龍国日本

https://ameblo.jp/ranyokohama/entry-12574502034.html  【龍国日本・2.11建国記念日】

Facebook斎藤一人さん投稿記事

日本は「龍の国」だって知ってるかい?日本地図が龍の形をしているのは単なる偶然じゃないの。どの都道府県にも川があって水に恵まれているのは、龍神様に守られている証拠なんだよ。台風などの「嵐」もエネルギーを循環させるためには必要なんです。

ひとり


Facebook縄文古代文字を楽しく書く会いと きょうさん投稿 記事

日本からタツ(龍)がいなくなった日

縄文時代の日本にはタツ(空の龍)とミツチ(海の龍)という生き物がいました。タツもミツチも、人が危ない場面におちいった時、その命を助けてくれる存在でした。でもこの生き物が音読みで「リュウ」と呼ばれるようになると、忽然と消えてしまったのです。日本の国はコトタマ(言霊)の国といわれ、一音一音をとても大切にしていたので、タツというコトタマとリュウという音では全く違う世界(生命)が生まれてしまうのです。日本古来のコトタマはそれ自体に音以上の意味が込められているのです。ヲシテ文字でタツやミツチと書いて見ると、その意味がわかると思います。


Facebook小名木善行さん投稿記事

今日のねずブロは《「この国」ではなく「わが国」》です。

日本列島は龍の形をしています。

私達日本人が日本のことを「この国」と呼べば、龍は他人事になります。

私達日本人が日本のことを「わが国」と呼べば、龍は我が命(いのち)の一部となります。

これはとても大事なことです。

続きはブログで

https://nezu3344.com/blog-entry-4924.html?fbclid=IwAR35fUUKKCL7lHO3dVGZsbjY73xQ4ao-Ov0eimNki9z2JcP4EDggAv1van0 【「この国」ではなく「わが国」】より

日本列島は龍の形をしています。

私達日本人が日本のことを「この国」と呼べば、龍は他人事になります。

私達日本人が日本のことを「わが国」と呼べば、龍は我が命(いのち)の一部となります。

これはとても大事なことです。

小名木善行です。

戦後のGHQが仕掛け、朝日が普及したた悪しき日本語の代表的な言葉に、「この国」という呼称があります。

これは、私達現代人と、わが国を築いてきてくださったご祖先との絆(きずな)を断ち切る、たいへんに悪しき言葉です。

GHQに多くいた、そして戦後の日本で、なかば天下をとったような気でいた左翼主義者にとっては「この国」です。

なぜなら彼らの思想の基礎をなす共産主義史観は、いわば文明進化論ともいうべきものであり、過去は現在よりも常に「遅れている」というものだからです。

どうしてそのような思想になるかは、きわめて単純明快です。

マルクスの書いた共産主義史観が、マルクスの生前当時にあっては、「もっとも新しい思想」であったからです。

ですから古代ギリシャ・ローマ以来の伝統的権威や、ルネッサンス運動、近代市民革命における自由博愛平等思想などは、マルクス以前の遅れた思想であり、すべて、カビが生えた過去の遺物であって、新しく生まれた共産主義思想のみが正しいとされたのです。

けれども、常に「新しい思想」が「正しい」というのなら、オウム真理教の麻原思想は、すくなくともマルクスよりも新しいのですから、マルクス思想を越えた「正しい」思想ということになります。

これはまったくもっておかしな思想です。

こうしたおかしな思想背景の上に立つ左翼主義者が戦後の日本で説いた思想が、「八月革命論」です。

これは日本が先の大戦で破れたあと、まったく別な国に生まれ変わった・・・つまり大戦前の日本と、大戦後の日本は、まったく別な国である、とする思想です。 

そしてこの思想のもとで、当時よく使われた言葉が、「古い衣(ころも)を脱ぎ捨てよう」

というものでした。

大戦前、あるいは大戦中にわが国に存在した思想や宗教の全ては古い衣であって、これからは「新しい思想」でなければならない。

そしてその新しい思想というのは、共産主義思想に基づき、あらゆるものごとを対立させ、対立しているものどうしが闘争し、闘争に勝利した者だけが(なぜか両班(やんばん)となって)日本中の利益を独占するのだ、という、特定の人たちにだけ都合の良い、あまりにも馬鹿げた思想でした。

そしてその思想のもとに提唱されたのが、自分たちの祖国を、日本人自身が「この国」と呼ぶことでした。

「この国」という言葉に、祖国への愛はありません。

国で起きる様々な出来事は、すべて所詮は他人事。

ですから『女工哀史』や、『野麦峠』のような、現実には存在しない悲惨が戦前戦中の日本にあったとし、また戦時中の悲惨ばかりが強調されました。

日本人が日本国への愛を失えば、日本で起きるすべてのできごとは、我が事ではなく、他人事になります。

そしてすべての日本人の紐帯が切れ、ひとりひとりが個人としてバラバラになれば、日本を解体することはきわめて容易になるとされたのです。

つまり、「八月革命論」を成就し、日本に住むごく一部の左翼主義者たちだけが、働き者の日本人を使役することで、自分たちだけの贅沢な暮らしを手に入れる。

その贅沢というのは、豪邸に高価な外車、そしてどこに行くにもゾロゾロと大勢の人がついて回る。

そして常に、そのなかのひとりだけが、贅沢を独占する。

まるで、どこかの国のアマチュア・○クシング協会の終身会長のような生活、昔の半島貴族の両班のような暮らしこそが、「八月革命」によって達成された新しい日本という形にされたわけです。

きわめて馬鹿げた話ですが、そうした思想の延長線上に「この国」という用語がある、ということを、私達は、あらためて考える必要があります。

日本人は、縄文以来1万7千年の間、武器を用いて人が人を殺すという文化を否定してきたという歴史を持ちます。

そして亡くなったご祖先は、すべてイエの、ムラの、クニの守り神となって、私達を見守ってくれている。

そしてそのご祖先たちが、道路を造ってくださったり、橋をかけてくれたり、上下水道を、いまよりもずっと(それこそオクレた)道具しかないなかで、生活を少しでも良いものにしていこう、そうすることで子や孫たちが、いまよりすこしでも安全で安心で豊かな暮らしができるようにと、苦労と努力を重ねてきてくださった結果、いまの私達の暮らしがあると考えてきました。

歴史に登場する多くの外国の国では、王侯貴族だけが贅沢三昧な暮らしをし、庶民は常に食うや食わずの生活で、なかには自分の妻や子を食べてようやく露命をつないできたという歴史を持ちます。

自国の歴史に、正面から向き合うのが、あまりにもおそろしく、あまりにも理不尽で、あまりにも無様で、あまりにも哀しすぎる。

だから、歴史をお花畑のファンタジーにしなければならないという国や民族も、世界にはあります。

けれどわが国は、調べれば調べるほど、知れば知るほど、なんと祖先たちは、先輩たちは愛情深く、しっかりと、責任をもって、どこに出しても恥ずかしくない、立派な生涯を送ってきたという歴史を持ちます。

だからこそ、我々にとって、わが国の歴史も、今日のわが国も、すべて「この国」ではなく、「わが国」なのです。

さらにいえば「この国」という言葉は、自国の政治に対しても、「所詮は政治家が行う他人事」にしてしまいます。

冷静になって考えれば、それはとんでもないことです。

なぜなら国というのは、国民の共同体だからです。

たとえば自分の会社の経営陣が、馬鹿ばかりで、内紛ばかりしていて、現実の経営を顧みず、自己の利益ばかりを求めていたら、そのような会社は潰れてしまいます。

みんなのために、みんなでがんばる。自分もがんばるからこそ、全体がうまくいくのだし、その全体が、「最低の努力で最大の成果を得ることができるようにしていく」のが、経営の役割です。

国における政治の役割も、これと同じです。

国民が、最低の努力で、最高の幸せと、平和と、豊かさと、繁栄と、安全と、安心を得られるようにしていくのが、政治の役割であり、それを実現するのが政治家の責任です。

それが他所の国ではなく、「わが国」のことであれば、国民にとって、それは重大事です。

しかし「この国」という用語に込められた、他人事なら、政治家が、あるいは行政が、国民生活をまったくかえりみなかったとしても、それは所詮は他人事です。

それで良いのでしょうか。

「この国」という用語は、司馬遼太郎が連載した「この国のかたち」によって、多くの日本人にとっての現代の常識語になっています。

司馬遼太郎は好きな作家ですし、作品は、ほとんどすべて読んでいますが、「この国」という言葉だけは、いただけません。

「この国」ではなく、「わが国」。

これは、ただの言い方の問題ではなく、もっとはるかに深い問題をはらんだことであると思います。

日本列島は龍の形をしています。

私達日本人が日本のことを「この国」と呼べば、龍は他人事になります。

私達日本人が日本のことを「わが国」と呼べば、龍は我が命(いのち)の一部となります。

これはとても大事なことです。


Facebook滝沢 泰平さん投稿記事 日本大陸は世界大陸の縮図。

その理論から言えば、イスラエルの雛型日本は大阪となる。

確かに湾に面した立地環境や形も近い感覚はありますが、イスラエルはかつて約束の地

「カナン」

と呼ばれており、大阪にも偶然にも河南町がある。

そんな都市伝説のような話もありますが、僕も首都圏育ちで関東から出たことがなかったのが、新卒の配属で大阪勤務となり、そこから様々なスピリチュアルな物語も始まったから、大阪は何かと縁が深い。

さて、その日本イスラエル大阪にて知る人ぞ知る丸秘講演会とツアーのお知らせ。

主催はセカンドステージ。

代表を務めてるのは坂上田村麻呂の直系であり、天皇家とも縁が深い坂上玲子さん。

3,500年前の全盛期出雲族の記憶を持ち、2,000年前のイスラエルの記憶も持つ。

それはまるで昨日のことのように、鮮明に詳細を覚えいるので、お話をしていると自分自身の意識もまたタイムスリップして感化されます。

僕が初めて坂上さんと出逢ったのは、2015年3月。

約束した場所は、奈良の学園前にある人知れず佇む小さな神社

「大倭神宮」

という場所。

そこで出会い頭から、イスラエルの思い出話、出雲族の思い出話が始まり、僕は戸惑ってしまったものの、不思議と自分の奥深い記憶の中には、その思い出が刻まれているので、理解ができるもの。

もちろん、その記憶は、良いものだけでなく、むしろ強烈に忘れられない悲劇の思い出も。

それはさておき、そこから主に3,500年前の古代出雲族の記憶を辿る旅が始まる。

出雲だけど、その中心は京都や奈良、そして大阪の近畿エリア。

饒速日(ニギハヤヒ)。

そこには3,500年前に暴君へと変貌したスサノヲの息子であり、スサノヲの最大の邪魔者であった共和制社会を創ろうと試みた出雲のリーダーがいた。

饒速日が実現したかった雛型の国での雛型の国造り。

そして実現出来なかった無念。

それは時を超えて3,500年経った今、すべてのカルマを乗り越えて統合されるタイミングに。

セカンドステージでは、その真髄ともなる歴史の話や、実際にゆかりある地を巡る旅をしている。

解説ゲストは、元高野山の裏僧侶であり、目には見えない世界のスペシャリストの長典男さん。

14歳から霊的才能を注目され高野山にスカウトされてから、そのキャリアは半世紀をすでに超えている。

そして今回巡る地は、大阪の羽曳野市。

饒速日の根幹となる地に足を踏み入れ、いよいよヤマト統合の仕上げの段階へ入っていく。

9月末に70回目のヨベルの年を迎え、ユダヤ6,000年の節目に入った9度目のイスラエルから戻ったばかりの僕も参加させていただきます。

饒速日の御霊が色濃く受け継がれたのは、それから1,500年後にカナンの地で生まれたキリスト意識を持つユダヤ人。

"運び屋"

として、コソコソと8年間イスラエルから日本へそのエネルギーを持ち帰り続けてましたが、いよいよ大阪の地に繋ぐ。

変な検査に引っ掛からなければ(笑)。

ということで、初日は講演会(坂上玲子さん×長典男さん)、2日目は羽曳野ツアー(坂上玲子さん×長典男さん×滝沢泰平)。

日程は2022年11月12日、13日。

限られた人数の講演会とツアーのため、すでに多く埋まっているそうです。

ご興味やご縁ある方は、コメント欄の詳細をご確認ください。

コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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