日本人の原点

Facebook森井 啓二さん投稿記事

今回の本の帯は紫色です。虹を構成する色の一つです。

本の帯は大正時代から始まり、昭和初期から広がった日本独特の文化です。

本のPRだったり、美しく飾ったり・・・・帯によって本の売れ行きが大きく左右されるそうです。

でも私の本は書店に並ぶことも無く、ひっそりとSNSやネット通販などで売られるだけなので宣伝効果は全然ありません。

じゃあ、いらんな。といいながらも、楽しむためだけに付けさせていただいてます。

紫色を指定したのは、高貴な色でありながらも群咲(むらさき:すべての人が栄える)という意味から。古代日本では、紫色は高貴な色として尊ばれました。

聖徳太子が制定した「冠位十二階」の最高位の階級だけに与えられた色が「紫」です。

また最高位の高僧だけが着ることのできる紫袈裟は、天皇からの勅許(ちょっきょ:天皇の許可)が必要でした。

江戸時代には、一般には禁制品でした。

中国でも前漢の武帝の時代から、「天帝の色」として一般には禁色としました。

ローマでも皇帝と選ばれた高貴な人だけに着用が許されたのが、紫色です。皇帝カエサルが権利を独占し、ローマの皇帝や元老院議員だけが用い、「帝王紫」ました。

中世では、皇帝だけでなく聖職者の高位にあるものが着用するようになりました。

この地上での高貴な紫は、やがて天界へ向かう虹の色の一つに昇華されていきます。

紫色の本の帯も、高貴な波動で包みながらも、やがてお役目を達成すれば消えていき、虹龍の全体像が見えてくるという設定です。(^O^☆♪


https://dokushojin.com/reading3.html?id=7241 【新天理図書館善本叢書「連歌俳諧」全六巻(八木書店)刊行!! カラー版で味わう<芭蕉・蕪村の名品>】より

芭蕉の造形感覚 句の世界と絵画的なるもの(井田 太郎)

<芭蕉と書画>

 松尾芭蕉自身による画業は、晩年に比較的集中している。森川許六(芭蕉の絵画の師)が芭蕉に入門したのは元禄五年(一六九二)と遅く、芭蕉が大坂で歿するのは同七年(一六九四)という事情もあっただろう。「「長嘯の」発句自画賛」(天理図書館蔵)などに掬すべき味はあるのだが、画技はお世辞にも巧いといえない。

 一方で、一番右に「元日やおもへばさびし秋の暮」(延宝末年~天和年間か)、一番左に「ほうらいにきかばやいせの初便」(元禄七年か)、計五枚の短冊を略々年代順に貼った「歳旦発句短冊集」(鯉屋物・図1)をみれば、書風を意識的に変遷させてきたことがわかる。

図1)松尾芭蕉「歳旦発句短冊集」(天理図書館蔵)

<書風と内容>

「枯枝に・笠やどり画賛」(早稲田大学図書館蔵)をみれば、書風の使い分けも確認できる。芭蕉は右に大きく「枯枝にからすのとまりたるや秋の暮」(A)、左にかなり小さめに「世にふるは更に宗祇のやどり哉」(B)と書くが、A・Bの書風から受ける印象は少し異なる。Aは見得を切るように漢字を大きく、ひらがなを連綿で小さく書く。これに対して、左は「笠やどり」と題する長い文章のあと、Bが置かれる。漢字とひらがなのサイズの差は、Aほど顕著でなく、均一に近い。

 AとBとを異ならせた理由としては、画面における書記可能なスペースの問題もあろうが、採用した書風と発句の内容とが相関するからだろう。というのも、芭蕉においては、字余り句と漢詩文調は緊密に結びついてきたが、これを記す書風がAの書風で、「櫓声波を打て」短冊(出光美術館蔵)が代表的な例である。懐素「自叙帖」(國立故宮博物院蔵)など、狂草にもどこか通じ、中国や中国につながる禅林のイメージを意識している。

 この絵画は他人の筆である。絵の右部分は中国の枯木寒鴉図の画題を彷彿とさせ、左部分は西行のような法体が佇む。いわば、芭蕉は左右の主題を〈漢〉と〈和〉とそれぞれ理解し、〈漢〉に結びつく書風としてA、〈和〉のそれとしてBを対比的に採用したと考えられる。もっとも、これは他人の絵画に加えた賛で成功した例であり、自画賛の場合はどうだろうか。

<芭蕉の絵画>

 「「あかあかと」発句自画賛」(鯉屋物・図2)をみてみよう。画面上部に「あかあかと日はつれなくも秋の風」と認め、赤い太陽、その前に萩を淡彩で描いたもので、杉山杉風の所望で制作されたと推定されている。附属する杉風筆の添状には、この発句が公家たちに激賞されたと縷述される。発句自体は、元禄二年(一六八九)七月の吟と考証。自画賛の制作自体は、筆蹟から元禄四・五年かとされており、晩年の染筆ということになる。

 現在は行方不明だが、初期の門人高山麋塒の旧蔵品など、類作が二点備わり、芭蕉自身が使い回していた形跡もある。当人も気に入っていたようであるが、周辺に需要があったからこそ、使い回しというかたちで供給し、流通させていたと考えられる。  さて、どこが賞美されたのか。杉風は添状で「絵もかるがる出来たる也」と評を加えている。作品に即すれば、淡彩で、あっさりした点を誉めていることになる。「晩年の芭蕉の句風、〈かるみ〉に対応するものなのだ」と、余白で述べたようなコメントとなっている。いってみれば、俳諧に隷属するものとして、絵画を評価している。

 後年、与謝蕪村は、〈俳画〉に相当する絵画のことを「はいかい物の草画」と呼んだ。本作は「草画」、すなわち簡単な絵という要件と合致する。しかし、今日の〈俳画〉のぼんやりした概念の輪郭に照らせば、発句と絵画の距離があまりに近すぎる。かように技術的な限界があるので、杉風のような擁護的コメントもでてくるのだろう。

図2)松尾芭蕉「「あかあかと」発句自画賛」(天理図書館蔵)」

<武蔵野図と帰属意識>

 画力が舌足らずとはいえ、折角、自画賛が守り伝えられてきたのに、これでは芭蕉の内的世界や造形感覚を窺っていることにはならない。 実は、「「あかあかと」発句自画賛」を図像的に検討すると、「武蔵野図屛風」と総称されるものに似ていることに気づく。「武蔵野は月の入るべき山もなし草より出でて草にこそ入れ」という和歌が背後に漂うものだが、このうち、左右両隻にわたって秋草を描き、左右に日月を配するタイプを「日月秋草図屛風」(シカゴ美術館本、藤田美術館本、根津美術館本など)と呼ぶ。このうちの太陽を前に秋草が描かれる隻は、芭蕉を彷彿とさせる。

 さらに、月を前に秋草が描かれる逆の隻と似る、芭蕉の自画賛もすでに紹介されている。こちらは月の前に萩を描く。表記は異なるが、「白露もこぼさぬ萩のうねり哉」の自画賛で、署名が「芭蕉翁画」のもの、「武陵芭蕉画」のものの二点(ともに、個人蔵)存する。太陽と月の軸を併置すれば、芭蕉個人の造形感覚のなかで、武蔵野図として円環を構成していた可能性さえ拓けてくる。画題を集成した版本などで、武蔵野図を目睹していたと考えていいだろう。

 この「白露も」は、元禄六年、深川にあった杉風の別荘採荼庵で萩をみての一句。住国併記型署名が地方での染筆に多いことに鑑みれば、芭蕉は武蔵国江戸(武陵)の俳人として、武蔵野図のバリエーションを地方で流通させていたことになる。自らの帰属意識という内的世界の一端が、幾星霜珍重されてきた資料の彼方から、生き生きと蘇ってくるようではなかろうか。

(いだ・たろう=近畿大学教授・近世文学)


https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-76420-7 【日本人の原点がわかる「国体」の授業】より

著者 竹田恒泰著 《作家》

主な著作 『旧皇族が語る天皇の日本史』、『日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか』(PHP研究所)

税込価格 660円(本体価格600円)

内容 日本国のかたちを守り続けるために一番大切なことは何か? 日本人として知っておきたい天皇、憲法、歴史についての特別講義。

解説

 現存する国家のなかで世界最古の歴史をもつ日本。なぜ日本だけが、二千年以上も存続することができたのか? なぜ日本は敗戦から立ち直り、再び世界に比類のない発展を遂げることができたのか?

 答えは1つ。それは国体(国のかたち)を守りつづけることができたからである。では日本の国体とは何か?

 ――本書は、未来を担う若者たちに向けた、日本人としてこれだけは知っておいてほしい天皇、憲法、歴史についての特別講義に大幅な加筆修正を加えたもの。

 「日本の建国精神とは何か?」「伝統には必ず重要な意味がある」「なぜ京都御所は無防備なのか」「天皇主権と国民主権は両立する」「『古事記』の叡智は世界の役に立つ」「お金を超えた“日本の宝”とは何か」 ――読後、日本人の誰もが日本に生まれてよかったと思うこと必至! 感動的な白熱講義!!


https://tsubamesanjo-jc.or.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90%E3%82%92%E5%AD%A6%E3%81%B6%E4%BA%8B%E6%A5%AD/【日本の精神の起源を学ぶ事業】より

3月17日(水)「日本の精神の起源を学ぶ事業」を三条東公民館で開催いたしました。

当事業では、現代に生きる我々が見失いつつある「日本の精神」とは何か?を美しい日本委員会が探求し、メンバーにお伝えさせていただきました。また、メンバーには事前アンケートからそれぞれが考える「日本の精神」とは何かを予め考えてきていただいた上でご参加いただきました。

理事長挨拶

川上理事長より、なぜ今「日本の精神」が必要か?美しい日本委員会を設けた経緯を改めてご説明いただきました。

委員会発表では3部構成とし、

①日本人のルーツを知る ②日本の文化を知る ③日本を客観的に見る

この3つのテーマを通して日本の精神とは何かをメンバーにお伝えしました。

①日本人のルーツを知る

第1部では、古事記を元に神武天皇が日本国を建国したもっともっと昔のルーツから委員会で調査しました。また、古事記という固いテーマのため、寸劇を交えメンバーに分かりやすく伝えることを念頭に発表いたしました。

調べてみると、古事記の神々は意外にも喧嘩や失敗なども多く、非常に人間臭かったことが分かりました。しかし紆余曲折ありながらも、神武天皇の建国から現代まで日本が2681年続いているのは「調和」の精神があったからではないでしょうか。

②日本の文化を知る

第2部では、普段から我々が目にしていたり、触れている

①天皇陛下  ②国旗  ③国歌  ④祝日

をテーマに委員会にて調査、発表させていただきました。聞き飽きないよう所々クイズを交え発表させていただきました。現在の天皇陛下は何代目?あなたはご存じですか?

国旗日の丸には、平和への願いと感謝の気持ちが込められており、国歌「君が代」は国や身近な人の安寧を願う歌詞だということが分かりました。

日本の文化は、「平和」の下に紡がれてきたものなのです。

③日本を客観的に見る

第3部では、美しい日本委員会の加藤委員長自ら、日本と中国を対比させながら、日本を客観的に見る、というテーマで発表いたしました。

日本人の精神性は「利他の心」から成り立っており、我々は意識することなく他人のために行動できる心を持っていて、そしてそれは世界でも唯一無二の精神である、ということでした。

委員長総括では、「調和」「平和」「利他」からなる日本人の美しい精神とは、私利私欲を捨て公のために行動する「滅私奉公」の精神であるという答えを示しました。そしてこの美しい精神は我々全ての日本人の中に深く根付いているものであると。

この「滅私奉公」の精神を理解し、地域のために伝播していけるよう燕三条青年会議所はこれからも邁進していきます!

燕三条青年会議所

美しい日本委員会 一同

コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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