山頭火の日記 ㉜

https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1946313970&owner_id=7184021&org_id=1946322084【山頭火の日記(昭和9年3月21日~、其中日記六)】 より

『其中日記』(六)

  旅日記

  □東行記(友と遊ぶ)

  □水を味ふ(道中記)

  □病床雑記(飯田入院)

  □帰庵独臥(雑感)

【行乞記(六)】

『行乞記』(六)には、昭和9年3月21日から昭和9年7月25日までの日記が収載されています。

三月廿一日 (東行記)

春季皇霊祭、お彼岸の中日、風ふく日。樹明君から酒を寄越す、T子さんが下物を持つてくる、やがて樹明君もやつてくる。……出立の因縁が熟し時節が到来した、私は出立しなければならない、いや、出立せずにはゐられなくなつたのだ。酔歩まんさんとして出かける、岐陽君を訪ねる、酒、さらに呂竹さんを訪ねる、そしてFをSを訪ねて酒。とうとう出立の時間が経過してしまったので庵に戻って、さらに一夜の名残を惜しんだ。

【其中庵】

山頭火が小郡に其中庵を結んだのは、昭和7年9月から昭和13年11月までの6年間で、山頭火51歳から57歳までの晩年の時期です。この庵からあちこちへ行乞に出ています。其中庵は、小郡町矢足其中庵公園内に復元されています。年中無休、入館無料。ここに荻原井泉水らが昭和25年に建立した、「はるかぜのはちのこひとつ」の句碑があります。また其中庵周辺に、「母ようどんそなえてわたくしもいただきます」「またふるさとにかえりそばの花」「誰も来ない茶の花が散ります」などの句碑があります。

【小郡町文化資料館】

山頭火の遺作、使用していた机、着物などの遺品を含め50点あまりが展示されています。休館日は月曜・祝日。開館時間は9時~16時。入館無料です。

【小郡駅前】

小郡駅前に、「雲の如く行き 水の如く歩み 風の如く去る 一切空 山頭火」の句碑があります。また、小郡駅新幹線口広場に山頭火の像があり、「まったく雲がない笠をぬぎ」の句があります。さらに、居酒屋前に「ほろよい通り」の石碑があり、「へふへふとして水を味ふ」の句が刻まれた手水鉢があります。

三月廿二日 徳山から宝積へ。

晴、朝早くかけつけて出立。物みなよかれ、人みな幸いなれ。八時から一時まで白船居、おちついてしんみりと別盃を酌んだ、身心にしみ入る酒だつた。駅の芽柳を印象ふかく味はつた。白船君の歯がほろりと抜けた、私の歯はすでに抜けてしまつてゐる。汽車からバスで室積へ、五時から十時まで、大前さん水田さんと飲みながら話す。十二時の汽船(商船愛媛丸)で宇品へ、春雨の海上の別離だ。船中雑然、日本人鮮人、男女、老人子供、酒、菓子、果実、――私は寝るより外なかつた。

 庵はこのまま萌えだした草にまかそう

そして私は出て行く、山を観るために、水を味ふために、自己の真実を俳句として打ち出すために。

 ふりかへると椿が赤い

其中庵よ、其中庵よ。

 わかれて春の夜の長い橋で

 木の実すっかり小鳥に食べられて木の芽

 こんやここで涸れている水

【宝積】

山頭火はこの日(昭和9年3月22日)、広島の宇品に向かう途中、室積に大前・水田の両氏を訪問しています。

【清内路村】

山頭火は、こののち昭和9年4月14日に清内路峠を越えて上清内路村の長田屋商店に一泊しています。村内の街道沿いに、次のいくつもの山頭火の句碑があります。

 山深く蕗のとうなら咲いてゐる

 飲みたい水が音をたてていた

 山ふかくして白い花

 山なみ遠く信濃の国の山羊かな

 山しずかなれば笠を脱ぐ (一番清水)

 吾も永住の地を持たず (雁の水尾)

 おだやかに水音も暮れてイサコイヨサコイ

 死ぬるばかりの水は白う流れる

 なんとかかたいつぼみでさくら音頭で

 掌大の五平餅出て峡白雨

四月廿九日

暮れて八時過ぎ、やうやく小郡に着いた、いろいろの都合で時間がおくれたから、樹明君も出迎へてゐない、労れた足をひきずつて、弱いからだを歩かせて、庵に辿りついた、夜目にも雑草風景のすばらしさが見える。……風鈴が鳴る、梟が啼く、やれやれ戻つた、戻つた、風は吹いてもさびしうない、一人でも気楽だ、身心がやつと落ちついた。すぐ寝床をのべて寝た、ぐつすりとゆつくりと寝た!

 ふるさとはすつかり葉桜のまぶしさ

 やつと戻つてきてうちの水音

 わらやしづくするうちにもどつてる

 雑草、気永日永に寝てゐませう(病中)

【其中庵に帰庵】

山頭火はこの日(昭和9年4月29日)、其中庵に帰庵しています。

四月三十日

久しぶりにようねむれた、山頭火は其中庵でなければ落ちつけないのだ、ここならば生死去来がおのづからにして生死去来だ、ありがたし、かたじけなし。降つたり照つたり、雑草、雑草。起きるより掃除(樹明君が掃除してくれてはゐたが)、数十日間の塵を払ふ。学校に樹明君を訪ねる、君は私が途中、どこかに下車したと思つて、昨日も白船君と交渉したさうな、感謝々々。街へ出かけて買物、米、炭、味噌、等々(うれしいことにはそれらを買ふだけのゲルトは残つてゐた)。御飯を炊き味噌汁を拵らへて、ゆうゆうと食べる、あまり食べられないけれどおいしかつた。つかれた、つかれた、……うれしい、うれしい。とんぼがとまる、てふてふがとまる、……雲雀がなく蛙がとぶ、……たんぽぽ、たんぽぽ、きんぽうげ、きんぽうげ。……柿若葉がうつくしい、食べたらおいしからう! 方々へ無事帰庵のハガキを書く、身心がぼーつとしてまとまらない、気永日永に養生する外ない。午後、樹明君来庵、酒と肉とを持つて、――もう酒が飲めるのだからありがたい。樹明君を送つてそこらまで、何と赤い月がのぼつた。蛙のコーラス、しづかな一人としてゆうぜんと月を観る。今夜はすこし寝苦しかつた、歩きすぎたからだらう、飲みすぎたからでもあらうよ。

 いかにぺんぺん草のひよろながく実をむすんだ

 藪かげ藪蘭のひらいてはしぼみ

 みんな去んでしまへば赤い月

   改作二句

 乞ひあるく道がつづいて春めいてきた

 藪かげほつと藪蘭の咲いてゐた

 木の実ころころつながれてゐる犬へ

 まんぢゆう、ふるさとから子が持つてきてくれた

 雑草やはつらつとして踏みわける

【つかれた足へとんぼがとまつた】

この日の日記に、「つかれた、つかれた、……うれしい、うれしい。とんぼがとまる、てふてふがとまる」とあります。山頭火の句に「つかれた足へとんぼがとまつた」があります。山頭火は、しばしばとんぼを素材にしています。他に「笠にとんぼをとまらせて歩く」の句もあります。背をこごめ目をつぶった山頭火の足に、かすかに何かが触れます。とんぼは、大きな目に青空を映して羽根を休め、動こうとはしません。山頭火はしばらくそれを見入るうちに、やはり大自然の小さな申し子であり、疲れた自分への励ましの使者であると感じています。とんぼを同行者として、山頭火の足ははずんで行きます。

五月一日

早く起きた、うす寒い、鐘の音、小鳥の唄、すがすがしくてせいぜいする。雑草を壺に投げ挿す、いいなあ。身辺整理、その一つとして郵便局へ投函に。私の身心はやぶれてゐるけれどからりとしてゐる、胸中何とはなしに廓落たるものを感じる。北国はまだ春であつたのに、こちらはもう、麦の穂が出揃うて菜種が咲き揃うて、さすがに南国だ。ありがたいたより、今日は作郎老からのそれ。食べることは食べるが、味へない。誰か通知したと見えて、健が国森君といつしよにやつてくるのにでくはした、二人連れ立つて戻る、何年ぶりの対面だらう、親子らしく感じられないで、若い友達と話してゐるやうだつたが、酒や鑵詰や果実や何や彼や買うてくれた時はさすがにオヤヂニコニコだつた(庵には寝具の用意がないので、事情報告かたがた、夕方からS子の家へいつてもらつた、健よ、平安であれ)。午後、樹明君がまた鈴木周二君と同行して来庵(周二君は徴兵検査で帰省中、私の帰庵を知つて見舞はれたのである)、飲む食べる饒舌る、暮れて駅まで送る。今日はよい日だつた、よい夜でもあつた。

 肌に湿布がぴつたりと生きてゐる五月

 草からとんぼがつるみとんぼで

 五月、いつもつながれて犬は吠えるばかりで

 こんなところに筍がこんなに大きく

 おててをふつておいでもできますさつきばれ

 雑草につつまれて弱い心臓で

   病臥雑詠

 寝床から柿の若葉のかがやく空を

 柿若葉、もう血痰ではなくなつた

 病んでしづかな白い花のちる

 蜂がにぎやかな山椒の花かよ

 ぶらぶらあるけるやうになつて葱坊主

 あけはなつやまづ風鈴の鳴る

 山ゆけば山のとんぼがきてとまり

 あれもこれもほうれん草も咲いてゐる(帰庵)

【息子・健が病気見舞い】

この日の日記に、「健が国森君といつしよにやつてくるのにでくはした、二人連れ立つて戻る、何年ぶりの対面だらう、親子らしく感じられないで、若い友達と話してゐるやうだつたが、酒や鑵詰や果実や何や彼や買うてくれた時はさすがにオヤヂニコニコだつた」とあります。山頭火は、4月28日まで川島病院に入院していました。息子・健が病気見舞いにやってきたのです。山頭火の嬉しい顔が浮かびます。すこぶるうれしかった山頭火の顔が見えます。この後も、句友たちが心配して来訪しきりでした。

五月九日

曇、昨夜は眠れた、何よりも睡眠である。初夏の朝、よいたより。ちよつと街へ出て戻ると、誰やら来てゐる、思ひがけなく澄太君だ、酒と豆腐とを持つて。ちびちびやつてゐるところへ、呂竹さんが見舞に来られた、これまた茶を持つて。さらに樹明来、T子さん来庵。風が吹いて落ちつけない、風には困る。澄太来のよろこびを湯田まで延長する、よい湯、よい酒、よい飯、よい話、よい別れでもあつた、澄太君ほんたうありがたう、ありがたう。夕暮、帰庵すると、飲みつつある樹明を発見する、彼はまことに酒好きだ、少々酒に飲まれる方だが。労れた、よい意味で、――今夜はよくねむれるだらうと喜んでゐると、T子再来、詰らない事を話して時間を空しくする、しめやかな雨となつたが寝苦しかつた、困つた。

 生きて戻つて五月の太陽

 けさは水音の、よいことがありさうな

 葱坊主、わたしにもうれしいことがある

 湯あがりの、かきつばたまぶしいな(病後)

 竹の葉のうごく(そよぐ)ともなくしづかなり

 土は水はあかるく種をおろしたところ(苗代)

【けさは水音の、よいことがありさうな】

この日の日記に、「けさは水音の、よいことがありさうな」の句があります。別に「けさは水音も、よいたよりでもありさうな」の句もあります。ひとりであることを、厳しく貫いて生きながら、山頭火は、人なっこい寂しがりやでした。孤独を求めながら、まったくのそれには生ききれない人間の姿を、そこに見ることができます。

五月十九日

頬白が晴々と囀つてゐる、誰かを、何物かを待つてゐる。考へること、読むこと、書くこと、……歩くこと。人生は五十からだ、少くとも東洋の、日本の芸術は! 曇つて降りだしさうになつたが、なかなか。昼酌をやりながら、といふよりも、ほうれん草のおしたしを食べつつ、味取をおもひだした、H老人をおもひだして、彼の生死を案じた、味取在住一ヶ年あまり、よくH老人と飲んだ、そしておさかなはほうれん草のおしたしが多かつた。……私は毎日これだけ食べる(不幸にしてこれだけ飲みます!)。(中略) 湯屋で感じた事、――男湯と女湯とを仕切るドアがあけつぱなしになつてゐたので、私は見るともなく、女の裸体を見た(山頭火はスケベイだぞ)、そしてちつとも魅力を感じなかつた、むしろ醜悪の念さへ感じた(これは必ずしも私がすでに性慾をなくしてゐるからばかりではない)、そこにうづくまつて、そして立つてゐた二人の女、一人は若い妻君で、ブヨブヨふくれてゐた、もう一人は女給でもあらうか、顔には多少の若い美しさがあつたが、肉体そのものはかたくいぢけてゐた、若い女性がその裸体を以ても男性を動かし得ないとしたならば、彼女は女性として第一歩に於て落第してゐる、――私は気の毒に堪へなかつた、脱衣場の花瓶に された芍薬の紅白二枝の方がどんなにより強く私を動かしたらう! (私はまだ雑草のよさを味ふと同様に、女の肉体を観ることが出来ない、修行未熟ですね)俳人の夥多、そして俳句の貧困。ながいこと、ぶらぶらうごいてゐた前歯(後歯はもうみんな抜けてしまつたが)がほろりと抜けた、抜けたことそのことはさびしいが、これでさつぱりした、物を食べるにもかへつて都合よくなつた(私自身が社会に於ける地位はその歯のやうではないかな)。ラツキヨウを食べつつ考へる(私はラツキヨウが好きだ、帰庵して冬村君から壺に一杯貰つたが、もう残り少なくなつた)、人生はラツキヨウのやうなものだらう、一皮一皮剥いでゆくところに味がある、剥いでしまへば何もないのだ、といつてそれは空虚ではない、過程が目的なのだ、形式が内容なのだ、出発が究竟なのだ、それでよろしい、それが実人生だ、歩々到着、歩々を離れては何もないのが本当だ(ラツキヨウを人生に喩へることは悪い意味に使はれすぎた)。たどんはありがたいかな、たどん一つのおかげで朝から夜まで暖かいものが食べられる、その火一つで、御飯もお湯もお菜も、そしてお燗も出来ます。……今日の夕方はさみしかつた、人が恋しかつた、――誰か来ないかなあ、と叫びたかつた、いや、心の中では叫んだのである。寝苦しかつた、一時から三時まで、やつとねむれた。

 うちの藪よその藪みんなうごいてゆふべ

 空は初夏の、直線が直角にあつまつて変電所

 閉めて一人の障子を虫がきてたたく

 影もはつきりと若葉

 ほろりとぬけた歯は雑草へ

 たづねあてたがやつぱりお留守で桐の花

 きんぽうげも実となり薬は飲みつづけてゐる

 くもりおもくてふらないでくろいてふてふ

 この児ひとりここでクローバーを摘んでゐる

 摘めば四ツ葉ぢやなかつたですかお嬢さん(途上即事)

    断想

生活感情をあらはすよりも生活そのものをうたふのだ。人生は、少くとも私の生活は水を酒にするのではなくて、酒が水になるのだ。生活事実、その中に、その奥に、その底に人生の真実、自然の真実がある。

 誰もたづねて来ない若葉が虫に喰はれてゐるぞ

 ひよいと穴から、とかげかよ

 雑草が咲いて実つて窓の春は逝く

 ねむれない私とはいれない虫と夜がながいかな

 夜ふけてきた虫で、いそいで逃げる虫で

【閉めて一人の障子を虫がきてたたく】

この日の日記に、「閉めて一人の障子を虫がきてたたく」の句があります。山頭火は、その秋の小さな使者の訪れに、ほっとします。

五月廿二日

とてもよいお天気、小鳥も草も人間もよろこぶ。何とはなしに憂欝になる、病気のためか、銭がないためか、お天気があまりに好すぎるためか、……やつぱり把握すべきものをしつかりと把握してゐないからだ、自己阿附が感傷的になるからだ、このセンチを解消しなければ、ほんたうの山頭火にはなれない、ほんたうの句は作れない。野をよこぎつて街をあるいたが、カケで一杯ひつかけたが、そんなことでは駄目だつた、私の身心はなぐさまなかつた、咄。昼飯最中だつた、誰だか来て案内を乞ふ、出て見て思ひだしたが、福日の恒屋匡介君だつた、まことに意外なお客さんだつた、白船君から私の近況を聞いて訪ねて来たといふ、閑談二時間あまり、後日を約して別れた。あんまり虫が胡瓜の葉を喰ふから紙袋で囲うてやつた、もう花をつけてゐる、ちと早熟だな。煩悩執着を放下することが修行の目的である、しかも修行しつつ、煩悩執着を放下してしまうことが、惜しいやうな未練を感ずるのが人情である、言ひ換へると、煩悩執着が無くなつてしまへば、生活――人生――人間そのものが無くなつてしまうやうに感じて、放下したいやうな、したくないやうな弱い気を起すのである、ここもまた透過しなければならない一関である(蓬州和尚の雲水は語る、を読んで)。有仏のところ止まる勿れ、無仏のところ走過せよ、――私は今、この話頭に自から参じてゐる。もううす暗くなつて、農学校の給仕さんが酒徳利をさげてきた、樹明来の予告である、間もなく樹明来、自分で飲みたいよりも私に飲ませる心いきはよく解る、よく解るだけ酔へない、胡瓜と酒とは食べて飲んだが。干大根は煮そこなつた、伽羅蕗はうまくできるらしい。蛙かやかやこやこや、ころころ、げろげろ。……よう寝た、さすがにアルコール大明神の効験はいやちこ也。

 (未定稿)(生みの苦しみ)

 (わたしの)窓へ糸瓜の蔓をみちびく

 (だんだん畠の)麦刈ればそこには豆が芽ぶいてる

 (夜の机の)これでも虫であつたか動いてる

 風の夜の虫がきて逃げない

 風鈴鳴ればたんぽぽ散ればとんぼ通りぬける

 触れると死んだまねして虫のいのち

 蜘蛛はほしいままに昼月のある空

 蜂もいそがしい野苺咲いた

【煩悩執着を放下することが修行の目的】

この日の日記に、「煩悩執着を放下することが修行の目的である、しかも修行しつつ、煩悩執着を放下してしまうことが、惜しいやうな未練を感ずるのが人情である、言ひ換へると、煩悩執着が無くなつてしまへば、生活――人生――人間そのものが無くなつてしまうやうに感じて、放下したいやうな、したくないやうな弱い気を起すのである」とあります。山頭火にとって、煩悩執着は人一倍強く、放下におよぶまでには至りませんでした。ために行乞途上においても人間味たっぷりで、ときには世間的にもひんしゅくを買うような愚行をしでかしています。

コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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