桜咲く空へと富士見櫓かな

https://ranyokohama.amebaownd.com/posts/6789259?categoryIds=664066   【武士道・フィジカルケアー・エーテルヒーリング】

木の陰もさきはふ桜まつりかな  高資


Facebook船田 元さん投稿記事

本日は宇都宮市立城山西小学校の「孝子桜」まつりでした。見事な枝垂れ桜が満開を迎えています。児童減少により廃校の危機にあった小学校を、周辺住民が協力し合ってユニークな教育で立て直し、小規模特認校として宇都宮の全学区から子供たちを受け入れてます。その努力の経過が『奇跡の小学校』という映画となって、封切りとなりました。その影響か、今年の人出は半端ないです❗️


https://utsunomiya-8story.jp/archive/contents_05/co_37/ 【宇都宮の民話「孝子桜」】より

 城山西小学校の校庭には、市指定天然記念物で、毎年多くの見学者が訪れる、しだれ桜がありますが、この桜にまつわる伝説を紹介します。

 むかしむかし、古賀志山のふもとに、お父を看病しながら、畑や山仕事をしていた幸助という息子がいたと。寝たきりのお父が、桜が見たいというので、木の下に来ては、

「おねげいだ。一日でいいから、桜の花を咲かせてくだされ。」

と、寒い冬の日なのに、毎日祈り続けていたと。ある晩のことお父は、

「すまんな幸助、最後の願いだ。明日、桜の下に連れてってくれ。」と頼んだと。

 幸助は、月明かりを頼りに古賀志の大日如来様の祠に走り、祈り続けたと。

 その日、幸助がお父を背負って、林を抜けると、満開の桜が目の前にあったと。

「お父つぁん、咲いたぞ。桜がさいたぞ。」お父の目からは、涙がこぼれていたと。お父をゆっくりと下ろすと、二人で桜にむかって両手を合わせたと。お父は、そのまま眠るように息を引きとったと。

そのしだれ桜は「孝子桜」と呼ばれ、毎年美しい花を咲かせているそうだ。


緋桜や富士見櫓を仰ぎたる 五島高資


https://omatsurijapan.com/blog/utsunomiyajo-sakuramatsuri/ 【【宇都宮城桜まつり】早春の彩りで清明台や富士見櫓を装飾する河津桜】より

日光街道と奥州街道の分岐点で発展した宇都宮市

栃木県宇都宮市は、江戸時代に日光街道と奥州街道が整備され、2つの街道の分岐点は宿場町となりました。徳川家康の廟所である日光東照宮に参拝するために歴代の徳川将軍は日光街道を行き交ったことでしょう。宇都宮城は日光に向かう将軍の宿泊施設として利用されました。城址公園に天守閣は残されていませんが、本丸広場を河津桜が取り囲んでいます。例年3月中旬から4月中旬にかけて早春の彩りで公園を包み、「宇都宮城桜まつり」が開催されています。ところが、2021年は新型コロナウイルス感染防止のため公園でのイベントは中止となり、3月13日にネット配信による「おうちでお花見 宇都宮城桜まつり」が実施されました。

宇都宮城址公園の入口

宇都宮城址公園の園内マップ

宇都宮城址公園には往時の建造物はほとんど残されておらず、大部分が芝生公園の本丸広場となっています。「宇都宮城桜まつり」が例年通り開催されれば、和太鼓の演奏や舞踊などのステージイベントが行われ、物販や展示などの模擬店が並びます。広場の西に土塀が残され、北端に清明台、南端に富士見櫓が復元されています。

清明台や富士見櫓を化粧する河津桜

本丸広場の東部からは清明台や富士見櫓を化粧する河津桜を楽しむことができます。

城址公園を囲む石垣も河津桜で彩られます。宇都宮城址公園では4種類の桜が植栽され、河津桜とほぼ同じ時期に伊東小室桜が開花し、それに続いて枝垂れ桜や大山桜が花を咲かせ、4月中旬まで桜を楽しむことができます。

(略)

江戸時代に日光東照宮に向かう徳川将軍が宿泊施設として利用していた宇都宮城では、本丸広場の東部、南部には河津桜が植栽されています。例年3月中旬から4月中旬にかけて桜並木が早春の彩りで、清明台や富士見櫓を装飾します。

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