https://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/seibutsukiso/archive/resume031.html【植生の遷移】より
学習ポイント
植生の遷移
上条隆志さん三宅島の一次遷移を再現したジオラマ
今回お話をしていただくのは、植生学者の上條 隆志(かみじょう たかし)さん。
上條さんは、三宅島の植生について長年に渡って研究しているそうです。
これは、なんでしょうか?(右画像)
上條さん 「これは三宅島の溶岩上の一次遷移を再現したものになります。」
溶岩?一次遷移?
遷移のジオラマ
上條さん 「手前が、植物が入りだした状態。その次が、植物が繁茂しだした状態になります。さらに生態系が50年から60年たったところになりまして、もう森林になってきている。そしてこちらが150年。最後が、だいたい1000年くらいたった森をモチーフにして作成したジオラマになっています。」
これが、遷移ということですか?
三宅島の噴火降り注ぐ火山灰溶岩がいたるところに流れ出る
伊豆諸島の1つ、三宅島では、昔から幾度となく火山が噴火を繰り返してきました。
噴火によって火山灰が降り注ぎ、溶岩は島の至るところに流れ出ました。
裸地一次遷移
火山の噴火後、溶岩で覆われた場所は、植物や土壌がまったくない裸地になります。
しかし、そのような裸地でも時間がたてば土壌がつくられ、やがては森林になります。
ある場所の植生が時間とともに次第に変化していくことを遷移といい、噴火のあとの溶岩台地など、土壌のない土地から始まる遷移を一次遷移といいます。
上條さん 「三宅島というのは非常に活発な火山で。噴火するんですけれども、1回ではなくて何回も起きます。さまざまな年代の噴火、すなわち溶岩流があるということになります。非常に若い、最近流れた溶岩流から、100年くらいたったもの。そして何千年も噴火の影響を受けていない森。そういったものが1つの島の中に存在するというのが非常に大事なことになります。」
いろいろな時代の溶岩流の跡を比べれば、三宅島で遷移がどのように進んでいくのかがわかるということですね。
上條さん!ジオラマではなく、実際にどのように森ができるのかを見たくなりました!
上條さん 「それでは、実際に三宅島に行って遷移を見てみましょう!」
三宅島今回の調査場所
今回、上條さんと訪れるのは、右図の5箇所です。
遷移がどのように進んでいるのか、調査開始です!
1983年の溶岩跡
まずは1983年の噴火で流れ出た溶岩の跡です。
上條さん 「ここは三宅島の中ではいちばん新しい溶岩流となって、いちばん若い土地となります。」
オオバヤシャブシハチジョウイタドリとハチジョウススキ
こんな溶岩だらけのところでも、植物が育っているのですね!
上條さん 「高等植物としては、維管束植物としては、量的に順でいうと、オオバヤシャブシ。あとは、ハチジョウイタドリとハチジョウススキの多年生草本が多く見られます。地衣類は、遷移初期に真っ先に入ることは極めて多いんですけれども、ただ地域性はあって。ここみたいに比較的、海岸が近くて、やや乾燥気味のところ。三宅島はそんなに極端に乾燥はしていないんですけれど。そういう場合は、地衣類は量的には非常に少ないです。」
むき出しの溶岩地衣類
上條さん 「探すと、こういう溶岩むき出しのところにはほとんどくっついていないんですけれども、ちょっとした岩の隙間みたいなところを探すと、地衣類を容易に見つけることができます。」
土壌が未発達で水分を保てない先駆種
溶岩などに覆い尽くされた裸地は、土壌が未発達なため水分を保つことができません。
そのため、そういった厳しい環境にも耐えられる植物しか生育できません。
オオバヤシャブシのように、遷移の初期の段階に現れる種を、先駆種といいます。
カルシウム、マグネシウム、リンが含まれる窒素
上條さん 「溶岩の中自体にはミネラルとして、鉱物質の状態としてカルシウム、マグネシウム、そしてリンといった物質が含まれています。ただ、それが植物にとって、やや使いにくい状態にある。潜在的なポテンシャルは非常に持っているというふうになります。唯一欠けているのが窒素になって。窒素は溶岩の中には基本的に含まれていない要素になるので。で、窒素はどこにあるかというと、私たちが息をしている大気中に分子としてあります。ただ、その場合、分子上の窒素は直接、維管束植物は利用できないので。」
窒素!植物にとって窒素は必要なものなんですよね。
オオバヤシャブシの根粒放線菌
オオバヤシャブシの根には根粒があり、そこに放線菌という細菌がいます。
その放線菌が大気中の窒素分子を吸収することで、オオバヤシャブシは窒素を栄養分とすることができるのです。
なるほど、放線菌さまさまですね。
ところで、このヤシャブシはどうやってここにきたのでしょうか?
オオバヤシャブシの種を採るオオバヤシャブシの種子
上條さん 「これがオオバヤシャブシの種ですね。決して大きくはないですね。」
風で飛んできたんですね!
樹木の下に落ち葉が溜まっている先駆植物の侵入から遷移が始まる
上條さん 「ヤシャブシの樹木の下に、落ち葉がたまっている様子がわかると思います。こういうところが非常にパッチ状に集中的に、生物が利用可能な有機物、あるいは栄養源が集まってくるというふうになります。ですから、局所的には非常に生物が活動しやすい環境ができつつあると。こういうのがきっかけとなって、次の遷移段階に進んでいくというふうになるといえますね。」
普通の植物が育つことができない厳しい環境に、真っ先に侵入する先駆植物……頼もしいですね。
そんな先駆植物が土壌のベースをつくっていくことから、遷移は始まるんですね。
1983年の溶岩跡遷移の進行度が違う
それでは次のところに行ってみたいと思います!
上條さん 「ここは1983年の溶岩流です。遷移の進行度が、83年の噴火後の中では非常に速いほうになります。」
先ほどと同じ年の溶岩とは思えませんね。
上條さん 「三宅島は島なので、低標高、特に海辺に近いと潮風の影響を受けて遷移が抑えられる。ここは三宅島の中腹なので、潮風の影響は、そういう悪影響がないと。あと全体的に島自体が山の上ほど湿潤になる、そういう傾向があるので、水供給がいい。」
生物が生きられる環境になってきているハチジョウススキとハチジョウイタドリ
上條さん 「このように面的に覆われた瞬間に、ここはどこもある程度、植物・生物が生きられる環境になってきています。そうすると、次から次へと新しい植物が侵入できる。環境がマイルドになる。ここから先は、極めて進むのは速いというイメージになります。」
こちらではどんな植物が育っているんですか?
上條さん 「みんな、オオバヤシャブシです。なので、先ほどのが、ちょうど大きくなったわけですね。同じように、下に生えているのはハチジョウススキとハチジョウイタドリになります(右画像)。ここを探すと、遷移の次の段階のものが、かなり頻繁に見られるようになります。」
落ち葉も分解作用を受けている環境で遷移の進み具合が異なる
上條さん 「土、まだ土壌という段階ではないですね。ただ、ヤシャブシやイタドリの落ち葉で、決して落ち葉のままではなくて明らかに細かくなっているんですね。分解作用は受けているわけで。そうすると植物が利用可能なものが放出されていると。」
遷移の進み具合も、環境の違いでこんなにも差が出るんですね。
1962年の溶岩跡成長したオオバヤシャブシ
上條さん 「ここから1962年の溶岩流上になります。まずは、森になっているということですね。先ほどとは違って低木林ではなく、高さも10m近くあるというふうになっています。ただ、森といっても巨樹があるわけではなくて。せいぜい太さ的には40cmくらいかと思います。植物ですけれど、何度も出てきましたオオバヤシャブシが、ついにでかくなりました(右画像)。いわゆる巨樹ではないですけれども、すごく年を経てきたということは、わかるかと思います。」
タブノキタブノキ
上條さん 「さらに、森の中が少し暗い感じになってきます。その理由は、このオオバヤシャブシだけでなくて常緑広葉樹が入り始めます。見上げると葉っぱの色が非常に濃いのですけれども、これは常緑広葉樹でタブノキになります。立派な成木サイズのタブノキが成育するようになっています。」
落ち葉を掘る土らしくなっている
上條さん 「土の方は、先ほどは落ち葉を取るので精いっぱいだったんですけど、今度は違いますね。落ち葉をめくって、握ってみるとフカフカですね。」
本当だ!だいぶ土らしくなっています。
オオシマザクラ陽生植物 陽樹
上條さん 「こちら、オオシマザクラになります。典型的な、遷移の途中段階に出る樹木です。どちらかというと陽樹に相当するものになります。」
ヤシャブシやクロマツ、サクラなど、日当たりの良い場所でないと生育できない植物を陽生植物といい、その性質をもつ樹木を陽樹といいます。
スダジイ50年で遷移が進む
上條さん 「三宅島で遷移のいちばん最後をつくるといわれているスダジイも、ごく少数ですけど、こういうふうに侵入しています。この木なんですけれども、一見して決して成長は悪くないです。よく成長しています。」
50年もたつと、これほどまでになるんですね。
1874年の溶岩跡
上條さん 「ここからが1874年の溶岩流になります。先ほどの森のタブノキは、直径20cmくらいだったと思います。それが、もうかなり、直径50cmくらいあるかと思います。」
後から入る植物には過酷な環境陰生植物 陰樹
上條さん 「森が発達するということは、非常にいいことに聞こえるんですけれども、あとから入ってくる植物たちにとっては、非常に過酷な環境になるわけです。その過酷さは、光になります。上空はもちろん、林冠部はたくさん光があるので、ひとたび森林内になれば、下にいけばいくほど光は無くなります。そうすると、ここに生育している植物たちは、ある一定の耐陰性……暗いところにいても物質生産を行う能力を持っていなければならない。」
タブノキやスダジイなど、日陰の環境でも生育できる植物を陰生植物といいます。
その性質を持つ樹木を、陰樹といいます。
陰樹は陽樹よりもゆっくり成長しますが、明るい環境でも暗い環境でもよく育つことができます。
少ない光を効率的に受けている遷移が進み光をめぐる競争に
上條さん 「イヌビワとか、葉は非常に水平的に、かつ重ならないように配置されます(左画像)。少ない光を効率的に受けるみたいな形になっていると。暗い環境に耐える、なんらかの形・システムを持ったものたちが構成するというのが、森林が発達して、遷移が進むとともに、そういうものたちが増えていくと。」
光をめぐる競争は大変ですね!
約1000年前の溶岩跡極相
上條さん 「姉川溶岩流といいまして、幅を見ると1000年から1500年前に流れた溶岩流の上に成立した森林となります。いわゆる極相林という段階になります。」
遷移が進行した結果、全体として大きな変化が見られない比較的安定した状態を、極相といいます。
森が発達するとスッキリした大木が点在する遷移の魅力
上條さん 「樹木どうしは光をめぐる競争をするので、一つ一つのサイズが大きくなると、密度が減っていく。だから、極相林になるに従ってジャングルになるというイメージではまったくなくて。ある一定のところから森が発達していくと、森はむしろ、すっきりした大きい木が点在して。かつ、亜高木のもの。場合によっては森が壊されて再生されているところというのを、非常に複雑な大きな構造をつくるものになってきます。」
極相ですか……ここまでなるのに約1000年。
さすがに迫力があります。
成長した森林の最後は?
ゴツゴツとした溶岩がむき出しの若い土地から、それから約1000年たった土地を見てきました。
森林は、成長した最後、極相になったあとは、どうなるんでしょうか?
上條さん 「たとえば、自然の災害だと台風とかそういうものがあります。そういうときは、1つの大きな木が倒れて、そうするとギャップができて。」
木が倒れるとギャップができる二次遷移
極相林でも、木が倒れるなどしてギャップができることで、生えている木は少しずつ入れ替わっていくのです。
山火事や森林伐採のあとのように、土壌がある状態から始まる遷移を二次遷移といいます。
二次遷移では土壌中に窒素の栄養塩類、植物の種子や地下茎、根などが残っているため、一次遷移に比べると遷移が速く進行します。
極相林でも、少しずつ木が入れ替わっていくのですね。
次回もお楽しみに!
上條さん
「遷移を観察すると、本当に何もないものからシステムができて、生態系ができ上がっていくということを知ることができる。
生物がすごいということを時間という尺度を使って理解できるのが、遷移の魅力かなと思います。」
何気なく見ている森でも、実はそこに至るにはたくさんのドラマがあるのですね!
https://shizen-hatch.net/2022/01/04/volcano/ 【火山活動と噴火 私たちの生活や地球環境にどんな影響がある?】より
日本は世界有数の火山大国です。日本の象徴でもある富士山は過去に何度も噴火した記録のある活火山で、現在も噴火が警戒されています。
もし、富士山の大噴火が起きると、首都圏に甚大な被害をもたらすことが予測されています。
また、火山の噴火は地球の気候にも大きな影響を与えます。火山噴火によって大気中に放出される微粒子、エアロゾルには温室効果と冷却効果があります。そのため過去にも巨大噴火によって、さまざまな気候変動が記録されています。
この記事では、火山活動が私たちの生活に及ぼす影響と、もし火山の巨大噴火が発生した場合に身を守る方法を紹介します。
日本の活火山の分布と噴火による火山災害
日本の活火山の分布
かつては活火山に対して、今は活動していない火山を「休火山」、過去に活動記録のない火山を「死火山」と定義していました。
近年は火山の研究が進んだことから、数千年活動をしていない火山でも、また活動を再開する火山もあることが分かっています。
そのため、2003年から活火山は「概ね過去1万年以内に噴火した火山及び現在活発な噴気活動のある火山」と定義し直されました[*1]。
つまり現在活発に活動していない火山でも、将来的に噴火の可能性がある火山は、活火山です。
火山の寿命は長く噴火活動の有無で分類することに意味はないことから、現在は休火山や死火山という用語は使用されなくなっています。
日本の現在の活火山の数は全部で111、日本全国に分布しています(図1)。
図1: 我が国の活火山の分布
出典: 国土交通省 気象庁「活火山とは」
https://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/kaisetsu/katsukazan_toha/katsukazan_toha.html
日本は世界有数の火山国で、日本の活火山数は世界の活火山の約7%を占めています[*2]。
ではなぜ、日本に火山が多くあるのでしょう。
火山は地下のマントルが溶けてマグマが噴出することによって形成されますが、そのマグマはプレート同士の摩擦によって発生します。
そのため、世界の火山はプレートの境界に分布しています。日本の周辺にはプレートの境界が多く、火山が多く形成されているというわけです。
プレート境界に形成される火山は地震の発生とも関係が深く、火山の発生と地震の分布はよく似ています(図2)。
図2: 地震と火山の関係
出典: 一般財団法人 国土技術研究センター「世界有数の火山国、日本」
https://www.jice.or.jp/knowledge/japan/commentary13
日本における過去の火山災害
火山大国である日本では、過去にも多くの災害が記録されています。
火山によって引き起こされる災害は、火砕流、溶岩流、火山灰、噴石、火山ガスなどさまざまなものがあります(図3)。
図3: 火山噴火による主な災害
出典: 政府広報オンライン「火山噴火による主な災害」
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201502/1.html#anc04
火砕流とは、高温の火山灰や岩石の塊のことで、流れ出た地域の建物を焼失、破壊します(図4)。
図4: 雲仙岳の火砕流(平成6年6月24日)
出典: 国土交通省 気象庁「主な火山災害」
https://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/kaisetsu/volsaigai/saigai.html
火砕流の速度は時速数百キロ以上、数百℃以上の高温であるため、避難が十分にできない場合は、命を脅かす甚大な災害要因となります。
噴石は大きいものから小さいものまでさまざまで、20㎝以上の大きな噴石の飛散は、入山者の命に対する危険性が高い火山災害です。
1991年の長崎県の雲仙岳の噴火、2014年の長野県御嶽山の噴火では、噴石や火砕流によって、多くの死者・行方不明者を出しています。
噴火により発生する火山灰は、風によって広い範囲に拡散されます。
農作物にダメージを与えたり、交通インフラ停止や通信障害、停電などを引き起こし、社会生活に大きな影響を及ぼします(図5)。図5: 火山からの距離と降灰の影響の模式図
出典: 内閣府防災情報 気象庁「火山灰の特徴(2020)」
http://www.bousai.go.jp/kazan/kouikikouhaiworking/pdf/4kai_shiryo1_sanko1.pdf, p.12
噴石や火山灰が堆積された場所に雨が降ることで、土石流や泥流などの二次災害も引き起こします。
さらに、火山灰は目や鼻、のど、気管支に異常を起こし、喘息の症状の悪化や呼吸器疾患の原因となります。
火山は噴火により恐ろしい災害を引き起こす反面、私たちの生活に恵みをもたらします。
火山の噴火によって流出した溶岩流は広大な平野を形成し、降り積もった火山灰は長い年月を経て、農業に適した土壌を育みます。
火山は水分を蓄えやすいので、山麓は地下水が豊富で、生活に必要な水をまかなえます。
豊富な水資源によって製紙産業が発展したり、地下水がマグマの熱で温められると温泉になります。
そのほか、火山の熱水や水蒸気によって電気を起こす地熱発電も火山の恩恵のひとつです。
このように火山は、私たちの暮らしや文化、生態系を支える役割も持っています。
火山噴火と気候変動の関係
火山噴火が発生すると、私たちの命や生活を脅かすだけでなく、地球の気候にも大きな影響を与えます。
地球の長い歴史の中では、火山噴火によって気候変動が発生した事例が多く記録されています。
過去10万年の中でも最大規模の噴火である、今から7万4000万年前に発生したインドネシアのトバ火山の噴火では、噴火後数年に渡って大気中に滞留した硫酸エアロゾルによって太陽光が遮られました(図6)。
図6: 巨大噴火による火山灰の大量放出と気温低下
出典: 国際環境経済研究所「地球温暖化に関する地球科学の視点 ー長尺の目(2021)」
https://ieei.or.jp/2021/07/expl210727/ 【地球温暖化に関する地球科学の視点 ー長尺の目
2021/07/27】より
解説
鎌田 浩毅
京都大学名誉教授・京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授
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地球温暖化は現代社会で喫緊の課題とされ、脱炭素やカーボンニュートラルが産業経済の大きなキーワードになっている。また菅義偉政権が2050年までのカーボンニュートラル達成を打ち出すなど、各国が相次いで目標を示している。
一方で、現在の地球は氷河期に向かっており、長期的にはいずれ寒冷化がやってくることは、私が専門とする地球科学の常識である。さらに、活火山の大噴火が起きれば、全地球的な規模で襲ってくる寒冷化に備えなければならない。
人間活動の由来とされる温暖化と、地球科学の視点からみる氷河期の到来は、次元を異にする現象である。すなわち、数10年単位で議論するだけでなく、地球の時間軸のレベルでみる「長尺(ちょうじゃく)の目」も必要となる。
地球の歴史を見ると、火山噴火が気候変動を起こしてきた事例が数多く残っている。新生代にはカルデラを作る巨大噴火が何回も起こり、何年にもわたる気候変動を引き起こした(鎌田浩毅著『地球の歴史』中公新書)。
こうした噴火は「巨大噴火」と呼ばれ、大量のマグマが短期間に地表へ噴出する場合に起きる。人類にとっても甚大な被害を与え、時には文明を滅ぼすこともあった。ここではインドネシアのトバ火山で起きた巨大噴火を例に説明しよう。
今から7万4000年前、インドネシア・スマトラ島で2800立方キロメートルに及ぶ大量のマグマが噴出した。この噴火は最近10万年間で最大規模の噴火だった。その結果、巨大なカルデラが形成され、周囲には厚い火砕流堆積物が広がり、インド洋の海底に火山灰が厚く堆積した。
南極やグリーンランドに発達する氷河に閉じこめられた微量の火山灰を分析すると、7万年前ころに硫酸イオン濃度が高くなっていた。硫酸とは二酸化硫黄が水に溶けたもので、マグマに中に少量だけ含まれている物質である。
くわしく検討してみると、トバ火山から噴出した硫酸エアロゾルが、数年にわたって大気中を漂っていたことがわかってきた(図1)。この巨大噴火によって平均気温が10℃ほど下がり、地球上に小氷期の状態が訪れたのである。
図1:巨大噴火による火山灰の大量放出が気温低下をもたらす。
出典:鎌田浩毅著『地学ノススメ』(ブルーバックス)
平均気温が10℃下がると寒帯など極に近い地域では植物が壊滅的な打撃を被り、樹木の半分近くが枯れる。巨大噴火によって水が汚染され、植物も動物も激減し、生態系に大きなダメージを与えた(鎌田浩毅著『火山噴火』岩波新書)。
この巨大噴火は人類が経験した最大級の噴火だった。人類のミトコンドリアのDNA遺伝子に関する調査から、この時期の人類の総人口が約1万人から3000人まで減少したことが知られている。これは「進化のボトルネック現象」と呼ばれる現象で、人類が種として絶滅寸前にまで追いこまれた。こうした苛酷な環境を生き抜いた人類が、その後の地球全体へ拡散していったのである。
西暦1815年の巨大噴火
さて、近世でも巨大噴火が起こり、飢饉を引き起こした例がある。1815年4月5日、インドネシアのタンボラ火山が大噴火を起こした。火山灰を含む噴煙柱が高度3万メートルまで立ち昇り、軽石と火山灰が大量に地表へ降ってきた。
さらに5日後に噴き上げられた大量の火山灰は成層圏に達した後、全世界へ拡散していった。この噴火は人類史上でも最大規模の噴火で、周辺地域まで含めると死者の総数は9万人に達したと推定されている(鎌田浩毅著『地学ノススメ』ブルーバックス)。
この噴火は世界的な気候変動を起こした歴史的事件としても知られている。噴火の翌年から北アメリカとヨーロッパでは夏が来なかったからだ。北アメリカ東岸の平均気温が例年より摂氏4度も低かった。
6月に寒波が襲来し、20センチメートルの雪が積もって池に氷が張った記録が残っている。また8月に霜が降りるようになり、主要作物のトウモロコシが全滅した。さらに、カナダのハドソン湾は真夏にもかかわらず凍りつき、船が出航できなくなった。
異常低温は翌年の1817年まで続き、農業に大きな打撃を与えただけでなく、米国北東部の農民の多くが西部へ移住していった。すなわち、インドネシアの巨大噴火によって発生した異常気象が、結果として米国西部の開拓を促したとも言える。
南極とグリーンランドの氷河を掘削して得られた氷の試料を調べると、噴火の翌年の1816年にあたる場所に異常が認められる。7万4000年前のトバ噴火と同様に、硫酸イオン濃度が著しく高くなっている。巨大噴火の影響が遠く離れた極地にまで記録されていた例である。
現在問題となっている地球温暖化がこのまま急激に進行すれば、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が警告するような対策が必要である。一方、地球の歴史を長期的に見ると、自然界にはさまざまな周期の変動があり、現時点の予測が大きく外れることも考慮しなければならない(鎌田浩毅著『首都直下地震と南海トラフ』MdN新書)。
地球科学的には脱炭素とカーボンニュートラル政策が火山噴火でひっくり返る可能性は否定できない。よって、地球温暖化問題も国際政治や経済に振り回されることなく、地球科学的な「長尺の目」で捉える必要がある。
この巨大噴火によって平均気温が10℃ほど下がり、ミニ氷河期と呼ばれる小氷期の状態が訪れたという記録があります[*3]。
また、1783年にアイスランドのラキ山が噴火した後は、ヨーロッパの夏は記録的な猛暑となり、冬は非常に寒い冬になったと記録されています[*4]。このように火山の噴火が気候に与える影響は複雑で、未解明な部分も多く、現在も研究が続けられています。
火山噴火によって発生する硫酸エアロゾルは、太陽光を反射する日傘効果と、太陽からの熱を吸収して大気を暖める温室効果をもっています(図7)。
図7: 熱帯または亜熱帯の火山噴火が与える影響
出典: 国土交通省 気象庁「IPCC第5次評価報告書 第11章 近未来の気候変動(2014)」
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar5/ipcc_ar5_wg1_faq11.2_jpn.pdf, p.49
また、火山の噴火では温室効果ガスであるCO2を大量に排出します。
そのため地球温暖化の原因には、自然現象としての火山活動の影響も含まれます。
2020年に発表された研究では、約2億100万年前の三畳紀末期の地球温暖化による生物の大量絶滅は、火山の噴火によるCO2排出が原因である可能性が高いことが明らかになっています[*5]。
一方で、20世紀半ば以降の世界平均気温の上昇は、火山や太陽活動などの自然要因のみでは説明がつきません。
図8はIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第六次報告書に記載された世界の気温変化の歴史と、近年の温度上昇の原因です。
図8からも分かる通り、1960年以降の気温上昇は自然要因だけではなく、人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がないと報告されています。
図8:1850年〜1900年に対する世界平均気温の変化
出典:地球環境研究センターニュース「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第 6 次評価報告書(2021)」
https://www.meti.go.jp/press/2021/08/20210809001/20210809001-1.pdf, p.3
富士山噴火の被害予測
日本を象徴する富士山は活火山の一つでもあり、過去に何度も噴火を繰り返しています。
1707年の宝永大噴火では、江戸にも大量の降灰があり、現在の神奈川県川崎市では火山灰が5cm降り積もったことが記録されています[*6]。
富士山周辺の家屋や耕地にも大きな影響があり、噴火後は火山灰の堆積によって洪水被害なども発生しています。
日本にある111の活火山のうち、100年以内に噴火する可能性の高い50の活火山に、富士山は含まれています[*7]。
富士山は、宝永大噴火以降300年以上大きな噴火は発生しておらず、現在は平穏な状態が続いています。
長い間沈黙を続ける富士山ですが、過去にも噴火の間に数百年平穏な期間が続いた記録があることから、いつ噴火してもおかしくない状態です。
2021年には、富士山ハザードマップの被害想定が17年ぶりに改定されました。
改定によって噴火の可能性のある火口のエリアが広がり、これまでの想定よりも溶岩流が早く到達する地域もあります(図9)。
図9: 富士山噴火による新しい被害想定
出典:山梨県「富士山噴火による被害想定がこれまでと変わります(2020)」
https://www.pref.yamanashi.jp/kazan/documents/huzisanri-huretto.pdf, p.1
溶岩流とは溶けた岩石が地表を流れ下る現象のことで、地形や温度によって流下速度が変化します。
さらに富士山の噴火による火山灰の降灰は広範囲に及び、神奈川や東京、千葉などの首都圏にも甚大な被害をもたらすことが予測されています(図10)。
図10: 富士山噴火による降灰可能性マップ
出典:神奈川県「富士山火山防災マップ」
https://www.pref.kanagawa.jp/documents/8915/fujimap.pdf, p.2
首都圏に2cmから10cmの火山灰が降り積もることで、航空機、鉄道、道路、電力、上下水道、通信など、交通機関やライフラインに多大な影響が予測されます。
送電設備に火山灰が降り積もることによって停電が発生すれば、首都機能は麻痺するでしょう。
火山噴火のときに取るべき行動とは
最後に、もし火山が噴火した場合に取るべき行動について紹介します。
活火山は火山活動に応じて噴火警戒レベルが設定されており、警戒レベルによって図11のように取るべき行動が変わります。
図11: 活火山の噴火警戒レベル
出典:首相官邸 「火山噴火では、どのような災害が起きるのか」
https://www.kantei.go.jp/jp/headline/bousai/funka.html
図11の特別警報にあたる噴火警報(居住地域)がでた場合は、火口付近の対象地域の住民は避難準備や避難が必要です。
そのため、火山防災マップにおいて警戒が必要とされる地域にお住まいの場合は、あらかじめ避難経路や避難場所を確認しておきましょう。
噴火警戒レベルが運用されているのは、全国の48の活火山です(図12)。
図12: 噴火警戒レベルが運用されている火山
出典:国土交通省 気象庁「噴火警戒レベルの説明」
https://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/kaisetsu/level_toha/level_toha.htm#level_vol
また火山灰の降灰予報が出ているときは、噴火前、噴火直後、噴火後で次のような行動をとりましょう(図13)。
図13: 降灰予報の利活用のイメージ
出典:政府広報オンライン「降灰予報を見聞きしたら、どうすればいいの?」
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201502/1.html#anc04
火山灰から身を守るためには、火山灰を吸い込まない、コンタクトレンズを外す、皮膚を守る、運転は控えることが大切です。
日本は全国に活火山が分布しており、特に富士山が噴火すると周辺だけでなく、首都圏まで大きな被害が広がります。
住まいの近くに活火山がある場合は、火山防災マップを確認し、避難行動をあらかじめ知っておくことが大切です。
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