https://tantadoru.exblog.jp/18603131/【『武蔵野探勝』を辿る吟行を始めるにあたり】より
『武蔵野探勝』は、昭和5年から14年までの10年間100回にわたりホトトギスの同人その他の人々が1日の吟行をして得た俳句を題材として、文章に綴って「ホトトギス」誌上に発表したものである。
ここの処「新百合AOI倶楽部」の自由勉強会において虚子について採りあげていこうという動きが出ている中で、我らもこれを辿っていこうかと考えている。 決して勢い込んでやろうと思っている訳ではなく、参加できる時に参加できる人でもって出来るだけ当時と同じ季節を感じつつ続けていければ、と思っている。
実は今年(平成24年)3月、そろそろ梅の季節到来なのでかつて虚子らが『武蔵野探勝』で訪れたと聞いていた「吉野梅林」に行ってみたいなと思っていたのだが、ひょんなことから図らずも81年後のちょうど同じ日(21日)に独りで吟行を決行してしまった。
折角だからこれからも『武蔵野探勝』の各地に行ける時に行ってみて、その時の様子とどんなに変っているのかも含めて確かめてみたい、と思い始めていた処であった。
ちょうど新百合のメンバーの間で『おおかみの護符』(小倉美惠子著)の話題が膨らみ、御嶽山への吟行会が企画された頃であった。 一度は延期されたその吟行はひと月後の4月に実施され、その際何人かの方々と『武蔵野探勝』についての話が弾んだ。御嶽山の麓の多摩川べりもかつて虚子らが訪問した土地の一つであったからだ。
その直後のことである。僕の興味が見透かされたかのように、正子さんから「ひとりよりは皆で吟行をしながら読み込んでいけば、楽しく虚子にアクセスができるのでは?」との正に正鵠を射た援護射撃があった。
話はとんとん拍子にまとまり、「善は急げ」とばかりに4月から、吉野梅林に続く『第九回、一園に了るの巻』と同じ日である29日にスタートさせる事となった。 新百合の幹事、玲子さんに一斉通信を出して貰うと、なんと8人のメンバーが集まり、あとは当日の首尾を待つばかりとなった。
https://tantadoru.exblog.jp/18816622/ 【第四回 「奥多摩」の巻 (虚子編第十三回)】より
*** 平成24年8月29日(水) ***
今年の八月は雨も殆ど降らずにかなり暑い日が続いていたけれども、あと数日で9月を迎える今朝は青空に少し筋雲も出ていて何となく秋の近さも感じさせてくれるようだ。 出掛けの朝風もかってのものから既に多少涼風に変っているみたいで眠気覚ましにも丁度よい。 ただ昼間は相変わらずの暑さの予報に熱中症の対策も抜かりは出来ない。
今日の吟行は奥多摩の渓谷沿いを歩く予定だが、ここは我らがこの『武蔵野探勝』を辿る吟行を始めるきっかけとなった場所だ。
この4月、御嶽山へ『オオカミの護符』に因む吟行を行いその帰り際に渓流沿いを少し歩いた折 「かって『武蔵野探勝』で虚子らが訪れ句会を行ったのはこの辺りの蕎麦屋なのだろうか?」、 「その時に人が流されてきたらしいけれどもこの辺りの急流なのかしら?」、 「確か青邨が大声で叫んでいたみたい」、と誰ともなくそんな話題が出たのがそもそものきっかけであった。 (その後始める迄の簡単な経緯は 「『武蔵野探勝』を辿る吟行を始めるにあたり」に書いた通り。)
虚子らの吟行は昭和6年8月2日だから、我らの吟行とは暦の上では夏と秋に変りはあるけれども、当時の記録執筆者 星野立子が「今日は暑そうだ」と切り出した事が全く今日の我らの吟行にも当てはまるような日差しになってきた。 立子の記録によれば、当日たまたま渓谷の急流に溺れそうな人が流されてきた、というハプニングを蕎麦屋の二階から目撃したのだけれども、翻って今回はその後の吟行紀行を記し続けることが出来かねるようなハプニングが起こってしまった、いや幹事として考えられない様な失態を起こしてしまったのだ。
『武蔵野探勝』の名幹事といわれ綿密な準備をしていたという安田蚊杖も、草葉の陰で「平成の吟行幹事には実に間抜けた者が居るものだ」ときっと嘲笑していることであろう。
事の次第は詳しくは言いたくないが、こうだ。
集合時間10時ちょうど、幹事である僕(洋)指定の集合場所に集合したのは玲子さん、玖美子さん、正子さん、千惠子さん、銘子さん、ちあきさん、信子さん、京子さん、かしこさん、保子さん、洋二くんの11名。 ここは青梅線川井駅改札前。 間違えない様に川井駅に9時53分着の電車が便利との案内もちゃんと通知しておいた。 だが・・・幹事の僕がいない。
僕はと云えば・・・
いつもの幹事の習性として、だいたい予定の30分くらい前には集合場所に着いているのだが、今日もそのぐらいには駅に着いて辺りの状況の確認を進めていた。 ここは無人駅でありまだ夏休みとはいえ降りる人が二人ほどしかいない。 これも幹事の習性だが、早速駅前の案内地図で附近を確かめてみる。 すぐ近くに「小澤酒造」があり「澤乃井」のはっぴを着た関係者と思われる1人の男が駅前の木陰のベンチに人待ち顔に座っている。 駅裏には珍しい茅葺屋根本堂の雲慶院もある。 今日は行きがけにこの酒造会社で「利き酒」を楽しもうか、との期待も大いに膨らんでくる。 辺りの状況は僕のイメージした集合場所に何ら違和感が無いどころか、喧騒もなく今日の吟行の集合場所に相応しい場所だ、と自賛の念も湧いて出てきた。
次の電車が着いた。 時刻表を見ると9時46分の電車と出ている。 確か50分台に集合駅に到着するとの記憶だった筈と思ったが時刻改正でもあったのかなあ。 でもこれが集合予定時刻に間に合う最終電車だ。 何人かが降りてきたが我らの仲間の顔は1人も見当たらない。
何だか変だなと思い始めたけれども 「今日は珍しく皆さん一緒に遅刻なのかなあ。 20分後くらいに次の電車が来る筈だから、多少遅れてもまあ良いか! 折角だから目の前の奥多摩の素晴らしい景色でも眺めながらもう少し待ってみるか!」 などと思いながら、目の前にある白花さるすべりの花も一緒にぼやっと見やっていた。
涼風のどの山につき当りくる 虚子
山の駅降りて川風秋の風 信子
釦押して電車を降りる残暑かな 保子
赤とんぼとどまる高さ飛ぶ高さ 正子
10時ちょっと過ぎた頃、携帯にかしこさんと玲子さんから次々に連絡が入った。
「どこにいるのよ?」
「どこって、改札を出た直ぐのところだけど・・・」
「私たち全員揃って改札を出たところにいるのよ!」
「えっえっ・・改札って・・・どこの駅の改札?」
「勿論、案内に集合場所と書いてある『川井駅』の改札よ!」
「?・・・・・」
僕のいるのは? と思って駅の看板を確認したら『沢井駅』と書いてあるではないか!
今日の句会場所は、今お互いのいるちょうど中間にある御嶽駅近くの渓谷沿いに建つ古い旅館の二階和室を予約してある。 ここから約1時間余り後のお互いの再会(といっても11名対1人の非常にアンバランスな集団なのだが・・・)まで、それぞれがそれぞれの渓谷沿いを勝手に?吟行することとなった。
僕を除く我ら(いつもの一人称複数の言い方が今日は何かしらしっくりこないが)は川井駅から渓谷沿い遊歩道を長々と下ってくる。 僕は沢井駅を離れ「小澤酒造」の入り口から中をちらっと横目で覗きながらその前を足早に通り抜け、下流から渓谷沿いを孤独に遡って行く。
川井駅からの集団は、渓谷に降りる道が暫く見つからず早くも疲れが先にたって句が思い浮かぶような状況ではなかったようだ。 更に渓谷沿いの遊歩道に出ても、広めの河原や開けたマス釣り場があったりして樹陰がそんなに多くないので、暑さを凌ぐことに気遣う余り中々句作りの雰囲気にも浸れなかったようだ。(これらの状況は再会後の会話でも一切聞かれなかったし、また幹事を非難する言葉なども当然のように一切なかったけれども、僕の感じていた多少のエクスキューズの気持ちから自然発生的にイメージし思い遣ったものだと思って受け取って欲しい。)
萩咲いて昼の暑さのなかなかに 素十
旱天をうかがふ葭のちひさき穂 正子
山峡の狭まり朝の蜩か 京子
沢と川取り違へたる残暑かな 洋
山重なりて水引の紅の濃し 銘子
一列にゆく新涼の影曳いて 千惠子
瀬も淵も仙人草のほとりかな 京子
つくつくしつくつくし道細くなる 玖美子
歩きながら再会を期待するには今度は道を間違えないようにしなければならない。
携帯で連絡し合って確認し、お互い御嶽渓谷の左岸の遊歩道を進むこととなったけれども、下ってくる集団は多摩川を右手に見ながら左手の岸辺にある遊歩道をくるのだから「左岸」に疑わしさはない。 でも、僕は多摩川を左手に見ながら右側の岸の遊歩道を行くのに、何で「左岸」なのだろうか? などと考えているとふと先ほどの勘違い事件の悪夢が再び蘇ってくる。 そんなことを紛らそうと時には速足で一心不乱に進んで行くが流石に多少の息切れもしてくる。 向うの集団は自然と脚の向くまま渓谷を逆らわずに下ってくるのであろうからそういう面では楽なのだろうけれども、僕の方は神の素粒子(ヒッグス粒子)が生んだ重力というものに逆らって遡っていくのだから大変だ。
とは云っても僕の辿った方の遊歩道は幸いにも殆どが樹陰の涼しい道だ。 絶え間の無い渓谷の水の音も少しは気分を紛らわしてくれる。
佇めば涼しき風にほゝゑめり 五郎
すがすがと水の音くる秋日影 洋
秋の百合あるは汚れてゐたりけり 洋二
ダリヤ咲くマリヤのやうになつかしく 京子
澄む水の谿の深さを響きけり 千惠子
みんみんに逆巻く水の厚さかな 銘子
水澄んでいつか身に棲む水の音 正子
新涼やしんがりを行く気儘さに 京子
会うて別れてゆたかなる秋の水 銘子
川音の背中に抜ける秋の風 かしこ
その流れには、それぞれ赤ヘルや青ヘルに統一し手にしたオールを一斉に立てているラフテイングボートの連中や、色とりどりのカヤックかカヌーを手繰る若者の姿があって華やかな感じをも受ける。 一方では長くて細いしなやかな竿を操って友釣りをしている釣り人もいるが、こちらは大人っぽい渋い雰囲気を少し漂わせている。
吊橋に鮎釣りを見てゐたりけり まさを
釣人のほとりにふゆる赤とんぼ 正子
初秋の釣をする子へ父の影 かしこ
ゆっくりと水に近づく秋の蝶 銘子
せせらぎや坐して冷ややか石の肌 千惠子
樹の下に秋風生るる御嶽かな 洋二
せせらぎの風の吹き上ぐ葛の花 千惠子
釣竿をおほきく倒す秋の山 正子
そうこうするうち早くも御嶽小橋のつり橋を過ぎ、御嶽駅前の大きな御嶽橋の下をくぐり更には杣の小橋も過ぎる辺りまで遡ったものの未だ集団の姿は見えない。 向う岸に小さな水力発電所がある辺りを過ぎて少し真っすぐな道になったのでその先を見ると、やっと白っぽいシャツ姿の男が見え、その更に向うを何人かがぞろぞろとついてやって来るのが見えてきた。 やはり先頭は今日も無帽の洋二くんだ。 お互い近づくにつれ笑い顔になってきたが、僕の笑いは照れ笑いというものだ。
ここで目出度く合流できて晴れて「我ら12名」の集団となったのだが、何もそんなに目出度いというほどのものではない。 だって「左岸」の一本道なのだから合流出来ない方がおかしいのだ。 もし合流出来ていなかったらそれこそ大変だった。 お茶碗とお箸を持つ手はそれぞれどっち? を皆で再学習しなければならなかったからだ。
僕にとっては折り返しにはなるが、一同となってまた少し下って行くと、渓流脇の樹陰にやや岩が露出していて腰をおろしながら暫く句作に励めるのに丁度良さそうな所に上手く至った。 我らにとっては今日初めての、そして最後のすこし落ち着いて句を作れそうな場所だ。
ここでもカヤックが早い流れに右往左往している。 子供たちが水遊びに興じている。 泳いでいる犬なんかもいるみたいだ。 鮎の友釣りをしている人も見える。 この釣りは入れ食いというような風情はなく、少し遠めから眺めてその良く撓う長い竿と正しく被った菅笠と大きなたも網を背腰に差した独特の姿、更にはそのゆったりした動作をも他人が見て楽しめるような趣を持ったものだ。 もちろん本人はもっと楽しんでいる筈だが、暫く眺めていても釣りあげた鮎の姿は見られなかった。
囮鮎ときどき見えてまた見えず 富士子
秋風の渡る誰もが句を作り 千惠子
秋蝶の濡れたる岩に色重ね 玲子
夏休み終る飛び込み上達し 玖美子
たばこ吸ふ男ありけり葛の花 保子
黒揚羽夏の終りを告げに来し 京子
いっとき腰を落ち着かせていたけれども、既にお昼を回っている時間になっている。 冷たい渓流の水に脚を浸してその感触を楽しんでいる者もいたが、急かされる訳ではないが自ずと皆そろそろその雰囲気になってきた。 流れの脇のこの遊歩道から渓谷の急斜面の細い道を一気に登ると古い木造二階建ての和風旅館「G」に出た。 直ぐ裏に青梅街道が通っているのだが、玄関は渓谷から登るこの細い道に繋がっていて渓谷側に小さく構えている。
まず一階にある畳の食堂に入って腰を落ち着ける。 ここは貸切ではないものの事実上貸し切り状態なので、一か所に纏まることもなく、やや広めの部屋にそれぞれ思い思いの場所を占めて座っている。 初めに頼んでおいた「鮎」か「山女魚」の塩焼きを肴に、好みの者はやはりビールを注文する。 12名で瓶が6本。 我らのいつもの機会としてはかなり大量の部類だ。 でも瓶はだいたい洋二くんと僕の周りに集まってくるので平均に行き渡った訳ではない。 今日は句会の前に少し顔がほんのりしている者もいるみたいだ。
「山女魚」でまた一つ思い出してしまった。 出した案内には最初「岩魚」の塩焼と書いて案内してしまったのだ。 こちらの方は何故か事前に気が付いて訂正案内を出しておいて事なきを得たのだが・・・ どうも僕はよくよく固有名詞を取り違える性向があるみたいだ。 特に最近著しくなってきた、と自覚するのでそろそろ■■■伏字)の注意信号と思わなければならない。 (ただし女性の名前だけは取り違えないように気をつけてはいるが)
続いて全員が頼んだ蕎麦が出てきた。 ここの蕎麦は音威子府産の粉を使ったものだそうで真っ黒な色の蕎麦だ。 北海道なので烏賊スミを使っているのかと聞いてみたらそうではなく、蕎麦殻も全て一緒に挽いて粉にするのでこんな色になるのだそうだ。 妙な色と妙な感触の蕎麦だが、こういうのも滅多に味わえない珍味のひとつなのかも知れない。
食後の息抜きも早々に、句会場として誂えて貰った二階に上がる。 虚子ら25名が句会を行ったという蕎麦屋の二階は六畳二間、おまけにこの二間の間には階段が上がってきていて、入り切れないような狭い部屋だったようだ。 そこでの昼食、そしてやかましい団体の声の聞こえる中での句会を行ったとある。
それに引き換えここの二階は八畳ほどの客間を三部屋続きに襖を抜き通してあって、12名の句会には広すぎるくらいなものだ。 我らの第一回の句会場「ガスト」と比べて言わずもがなだし、虚子一行に比べたって誠に豪勢なものではないだろうか。 窓を開けるとすぐ前は広々とした奥多摩の山々と眼下に御嶽渓谷の流れが見える。第四回 「奥多摩」の巻 (虚子編第十三回)_e0292078_2147415.jpg
この旅館は築80年くらいの歴史のあるものらしいが、その肘掛窓の欄干の木の手摺りに凭れてみんな暫しその景色に見とれてしまう。 渓流の音も聞こえくるようにも思え、8月も終りの所為なのか騒音もない静かさだ。 今だけは、僕は蚊杖に対し束の間の優越感に浸れたひと時であった。
この部屋に入るときには空調が入っていたけれども、開け放った大きな窓からは渓谷の涼風が吹きあがってきて、空調を止めた中での涼しさで句会を始めることができた。
さやけしや瀬音のひびく句会かな ちあき
川音に飽かず聞き入る八月尽 信子
落鮎の焼かれし貌を怖れけり 玖美子
谿音の天麩羅そばと秋簾 洋二
我らいつも通りの無制限出句、無制限選句の句会であるが、今日は久し振りに互選後の選評もお互いに話す余裕もあり、しかも4時過ぎには終了。 一同12名は間違えようもなく、揃って御嶽駅を後にすることができた。
最後に・・・少し気になっていたので僕の方の朝の集合場所に咲いていた『百日紅』の花言葉を後で調べてみたら、「愛嬌」の他、「不用意(これは、うっかり滑ったお猿さんの事でしょうか?)」、「世話好き」、「雄弁」、「活動」などとあったが、ひとつふたつ当てはまるような気もしないではなかった。
第四回 完
<書き添え>
今回の紀行文の中で、思わず浮かんだ最近の(発見か?と注目を集めた)トップニュースを採りあげて、
「(ヒッグス粒子)が生んだ重力というもの」と脚色しましたが・・・
秋桜子の言うような「自然の真」の意味では、(ヒッグス粒子)が生みだすのは(質量)であって(重力)とはちょっと違いですね (まあ親戚でしょうが・・・)。
(重力)を生むのは未発見の重力子(グラビトン)といわれていますが・・・。
まあ「文芸上の真」としては許容範囲ということにしてもらいましょう!
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