思春期私は「行きつく先が墓場なら 好きなことをして切羽詰まれば死ねばよい」と考え、好きなこと探し、喜び探しを始めました。
ところが探すほどに 好きなこと、喜び、自分を満たしてくれるものは失われて行き いつしか虚無の淵に足をさらわれていました。
心から喜ぶってどんな感じがするのでしょう?
もしかして 私たちは生きる喜びを体験するために 生まれたのではないでしょうか?
喜びの状態にある時・・・
後悔や恐れや不安を感じたり 自分が不十分だと感じたりすることはありません。
嫉妬や苦しみ、争いもなく誰かを憎んだり、責めたり、傷つけたりすることもできません
喜び・・・それはただある 純粋で無垢な自分を愛することで、初めて可能になること・・・
喜び・・・それはありのままに存在する「自由」から始まります。
喜び・・・それは世界でたった一人の自分をありのままに許し愛してあげること
世界を愛し 愛を受けとる力を培うこと
喜び・・・それは周りのすべてと調和する愛の自分を体験すること
喜び・・・それは愛と調和
人生の中で、自分を愛することより大切な愛はありません。
だって、自分を受け入れ愛して、初めてありのままでいる自由というものが存在するのだから
そして、喜びはその自由から生まれてくるのだから
その喜びがあって 初めて人の愛を受けとり 世界を愛することができるのだから
喜びとは・・・自分を愛してあげること 今この瞬間、ただ存在する自分を
https://ameblo.jp/tribune-ns0731/entry-11177715090.html 【【散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ】 by 細川ガラシャ】より
◇この句に漂う死生観
これは、明智光秀の三女であり、細川忠興の妻である細川ガラシャの辞世の句で、「花も人も、散り際を心得ているからこそ、美しい」という意味です。
ところで、皆さんは、【Memento mori(メメント・モリ)】という言葉をご存じでしょうか?
ラテン語で、「死を想え」という意味の警句なのですが、「人はいつか死ぬ。その死の間際に後悔せず、潔く死を迎えられるように、今を一生懸命生きよう。そのために、常日頃から、死を意識せよ。」という死生観を表した言葉です。
そこで今一度、細川ガラシャの辞世の句を読んでみると、この辞世の句には、【Memento mori】と同じ死生観が表れていると思いませんか
そういえば、Mr.Children(ミスチル)の『花』という歌のサブタイトルは、奇しくも『Memento mori』なんですね
このタイトルは、ボーカルの桜井和寿さんが、藤原新矢氏の写真・詩文集『メメント・モリ』を見て感動し、つけたものだそうですが、桜井和寿さんが、細川ガラシャの辞世の句を知っていたかは不明ですが、少なくとも、花が美しい理由と、【Memento mori】に表れた死生観の共通項を見出していたからこそ、このタイトルをつけたんでしょうね
『メメント・モリ』藤原新也
◇細川ガラシャの最期
細川ガラシャの最期については、三浦綾子の小説『細川ガラシャ夫人』(新潮文庫)や、NHK大河ドラマを始めとする多くの歴史ドラマで描かれてきているので、ご存じの方も多いと思いますが、最後にそのエピソードをご紹介させていただこうと思います
『細川ガラシャ』三浦綾子
慶長5年(1600年)6月16日、徳川家康は、会津の上杉景勝討伐に向かうため、大坂を出発。そこに加藤清正や福島正則など多くの豊臣恩顧の大名も加わる中、ガラシャの夫・忠興もその列に加わり、関東に兵を進めていました。
その間隙を突いて、石田三成は、徳川方に付いた武将たちの大坂に残る妻たちを人質に取ろうと画策し、7月17日、まず細川家に兵を差し向けました。
ガラシャは、自分が人質となっては、徳川方に付いた夫の足手まといになると考え、人質になることを拒み、屋敷に火を放ち、自ら死を選びます。
キリシタンであったガラシャにとって、自殺は大罪であるため、家臣の小笠原秀清に長刀で胸を突くよう命じ、命を絶ちました。その際、「大坂方に弓を放ってはならぬ」、「殉死は、せぬよう」と家臣を戒めたとも伝えられています。
徳川方に付いた豊臣恩顧の武将の中には、いまだに徳川方に付くことを躊躇する者もいましたが、ガラシャの死の知らせを受け、上杉討伐に同行した武将の誰もが徳川に味方し、石田三成を討つことを決意します。
夫・忠興は、その後の関ヶ原の戦いで、黒田長政と共に石田三成本隊に突撃し、獅子奮迅の活躍を見せ、その働きによって、丹後12万石から豊前中津藩39万9000石の大大名へと出世します。
この忠興の出世は、ガラシャの死がもたらしたものといって過言ではありません。
ガラシャは、徳川方に付いた夫と細川家の家名を守り、夫への愛を貫き、自らの尊厳と誇りを守ったのです。
凛とした生き様を貫いた聡明な細川ガラシャは、私の理想の女性の一人です
私も、このガラシャの辞世の句を胸に、人生に悔いを残さぬよう、日々を全力で生きていきたいと思います
https://note.com/operon/n/n75b22e024485 【辞世の句を詠むときが近づいている気がする】より
先週、教室で課題を解いていると、ビニールエプロンを着たおじさんがやってきて、「このエリアを消毒します」と言った。
な、な、な、なに!?
とりあえず退去して、恐る恐るそばにいた同級生に聞いたら、「〇〇がコロナになったらしいよ」と、サラッと教えてくれた。
まってまって。なんでその情報を、そんな無表情で抑揚なく事務連絡みたいに言えるのよ。
その子、私の隣の席なんだけど。けっこうずっと隣にいたんだけど。
あいつおしゃべりだから、けっこう飛沫吸ってる気がするんだけど。
同じ実習班の子たちは濃厚接触者として自宅待機になったらしい。なら私も濃厚接触者なのでは!?でも学生課が何も言ってこないってことは大丈夫か。..??大丈夫かな...!?
まあいっか...いいのか?と、不安感MAXで数日間過ごしました。
結果。
さっきから喉に違和感があります。
医学生らしく、自分の咽頭を鏡で確認したら、軽度の発赤と右扁桃腺の腫大を認めました。
はい、アウトー。いや、まだ熱出てないしなんとも言えないけど。がちでコロナだったらどうしよう。最悪の事態を想像しちゃいます。明日起きたら、喉がもっと痛くなってて、発熱してて、咳してて、喘息の既往があるから、次第に呼吸状態が悪くなって、人工呼吸器につながれて... ノーーーーーーーーー!!!!!
Memento mori 死を思え、は好きな言葉だったし、幸せな人生だったしいつ死んでもいいやーって思ってたけど。
急にその可能性を感じるとねぇ。焦るわ。なにがmemento moriが好き、じゃ。ふつうに焦るわ。
死を前にして(?)思い出す知覧のこと
去年、家族旅行で鹿児島県の知覧に行ったんですよ。
知覧は特攻隊が飛び立ったところで、その資料館があります。
“Kamikaze” なんていう、お国のバカらしさが現れちゃってるむごい歴史なんか見返したら、悲しい、嫌な気持ちになるに違いないから行きたくなかったのですが、意外や意外、資料館から出てきたときには、背筋が伸びて、前向きな気持ちになっていました。
わたし、もっとしっかりしなきゃ、って。資料館の中で、私が見たもの。それは、辞世の句でした。たくさん展示されていて、すべからく達筆で、枕詞まで使ってて。
全く知らなかったんですけど、特攻隊員って、本来は免除されていたはずの学生を召集してるので、優秀な人が多かったらしいんです。
なるほど達筆なわけだ。「母」の前に「たらちねの」を付けられるわけだ。
句には、親への感謝や、国に命を捧げる意気込みが、強がりかもしれないけど、力強く表現されていました。
わたしなら詠めるのか
彼らは、私と同世代です。
展示スペースを練り歩くうちに、必然と、「自分なら今、こんな句を詠んで死ねるのか」を考えていました。
「死ねるのか」に関しては、yesです。
国のために命を捧げるなんて馬鹿馬鹿しいと思っていたけど、この資料館の展示を見て考え直しました。
今は「敗戦」っていう事実を知っているから「お国のため」をバカにできるけど、国や天皇の偉大さを教えられていたら、自分なんかがこの国のために役に立つなら名誉なことだって思えそうです。靖国に祀ってもらえるわけだし。
実際、今現在も、自分の信じる宗教のためにお金や命を捧げる人がいるわけで、それと理屈は変わらなかったんだろうと思います。
さらに、日本が劣勢で、沖縄に米軍が上陸しちゃって、本土決戦も間近なわけです。
ということはそのうち、親や自分の子供なんかの目の前に直接、米軍が現れる。なにをされるかわかったものじゃない。
もし自分が戦艦に体当たりすれば、少しでも敵の侵攻を遅らせられて、大切な人を危険から遠ざけられる。少しでいいから。
「お国のため」に納得がいかなくっても、大切な人のためならば、特攻できるのも不思議ではないです。
では彼らのように、立派な辞世の句を残せるか、と言われれば、答えはNoです。
理性では特攻という事実を受け入れるとしても、自分の死を目の前にして、親をいたわり、風景を読み込み、枕詞を使って、達筆な句が残せますか?
わたしなら、震えながらぴえんぴえん泣くだけでしょうね。
「強いな」と思いました。
彼らは。自分を奮い立たせるための、残す人を安心させるための強がりだったかもしれないけど、強がれるだけ強いです。
資料館を出る頃には、あんな風に強くて、知識があって、達筆な辞世の句を残せる人になりたいな、と思っていました。
んで。
それから一年半経った今日、急に辞世の句を考え始めなきゃいけない事態が出てきたわけです。
早とちりだといいんだけど、コロナじゃなくてもいつ死ぬかなんてわからないんだから、備えあれば憂なし、です。
頭がクリアなうちにいい句をここに載せて、死後冷たくなった私の指紋で親がこのiPhoneをのぞいた時に発見してくれればいいなって思って、このnoteを書き始めたのですが。
まったく思い浮かばない。
浮かんでくるのは、明日の朝、熱が出てたらどうしようとか、誰かにうつしてたら嫌だな、とかそういう不安ばかり。
どうやら、まだわたしは弱くて、知識が浅くて、字は汚いのです。
神さま、いい句が詠めるまで、もうちょっと待っていてくれませんかね。
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