米穀通帳があった時代で、持ってないので心配しましたが、実家から送って来たので何とかなりました。荷物に米って書いてもいけないので、何かほかのことを。でもまあその頃には米の移動の統制は形がい化していたようです。遍路さんから昔のことをずるずる思い出しました。長話、深謝。
https://blog.goo.ne.jp/rokuai57/e/0eac2c436aafcf19ca816f59f965613b 【読書『17音の交響曲』(黛まどか)】より
読書『17音のシンフォニー』(黛まどか 東京書籍 2005年2月)
”うしろからふいに目隠しされて秋”
こんな句を詠む黛まどかという人は、どんな人なのだろうかとかねがね思っていた。NHKの「奥の細道をあるく」などいろいろな番組などで、ちらりと句を見たことはあっても、その人となりの全体像を見たことがなかった。そんな時、書店でこの本にであい、洒落たタイトルに惹かれて読んでみた。まだ彼女の俳句を、ほとんど知らぬままに。
「風のように」と題された前半では、俳句の世界に入っていった経緯や、これまでの伝統的な俳句にとらわれず新しい道を独力で、切り開いてきた道筋が語られる。その勇気と行動力には、賛嘆の念を禁じ得ない。俳人としてというより、一人の人間として興味深いものがある。 働いていたいた銀行を退職しテレビの仕事に拘わっていたころ旅番組で杉田久女の足跡を追うことになり、英彦山(ひこさん)を訪ねる。そこで、久女の句にふれる。
谺して山ほととぎすほしいまま
”頂上へと向かう険しく激しい道を歩いてゆくうちに、好きな俳句に邁進できない葛藤を詠った久女を思い、歩みを進める私自身も、やがて無心になって行くのを感じました。そしてそんな私の頭の中に、俳句とはとても思えないものですが、言葉の断片が浮かんでいったのです。やがて経験をきっかけに自分でも句をつくるようになりました”
俳句は、座の文芸なのでどこか結社に入らねばと、角川源義がおこした「河」に入った。そこでは”ランチセットのアイドルはプチトマト”など、俳句らしからぬ句を詠む。上掲の句(”うしろから・・”)では、あからさまに否定すらされた。そして無難なものをつくっていても道は開けないと、自分を信じて格闘するうちに、5年目にして角川俳句奨励賞を獲得した。
”旅終えてよりB面の夏休”
伝統的な句もいいが、このような斬新な切り口の句も悪くないな、と私は共感する。 黛は、取材にくる同世代の女性編集者らと語らって「東京ヘップバーン」という結社を立ち上げた。そこから月刊ヘップバーンが出されることになるが、俳句の結社が一千ちかくあるうちで 唯一横書きの俳詩である。
注)2006年3月をもって、この雑誌は終刊となった。以降、活動はネッ「俳句座 ☆シーズンズ 」に引き継がれている。なおヘップバーンの活動には、伝統俳句界もふくめ、いろんな見方があるようだ。頭の固い連中には、理解せよといっても無理でしょうなあ。しかし、すくなくとも若い女性の層を広げたのではありませんか。むしろ、現在の結社の俳句の大半こそ、なんの面白みも感動も覚えない。
パウロ・コエーリョの本『星の巡礼』を読んで、1000年前から続く巡礼路を歩いてみたいと思った黛は、すべての仕事をやめ、スペインに向かう。800キロになんなんとするみ道を、現代の芭蕉よろしく、リュック一つで48日間歩き通した。途中で知り合ったイギリスの映画監督のサンティアゴを描いた映画に出演したりもした。
”巡礼の日々はあまりにも平凡でした。朝早くおき、ひたすら歩いて次の街へ着く。足の疲れを癒し・・・ そこにドラマティックなことは、何もないけれど、そういうことすべて、その瞬間瞬間のすべてがドラマなのかも知れない。日常に重ね合わせてみれば、家族とご飯を食べたり、掃除をしたり、電車に乗ったり、嫌だと思いながら仕事に向かったり、そんな平凡な瞬間こそが奇跡であり最大なドラマなのだと思ったりもするのです。・・・”
2001年には韓国のことを知りたいと、釜山からソウルまで、四季にあわせて四回に分けて歩く。教科書問題や小泉首相の靖国参拝で国際的な論争のさなかに。思ったことを、やり通す強さのようなものを感じる女性だ。
本の後半(17音の宇宙)では、浅野史郎・加藤秀樹・千玄室・中西進・坂東三五郎・田中優子・藤原正彦・パウロコエーリヨなどと対談する。その詳細を紹介することは、控えるが、なかなか楽しい対談であるそれを読んでいると、皆に愛される彼女の人柄を感じる。 どうも、俳句だけの小さな世界に留まっている人ではないようだ。
文芸評論家の中西進(京都市立芸術大学学長)との「白鳥幻想」と題する対談では、ヤマトタケルを巡る女性たちに関連して興味深い話が次々でてくる。黛は、ヤマトタケルにゆかりのある場所を訪ねている
”箱根の方の碓氷峠では、やっと探し当てた碑のい脇に撫子が一輪だけ咲いていた。宮簀姫が晩年を過ごしたと云われる火上の森では、一匹の蝶が私のすぐ目のまえに導くように現れ、愛誦している「伝言のあるごとよぎる秋の蝶」(成田郁子)が思い出されました”(黛)
”蝶というのは、魂の化身といわれますね”(中西)
”ある郷土史の方に「あなたがヤマトタケルを訪ねて歩くことになったのは、古くから脈々と受け継がれてきた遺伝子の中の何かが発動しているから」といわれました”
数学者の藤原正彦との対談では、藤原が、数学者の岡潔が、芭蕉門の俳諧と道元の正法眼蔵を徹底的に研究したエピソードを語る。そうです、12人もいると、次から次に面白い話が出てくるのです。そして、これだけ幅広い分野の話題にしっかりついてゆけるのも素晴らしい。
おかげで退屈せず、一気に読み通しました。
https://bungeishunju.com/n/n0aae98646bde 【藤原正彦 隣人への想い 古風堂々21】より
文・藤原正彦(作家・数学者)
芭蕉の最晩年の句に、「秋深き隣は何をする人ぞ」というのがある。晩秋の夜、誰かも分からない隣の人に想いを馳せる、という人間的ぬくもりのこもった名句である。日本の生んだ大数学者の岡潔先生は、この句に表われた「自分以外のものへのそこはかとないなつかしさ」こそが西洋人と違う日本人の情緒であり、彼の創造した画期的な不定域イデアル理論はこの句そのもの、と仰った。
岡先生の深遠さには及ぶべくもないが、隣の人に想いを馳せることにかけては、私も人後に落ちない。
20代後半の頃、私は理学部の助手をしていたが、研究に行き詰まると1週間ほど地方に逗留し、朝から晩まで毎日考え続ける、ということをしていた。うまく進まないのを自らの能力でなくすべて他のせいにした。東京にいて問題が解けないのは、東京の空気が汚いから、街が騒々しくうるおいがないから、美しい自然がないから、父や母の作る家の雰囲気が悪いから、といった具合である。思い出すだけでも九十九里、伊良湖、犬山、金沢、蒲郡、津和野、瀬戸内海の本島、鞆の浦などが挙げられるから、行き詰まってばかりいたのだろう。
琵琶湖畔の風光明媚な近江舞子の国民宿舎に泊まった時のことだった。何日目だったか、隣室から女性のかすかな声が聞こえてきた。国民宿舎の部屋は、廊下に面して最下部に格子のドアがあり、その内側にふすまがある。この日はふすまが開いていたのか隣室からかすかな声が、いや歌声が洩れてきたのだった。母親が幼い娘に、「ぞうさん ぞうさん おはながながいのね そうよ かあさんもながいのよ」、とやさしい声でくり返し歌っている。私と同じ年恰好の和服の母親が、膝にのせた愛くるしい娘のせがむままに歌ってやっている。私は勝手にそんな想像をした。
翌日も「ぞうさん」は一日中続いた。幼い娘を心からいつくしむ声に感動さえ覚えた。すっかり魅せられた私は、母子の声に耳を澄ませながら小声で唱和していた。ほぼ1日中、唱和していた。いつしか、この女性が竹久夢二の絵に出てくるような日本美人に違いないと思い込んだ。ついには、淡い恋心まで抱いた。
翌朝、この夢のような母子を一目でも見たいと、朝食時の食堂に下りて行った。私は倹約のため朝食抜きだったから食堂は初めてだった。何度か下りたが、それらしき姿はどこにもなかった。早朝に宿を出たようだった。その翌日、懸案の問題は解決せぬまま私は宿を後にした。帰京の新幹線の中で、私はずっと「ぞうさん」を口ずさんでいた。
Facebook西田普さん投稿記事「自分が幸せに生きる」と決めると、家族の運命も好転する。
最近、ハートのレベルであらためて、深く家族について考え、感じる機会をいただいています。とくに昨夜、次男くんと久々にご飯を食べて
いろいろ話を聞いて「ふた」が開いたような感じになりまして、、、「ぶた」じゃありませんよ。ぶうぶう。
こんなに優しい子、優しい子たちがよく、自分などのところに来てくれたなあ、、、
と苦しいほど(?)しみじみ感じる、午前2時なのでした。この感覚を受け切らないと〜っ!😂
〜〜〜〜
それでですね、、、魂のこと、運のこと、人間関係のことを学んでいるかたは、家族の中で一種の「リーダー」なのだという可能性が高いと教わっています。
*念のため、ここでいうリーダーとは、もちろん上下関係ではありません家族の中のリーダーが目覚めて、「まずは自分が自分らしく生きよう。自分が幸せに生きよう」と決めると、
家族全員が、不思議と前に進むことがあるようなのです。
絡み合った毛糸玉から、一本の糸がすっと抜けると、全てがほどけるように、、、
問題が全部、解決してくことがあります。ピンときたら、きっと、あなたがリーダーです。
一人一人に宿命があって、、、宿命とは、宿る命と書くように与えられます。
宿命の要素はプラスに見えるものもあればマイナスに見えるものもあります。
例えば両親、家族仲、生まれる土地、生まれる場所、生まれた時代、生まれた家の経済状況とか、体質などなど、これらは宿命の範囲に入りますよね。
なんで僕は、体が弱く生まれたのかな、なんでパパとママは、あんなに喧嘩するのかな、、、、なんであの習い事をやらせてもらえないんだろう、、、
なんで進学を諦めなきゃいけないんだろう、、、そんなふうに感じる時、宿命の猛烈な風を受けています。(大人になっても受け続けています)
でも、それらを生まれる前の、魂の自分が選んでいるとしたら・・・?家族みんなが、魂の成長のために、もしかしたら約束しているのかもしれない・・・、と仮定したら、どうでしょう。
以下ブログ
https://ameblo.jp/toru-nishida/entry-12843011135.html?fbclid=IwAR15_yXHsvXqZ0xhwhjhy2hYKy9bFu3-Pur_0FlNGbqtqEN114Qr9ZQ3DZo 【3月4日。「自分が幸せに生きる」と決めると、家族の運命も好転する。】より
でも、それらを生まれる前の、魂の自分が選んでいるとしたら・・・?
家族みんなが、魂の成長のために、もしかしたら約束しているのかもしれない・・・、と仮定したら、どうでしょう。
どんな家族にも、代々、続いてきた課題があったりします。それは「思い込み」だったり、思いグセ、感じグセ、体質的なこともあるかもしれません。
宿命の猛烈な風が吹く中で、誰か一人が「宿命に立ち向かい」「宿命に感謝し、命のバトン、ご先祖様に感謝し」「宿命を生かして」自分が幸せであることを選ぶと、、、
高く舞い上がって、家族の状況、家族の歴史の意味、全ての見え方が変わることがあります。
誰かが、「全てを感謝の目で見て」「本当の自分を生きる」と、それでオセロがひっくり返るようなんです。
ということで、、、僕もチャレンジの途上ではありますがこの時代、みなさまとご一緒できることが心強く日々、感謝しています。
わたしたちは誰もが魂の冒険をしています。せいいっぱい生き切って参りましょう。
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愛する家族の立つ大地が平安でありますように 顕彰大神通力 けんしょうだいじんつうりき
今日も命にありがとうございます。 西田普にしだあまね
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