蜜蜂の俳句

https://note.com/okapie1018/n/nfe3adc530ea9 【【俳句鑑賞】一週一句鑑賞 24.04.28

岡 一夏】より

蜜蜂に個の時間あり花の中

作者:山崎垂

出典:『楽園』第1巻第1号(2021)

季語は「蜜蜂(みつばち)」で、春。社会性を持ち集団生活をする昆虫といえば、「蟻」と「蜂」が筆頭でしょう。「蟻」は夏の季語ですが、「蜂」は春の季語であり、春という季節ののどやかさ、優しい青空の映像も背負っていると言えそうです。ほか、養蜂や農家における受粉の補助といった人間との関わりもあれば、種によっては非常に獰猛で危険であったりと、様々な側面を持つ季語ですね。

掲句は、一読してハッとさせられる衝撃がありました。まさに「蜜蜂」という存在の本質のひとつを言い得ています。社会性という本意が前提にあるからこそ、一匹で蜜を採取している時間を「個の時間」と表現することに強い納得感を覚えるとともに、その発見の清新さに驚かされるのです。

蜜の採取は、蜜蜂にとっては労働の時間とも言えるわけですが、一匹でいる限りは「個」すなわちプライベートな気ままな時間でもあるんですね。ここに春ののどやかさがあるとともに、「蜜蜂」という生き物への愛情、人間である自身へのエールも感じ取ることができます。作中主体が営業マンだったりしたら、なおさら身に沁みるでしょう。

「個の時間」という把握も見事ですが、これは12音で言い得てしまったわけで、下五の着地のさせ方も簡単ではありません。「花の中」とは、これまた見事な落とし方。詩的な発見が上滑りせず、映像として結球しています。

春に花の蜜を求める昆虫といえば「蝶」が代表的ですが、蝶は口器を長く伸ばして花の外から蜜を吸うのに対し、蜂は「花の中」に潜り込んで蜜を採取します(花粉もタンパク源として身体に付けて持ち帰る)。これは「蜂」の持つ大きな特徴のひとつ(本意と言ってもいい)であり、これがあるからこそ、蜂は受粉の補助として大変優秀であり、植物の進化を支えてきたのです。

「花の中」という下五は、一見単純ですが簡単にできるものではなく、映像の確保とともに、「蜂」の本意をまたひとつ打ち出すものになっていると言えるでしょう。

余談ですが、作者の山崎垂さんは、僕の所属する「楽園俳句会」に初期からいらっしゃる先輩です。「この白シャツ魂透けません特価」「老父母の聖夜プードルのみリボン」「窓に光るどれも根のなき聖樹かな」「春近しひとの話にハイカカオ」など、着眼のオリジナリティが素晴らしい方だなといつも楽しく拝見しています。今後も注目していきたい俳人さんのひとりです。

https://blog.goo.ne.jp/apisceran/e/0f5ffd9722cf11d2ccfc6f063cd090a2 【分蜂:連作俳句】より

 目出度さも知らで荒ぶる箱の蜂     春疾風への字くの字とハチは飛び

 待箱を置けば我が家は里めきぬ     分蜂の山越えて来る羽音かな

 楠樹の蜜蜂共に博士号         蜜蜂の滅び行く日も梅雨やまず

 蜂の巣もメルトダウンの暑さかな   巣の奥で面型雀蛾(メンガタスズメ)鳴く夜かな

 蜜房を割く丸く小さな背を曲げて

廃兵となって巣を出る蜂を追う

 シャーロック・ホームズがそうしたように、ちょっとした庭のある英国人は、退職後、庭で養蜂を行う。ロンドン近郊のシルウッドパークという学園都市に立ち寄った時、多くの民家の花壇に、ミツバチの巣箱が置かれているのを見た。趣味と実益といった事もあるのだろうが、ヨーロッパにおける養蜂の長い歴史文化を垣間みた気がした。

 イギリス人にならったわけではないが、定年後、ニホンミツバチを飼い始めた。幸い、現役時代にミツバチの行動研究を行っていたので、飼育のノウハウは分かっている。いま住んでいる家は京都市の真如堂のそばにある。庭に待ち箱を置くと、ほとんど毎年、ニホンミツバチの分蜂群が入る。付近の吉田山や京大構内には、いくつもコロニーが存在する。それは時計台前の楠のウロ、神社の古い井戸、墓の下、民家の床下などに見られる。これらミツバチコロニーが、我が家に飛んで来る分蜂群のソースになっている。

 春先、分蜂の季節になると、待ち箱にニホンミツバチの偵察蜂がやって来る。偵察蜂は候補となる巣の位置、大きさ、巣口の広さ、内部温度などを総合的に判断して、そこが定住するのに好適であると判断すると、もとの巣や蜂球でダンスを踊り、他の仲間にアピールする。そのうち偵察蜂の数がどんどん増え、巣口の出入りだけ観察していると、すでに分蜂群が入ったのかと錯覚する程になる。これは。だいたい二〜三日かけて行われ、いい場所には占有権を主張するためか、偵察蜂の一部が夜中も居残るケースがある。同じ箱の中で違ったコロニーの蜂同士がであった場合、取っ組み合いのけんかが始まる。

 そのうち、ニホンミツバチの分蜂群がやって来る。無数の蜂の羽音で、あたりに異様なうなりが溢れる。彼等は、女王を中心に一旦集結するか、あるいはすでに入居を決定している場合は、直接そこに向かう。集結しても大抵、数時間以内に新たな巣を見つけて、全員が飛び去ってしまう。この時期のミツバチは刺さないモードになっているので、刺激を与えないで静かに見守るのがよい。殺虫剤などをかけて追い払おうとすると、かえって興奮し飛び回り収拾が付かなくなる。

 丸胴の巣に、分蜂が入居すると、日ごとに巣盤が大きくなっていく。働き蜂は毎日、半径約二〜三キロ以内に餌を探しにでかけ、花粉と蜜を集めてくる。時期によって、咲く花が変わるので、足についている花粉の色が変わる。花粉分析をすると、周囲にどのような花資源があるかわかる。

 京都の夏は、彼等の元のすみかである熱帯林よりも高温多湿である。ミツバチにとって、この暑さはまことに要注意で、巣盤が融けて崩落することがたまにある。出入り口で何匹もの働き蜂が扇風行動をおこして空冷するのだが、あまりに暑いと追いつかないのだ。こういった崩落を防ぐために、巣を二階建にして、上下の通気をよくしてやる必要がある。

 今世紀初め頃から、米国各地で養蜂用のセイヨウミツバチが、巣箱から逃亡してしまう現象が、頻繁におこりはじめ、これは CCD (蜂群崩壊症候群) と呼ばれている。この現象の特徴は、働き蜂の大部分が逃去し、しかも死骸が巣の周りに見当たらないことである。女王と幼虫が巣にとり残されているが、働き蜂がいないので、コロニーはすぐに全滅してしまう。今までのミツバチの行動に関する知識からすると、常識はずれの不可解な現象といえる。比較的病気に強いと言われるニホンミツバチでも、原因不明で、コロニーが次第に弱り消滅する事例が多くなっているそうだ。

 ミツバチは、狭い空間に密集してくらしている社会性昆虫である。このような生活形態は、迅速な情報伝達を含めた効率の良い生活を営む基盤となっているが、一方で病原体や寄生虫に感染すると、たちまち巣全体に広がるという弱点を備えている。これはヒトを含めた社会性の特質であるが、風通しの良さが災いして病気が短期間に蔓延する傾向がある。

 ある秋の夜、巣箱でギギギ•••といった異様な音がするので、巣の蓋をはずし、懐中電灯で中をのぞくと大型の蛾がいた。ミツバチの巣を襲って蜜を盗むメンガタスズメガ(面形雀蛾)の成虫だ。背中にドクロのような不気味なマークを持っているので、面形という。おまけに体のどこを振動させるのか、蛾のくせに鳴くのである。こんな不気味な特殊な蛾が、近所に生息している事が信じられなかったが、ある日、石崎先生(名大名誉教授)のお宅にうかがったとき、庭の花壇にこの幼虫が発生するとお聞きした。我が家は、白川通りをはさんで、先生宅とは五百メートルも離れていない。

 ニホンミツバチは、西洋蜜蜂に比べて温和で、取り扱やすいと言われている。テレビでも、養蜂家が素手で巣盤をさわっている映像が流されたりする。しかし、これは春や夏の季節の事で、越冬中の連中は極めて神経質になっており、少しでも巣箱に刺激を加えると興奮し、頭を狙ってブンブン攻撃してくる。野外で熊にさんざん襲われてきた種の習慣が、遺伝子に刷り込まれているのだ。

 京都美山町の里山でフィールド調査したことがある。このあたりの農家は、ミツバチの巣箱を置いてくらしている。孫が来たときに、瓶に詰めてもたせるぐらいしか蜂蜜は、とれないそうだが、分蜂群の飛来を吉兆として大切に保護している。筆者のように、京都の街中でも、ニホンミツバチの自然群を飼育できるのは、たいへん幸運なことと思う。

追記(2024/07/08)

セルゲーエフ・ボリス・フェドロヴィチという人の書いた本「おもしろい生理学」(東京図書:金子不二夫訳、1980)によるとメンガタスズメの出す音は、女王バチが巣内で出す音と同じで、門番バチをだます声色だそうだ。擬態ならぬ擬声?


https://tenki.jp/suppl/miyasaka/2017/03/08/20861.html 【蜂の巣に蜂の加はる光かな―3月8日はみつばちの日】より

3月8日は「みつばちの日」。蜜蜂は春から夏にかけて、盛んな繁殖と育児、そして訪花・採蜜活動を行います。かれらは美味しい蜂蜜をわたしたちに与えてくれるのみならず、他の蜂や昆虫、鳥らとともに植物の受粉を媒介して、農作物の生産に貢献しているのです。今日はみつばちの日にちなみ、春の季語「蜂」にちなむ句をご紹介します。

人追ふて蜂もどりけり花の上

「みつばちの日」は、全日本はちみつ協同組合と日本養蜂はちみつ協会(2014年1月から一般社団法人日本養蜂協会)により、「みつ(3)ばち(8)」という語呂合わせから、1985(昭和60)年に制定されました。全国各地で蜜蜂の供養や、はちみつのセールなどがおこなわれます。ちなみに8月3日は「はちみつの日」。

そもそも蜂とは、蟻を除いた膜翅(まくし)目の昆虫の総称を指します。世界には約十万種以上の蜂がいるそうです。そのうち日本では蜜蜂、足長蜂、熊蜂、雀蜂などをよく見かけますが、養蜂のための蜜蜂は、現在では西洋蜜蜂がほとんど。蜂は種類ごとに生活も習性も多様ですが、花蜂として花の蜜や花粉を食する蜜蜂は、一群の巣に一匹の女王蜂、数百匹の雄蜂、数万匹の働き蜂によって、整然とした高度な社会生活を営んでいます。

蜂にちなむ句のバラエティも、相当なもの。蜜蜂のみならず、様々な蜂について観察し比喩し連想し、時にはユーモラスに、時には達観して表現しています。自然に囲まれた昔は、刺される恐怖はあったものの、人は日々あらゆる場所で、蜂と遭遇していたことでしょう。そんな光景を次にご紹介します。

寒山か拾得か蜂に螫されしは

・土舟や蜂うち払ふみなれ棹       蕪村 ※2

・一畠まんまと蜂に住まれけり      一茶 ※2

・藪の蜂来ん世も我にあやかるな    一茶 ※3

・人追ふて蜂もどりけり花の上     太祇 ※3

・山蜂や木丸殿の雨の軒        太祇 ※3

木丸殿は、福岡県朝倉市にあった斉明天皇の行宮のことです。

・寒山か拾得か蜂に螫(さ)されしは   夏目漱石 ※2

寒山も拾得も中国唐代の高僧。よく飄々とした風貌に描かれていますが、そんな雰囲気の人物が漱石の周辺に居たのかもしれませんね。

・蜂飛んで野葡萄多き径(こみち)かな   寺田寅彦 ※2

・蜂のとぶグラバー邸を一周す       皆吉 司 ※1

・蜂が来るたび紅型の布乾く        横山白虹 ※1

・蜂は縞ゆるめずにとぶ童女の墓      飯島晴子 ※1

余談ですが、信州地方などでは、黒雀蜂(俗称、地蜂・土蜂・穴蜂)の幼虫を食用にする習慣があります。「蜂の子」といい、古くから貴重な蛋白源として、現在では健康食的な高級珍味として、根強い人気があります。

・日の出待つ蜂の子すでに凛々しくて    蓬田紀枝子 ※3

花圃の蜂土をあゆみてひかりあり

花圃の蜂土をあゆみてひかりあり

・日にあれば蜜蜂われをめぐり去る     長谷川素逝 ※3

・蜜蜂がくる燈台の茱萸の木に       高木良多 ※1

・花圃(かほ)の蜂土をあゆみてひかりあり 石原舟月※3

・蜂の巣に蜂の加はる光かな        若山たかし ※3

花圃は花畑や花園の意味です。花々を行きかい、勤勉に働く蜜蜂たちの黄金に輝く蜂蜜は、まさに自然界からの贈り物。いっぽう2000 年ごろから世界中で蜜蜂が減少し、食物生産に影響が出ることが懸念されてきました。減少の理由は諸説ありますが、国内では需給調整によって、ここ数年は花粉交配用蜜蜂の不足問題は起こっていないとされています。改めて、花粉媒介を担う蜜蜂の存在を、感謝を込めて再認識したいものですね。


https://www.xn--h9jg5a3d.net/blog/archives/253.html 【松尾芭蕉が詠んだ蜂】より

松尾芭蕉といえば江戸時代前期に活躍した俳聖と称される句人ですネ。

特に『おくのほそ道』が有名ですが、『野ざらし紀行』の中で蜂が出てくる句をみつけました。

牡丹蘂(しべ)深く分け出づる蜂の名残かな

これは貞享2年(1685年)4月、芭蕉42歳の時の作品です。

『野ざらし紀行』は、門人の千里とともに生まれ故郷の伊賀上野に旅した際に記した俳諧紀行文で、旅を終え、江戸に帰る際、逗留で二度までもお世話になった門人の林七左衛門に、お別れの句として贈ったものです。

「たいへんにお世話になりました。

牡丹の花の奥で美味しい蜜をいただき、名残り惜しく飛び立つ私は蜂と同じです」

と、牡丹の雄しべと雌しべに例えた七左衛門と彼の家族に対し、手厚いもてなしへの感謝を述べるのに、自分を蜂に例えたわけです!

牡丹は別名「富貴草」ともいわれ、七左衛門の家は豪家だったようです。

そこに蜂が来たことによって受粉が行われ、やがて牡丹は実を結び、家はますます栄えていくといいですねという意味も含んでいると思います。

芭蕉って本当に天才!

でも、人と接するときに、こういった句で心情のやり取りをするって、日本的ですごくオシャレだと思いませんか?

はちぶんも見習わないと!(笑)

コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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