手作りのオブジェは風物詩
https://www.ehonnavi.net/specialcontents/contents_old.asp?id=19 【『「和」の行事えほん』シリーズ 高野紀子さんインタビュー】より
●行事絵本をつくることになったきっかけ
───愛らしい登場人物の動物たちと、かゆいところに手が届くようなきめ細かい行事の紹介。「こんな絵本がほしかった!」と思うのは私だけではないはずです。子育てを始めると、いかに自分が季節の行事についてちゃんと知らないか、思い知らされることが多くて(笑)。
今日はいろいろ教えてください。よろしくお願いします。
こちらこそ。行事の具体的なことはずいぶん忘れてしまっているのですぐにお答えできないかも・・・。本を描き終えたときは物知りだったんですけれど(笑)。
───高野さんは以前から動物たちを主人公にした絵本を描かれていますが、「和の行事」を解説する絵本を作ろうと思ったきっかけは、何かあったんですか?
ええ、それはもう自分のなかではハッキリしているの。私は、幼い頃からただお絵描きが好きで、本が好きで・・・ヨーロッパ風のものへの憧れもあって、かわいいストーリー絵本を描いていましたけれど、なかなか評価されなかった。自分のなかから本当にわき出てくるものを描いていなかったなと思うんです。
でも40代にさしかかったとき、このままでは絵本の仕事ができなくなってしまうと思ったの。どうしても絵本から離れたくない。どうしたらいいだろう?と考えたときに、自分のなかにあるものしか描けないんだ、じゃあ自分のなかにあるものって、なんだろう、と振り返った。そのとき思ったんです。体験したことなら、描けるんじゃないかと。
私は大きくなったらいつか母になって、私に母がしてくれたようなこと・・・ひな祭りやお月見や・・・四季の行事のあれこれを子どもにしてあげようと思っていた。ご縁がなくてそれができませんでしたけど、自分の子にでなくても、楽しかった行事体験を多くの子どもたちに伝える絵本なら作れるんじゃないかと思ったんです。
───具体的には、お母様はどんなことをしてくださったんですか?
豊かな時代ではありませんでしたから、ひとつひとつはたいしたことではないんです。お月見のときにお団子をつくって、空き地にすすきを摘みにいったり。ひな祭りには、お内裏様とお雛様に見立てたおむすびに、薄焼き卵を衣のように着せたものをつくってくれたり。そんなことが毎年とても楽しみだったのを覚えています。
『「和」の行事えほん』には書いていませんが、クリスマスの思い出もたくさんあります。あの頃、モミの木は本物なんです。本物しかなかったから(笑)。今のようにたくさんクリスマス飾りが出回る時代ではなかったですからね。そうするとね、夜、目を覚ますと、木のすごくいい匂いがするの。モミの木を置いてある部屋から明かりが漏れて、ふすまの隙間からのぞくと母がクリスマスの飾りをつくっている。ボール紙に描いた小さな天使の羽根を切り抜いて。そのときのことは忘れられません。そーっとお布団に戻って、また眠りました。
───素敵なお母様だったんですねえ・・・。
母は手先が器用で、つくることが好きだったんだと思います。季節の葉や枝を、料理にあしらったりもしていました。
母ももう高齢で物忘れもひどくなってしまっているのですが・・・でもね、お月見のとき一緒にすすきを摘みにいったことを話すと、しっかり記憶に残っているの。ああ、あのときの時間って「宝物の時間」だったな、私にとっても宝物だけど母にとってもそうだったんだなと思います。
───子どもの頃の記憶、昔の記憶がずっと年齢を重ねても残っているってすごいですよね。そんなお話をうかがうと、子ども時代に逃しちゃいけない、大事なことってあるんだなと気づかされます。
今はクリスマスになるとブッシュ・ド・ノエルがどこでも売っていますよね。昔はそうではありませんでしたし、うちにはオーブンもなかった。母がどうしたかというと、ハンバーグの種を細長くして周りにマッシュポテトをぬったの。フォークで木肌の感じを作って・・・ひき肉とポテトのブッシュ・ド・ノエル(笑)。
今思えば質素だけど、それがもう、大ごちそうで。うれしくて幸せだった。そんな記憶があるから、行事絵本を作ることができたと思っています。
絵本を見て「なつかしい」
───どんな方が読んでくださっているのでしょう。
子ども向けの本ですが、読んでくださっている方の年齢層は幅広いみたいです。
先日、認知症のお母様を介護中の方から、母がこの絵本を見て笑いました、母の笑顔を久しぶりに見ました、とお手紙をいただいて・・・ああこの本を作ってよかったと心から思いました。
60・70歳代のシニア世代の方がお孫さんへのプレゼントとして買ってくださることもあると聞きます。それはこの本を見て「なつかしい」と感じてくださっているのかな。時代は変わりますし、変化していくことは当然だと思いますが、『「和」の行事えほん』は昔からの伝統的な事柄を絵にしていますから。
───月のカレンダーがあるのがいいですよね。ひとつひとつの行事の由来や意味はもちろん、月ごとにぎゅーっと詰め込まれた解説が細やか。情報量に驚きます。
その一方で、親しみやすいというか、読んだらすぐにでも見にいけそうな季節のお祭り知識が描かれていたり、家庭でマネできそうな季節の遊び方やアドバイスが描かれていたりする。ここがポイントなんです!
行事のお作法ばかりだと「これはできないなー」なんて私はすぐ思ってしまうんですけど(笑)。
「伝統的」で「本格的」なことをおうちでしましょうという提案ではないの。私だって、行事の由来を母と話したわけではないから、本を作って初めて知ることがたくさんありましたよ(笑)。
行事を知り、じゃあ、うちでできるのは何だろう?というとき参考にしてもらえればいいなあと。
───巻末の参考資料の数に驚きました。すごい量の資料を読んだのではないでしょうか。
地方やご家庭によって行事の仕方は様々です。編集者が資料を集めてくれましたが、とても間に合わず、もう一人手伝ってくれる方をお願いし、月ごとに資料を集めてぶあついファイルにして読み込んでいきました。
ひな祭りは迷うほど資料が集まるけれど、それほど資料が集まらないものもある。北海道と沖縄では行事がまったく違う。資料を集めて読むだけで半年はかかったと思います。そのなかから、それぞれの行事の意味や作法の、なるべく基本的なことをおさえつつ、子ども向けにはどんな情報がいいのか精査して構成を決め・・・調べた情報量の3分の2を捨てました。
本書きに入るまで1年半がかり。本書きに入ってからも丸1年はかかっています。
───聞くだけで気が遠くなりそうです!
ええ。大変なことをはじめちゃったと思いました。途中で息切れしそう、大丈夫かなと。でももう後には引けない。
先に「春と夏の巻」、あとから「秋と冬の巻」を出したのですが、「春と夏の巻」を実際に描きはじめるまでがいちばん大変だったかもしれない。
絵の数はこわくて数えていませんが、1冊に500~600カットはあるんじゃないかな。それまでいくら手芸をしても絵を描いても腱鞘炎とは無縁だったのに、はじめて腱鞘炎になりました(笑)。
・・・でもそれだけこの本に懸けていたのかな。できあがったらもう・・・虚脱状態(笑)。
(編集者さん):動物の毛の一本一本まで描き込まれて圧巻でした。これは印刷所に製版をがんばってもらわなくっちゃと(可能な限り、原画に近づけるよう)印刷所の方々やデザイナーさんとも、何度も話し合いました。
───私も作家さんにお話をうかがうまで知らなかったのですが、原画の色合いやニュアンスを、絵本で再現するのはむずかしいことなのですよね。 高野さんはどんな画材で絵を描かれるんですか?草花、着物、器・・・細部までため息が出そうなほど細かくて美しいです。
カラーインクに少し色鉛筆を重ねて描いています。ぎゅーっと描き込みたいときは色鉛筆をさらに重ねて描いています。
着物の柄模様は意匠登録があるかもしれないので、出版後にトラブルにならないようすべてオリジナルです。お雛様衣装などの「伝統的な柄」というのはあるので、それはなるべくそのとおり、忠実に描きました。
───オリジナル・・・って高野さんが着物の模様を考案して描かれているということですか? すごい!!
きょうは原画を見せていただけるんですね。わーっ、お料理がおいしそう!
食べ物が好きで、食べ物の絵ばかり持ってきちゃった(笑)。 お正月の重箱は、うちにある梅の花の模様のお重を、お花の部分だけくまやうさぎの顔にして・・・なかなか気づいてもらえないから、ここにいるのよ!と言いたくて(笑)。
お皿のひとつひとつまで
『テーブルマナーの絵本』ではひとつひとつのお皿の模様を描き込みました。ここまで描かなかったら、もっと早く本は出来上がっていたかもしれない。でもお料理が盛り付けてあるお皿ひとつひとつを身近に感じて欲しくて。 中華料理、フランス料理、和食、それぞれ違いますよね。そうそう、よくこんなお皿に盛りつけられて出てくるよねと思っていただくことが大事だなと思ったんです。だからずいぶんお料理の本も参考にしたんですよ。
うさぎの絵付けのお茶碗(手前)は、こんなお茶碗があったら欲しいな~と思って描いたそう。
こんなところにも動物たちが!釉薬(ゆうやく)や貫入(かんにゅう)の風合いがきれい。
お皿やパンの影まで。
本のなかで「お箸の取りあげかた」(箸置きから、右手で右側を持って、左手で下から支えて・・・)を図解していますけど、何も小さなお子さんがそこまでする必要はぜんぜんないと思うんです。子どもが「いただきます」と「ごちそうさま」をきちんと言えたら、それだけで拍手したくなっちゃう!
この取りあげ方が基本ですよ、と書いてあるだけで、いつか大きくなったとき本人が興味をもったり、「やっぱり知っておいたほうがいいな」と思ったら自分で古い本を本棚から引っ張りだしてきて調べる、そういうことに使ってくれたらうれしいなと思うだけなんです。
最初企画が持ち上がったとき、「テーブルマナーはこうあるべき」「どれかひとつでも間違ってはいけない」という本だと思われたら嫌だなあと思った。だからデザイナーさんには「食べることは楽しい!」と伝わるカバーデザインとタイトル文字にしてくださいとお願いしたんですよ。
───『テーブルマナーの絵本』は買います!うちは小学生の男の子なので、自分からマナーなんて気にしない。でも本を買って転がしておけば(笑)料理や絵にひかれて勝手に見て、食事のとき「お母さん、それ、正しくないよ」と指摘してくれるかもしれない(笑)。
「外食のマナー」のページも参考になります。ファミリーレストランやファーストフード店や回転寿司・・・ありそうなシチュエーションばかりですよね。外食にいったとき「こんなところで○○しちゃダメでしょ!」と一方的に叱るんじゃなくて、その前に親子で楽しんで見るといいだろうなあと思います。
そして登場人物たちが不器用そうなくまさんだったりするのが、愛らしくて(笑)。お箸やナイフを持つ手に親近感がわいてしまうんです(笑)。
そう言っていただけるとうれしい。
保育園・幼稚園から小学校3年生くらいまでの保護者の方々にアンケートをとったんです。子どもにどんなマナーを守ってもらいたいですかと。そうすると「立って食べない」とか「散らかさない」という、ごくごく基本的なことなんですね(笑)。現実は大変なんだなと。
そして意外にお母様方が、自分がちゃんとしたテーブルマナーを知りたいです、子どもに教えるためにも自分が読みます、という声が多かった。
───「正しいからこうしなさい」ではないですよね。「一緒に食事をしているひとが嫌な気持ちになるからね」「作ってくれた方に感謝の気持ちでね」そんな視点が伝わってきて気持ちがあたたかくなります。
『テーブルマナーの絵本』は私自身が描きながら、え、ここまで描くのかな、と思うくらいしっかりした内容で、大人向けのレベルに耐えうる本になっています。あくまで「基本」は基本で、あとはお父さんお母さんが一緒にごらんになって、「うちの子は、まずこことここができればいいと思うよ」というポイントを選んでもらえればいいなと思います。
●ご家庭でどうぞ使ってください
───どの絵本も濃密な内容で、しかもわかりやすく描くためにはご苦労がありそうですね。
知識を伝える本ですから、間違ってはいけない。イメージカットのような小さな絵も、間違いがないようにすべて調べて描きました。たとえば貝のサザエをサザエっぽく描くことはできますが、巻の方向が違いますよ、ということがあるかもしれないから。
どの絵本も精根使い果たして1冊1冊描き上げるので、終わったあとは呆然としてしまいます。でも終わりにさしかかる頃から次の絵本のことを考えてしまうので・・・結局、この仕事が好きなんですね(笑)。
だいたいどの絵本も1冊につきおおよそ2年がかりです。人生であといくつ絵本が作れるかしらと思うといっそう力が入ります。
───『「和」の行事えほん』は英語版も出版されていますね。
日本人なら、四季の行事のことを、詳しくはなくてもなんとなく知っているでしょう。そういうことがまったくわからない外国の方でもわかるように翻訳してあるそうですよ。アメリカで日本語教師をしている方がたくさん買っていかれるんだと聞いたことがあります。
「和」の行事えほん〔英語版〕(1)、(2)
───どの絵本もプレゼントにもよさそうですものね!
最後に、絵本ナビ読者へメッセージをいただけますか?
私ね、自分の絵本は「道具」だと思ってるの。おうちで会話する「道具」。季節を楽しむ「道具」。だからどうぞ使ってください、と。
・・・これはメッセージというより私自身の「夢」なんですけど、ぼろぼろになるまで使ってほしい。そうして使い古して、使いつくしてもらったら、最高だなって思います。だって使い古されたぶん、そのおうちで役割を果たした、思い出のお手伝いをできたかもしれないということでしょう。そうだったらいいなあ・・・って。
───お話をうかがっていると全部欲しくなっちゃいます!『「和」の行事えほん』を読むと、今までなんて季節の行事をおろそかにしてたんだろう、と、頭を抱えてしまいそうですが(笑)
そんなふうに思っていただくことはないんです。今は、行事の飾りもののようなのは、何でも買えますよね。手作りじゃなくていい。売ってるものを買ったっていいんです。やらないよりずーっといいと思う。子どもの頃、この行事のとき、うちはこうだったよね、っていつか話せるようなものだったら、どんなやり方だって素敵だと思う。
何十年か後におしゃべりができる。それがいちばんの宝物です。
───そううかがうとホッとします(笑)。どの本もこれからますます読者が増えそうな予感ですね。今後の企画、お聞きしてもいいですか。
いまは<季節の折り紙絵本>というテーマが控えていて、折り紙の試作をくりかえしています。
子どもが折り紙を折るとき、たとえば三角に立体に折ろうとするとき、平面的なイラストではわかりにくいだろうなと思って、ひとつひとつ折りかけのものをスケッチしているの。この折りかけのデッサンがけっこう大変なんですよ!
このサイズの紙で折ると、できあがりはどんな小ささになるのか。折り紙モビールにするにはどれくらいの大きさで折ったら愛らしいか。考えているととても時間が足りません。いまは家じゅうにタコ糸と試作が散乱して・・・カーテンレールにぶらさがったりしています(笑)。
来年じゅうに出来るのは無理かな・・・。
(あすなろ書房社長さん):じゃあ再来年かな。いい絵本ができるのがいちばん大事だから。
───社長から声がかかって、いま再来年に締切がのびました(笑)。
これまでどの本も「早く、早く」とは言われなかった。じっくり気がすむまで描かせていただいた。これからも一生懸命作っていきますからよろしくお願いします。スタートは遅かったけれど、追い込まれて力を出すタイプですから(笑)。
───楽しみにしています。きょうはお話を聞かせてくださってありがとうございました!
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