https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3517/ 【四国遍路1400キロ 増える若者たち】より
四国遍路1400キロ 増える若者たち
1200年前、弘法大師・空海が開創して以来、脈々と受け継がれてきた四国遍路。かつては高齢者が多く、信仰心や死者の供養、病気の治癒祈願が主な目的だった。しかし近年、若者が目立って増えているという。中でも、厳しい大自然の中を40日以上かけて歩く“歩き遍路”を行う若者たち。地元の人々の無料の施しに支えられながら、自らの限界と向かい合う。最近では、若手社員に遍路を経験させることで、人材育成につなげようという動きも出てきている。こうした歩き遍路の効果を、科学的に解明しようという動きも始まった。まだ予備調査の段階だが、わずか数日の歩き遍路で、日常生活の中ではなかなか体感出来ない、理想的な心理状態に至ることが判明、今後の本格調査が期待されている。いったい、若者たちを引きつける四国遍路の不思議な力とは何なのか。1200年も人々を惹きつけてきた理由は何か、考える。
出演者 真鍋 俊照さん(大日寺 住職)福島 明子さん(作新学院大学 教授)
https://www.soc.ryukoku.ac.jp/~wakita/?x=entry:entry141008-184519 【NHKクローズアップ現代「四国遍路1400キロ 増える若者たち」】より。
■この番組に登場するのは、人との付き合いがうまくできない、現代社会にうまく適応できない、そういった若者たちです。そういう若者が、歩き遍路をするなかで、自分がこだわっていたことが少しずつ崩れていき、「ありのままの自分」に気づいて、それを受け入れていくことができるようになるというのです。しかし、自分の「身体」を使って1,400kmを歩くこと自体に加えて、お遍路では、他のお遍路さんとの関係、お遍路さんほ「お接待」する地元の人びととの関係が生まれることになります。番組では、この「お接待」を次のように説明しています。
地元の人は、白装束などを身に着けたお遍路さんに食べ物などを分け与える「お接待」を行います。お遍路さんは弘法大師の代わり。訪れた若者も無条件に受け入れるという文化が、四国には残っているというのです。
大日寺 真鍋俊照住職
「(お接待は)両手でもって慈悲深く迎えてあげる、そういう行為。
舞台装置みたいなものが遍路の八十八か所には必ずある。」
■番組の最後に、真鍋俊照さん(大日寺住職 四国大学教授)と福島明子さん(作新学院大学教授)が解説をされています。真鍋さんは、仏教美術の専門家ですが、ご自身、真言宗の住職をされているようです。福島さんは、心理学者です。ご自身も「お遍路」をされた経験をお持ちのようです。また、『大師の懐を歩く―それぞれの遍路物語』という本も執筆されています。私自身は、このお2人の解説を読みながら、「贈与論」的な視点から「お遍路」を理解することができるのではないか…と思いました。
お接待っていうのはこれはもう昔からありまして、そしてこれ仏教の1つの、遠くから来た人に対する、稀人(まれびと)といいますかね、そういう人を大事にしたいと。それで平等に利益、御利益を与えたいと。それはもう差別をすることなく、小さいお子さんも、おじいちゃんおばあちゃんも、全部に施すというのが目的なんですけれども。やっぱりそれは、始めた若い人なんかはすごく新鮮に感じますね。「よう来たね」っていうひと言で、もうそれでなんか感性がびびっと来るんじゃないですか。それがいわゆる来た方の所属している社会というか生活空間の中では、ないからということなんでしょうけれども、ここではそういう舞台装置が意図的に1000年にわたってあるわけですから、それが自然に出てきて、人を迎える気持ちっていうものが今おっしゃったような流れにつながるんじゃないでしょうかね。(真鍋さん)
お遍路さんは毎日40日、50日の間お接待を受け続けます。その中で1対1でお返しすることはできないんですけれども、自分がお遍路から帰ったらこれをほかの人にお返ししようという気持ちが生まれてきます。それがごく自然と、日常生活の中で困っている人を助けるとか、親切にするということができるようになると思います。(福島さん)
まずは自分の体と向き合って、体と心がつながるという経験。それから地元の方のお接待を受ける中で、地元の方とお遍路さんのつながり。それからお遍路さんどうしのつながり。さらには自然豊かなお遍路の中を歩く中で、地に足をつけて歩いて、山や川や海を歩いて、自然とのつながりというものも感じられます。そういった、さまざまなつながりを回復することができるということですね。今の社会は成果主義であったり合理主義ですので、何かができたからすばらしい、とか何かができないからもう少し頑張って、とか条件の世界ですが、このお遍路では無条件に受け入れられて、そしてつながりを回復していけると。(福島さん)
■この「クローズアップ現代」のサイトでは、過去の番組をキーワードで検索できます。「お遍路」と検索をかけてみました。すると、1995年12月8日(金)に放送されたものがみつかりました。「男55才・転機の四国遍路~八十八ヵ所1400キロの旅~」というタイトルです。内容は、「四国八十八か所めぐりのお遍路さんに、最近50歳代のサラリーマンが増えている。働き蜂といわれて日本経済を支えてきたこの世代が、今、何を思い、何を求めて遍路の旅に出るのだろうか。3人のサラリーマンお遍路さんとともに歩き、その心の旅を追う」というものです。20年近く前、クローズアップ現代は55才のおじさんたちの「お遍路」に注目していたのですね。バブル崩壊のあと、経済が低迷し、リストラが横行し…という社会状況のなかでの男55才です。しかし、福島さんのいう「条件の世界」でもある現代社会で生きること疲れ、傷ついてしまった自己を、「さまざまなつながりを回復」することのなかで再生していくという意味では、55才の男性も若者も同じなのかなと思いました。
【追記】■今年2014年は、四国八十八カ所の霊場を巡るお遍路、巡礼の道が空海(弘法大師)によって開かれてから1200年目にあたります。
https://www.muji.net/lab/living/150218.html 【若者の四国巡礼】より
四国八十八か所巡り。お遍路と呼ばれる「四国巡礼」に、一度は出かけてみたいと思ってらっしゃる方も多いのではないでしょうか。お遍路というと年配の方というイメージがありますが、近年は若い人のお遍路も増えているとか。昨年放映されたNHKクローズアップ現代でも、そのような話題が取り上げられていました。そもそもお遍路とは何か、なぜ若者がお遍路に行くのか、その魅力はどこにあるのか、などについて考えてみたいと思います。
空海と八十八か所
大辞林という辞書で「遍路」を引くと、「祈願のために、弘法大師修行の遺跡である四国八十八か所の霊場を巡り歩くこと。また、その人」とあります。後に醍醐天皇より弘法大師の名を賜った空海は、宝亀5年(774年)、今の香川県の善通寺市に生まれます。叔父に師事して仏教や儒教を学んだ空海は、当時の大学に通いますが、途中で退学し、密教の秘法を修めるべく、若くして山岳修行に入ります。その修行の地となったのが四国の険しい山々や海辺で、空海が開いていった霊場が八十八か所あり、それを巡る旅が「四国巡礼」になったといわれています。お遍路には「同行二人(どうぎょうににん)」という大切な精神があります。これは旅をするのは一人だけれど、常に弘法大師空海とともにあるという考えで、苦難の末に煩悩を一つずつ落とし、大日如来と自分自身を合一化することが旅の目的。つまり、極めて宗教的な意味合いの強い行為なのです。
四つの道場
四国四県のお遍路には、それぞれに意味があります。阿波(徳島県)は「発心の道場」で、空海が人々の救済を発願した土地。ここから四国巡礼は始まります。次が土佐(高知県)で「修行の道場」。三番目の伊予(愛媛県)は「菩提の道場」といわれ、ここまで来るとお遍路さんは煩悩から解放され、悟りを得る境地に近づくとか。そして、最後の讃岐(香川県)が「涅槃の道場」。煩悩を捨て去り、いよいよ悟りに到達する土地です。第八十八番の札所となる大窪寺(おおくぼじ)はこの讃岐にあり、ここで遍路は結願します。もっとも四国巡礼の起源については分からないことが多く、八十八か所になったのもいつ頃からかはハッキリしません。「発心」「修行」「菩提」「涅槃」の順に霊場を巡り、悟りの境地に近づいていくわけですが、現在は順序にはこだわらず、どこの札所から回ってもよいとされています。
死出の旅
今でこそクルマや観光バスで回れるようになったお遍路ですが、昔は「死出の旅」といわれるほど、命がけの旅だったようです。全行程1,400㎞といわれる遍路道は、当然のことながら整備されておらず、険しい山中の道なき道を行く旅であり、道中に休む場所はほとんどなく、ところどころに「遍路ころがし」と呼ばれる難所があり、実際に落命する者もあったとか。常人には成しえない修行を行い、生死の境をさまようことで死を見つめ、生を悟る、そのような深い意味合いが遍路にはあるのです。お遍路の正装とされる白装束は、いつどこで行き倒れてもいいという、死の覚悟を表したものといわれています。
再生の旅
もちろん現代のお遍路には、命を賭すような厳しさはありません。第四番札所大日寺の住職である真鍋俊照さんは、著書「四国遍路 救いと癒しの旅」の中で、若者の遍路に触れ、「近年の四国遍路は、かつての『死出の旅』から変わって、『癒しの旅』という意味合いが強くなっている」と書いています。
なぜ、遍路をすると癒されるのか。理由の一つは「お接待」と呼ばれる地元の人々のもてなしにあるといいます。接待とは仏教で、通りすがりの修行僧に茶湯などを振る舞うこと。この温かい地元の人との交流や、お遍路さん同士の間に生まれる連帯感などに、若者の心は少しずつ癒されていくのです。
もう一つは、自然の中で自分の限界と向き合う体験にあるといいます。体力の極限に挑み、それを乗り超えた経験が自信となり、それが「自分をありのままに受け入れる」という自己肯定感につながるのだとか。閉塞した日常にあって「『死者のように生きている』という状態から、再生するための一つの行動」が若者のお遍路ではないか、というのが真鍋さんの見解。このような癒し・再生の旅としての側面は、これまでの遍路の歴史にはあまり見られなかったものとのことです。
しかし、仮に遍路が「自分を再生させる旅」として機能するのであれば、空海もまた同じような思いを抱いて旅に出たのではないでしょうか。あくまでも想像にすぎませんが、10代の若い空海が大学を辞め、密教の修行に身を投じた背後には、それなりの心の葛藤があったと推察されます。今、この飽食の世に生まれた若者にとって、1,400kmもの道のりを歩き通すのは、まさに苦行に等しい行為。その苦しみの果てに得られる"何か"を探し求めているのであれば、それは立派な修行と言えそうです。そういう意味では、現代の若者の「癒しの旅」こそ、そもそものお遍路の姿に最も近いものなのかもしれません。
若者の四国巡礼についてどう思われますか。ご意見、ご感想をお寄せください。
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