高橋比呂子追悼

https://gendaihaiku.gr.jp/page-14728/ 【高橋比呂子さん追悼文 木村聡雄】より

高橋比呂子さんと国際部 

 昨年末の高橋比呂子さんの訃報はあまりに突然だった。昨年5月あたりまではメールでやりとりをしていた。秋頃に連絡したときは返信がなかったが急用ではなかったので、おそらく忙しいのだろうと思っていた。その後この知らせが入り、絶句したのである。哀悼の意を表して、高橋さんと国際部について思い出されることをここに記しておこうと思う。

 高橋比呂子さんは現代俳句協会のいくつかの部署で大活躍されていたが、私は国際部で高橋さんや他の部員の皆さんととともに活動してきた。国際部以前を思い返してみると、初めて会ったのはおそらく30年以上前だったはずだが、それはおそらく私が学生のころから関わっていた前衛俳句系の同人誌「未定」(代表:沢好摩)やその周辺の俳人たちとのイベントだったように思われる。ただ、当時はさまざまな会合や活動があって、初めて話したのがいつだったか詳しいことは思い出せない。いずれにせよ、高橋さんはそのころから俳句に関して非常に熱心だったことは覚えている。その後、私が国際部を私が担当することとなり、その部員として毎月、会議や研究会などの件でいろいろ話をしたのであった。年に何回か行われた国際部研究会では、日本人の講師をはじめ例えば、マブソン・ローラン、ドゥーグル・リンズィー、ティートー、ディヴィッド・バーレィ、董振華、楊逸(ヤン・イー)の各氏や、海外からはマイケル・ディラン・ウェルチ、リー・ガーガ、ジャニク・ベロー、イヴァン・ボンダレンコ、ドック・ドラムヘラー、あるいは世界の若手の俳人や研究者たちを講師として招いて国内外の俳句状況について学び、また交流した。高橋さんは確かドイツ語をよく知っていたと記憶している。

 国際関連の活動では多言語俳句アンソロジーを2冊出版したが、対訳に対応すべく部員たちと掲載句の英訳をあれこれ話し合ったことが思い出される。『水の星』The Blue Planet(北溟社、2011)と『眠れない星』The Sleepless Planet(七月堂、2018)の2冊から、追悼の意を込めてここに彼女の対訳作品を引いてみたい。

雪原をゆりかごとする翁かな 高橋比呂子

An old man  makes the snowfield   his cradle (The Blue Planet)

 高橋さんは北国のことをよく話していたが、日本人にとって、「心の故郷」(言い換えれば、演歌に歌われるイメージ)は東北に繋がってゆくとも言われる。「雪原」とは、北の生まれではないわれわれにとってさえ懐かしい風景であるように感じられるのである。すると「ゆりかご」は始祖の土地で、「翁」は先祖たちであろうか。われわれの心無意識の底に眠っているこうした民話性がこの句の魅力と言ってよかろう。

金魚二匹戦争を知らざりき 高橋比呂子

two goldfishes  not knowing  any war (The Sleepless planet)

 「戦争を知」っているとは戦争体験を指すのだろう。すると、戦後生まれのほとんどの日本人は戦争を知らない。「金魚二匹」は家で飼っているのだろうが、戦争が句のモチーフに選ばれていることからすると、比喩的には閉じられた平和な世界に暮らす「あなた」や「わたし」と読めなくもない。とはいえ、現在のウクライナやガザそのほかのこの地球上の悲惨な戦争を目の当たりにしているわれわれは、直接の体験ではないにせよ、もはや戦争を知らないとは言い張れないだろう。実際、世界で日々進む軍拡とは決して抑止ではなく、いつか来た道に重なってゆくことを忘れてはならないだろう。

 これらの引用句に示されるように、高橋さんの俳句はいまこのときもわれわれに多くを語りかけてくる。そしてなにより、あの元気いっぱいの笑顔はこれからも私たちの心の中に咲き続けるだろう。


https://ooikomon.blogspot.com/2015/12/blog-post_30.html 【高橋比呂子「蘭奢待ゆきもかえりも吹雪かな」(『つがるからつゆいり』)・・・】より

高橋比呂子「豈」同人にして「LOTUS」同人。青森市生まれで攝津幸彦と同年。『つがるからつゆいり』(文學の森)は第四句集になる。

最新の「豈」(邑書林発売)58号には、創刊35周年を記念して各同人の代表句10句が掲載されているが、その冒頭の句は、

    夏岬 原体験は球である        比呂子

本句集からも自選句として、代表句にかなり入集されている。2,3句挙げてみよう。

   一日と、三日七日と飛花落花

   ぽすとからとぽすまでの冬銀河

   蘭奢待ゆきもかえりも吹雪かな

愚生の不明にして「蘭奢待」のことはよく知らなかった。広辞苑によると「聖武天皇の時代、中国から渡来したという名香。東大寺正倉院宝物目録には黄熟香とある。『蘭奢待』の字には「東大寺」の3字が隠されているという。別名東大寺」とあった。読みは「らんじゃたい」。

著者「あとがき」には、本句集の表現意図が記されている。

 言葉同士の絡み合い、関係性、言葉のリズム、音韻の響き、意味性、それらとの衝撃。『つがるからつゆいり』は、これまでよりも、言葉の関係性にシフトしてみた。別にこれが新しい方法なわけではなく、これまでもつちかわれてきた方法である。私なりの世界が出はしまいかと願っている。ともあれ、旺盛な創作欲に敬意を表して、以下にいくつか挙げておこう。

   無数ならもっとながれる芒種かな  降雪や平均律とはほど遠く

   陸奥湾に風花産卵しつつ消ゆ  虚空から紐垂れてくるはるの海

   みちのくは釦ならべてかぞえて遠し と、ゆすり蚊とゆりうすと

   羅や闇よりも濃くあいにゆく  紀の国のきぬたかんたんいささかいささか  

因みに、表紙装画も著者、瀟洒な装丁は三宅政吉。


Facebook堀本 吟さん投稿喜j

2016年6月バージョン 佳句集&佳句

高橋比呂子『つがるからつゆいり』(文學の森・平成28年1月28日)

 絵本魔術師つがるからつゆいり 比呂子

 もしかしたら「からつゆ」かしらと思っていたら、とつぜん降りだす、やっぱり「つゆ」になったんだなあ、と、ストンと納得させる。このなりゆきに理屈はない。あざやかなお手並みである。 津軽、みちのくは、彼女のふるさと

★【絵本魔術師】の章

 津軽野は鍛冶屋でありし吹雪けり比呂子 風花の数ほどありぬ義経忌   

 陸奥湾に風花産卵しつつ消ゆ   桜桃忌母のみみたぶゆたかなり 

 等々。義経や太宰治のレジェンドまで思い出させて、その固有名詞によって具象的イメージへひきこまれるものもある。

 その原風景が散見するとしても、彼女の志す抽象画的世界のように、句景全体は言葉も抽象的でありビジュアルである。

 いつも、この人独特の飛び方。宝石デザイナーが小さなブローチのアチコチにはめ込むようにかるくきらびやかである。

★【溺れる時刻】の章

 3・11 14:46 溺れる時刻なり 比呂子   ガラス細工の村落こわれ桜騒      

 脳天に美童あふれし冬の地震       大津波あと金色堂に鷹の舞う      

 意図がよくわかる。同時に書き方の異色さが記憶に残る。

★【蘭奢待】の章 

 奇想というわけではないがやはり通常とちがう、読者にイメージの連結を強いる。言葉の関係性に重心をシフトしてみた、という意図がはっきりあらわれている意欲作がならぶ。

 猫ぷかぷか沈香といえり     比呂子 春の夜の天平の皿飛んでくる   

 乳房からほどけてゆきし熱帯魚 字足らず 七七、五五五、など、破調が身についている。

 生活(たつき)か金泥の混沌です 4,5,6  判子屋に秋の風とどこおる 5,5,5

 北の一か所かぜはいちじく 7,7     砂の聖書ふくろうの火であり 6,6,4 

巻末。高貴な香木の香り立つ吹雪で終るという構成がしゃれている。この美意識は比呂子さんのものだ。 蘭奢待ゆきもかえりも吹雪かな 比呂子

★ 阿部完市の〈絵本もやしてどんどここちら明るくする〉完市〈栃木にいろいろ雨のたましいもいたり〉 完市 をふと、思い出したりするけれど、比呂子さんの書く絵本はひらひらとめくれてどんどんすすむ。

 最後に近く。 阿部完市氏   兎きて狐きて狸きて鶏ころぶ阿部館 高橋比呂子

贈られて半年。礼状を出してしまうと、安心してそのまま、ということになる。ちゃんと読んでから、と思っていると、礼状、感想がどんどん遅れる。比呂子さん、今になってしまった。ごめん。

豈58号の句群も読む。

 言の葉も蛍も死にいそぐらむ  比呂子   古春や糞のごとき俳句を生む  比呂子

覚悟のうえ。という意志的なところをみる、切れ味がいい。

コズミックホリステック医療・現代靈氣

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