https://journal.rikunabi.com/p/career/25415.html 【稲垣栄洋さん(雑草研究者)の「仕事とは?」|前編】より
いながき・ひでひろ●1968年、静岡県生まれ。1993年、岡山大学大学院農学研究科(当時)修了。農学博士。専攻は雑草生態学。1993年農林水産省入省。1995年静岡県入庁、農林技術研究所などを経て、2013年より静岡大学大学院教授。研究分野は農業生態学、雑草科学。農業研究に携わるかたわら、雑草や昆虫など身近な生き物に関する著述や講演を行っている。著書に『弱者の戦略』(新潮社)、『身近な雑草の愉快な生きかた』(筑摩書房)、『面白くて眠れなくなる植物学』(PHP研究所)など。
雑草の育ち方はわからないことだらけ。だから、目が離せなかった
-稲垣さんが研究されている「雑草学」というのはどのような学問なのでしょう?
農業や緑地管理をするに当たって雑草が生えるのを防いだり除去したりするのは大切ですよね。そのために雑草の特徴を明らかにし、雑草を防除する方法を開発するのが「雑草学」です。
-基本的には、雑草をやっつけるための学問なんですね。でも、『身近な雑草の愉快な生きかた』『たたかう植物 仁義なき生存戦略』(筑摩書房)といったご著書を読むと、雑草への並々ならぬ愛情を感じます。小さいころから雑草に興味があったんですか?
まったくありませんでした。ただ、なんとなく自然科学には興味があって大学の農学部に入り、もともとは農作物の研究をする作物学を専攻していたんです。ところが、卒業研究で畳の原料となるイグサを育てていた時に、横から見慣れない草が生えてきたんですね。研究室の教授に「これは何ですか?」と尋ねると、花が咲けば図鑑で調べられるから、「取りあえず、花が咲くまで置いておきなさい」と言われ、世話をするようになりました。
イグサは作物ですから、どう育つかは教科書に書いてあり、予想ができます。でも、横から生えてきた草はどのくらい大きくなり、いつごろ、どんな花が咲くのかが全然わかりませんでした。毎日イグサの観察をしに行くうちに、すっかりその横で成長する雑草の方が気になるようになってしまって。わからないことだらけだから、目が離せなくなってしまったんです。卒業後は海外の大学院で作物学を続ける予定でしたが、雑草に心を奪われて急きょ進路を変えて、新設されたばかりの雑草学研究室に進みました。
仕事で「雑草の研究をしています」と言えるようになったのはつい最近
-大学院修了後は農林水産省に入省されたんですよね。
雑草学に限らず、農学部で学んだことを生かして、人の役に立てるような仕事がしたいと考えて公務員を志望しました。農林水産省には研究部門もあり、研究者になりたかったのですが、配属されたのは霞が関。官僚として農業政策にかかわることになりました。私が担当したのは、農家版の国勢調査のようなもの。今後の農業政策のためにどのような統計調査が必要かを設計し、各都道府県に調査を実施してもらう仕事でした。雑草とは何の関係もない仕事でしたが、新たな経験や知識を得られることが面白かった。それに、何と言うんでしょうか。自分がやったことで少しなりとも世の中が動き、世の中の一部に自分がいるというのを実感できることがうれしかったですね。
ただ、一度しかない人生であれば、やはり研究をやってみたいという気持ちもありました。それと、私が入省した1993年は記録的な大冷害で全国の水田が被害を受け、「平成の米騒動」と呼ばれるほどの米不足が起きた年だったんですね。そんな大変なことが世の中で起きているのに、霞が関にいる自分には当時の田んぼの状況をこの目で見る機会がありませんでした。もう少し農業の現場に近いところで仕事をしたいという思いがあり、入省3年目に故郷の公務員試験を受けて静岡県の職員になりました。
-研究者としてのキャリアのスタートですね。
それが違うんです。配属されたのは、農家の方たちに対して技術・経営支援を行う部門。おまけに担当したのは、畜産の指導員でした。指導員と言っても、当時の私は牛を間近で見るのも初めて。農家の方に教わってばかりでした。念願の研究機関に異動したのは、県の職員になって3年目。最初に与えられた研究テーマは、バイオテクノロジーを使った新しい品種の育成や種苗の増殖。その後は土壌肥料や花の育種、害虫防御などさまざまなテーマを担当しましたが、2013年に静岡大学に移るまで業務で雑草に関する研究に取り組んだことはありませんでした。道草を食ってばかりで、仕事で「雑草の研究をしています」と言えるようになったのはつい最近。ただ、面白いことに今振り返ってみると、すべてが雑草学の研究につながっているんですよ。
道草を食ったからこそ、専門性を深めることができた
-無駄な経験はなかった、と。
はい。例えば、畜産指導員時代は牛のことは何も教えられませんでしたが、牧草地の雑草に悩む農家がたくさんありました。そこで、「雑草なら自分にも何とかできるかもしれない」と雑草対策に取り組んだところ効果が出て、農家の方々に信頼していただくことができました。花の育種の研究では、タカサゴユリという雑草のユリの早く成長する特性を生かして従来よりも早く咲くユリの育成に成功したり、害虫防除の研究でも餌となる雑草を管理することによって害虫を劇的に減らすことができました。雑草学という「軸足」を持っていたおかげで、ほかの人とは少し異なる視点やアイデアを持て、さまざまな分野で成果を得ることができたように思います。
一方、雑草学の研究者としては、道草を食ったからこそ、その過程で経験したさまざまなことと、雑草学という「軸足」との掛け合わせで専門性を深めることができたと実感しています。私は雑草の「生き方」や「生存戦略」をテーマにした本も書いていますが、それも霞が関で働き、慣れない社会人生活に疲れていた時に通勤途上で目に留まった雑草に励まされたのがきっかけ。郊外の雑草とは異なる生え方で都会をたくましく生きる姿に関心を持ちました。以来、雑草の戦略と人生の戦略を関連づけて雑草を観察していたおかげで、本を執筆するチャンスが巡ってきた時に、自分なりのテーマを持って書くことができたんです。もし、私が大学を出てすぐに雑草学の研究者になっていたら、そのようなこともなかったでしょう。
社会に出て、希望通りの仕事に就けないこともあるかもしれません。その時にがっかりしてあきらめるのではなく、自分の好きなことや、やりたいことを「軸足」として意識しながら、目の前のことをしっかりやる。そうすることによって、最終的にはやりたいことに近づけるのではと思います。
後編では将来の仕事についての基本的な考え方を、雑草についての知識も交えながらお話しいただきます。
→次回へ続く
(後編 2月14日更新予定)
INFORMATION
近著『雑草はなぜそこに生えているのか 弱さからの戦略』(筑摩書房/本体840円+税)では、若い世代に向け、雑草の「生き方」について説いている。「抜いても抜いても生えてくる、粘り強くてしぶとい」というイメージのある雑草だが、「実はとても弱い植物。弱さゆえに生き残りをかけた驚くべき戦略を持っている」と稲垣さん。厳しい自然界を生きていく雑草のたくましさの秘密が紹介されており、人生やキャリアについて考える上でのヒントにもなる。
https://journal.rikunabi.com/p/career/25422.html 【稲垣栄洋さん(雑草研究者)の「仕事とは?」|後編】より
好きなこと、やりたいことというのは、一生探し続けていくもの
-稲垣さんには学生時代から雑草学という「軸足」がありましたが、好きなこと、やりたいことがわからず、悩む人も多いです。
私もつい最近、わからなくなって悩みました。だから、実は、若い方たちに偉そうなことはとても言えないんです。
-なんと、稲垣さんもですか!?
はい。2013年に静岡大学に来て、「好きな研究をしていいよ」と言われた時に、はたと何をやっていいのかわからなくなってしまったんです。農林水産省や静岡県の職員として働いていた間は、仕事の目的を上から与えられて、「こんなことをやって本当に意味があるんだろうか」「自分がやりたいのはこんなことじゃないのに」なんて心の中で反発したり、言い訳をしたりしていたんですね。ところが、それが全部取り払われた時に、自分が雑草学の何を明らかにしたいのか、何のために研究したいのかがわからなかった。ずっとわかっているつもりでいたけれど、わかっていなかったことに気づきました。
-答えは見つかりましたか?
まだ手探りではありますが、今は輪郭が見えてきました。雑草学というのは農業や緑地管理のために雑草をやっつけるというのが大きな目的としてあります。一方で、雑草というのはもともと競争に弱く、弱いからこそさまざまな戦略を持ち、逆境を乗り越えてしたたかに生きている。その人間の生き方に通じるそぶりに驚かされて本に書くと、読者の方から「勇気づけられた」「助けられた」という声を頂くことがよくあるんです。そういう声を聞くと、雑草の「生き方」を明らかにすることで、人間が学ぶことができたり、力づけられることもあるのかなと。雑草学の目的ではないですし、本流ではありませんが、雑草の「生き方」を皆さんに伝えることも私の研究の一つの目的だと最近は考えるようになりました。
好きなこと、やりたいことというのは多分、探し続けていくものだと思うんですね。やりたいことにたどり着いたとしても、また探したり、磨いていく。仕事をするに当たって見つけておくべきものというよりは、目の前の仕事をしながら、探し続けていくものなのではないでしょうか。それから、将来の仕事を考えるに当たって、私たちは往々にして「A社に入りたい」「開発職に就きたい」と会社名や職種名を思い浮かべがちですが、雑草の振る舞いを見ていると、形にとらわれないことが大事かなと思います。
踏まれたら、立ち上がらない。それこそが雑草の強さ
-少し詳しくお聞かせいただけますか?
雑草というのは図鑑通りの形をしていないことも多くて、縦横に伸びたり、サイズの個体差が激しかったり、多彩に変化するんですね。また、よく「踏まれても踏まれても立ち上がる」と言われますが、それはうそです。雑草は踏まれたら、立ち上がりません。生存して種を残すためなら形なんてどうでも良いし、踏まれやすい場所では横たわったままの方がダメージが少ないというわけです。形にこだわらず、大切なものを見失わない。それが雑草の強さなんですね。
「A社に入りたい」「開発職になりたい」と外側の部分だけ見ていると、希望とは異なる環境に置かれた時に、必要以上に失望しかねません。でも、「大学で学んだ知識を生かしたい」「人の役に立ちたい」のようにもっと内側の部分を大切にしていたら、ちゃんとやりたいこと、好きなことができたりするんですよね。どんな仕事がしたいのかではなく、人として、どう生きたいのかを考える。将来の仕事を思い描くというのは、そういうことなんじゃないかなと思います。
学生へのメッセージ
ヒット曲の影響で「みんなオンリーワンの存在なのだから、ナンバーワンになろうとしなくてもいい」と言われることがありますが、生物の法則は厳しくて、「ナンバーワンしか生きられない」というのが自然界の鉄則です。それなのになぜこんなにたくさんの生物が地球上に生きているのかと言うと、すべての生物が自分がナンバーワンになれる、オンリーワンの場所を持っているから。そういう場所を生物学では「ニッチ」と言います。では、ナンバーワンになれる場所を見つけるにはどうすればいいかと言うと、「自分らしさ」を高めること。
得意なことや、好きなことで勝負するというのが一番なんですね。でも、好きだけど苦手だったり、得意だけどたくさんのライバルがいることもあります。そういうときに、生物がよく取るのは「ズラしてみる」という戦略。例えば、デザインが好きなのに絵が苦手なら、デザイナーに指示をする仕事に回れば好きで得意なことになるかもしれないし、同僚がやらないことを探してやってみれば、あまたいる営業職の中で抜きん出ることができるかもしれない。生き残るために絶対やってはいけないのは、人のまねをすること。得意なこと、好きなことを見つけるというのは人生を充実させるだけでなく、生物の法則に照らし合わせても大変重要なことです。
稲垣さんにとって仕事とは?
−その1 仕事を通し、世の中の一部に自分がいるというのを実感できることがうれしい
−その2 「軸足」を意識しながら、さまざまな経験と掛け合わせることで専門性が深まる
−その3 どんな仕事がしたいかではなく、人として、どう生きたいかを考える
編集後記
インタビューでは雑草学や雑草についてもお話をうかがいましたが、そもそも「雑草」とは何なのでしょうか。素朴な疑問を稲垣さんにぶつけると、「簡単に言うと、『人間の邪魔になる草』です。その植物が雑草であるかは人の見方によって変わり、時代によって分類が変わったりします。例えば、ススキはかつてかやぶき屋根に使われる有用な植物でしたが、現在は雑草として扱われます。ずいぶんあいまいな定義だなと思われるかもしれませんが、定義とはあいまいなもの。よく知られているところでは、野菜や果物の定義もはっきりしていないですよね」と教えてくれました。(編集担当I)
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