サハー世界

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今辛いことも過去形で語ると少し楽になる


Facebook佐々木 淑文さん投稿記事

娑婆世界(しゃばせかい)仏教ではこの世界をこう呼ぶ。サハー(サンスクリット語で苦しみ)と言うのを中国語に音写した。苦しみが基本なのである。四苦八苦すると言う言葉をご存知だと思うが、代表的なのが四つ、もう四つあって八つ、その筆頭が生苦、生きる事がくるしみなのである。

生苦の原因を細かく分ければ、色々あるだろうが肉体がある事が大元の原因である。突き詰めれば「ある」事が問題なのである。八苦の終いの求不得苦も欲しいものが得られない、すなわち有れば良いものが無いと言うのが原因である。昔の人は我慢のレベルが高かったから、生苦については愚痴を溢さなかった

徳川家康公も「人生は重きを負うて、長き道を行くが如し」とした。心理学者が、メンタル的には辛い時は「辛い」苦しい時は「苦しい」と言って良い。その方が楽になると唱えたものだから勢いそう言う人が増えた。私に言わせれば言ったり見たり恐れたりしたら増加する。泡はチラッと見たら忘れるのが一番

病苦も労苦も死苦同じである。愛別離苦怨憎会苦、五陰盛苦もまた同じである。71歳になり自分の身体が自由にならなくなった。冷蔵庫の扉や、机の角が私に当たってくる。小指どころでは無い中指を机の脚にぶつける。サハー世界🌍はますます敵意を持ってきている。強い心を持って対処したい。


Facebookごとう 孝二さん投稿記事

「不安を〝ありがとう愛しています〟と抱きしめると安心に…」

良いことを思っても、引き寄せの法則を信じて試しても、どんなにすばらしい本を読んでも、

どんなに変わろうと努力しても、そのときだけはいいけどまた元の自分に戻ってしまう。

わたしの人生は、現状は、良くなるどころか悪化していました。

「ありがとう」「愛しています」を唱えることで潜在意識の浄化ができることを知り、

車で移動するときやウォーキングのときなど、たまに忘れることはあっても言い続けていました。それでも変化は起こらない。

「なりたい自分になる」と決めて、イメージングをしたり瞑想したりもするのですが、

自分の幸せなイメージが湧かない、ワクワクすることができないんです。

自分が本当に求めていることに気づいたそんな中、数年前に購入していた一冊の本をまた読み始めました。

その中に、例えば、ダイエットしたいと思っていてもなかなかうまくいかない、それはダイエットしたいというのが本当に求めていることではなく、本当は”素敵な人に出会って恋をしてその人と結ばれること”だった・・ということです。

その言葉を自分に置き換えて考えてみました。

わたしが求めている幸せは?→お金持ちになりたい →お金があったら何をするの? →余裕のある生活がしたい →余裕のある生活って?→・・・という具合にどんどん問いかけていくと、わたしが「お金持ちになりたい」と思うその先にあるものは「安心がほしい」だった。

わたしが求めている幸せは「安心」だったんだ・・。

何を願ってもいつも何かが違うと感じていたのは、いつも願っていたことは本当に求めていたものではなかったからだ。

わたしは、「安心」を願ったことは一度もなかった。潜在意識はそれを求めていたのに・・。

それどころか、何かを願えば願うほど、ある感情が大きくなっていた。

その正体もわかった。それは「不安」だった。お金への不安 自分への不安 子どもへの不安

将来への不安 わたしが発していた不安エネルギーは、お金へ、子どもへ、自分自身へと送られていたのです。

でも、幸せも感じてはいました。

夫の愛情やこどもたち、そして本の言葉で不安を解消して、瞬間、安心を手にしていたから自分の中の「不安」に気づいていなかった。

この不安な気持ちに気づかせてくれたのは、メッセージを送ってくれたのはまぎれもなくわたしの潜在意識。

わたしはこの「不安」をいつから抱いているのか探ることにしました。

幼少期の思い出

この不安は、4年前にさかのぼります。4年前、わたしは人生最大の悲しみを経験しています。このときからわたしは「不安」を抱いていると思った。が、そのとき子供の頃の自分の記憶が現れました。この不安は幼いころからあったんだ。

自分に自信がもてなくていつも周りの目を気にして、自分の力を発揮できなかった頃のわたしが見える。母の怒った顔、父はやさしいけどいつも一緒にいてくれない、いつもわたしは一人・・何かをするたびにおびえ、びくびくしながら生きていました。

でも、その寂しさ、不安、恐怖心は大人になるにつれて感じなくなったけど、それはわたしの心の奥底には残ったままだったんだ。

時が過ぎ、わたしが人生最大の悲しい出来事を経験したあの日、心の奥底にしまわれていた不安や恐怖心がわたしの感情を支配するようになったのです。

大人になると、その感情はいろいろな経験をしてきたことでごまかしがきくようになっていました。子ども時代のあの不安の状態をずっと味わっていることに気がつかなかった・・。

不安を認めたら・・

今までわたしを苦しめてきたのが「不安」だと知り、じゃあその「不安」をどうしようかと思いました。

憎むべきなのか、と・・。

でも、「不安」もわたしの一部で自分から生まれたもの。だからこの「不安」を抱きしめようと思いました。

「不安」を消すのではなく認めて、「安心」で包めば「不安」は癒されるんじゃないかと。

わたしは、この不安を数十年抱えてきた潜在意識に「ありがとう」「愛してる」を繰り返し、意識の中で小さい子を両手に抱えて抱きしめました。

意識の中でのわたしの手の中には温かい光が・・きっとこれが「安心」なんだろう。。。

「不安」はすぐには癒せないでしょう。納得がいくまでわたしは意識のなかでこれを続けようと思いました。わたしは今、「安心」という気持ちを味わえるようになりました。

そのとき、必ず息を大きく吸っていて、息を吐くときは笑顔なんです。

そうすると、地に足が付いているような感覚になるのです。

「不安」が「安心」へ変わったこの日を境に、わたしの軸が「不安」から「安心」へ変わりました。

安心感で自分を包みながら、人にも「安心」を与えていこうと決めました。

子どもと夫がホッとできる母であり妻でいよう。家族が安心して日々を送れる家を作り、ホッとできるような食事で迎えよう。「あの人といると安心する」と言われるひとになろう。

「人が安心するような、ホッとするような」文章を書けるようになろう。。。

わたしが生きている意味がこれなんだろうな・・とも思えました。

夫に私に対するイメージを聞いたことがありました。そのとき「陽だまりかな」と言いました。でもわたし自身、自分にそんなあたたかさはみじんも感じなかった。

でも今なら、自分に関わる人みんなを暖かく照らし包み込めるような「陽だまり」のような暖かくて居心地の良い存在になりたいし、そうありたいと思います。

「ありがとう」と「愛しています」の言葉の力はすごい

「ありがとう」と「愛しています」の言葉には本当に現状を変える力があると思います。

効果を感じなくて心が折れたことも、忘れていた時期もありました。

でもまた思い出したときに始めればいい。心が折れていてもなんの感情も込めなくていいから唱えればいい。

わたしの潜在意識が本当に望んでいるものは「安心」でした。

あなたの潜在意識は何を望んでいるのか、問いかけてみてください。

あなたが何かうまくいかないと思うのなら、その不安を「ありがとう」と「愛しています」

と抱きしめてみてください。お寺のおくりさんブログより。

コズミックホリステック医療・現代靈氣

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