https://www.facebook.com/NHK.heartnet/photos/a.647699325281695/1660058314045786/?type=3 【NHK ハートネット あすのHNTVは、ある視覚障害者夫婦の日々】より
さへづりを受くる百でも足りぬ耳
鳥がさえずる春のにぎやかな情景を描いたこの句は、視覚に障害のある女性、和田佳子さんが詠んだものです。佳子さんは幼い頃から徐々に視力を失い、今は光を感じる程度。夫の浩一さんも進行性の病気で、現在は光を感じることもできません。盲学校で出会った佳子さんと浩一さんは、33年前に結婚。
その後、二人は俳句に出会い、世界は大きく変わり始めます。
季節のうつろいや日常の小さな変化を敏感に感じ取り、何気ない日常をいつくしみながら暮らすようになったのです。家族写真を見返すことができない和田さん夫婦にとって、俳句は「写真アルバム」のようなもの。
五・七・五の17音で、彩り豊かな世界を描き出す佳子さんと浩一さん。
笑いと涙でつづる、33年に及ぶ夫婦愛の物語です。
Facebook佐田 豊美さん投稿記事
「ハートのエネルギーを制限させないでください!エゴが作動しているサインです!」
エゴが作動してるのに気づいたら、止めることが出来ます。
スピリチュアルの世界では、を分けて考えます。
「エゴ」とは、自分の存在価値を守るために機能します。簡単に言えば、自分を特別だと思いたがる気持ちです。そのために人から承認をもらいたがり、それが得られなければ自分はどこかが足りない存在だと思い込みます。
「ハート」(魂、スピリット)は、無条件の愛とワンネスだけが存在する場所です。
固定観念、社会の常識、自分の思い込みに左右されない、本当の自分のエッセンスとつながる場所です。
魂としては誰もが同じ立場であり、私たちはハートでつながることが出来ると理解するのです。
「なんでエゴが良くないのか」
誰でも自分は特別だと思いたいですから、別に悪いばかりではないんですけど、自分と人を比較し、優劣のランキング内に位置付ける限り、永久に苦しみから解放されません。
自分が優位なら安心し、自分が下位なら嫉妬するか、無視するという無限ループの中で生きることになるからです。
そのループを断ち切って、苦しみを抜け出したいなら、エゴをコントロールする必要があります。
またエゴが頑固に活動している限り、無条件の愛やワンネスの中に長く留まることは出来ません。
「エゴ」が作動しているか見極める一番簡単な方法として、以下の2つの質問を自分に聞いてみてください。
1. 他人と比べて、自分は優れていると思いますか?
2. 他人と比べて、自分は劣っていると思いますか?
どちらかの質問にイエスと答えるなら、そこにあなたのエゴがいます。
両方にイエスと感じる人もいるでしょう。エゴとは矛盾に満ちたものなのです。
「エゴが作動しているサイン」
エゴと戦うために、まずはエゴがどんな時に作動するのか、注意できるようになりましょう。
以下のような傾向があったら、その時、あなたのエゴが作動しています。
1.自分の正しさを証明したがり、批判や反対意見を受け入れない。
2.常に不満に溢れ、自分以外の誰かや何かに原因があると思っている。
3.自分より優れている人を羨ましく思う。
4.自分より劣っている人を見て安心する。
5.自分と同じだけ上手にやれている人を見ると、嫉妬する。
6.すぐに結果を欲しがり、忍耐力がない。
7.自分を責めたり、自分は十分ではないと思う。
8.世の中に許せないことがあり、是正したいと思う。
9.相手の話を聞く前に、自分の話ばかりしてしまう
「エゴをコントロールするには」
自分と他人を比較せず、自分も他人も平等に評価できるようになれば、ネガティブな感情のループから抜け出すことができます。
けれどもそうなるためには、おそらく自分の根っこにある「どうして自分は十分ではないと思うのか」という思い込みを見つけ、それを癒す必要があります。
それはあなたが自分で作ったものではなく、他の誰かによって植え付けられた思い込みなのですが、いずれにせよ誤解に他なりませんから、早いところ見つけて、穴を埋めてしまいましょう。
苦しみの中には100%自分の思い込みがあり、それを克服することで、私たちはいくらでも自由になれますし、自由になれたとき、私たちは本当につながれるんですよというのが、スピリチュアルの教えのコアだと思います。
(メタフィジックス)より引用
http://100nenhaiku.marukobo.com/?eid=936676 【理想と現実のはざま~ハートの青蜜柑?!】より
昨夜の書き込みから・・
灯馬ちゃん、たどり着きたい「理想」と、「現実」を打破する志のエネルギーと、この二つを兼ね備えているつもりなのに、ものごとうまくいかないことってのは、山ほどですワ。
私の「○○したかばーい!」の核心に位置する「100年俳句計画」は、紆余曲折も何もウヨウヨと曲がるばかり。空振り三振と大ファールの繰り返しです。ある土地で一つの文化の波を起こし、豊かに根付かせようなんてのは、まさに「理想」の固まりですが、そうそう簡単にはやらせてもらえません。わたしゃ、ここまで来るだけで二十年を費やしましたがな。
なぜ「100年俳句計画」は「100年」なのか?
・・ということをよく聞かれますが、教育と文化なんてものは100年単位の構想と100年単位の根気と100年単位のバトンタッチなくして、育っていくものではないと身に沁みたからです。
私の体も名前もことごとく土に還り、存在すら忘れられてしまうような年月を費やしてやっと、願っていた麦秋の実りが実現するのだと・・そのぐらいの腹を括ってこその「100年俳句計画」でないと何も実現しない。腹も括れないまま、「理想」だけを追う机上の空論を重ねてみたところで、そんなもんは鼻クソです。「現実」の歩幅を無視して、「理想」だけがアスリートを気取ってみたところで、所詮、豊かな実りとなるはずもない。すべて虚弱な成果に過ぎません。これは私の苦い経験です。
ものごとには潮時ってのがあります。
かつて額田王たちが、愛媛の三津浜で船出のための潮を待ったように、じっくりと潮を待つことも「100年俳句計画」であり、時機の到来を告げる潮目を見逃さないこともまた、「100年俳句計画」の勝負所であります。
「理想」と「現実」のヤジロベエに日々鍛えられつつも、大器晩成の大志を日々衰えさせるつもりもありませんが、そんなワタクシに、昨夜の宇和島・じゃこ天句会にて、さちさんがこんなものをくれました。
じゃーん♪
ハートの青蜜柑!
ハートのエースが出てこない~♪
・・と歌ったのは、キャンディーズでしたが、
おい灯馬ちゃんよ、
俳句界と教育界と文化界を担うキャンディーズとして、じっくり腰を据え、100年先の未来を睨みつつ、「理想」とするハートのエースを歌っていこうではありませんか。(あ、念のため言うとくけど、ワタシが、真ん中のランちゃんやからな~。灯馬ちゃんは、体型からしてミキちゃんやな。あと、スーちゃん体型のを一人連れてきたら、いよいよ武道館で結成コンサートや~!)
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