イノベーターシップ

https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=2174 【世界的企業も取り入れている「マインドフルネス」の効果とは、ストレスを軽減し心身の健全を維持すること】より

精神科医・禅僧 川野泰周

多摩大学大学院の品川塾特別講義「イノベーターのためのセルフマネジメント」(協力:ProFuture株式会社、株式会社富士通ラーニングメディアなど)は「イノベーターシップを発揮する土台としての『心』と『体』を整える方法」をテーマに全4回にわたり行われている。第3回目は、精神科医であり禅僧でもある川野泰周氏が講師を務め、Googleをはじめとする世界的企業だけでなく、富士通や日産自動車、伊藤忠商事、DeNAといった国内の大手企業が研修などで取り入れていることで知られる「マインドフルネス」について、医学的・仏教的な知見から、その効果や実践方法などを解説した。

世界的企業も取り入れている「マインドフルネス」の効果とは、ストレスを軽減し心身の健全を維持すること

冒頭、多摩大学大学院 教授・学長特別補佐の徳岡 晃一郎氏が挨拶。「イノベーションを起こすのは簡単なことではありません。難局に対面したり、本当に実現したいことなのかと葛藤したりする場面も少なくないはずです。そのような時に重要なのは、心の持ちよう、精神性のあり方です。マインドフルネスは心を整える手法として、世界的企業などにとても注目されています。本日は、マインドフルネスの第一人者として知られる川野さんの話をリラックスして楽しみながら聞いてください」と述べた。

マインドフルネスの効果には科学的なエビデンスがある

本講義で川野氏は、まずマインドフルネスの概要や特徴を説明した。川野氏によれば、マインドフルネスは生き方のスタンスであり、根底にはセルフ・コンパッション、つまり自分自身へ慈しみや思いやりの心を向ける考えが流れているという。「瞑想を指すことだと解釈されることも多いのですが、瞑想をして手に入れることのできる、人生に対する態度や姿勢のことを言います。マインドフルネスと、マインドフルネスを実現するためのマインドフルネス瞑想は区別したほうがいいでしょう」と解説。また、日本では瞑想と洗脳が混同されることもあるが、自分の体験や感覚と向き合う瞑想と、他者の考えや教えを無理やり正しいと教え込まされる洗脳は、まったくの別物であると強調した。

近年、マインドフルネスは医学や脳科学(神経科学)などの分野で、精神や身体に与える影響や効果の研究が盛んに行われている。川野氏によれば、精神医学の世界では15年以上前では、カウンセリングは別として、薬を使わない治療は補助的なものであって、その効果に関するエビデンスも限られたものであった。しかし、「この10年ほどで、高いレベルの研究のもと薬を使わない心理療法が、薬物療法と並んで心の治療に効果的であることが証明されてきました。つまり、効果があることについてエビデンスが示されたのです。エビデンスがあるということは、基本的には同じ方法で誰が指導しても同じような効果が得られるということを意味します。マインドフルネスはそうしたものの一つです」と語った。

マインドフルネスは仏教者だけのものではない

マインドフルネスの効用の一つとして、マインドフルネスを実践すると、収入の多寡に関わらず幸福を感じやすい精神状態になることがデータをもって示された。川野氏は「マインドフルネスは、物質的なものに左右されず、個人が主体的に幸せを感じやすくする機能を持っています。その意味で、幸せに生きるための練習とも言われています」と伝えた。

さらに「マインドフルネスの背景には仏教的な知恵があります。仏教の知恵は2000年以上も前から綿々と積み重ねられ、現代まで伝えられてきました。これまでは単に精神性として理解されることも多かったのですが、時代が進み、ついに仏教の知恵が科学的なエビデンスで証明されるようになったと言い換えることができるかもしれません。しかし、マインドフルネスは禅や仏教に携わる人だけのものではないのです。心の悩みを持つ人のための治療法の一つとして、また、自分自身が健やかに生きながら高いパフォーマンスを発揮して社会に還元する仕事をしたいと考えているビジネスパーソンにも非常に有効です。私は禅が生活のレベルにまで浸透している日本で、『禅』『医療』『ビジネス』の三位一体のマインドフルネスを促進していきたいと思っています」と熱意を語った。

今ここに意識を集中させる

マインドフルネスというのは馴染みの薄い言葉です。「フル」という語感から「心があれやこれやといろいろなものでいっぱいな状態」と思われるかもしれません。しかし、実は、まったくの逆で、心を空っぽにすることを言います。ただ、心を空っぽにすること、仏教や禅の世界でいう無我の境地に到達するのは、よほどの修行を積まない限りできることではありません。一方で、空っぽの状態に近づけることは比較的簡単にできます。その具体的な方法は、「一つのことに注意を向けること」です。2013年に設立された日本マインドフルネス学会ではマインドフルネスについて「今この瞬間の体験に注意を向け、評価せず、とらわれない状態で観ること」と定義されています。つまり、今体験していることに意図的に注意を向けて味わうという非常にシンプルなものです。

自分の心がマインドフルネスの状態にあるか、簡単に調べる方法があります。15秒間、目を閉じて静かに過ごしてみてください。いかがでしょうか。たった15秒間でもさまざまなことが頭に去来したのではないでしょうか。あの時はああだった、この先はこれをしようなどと過去や未来のことに浮かんできたなら、通常の意識状態です。反対に、蝉の声が聞こえてきたなとか、畳の香りがするとか、今の自分自身の五感を通じて入ってくることが気づきの対象になっていたなら、マインドフルネスの状態になっていると言えるでしょう。

心がマインドフルネスの状態になると、どのような変化が起こるでしょうか。二つの効果を紹介します。一つは「アウェアネス」(気づき)、もう一つは「アクセプタンス」(受容)、この2つの向上です。前者は、外から入ってくる情報と、自らの内側から湧いてくる情報に意識を向けられる状態で、これからビジネスシーンを生きていく人たちにとって大変有用なスキルとされています。というのも、自分自身のあり方、自分の本当の価値基準、実現したい目標が明らかになり、かつ一緒に仕事をしている人や交渉相手の思いをくみ取れるようになるからです。後者は、得られた情報を批判や先入観なく受け止める能力です。マインドフルネスはこの2つを同時進行で向上させるのです。

なぜ脳は疲れ、使い過ぎるとどうなるのか

ハーバード大学の研究で、人間は起きて活動している間のうち、何%の時間を目の前の物事に注意を向けて体験しているか、というものがあります。数千人を対象に収集したデータを解析した結果、私たちは起きている時間の53.1%しか目の前の今やっていることに注意を向けていないことがわかりました。今していることに注意を置いていない状態のことを、認知心理学では「マインドワンダリング」と言います。残りの46.9%の時間は心がさまよっている状態であり、起きている間の半分近い時間がマインドワンダリングになっているとわかったのです。マインドワンダリングは、複数の仕事を同時に進行する、つまりマルチタスクの状態でもなりやすいとわかっています。マルチタスクで仕事を進められるのは一つの能力ですが、あまりにもその時間が長いと心が疲弊して倒れてしまう、鬱や不安を発症してしまう可能性が指摘されています。このため、マルチタスで仕事を行うのがある意味で当たり前のIT企業に勤務する人は、離職や休職の率が他の業界に比べて高い傾向にあることも指摘されています。

なぜいろいろな物事に注意を張り巡らせていると脳が疲れてしまうのでしょうか。ここで、脳の機能について一つご紹介します。脳はある状態においては、内側前頭前皮質と後部帯状皮質の2カ所が同時に活性化します。内側前頭前皮質と後部帯状皮質は脳のエネルギーを大量消費し、5~6割近くを消費するとの研究があります。では、ある状態とはどんな状態かというと、何もしないで、ただぼうっとしている状態です。ぼうっとしているのになぜ脳はエネルギーを消費するのかと、理解に苦しむかもしれません。ぼうっとしていると、目の前でしていること以外のことを想像したり考えたりしてしまい、その結果、内側前頭前皮質と後部帯状皮質が活性化するのです。

この2カ所は、外から入ってくる情報に備え、待ち受けている機能を持っており、「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」と呼ばれます。デフォルト・モード・ネットワークがしっかりと働いてくれないと、私たちは名前を呼ばれても応えることができず、人混みの中を人とぶつかることなく歩くことはできないと考えられます。その意味で、デフォルト・モード・ネットワークがないと都市で生活ができないとも言えます。しかし、常時デフォルト・モード・ネットワークを活性化させていると、脳のエネルギーが激しく消費され、鬱や不安障害が引き起されてしまう可能性があるのです。私たちはスマホを持ち歩き、ニュースを追い求め、ビジネスで関連のある人からの連絡に備えています。だからこそ、意図的にデフォルト・モード・ネットワークを穏やかにする取り組みが必要とされるのです。

ストレスが引き起こされる要因

私たちの生きる社会はストレス社会とも呼ばれ、ストレスを要因とするさまざまな精神疾患を抱えがちです。精神疾患で近年、増えているのは自律神経失調症と心的外傷後ストレス障害(PTSD)です。この2つの疾患の特徴として、自分で自分の症状に気づきにくいことが挙げられます。体の異変を感じていても、心に強いストレスがあることはわかりにくい。これは現代を生きる人々の一つの傾向とされ「アレキシサイミア(失感情症)」、つまり、自分の内面に気づきにくい、心のありように気づくことに苦手である、という人が増えているのです。マインドフルネスに即して言えば、アウェアネスが低い状態です。

では、ストレスはどのように蓄積されていくのでしょうか。私たちの心は意識と感情の2つに分けて論じることができます。意識は理性の部分を指し、感情は感情のままにという言葉が表すようにコントロールが容易ではない部分です。体調は意識と感情とどちらとリンクしているかというと、感情であることがわかっています。例えば、私たちは心拍数を自ら変えることはできませんが、スマホから危険を知らせるアラームが鳴れば、恐れや驚きなどの感情を抱き、簡単に2倍くらいになります。この意識と感情の相互作用がうまくいっている時は、私たちの心に問題は生じません。一方、例えば、食べたいのに医者の指示で食べることができないなど、意識で感情を抑えようとする、つまり、意識と感情の摩擦が葛藤を生みます。この葛藤こそがストレスの本体です。

ストレスが蓄積されると、自律神経が乱れ、体に異変を生じさせます。自律神経は体中に張り巡らされているので、ストレスを要因とする症状がどこに起きてもおかしくはない。例えば、過敏性腸症候群は自身ではコントロールできずに、下痢や便秘を繰り返します。ところが、消化器内科で腸を見てもらっても、異常は発見されません。医師はおそらく「機能性疾患」と判断するでしょう。機能性の疾患とは、器質的な問題(炎症や腫瘍などの物理的な要因)が見当たらないのに、機能だけはおかしくなっているという状態で、要するに「ストレスですね」と言っているのと同じです。一見すると何の解決にもならないように聴こえるかもしれませんが、ストレスがもとになっているかもしれないという、重要な気づきを与えてくれているとも言えます。

ストレスを放置すると、さまざまな臓器の異常が繰り返し出てきてしまいます。一つひとつの症状を薬で無理やり押さえつけようとしても、別の場所の異常が出てくることがほとんどです。これでは「いたちごっこ」というものです。精神的なストレスが体の異常となって出てきてしまうのならば、ストレスを原因とする自律神経の乱れを、マインドフルネス瞑想などを使って心を上手にコントロールできれば回復も見込めるというわけです。

マインドフルネスは薬に匹敵する効果をもたらすこともある

マインドフルネスの医学的な効果のエビデンスを一つ紹介させていただきます。これは世界の五大医学ジャーナルと呼ばれる、非常に信頼度の高い医学雑誌に掲載された、うつ病の再燃(再発)予防に関する一つの研究結果です。うつ病は一旦症状が収まった後に、再発を抑えなければいけない期間があります。従来は2~3年は薬を飲み続けることがほとんどでしたが、この研究では、被験者約500人のうち約半数は途中からマインドフルネス瞑想を行う治療法に切り替えながら、両者を比較しました。24カ月の経過はどうなったか。なんと薬と瞑想の治療で、有意差がなかったのです。ただし、薬がまったく不要ということはなく、薬が必要な期間と不要になる期間があることがわかり、薬とマインドフルネスの両軸で治療を行うべきであることが示唆されました。いずれによせ、うつ病に対し、再発を防止するためには、薬に匹敵するくらいの良い効果があると示されました。研究が発表された2015年以降、日本でもマインドフルネスを学びたいという医師をはじめとした医療者が増えています。

このほか、マインドフルネスは社会不安障害(SAD)、全般性不安障害(GAD)、PTSDなどさまざまな不安障害に対して、多くの効果が立証されています。ここ2~3年で不眠にも効果があることがわかってきました。また肥満や高血圧など、一見すると心と直接は関係しないように思える分野にも、健全な方向に導いていく作用があると近年、証明されてきています。

世界的企業も取り入れている「マインドフルネス」の効果とは、ストレスを軽減し心身の健全を維持すること

脳科学が解き明かしたこと

なぜマインドフルネスは医学的にも効果があるのでしょうか。脳科学(神経科学)の分野で、マインドフルネスを実践すると脳に好影響をもたらす変化があることが解き明かされました。その中の「体験に対する情動反応の変化」について詳しく紹介させていただきます。これは、不安に対する「ぶれない心」というべきものです。マインドフルネスを習慣にしていない一般の人は、不安や恐怖など心の揺さぶりが起こり、それを抑えようとする時は、理性を司る内側前頭前野が活性化します。内側前頭前野は先ほど触れたデフォルト・モード・ネットワークの一部を担当していますので、情動を抑えようとすると脳のエネルギーは大変多く消費される可能性があります。つまり、感情を理性でもって蓋をしようとすると、脳が疲弊するということです。自分の感情に蓋をし続けると、やがて脳が疲れ切って破綻します。この破綻のことをバーンアウト(もしくはバーナウト)と言います。いわゆる「燃え尽き症候群」の状態です。

対して、マインドフルネスを習慣にしている人は、自分のネガティブ感情に対して内側前頭前野があまり活性化されません。心を揺さぶられるような状況に対面しても、理性で情動を封じ込めようとせず、客観的に自分の心のあり方を見ることができるようになります。理性を働かせなくても、感情をゆったりと客観的に眺めることができるので、脳が疲れにくいのです。ネガティブな刺激に対しても、淡々とした気持ち、おおらかな気持ちで受容することができると言えるでしょう。この心の変化を、脳の変化を見ることで脳科学の見地から証明されました。

マインドフルネス瞑想の実践

これから、マインドフルネス瞑想のうち、呼吸瞑想を体験していただきます。座ったまま目を閉じ、自身の呼吸に意識を向けていただきます。椅子に座ったまま手は膝やももに乗せ、手のひらを上に向けます。ただし、形にとらわれる必要はありません。自身のやりやすい格好で行います。マインドフルネス瞑想は心で何が起こっても一旦受け入れることが大切です。うまく呼吸に集中できないと感じるかもしれませんが、そのことに対して一切の価値判断や評価は行わないことが重要です。考えることを手放し、ただ感じるだけの状態を維持します。きっと雑念も浮かんでくるでしょう。しかし、それはそれでかまいません。むしろ、雑念が出てくることは前提です。雑念が出てきたら、雑念に気づいた自分をほめてあげるような意識で、改めて呼吸に意識を切り替えます。この切り替えの訓練こそが、マインドフルネスの本質的な要素と言うべきものです。

世界的企業も取り入れている「マインドフルネス」の効果とは、ストレスを軽減し心身の健全を維持すること

――いかがでしょうか。マインドフルネス瞑想をする時は、雑念と必ず向き合うことになります。この雑念を悪者としてしまった時点で、雑念は増殖し続けて離れられなくなります。雑念はあってしかるべきと捉え、気にせずに受け入れます。その上で、意識を呼吸に戻せば、良い瞑想となります。マインドフルネス瞑想を毎日の生活に取り入れていけば、自然とオープンな心が育まれ、先入観なく物事を受け入れられるようになっていきます。

最後に、私たち日本人は自分に対する慈しみの心を向けること、すなわちセルフ・コンパッションが苦手だと言われています。しかし、自分への慈しみや優しさ、思いやりを受け入れられるからこそ、他者からの優しさも受け入れられるようになるはずです。セルフ・コンパッションがないと、他者からの優しさを裏があるのではないか、憐れみなのではないか、と変に勘ぐったり疑ったりしてしまう。そういう心のあり方の人を、皆さんも想像できるのではないでしょうか。

仏教の世界では「自利利他円満」と言い、私はこの言葉を「自らを慈しむことが他者に慈しみの心を向けることにもつながり、円満な世界を作る」と解釈しています。セルフ・コンパッションもまたマインドフルネスを通じ培われていくものの一つです。これからのメンタルヘルスにおいても、ビジネスシーンにおいても、セルフ・コンパッションの重要性がますます認識されているように思えます。マインドフルネスは信仰や国境の枠組みを超え、この共生の社会に寄与すると私は信じています。マインドフルネスを多くの人に伝えることを私の使命とし、これからも活動をしていきたいと考えています。

講演の後、徳岡氏が「論理優先の経営の世界では、勝ち負けだったり拝金主義だったり、市場主義に流れがちです。しかし、より良い世界を築くという意味でのイノベーションを起こすには、自分が信じていることは何かを改めて問い直す必要があるのではないでしょうか。その際、マインドフルネスを実践することは、非常に大きな意味を持つはずです。また、人生100年時代になり、良く生きることがますます重要視されています。良い暮らしを実践する上でもマインドフルネスは効果的で、今の時代が求めるものと合致していると感じました」と述べ、会を締めくくった。

コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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