愛を取り戻すには

Facebook清水 友邦さん投稿記事「愛を取り戻すには」

愛を取り戻すには自分の感情に触れる必要があります。

けれども、自分の感情に触れることには恐れがあります。

子供の頃にあるがままの自分が否定されると感情が意識にのぼってくる通路を封鎖して両親の期待に添う偽りの仮面を被るようになります。

固く防護された偽りの自己は、自分を巧みにごまかし、心から湧いてくる感情を素直に表現しません。

感じないようにハートを閉じて心の痛みを抑圧して心の奥底にしまい込んでいます。

外見は大人でも内面は感情を抑圧した子どもの時のままの人が多いのです。

人生で受け入れられない経験をすると不快な感情や重たい気分が心の奥から浮上して巻き込まれます。

そのとき、不快な感情から逃げようと即座に思考が動きます。

思考がハートのエネルギーを奪ってしまうのです。

そして、自己中心的な物語に入り、自己否定して自分を責めるか、他人のせいにして攻撃してしまいます。

自我はあるがままが嫌いなので、内側で起きている感情のプロセスをいつも止めています。

恐れや不安の奥には怒りと悲しみがあります。

そこには愛を受け取れなかった痛みがあります。

分離感があります。

情動という生命エネルギーの流れには愛という源泉があって、そこからあらゆる感情が発生しています。

沈黙して感情の流れを止めずにあるがままにしておくと生命エネルギーは愛という源に帰ります。

自我は分離した世界を見ているので愛を不安や怒りとして感じています。

自分の内側に沸き起こる不快な感情は外の世界に原因があると考えています。

自我は不安を解消しようと外側に投影して行動表現して問題がおきるのです。

否定的な感情から逃げないで気づきと一緒に経験する必要があります。

不安や恐れから逃げずに気づきの中で深く味わい尽くすと、分離していたエネルギーは一つになります。

感情や思い込みの葛藤の中で全体を俯瞰する本当の自分が目覚めると、マインドが心の表層を流れる波に呑み込まれていたことに気がつきます。

感情や思考は常に揺れ動いています。

永遠でないものは常に変化しています。

いつも変わらずに「いまここに」在るものそれが本当の自分です。

空が雲で覆われて雨が降り、風が吹き、嵐がこようと、その背後には常に青空があります。

視野をこころ全体に拡げると、苦悩も喜びも、雲のように過ぎ去る心の大空の一部だということがわかります。

雲(思考・感情)があってもなくても、常に青空(真実の自己)はあります。

苦しみは自我がゆらいでいる状態です。

その時に自我という雲の切間から

突然光がさして『はっ』と気がつきます。

自分だと思っていたマインドは自分ではなかったのです。

気づきがおきれば

本当の自分は何があっても傷つくことなく、

今ここにいつもあることを知るでしょう。

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清水友邦オンラインZOOM講座

呼吸道基礎講座

呼吸道はあるがままに観照している純粋な意識に気づくワークです。

それには体の感覚に注意を向け常に変化している呼吸から始めるのがやさしいのです。

物質である肉体は必ず老いて衰え、やがて死にいたります。

身体を自分と同一視していると老いて病気になり体が不自由になった時苦しみます。

人は本当の自分(セルフ)と刺激に反応するマインドの両方を持っています。

マインドは身体に対して自己イメージを持ちそれが自分だと思い込んでいます。

思考に同一化することをやめて沈黙したとき意識だけがある微細な領域に気がつきます。

本当の自分に気がつくと深刻にならずに人生を楽しむようになります。


Facebook池内 秀暢さん投稿記事

■愛媛県にある「志の道」に建立されている偉人の深い言葉 勝海舟の言葉だそうです。 

「事のなるは  苦難の時に在り 人の敗るるは   多く得意の時に在り」   勝 海舟

石碑には、以上のように言葉が刻まれています。

これを見ながら、回想しておりました。

よくよく考えてみると・・・私たち凡人は・・・苦難の時にこそ、自身を振り返り、これではいかん! 何とかせんといかん! ・・・と、目的に到達しようと、一歩一歩の歩みに氣が混入され、真剣に前に進んでいく生き物かもしれない。

自身を顧みれば・・・事がうまく運んでいる時は、氣は緩みがちで、時間の進む波に乗り、ただ 周りを見渡しているだけのように、その時を生きていたように思う。

苦難に向かう時・・・真に大事なのは、自身を振り返り、物事の本質を洞察し、祈願成就の元を見出す事。 

それに必要なのは、まず強い意志と信念を持つ。 

そのように、この石碑に刻まれた言葉を観ながら、考えていました。

苦境にある方・・・自身を、よくよく省みて、そこに宝石の原石を見いだす。

そして強い意志と信念を持って、その原石を磨き、目前の事に臨んでくださるようお願いいたします。

難病でご苦労されておられる方も、治病へと向かう道筋を煌々と照らす宝石を磨いてくださるようお願いしたいと思います。

以前の投稿から・・・・。

Facebook相田 公弘さん投稿記事

おはようございます。mixiのマイミク・大樹さんのお話です。

「痛みは 愛するためにある」

以前 ある女性が、不妊になるかもしれない病気を経験しました。

彼女には婚約者がいて、 またその彼が無類の子ども好きだったので、彼女は悩みました。

隠していても仕方がないので、思い切って打ち明けたところ、

彼は 「俺は赤ちゃんを産める君と結婚するんじゃなくて、君と結婚するんだよ」と言ってくれたそうです。

彼女は 目に涙をいっぱいためながら、「あの人生の 痛み がなかったら、一生知らないで過ごしたかも知れない彼の愛を、(痛みのおかげで)知ることができました」と語ってくれました。

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人生には思いがけず、ハートにポッカリ穴が空くことがあります。それは病気、災難、愛する人との別れなどの環境の変化かも知れず、そんなとき 人は恐れや傷みを感じます。

そうなると、そんな無力な自分を裁いたりもします。でもそれは、あなたの人生が「うまくいってる」証拠なのかもしれません。

私たちが「傷ついた」と感じたことは、愛の原石が削られていた証しだからです

宝石の原石をイメージしてみてください。傷をつけないと、磨くことも、光輝くこともできません。そういう時期を経験しなければ、人は大きく成長することもなければ、

他人の気持ちもまったく理解できません。

ですから、もし あなたが対人関係がうまくいかず「さみしさ」を感じる時期ならば、

自分を深く見つめ直すチャンスかもしれません。

人は、さみしさの中で成長するもの。

孤独になることによって、今まで気づかなかった自分のエゴを知り

他人との間に横たわる必然的な距離について考えるようになります。

孤独を経験して、初めて、他人もまた味わっている孤独感への

優しいいたわりの心を育てることができるんですね。

だから、深く傷つき、それを乗り越えた人は、それだけ強く輝く人になります。

「難が有る=有り難い」と書くように、その経験の中で得る宝石は必ずあとで役に立ちます。

闇が深いということは、光が強いことを意味します。なぜなら、光と闇は表裏一体だからです。周りが真っ暗だからこそ、それまで見えなかった美しい光が夜空に輝くように、闇は光の素晴らしさを思い出させてくれます。

孤独は 忘れてた繋がりの価値を思い出させてくれるし、悲しみは 忘れてた喜びの価値を思い出させてくれます。

光を受けると、後ろに必ず黒い影ができるようにこの世界に存在するすべてに、「裏」と「表」が存在することを忘れてはいけません。

ひとつの経験を自分の成長に役立てるか、それとも無駄にするか、それは自分次第。

どんなさみしさも悲しみも涙も逆境もそれをどう受け止めるかによってよりすばらしい人生を歩むためのよき糧にすることができるんですね

コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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