Facebook・長堀 優さん投稿記事
映画「1/4の奇跡」のご紹介です。この映画を無料で見られる大きなチャンスです。
重い病や障害にも深い意味があるのではないか、いろいろなことを考えさせられます。この機会にぜひ❣️
この映画は、多くの方に感動を与え、九カ国語に翻訳され、今なお十八カ国で上演され続けています。
「身体に障害があるからこそ、ほかの人にはない素晴らしい面があって、その素晴らしい面が出会う人々の心を動かしていくのだ」
支援学校教諭として長年障害を持ったお子さんたちと向き合い、その感性の素晴らしさに感動してきたかっこちゃんの想いが、この映画に余すところなく描かれています。
「病気や障害はとっても大切なことを世界中の人が当たり前に知っている世の中にして」
"MS (多発性硬化症)になって良かった"と言い続けた雪絵ちゃんが亡くなる前にかっこちゃんとした約束です。
また、かっこちゃんの生徒だいちゃんは次のような詩を残してくれました。
「葉っぱだって 石ころだって そこにあるだけで 心を動かす力がある それが"ある"ということなんかな 僕だってそこに"ある""ある"ものはみんな大切なんや」
このような雪絵ちゃんやだいちゃんの心からの叫びを伝えるエピソードが、この映画で紹介されています。
かつて、アフリカのある村でマラリアが流行り、村が絶滅しそうになりました。しかし、絶滅はしなかったのです。
何故かといえば、熱帯地方に多い鎌状赤血球症という病気を持つ人たちがマラリアに罹らないことがわかったからです。マラリアは赤血球に寄生するため、変形した赤血球には住み着くことが出来ないのです。
鎌状赤血球症の人の兄弟を調べたところ、この病気は常染色体不完全優性遺伝が判明しました。
遺伝子は父母それぞれから一つずつ受け継がれます。
そのうちの一つが鎌状赤血球の遺伝子である両親から生まれる子供たちは、メンデルの法則により、次のように分かれます。
■ (鎌状赤血球の遺伝子)
□ (正常な遺伝子)
母 ■□ 父 ■□
↓
子供 ■■ ■□ □■ □□
1、■■二つとも鎌状赤血球の遺伝子を持つ4分の1のグループは、重度の障害が出現し、場合により早逝してしまいます。
2、■□ □■ 鎌状赤血球症の遺伝子を一つだけ持つ4分の1✖️2、つまり全体の半数を占めるグループは、低酸素状態などで呼吸困難を示すこともありますが、ほぼ正常に暮らすことができます。
3、□□ 残りの4分の1の人は、鎌状赤血球症の素因はなく、日常生活に問題ありません。
しかし、マラリアが大発生したとき、亡くなったのは、3、の正常な人でした。
そして、残りの4分の3はマラリアに罹ることはことはなかったのです。
さらに言えば、2、のグループに属し、重度の障害のない4分の2の人が生き残るためには、4分の1の鎌状赤血球症と重度障害を持った人たちがいなければならなかったのです。
この村の人は言います。
「私たちが元気に笑って暮らせるのは、過去に障害をもってつらい生涯を送った人たちがいてくれたおかげである、4分の1の人が救ってくれたんだ。」
鎌状赤血球症が、マラリアの多い熱帯地域に多いことも偶然ではなく、そこには大いなる摂理が隠されているのかもしれません。
七百年前に欧州で流行ったペスト禍を生き残った人の子孫が、エイズに罹りにくいということもわかりました。
エイズが流行ることを見据えた上でペストが流行ったような、しかも十分な人が残る四百年という時を待ってエイズ禍が起こったようなそんな気がするとかっこちゃんは語ります、不思議なお話です。
このように、障害者や病気の人たちが、直接的に間接的に他の人たちの命を救うこともあるわけですが、疫病の有無にかかわらず、障害者が幸せに暮らせる社会は、私たちにとってもより暮らしやすい社会であることは間違いありません。
障害者に優しい社会は、住むものにとっても幸せな社会です。
障害を持つ人たちへ捧げるかっこちゃんの愛情がさらに広がり、未来の地球が温かい社会になることを願うばかりです。
・・・・・
霊性をタイトルにしたシンポジウムを許してくれたのに今回はなぜなのでしょう。でも全ては良い方向に流れることでしょう^_^
ニゴ先生の情熱に心からの敬意を表します。ありがとうございます❣️がんばれ❣️
濁川 孝志
激しい逆風にさらされ、立教大学主催でのこの企画、延期になりました。(涙)
しかし、負けないぞ!! 同じイベントを同じ日に、濁川個人の主催で実施します!! すぐ、イベントをアップします。
どうぞみなさん、新たに申し込みの上、ご参加下さい!
「苦☆楽は自分の選択」・「運命の輪は自分が回す」
日光巡礼に出かけました。あいにくの雨でした。1日めは雨の中 日光東照宮などの参拝をしました。翌日の天気予報は午後になってようやく晴れるという内容でした。それ故 翌日の予定は流動的になるというアナウンスがされました。
翌朝、やはり雨です。湖畔に出て 予定外の講話がありました。私流に受け取った内容を掻い摘んで紹介します。
日光は 長い間雨が降らず、両日の雨の後は 晴れが続くということでした。「よりによって」との思いは 生憎の天気と表現し「恵みの雨」との思いは 慈悲の喜びとして表現されます。慈悲の喜びは 利他心をベースにした四無量心によって得られます。
私たちは宇宙の一部であり、日光の一部です。(肉体は新陳代謝をしながら 死と再生を繰り返します。 他の命をいただきながら自分の命を営み続けます。ですから寿命が来れば 生かされてきたことへの感謝のお返しとして「自分の肉体が他の命に捧げられ 他を生かせる幸い」を 習修することが勧められます。)
日光の喜びを自分の喜びとし、日光の痛みを自分の痛みにする時、この雨は慈雨と感じられます。
0コメント