Facebook・Takahisa Taniguchiさん投稿記事
人が最も攻撃的になるのは、悪に染まった時ではなく、自分を正義だと思い込んだとき。
正義という「免罪符」を持っている錯覚におちいり、何をしても許されると勘違いする。
自粛は義務ではないのに対して、従わない人たちに「自粛警察」が行った行為の中には、
あきらかに犯罪であるものも少なくなかった。
考えは自由なのに対して、考えが違うからとその人を誹謗中傷する事は許されない。
「任意」であるものに対して、「強制」する事は許されない。
人類史上行われた最も残酷な行為のほぼすべては、「正義」の名の下に行われた。
「感染対策」という名の「免罪符」を持っている錯覚におちいって、自分が人に向けている目や言動が、他の人にどう映っているかを考えてみてほしい。
マスクをつけてただでさえ表情に出して笑う事が減った上に、しかめっ面ばかりしていると、本当にそういう顔になる。
「感染対策」が絶対の「正義」だという錯覚におちいって、その他の被害については目を向けない、過度ともいえる行為を容認するあなたの姿が、未来の自分自身や、次の世代が振り返った時に、どう映るかを考えてみてほしい。
今ほとんどの人がこわがっているのは、「ウィルス」ではなく「人間」の方。
今のこの状況をつくり出しているのは、「ウィルス」ではなく「人間」の方。
「ウィルス」のせいにしない。
マスクをつけれない理由がある人もいるし、予防接種を望まない人もいる。
そういう人たちに心ない口撃をする人もいれば、逆に、マスクをつけている人や、予防接種を望む人たちに心無い口撃をする人もいる。
このカオスな状況を打破するのに必要なのは、正義のぶつけ合いなどではない。
エビデンスでなければ、経済回復でもなく、「思いやり」。
思いやりは人が持つ問題解決のための最高の力。
ほぼすべての問題は思いやりの欠如によって起こり、ほぼすべての問題は思いやりで解決される。
https://note.com/abokatoro/n/nf3d5b7a1c0a6 【正義の心が恐ろしい】より
ヒーローがででくるアニメとか嫌な奴を懲らしめるようなドラマが嫌いだ。
自分自身や周りの人間が正しくないと思うことを正義として悪を討つ。それが嫌い。
いじめの問題とヒーローアニメは少し似ている気がする。
いじめの力の方向として加害者→被害者となる。そして第三者が存在する。
アニメに変換すると加害者=敵・被害者=街の人・第三者=ヒーローみたいな感じ。
ヒーローは街の人が攻撃されていたら助けようと圧倒的な力で敵を攻撃し、街の人を守ってハッピーエンド。
いじめも加害者を社会的に攻撃し、被害者を救う。ほとんど同じだと思う。
しかし加害者も加害者なりの、敵なりの正義があるのではないか?
街の人に住む場所を奪われたとか何か悪さをされたとかあるかもしれない。
それなのにヒーローは加害者のことを気にもかけずに倒してしまう。
もし敵が弱くなったら街の人も「あいつはこんなにも悪いやつだから懲らしめねば」と自分に免罪符を発行し、攻撃仲間と敵を討つだろう。
これは正義といえるだろうか。ただいじめの向きが変わっただけではないか。
正義という免罪符をつくり、「いじめは駄目だ」とコスプレをして敵のようなものを攻撃しているだけではないのか?
私は悪いことをしようとしてする人はかなり少数派の変わり者だと思う。
世の中の悪はその人にとって正義であると思う。
その考えに目を向けることもせず、ただ攻撃するのはおかしいと思う。
また正義の免罪符がいじめの基本形だと思う。やられたらやり返す。この考え方がまず引き金となる。「殴られた→殴り返す→殴られたからもっと酷いことをして懲らしめてやろう→いじめ」という流れだ。
いじめをなくすために
「やり返すな。懲らしめるな。」
まずどうして攻撃されたか考えて嫌な奴だろうと相手のことを思うことが大事だ。そこから結論が出ても相手に利益がいかない限り実行するな。
被害者を使っていじめから救おうとするな。
Facebook・西田 守さん投稿記事 ❤知っていましたか?
2300年前、イスラム教のずっと前に、アラブ人は民衆の鼻と口を覆うことを強制しすることが民衆の意思と個性を台無しにし、民衆を非人格化(人格を持たない状態に)したことに気がつきました。顔を覆うことで民衆を従順にしました。だから、彼らはすべての女性の顔に強制的に布切れを覆うようにしたのです。
その後、イスラム教は、布切れをアラーとハーレムの所有者(男性)と王への服従のシンボルに変えたのです。
現代心理学はそれをこう説明しています。顔がなければ、私たちは独立した存在としては存在しません。子供は2歳から3歳の間に鏡で自分を見て、自分は周囲とは別個の独立した存在なのだということに気づきます。マスクは個性の省略、個性を打ち消すことの始まりです。
歴史から学ばぬ者は、同じ過ちを繰り返して同じ非難を受けます。
Tury Carpo
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