https://ranyokohama.amebaownd.com/posts/32078352?categoryIds=5798323 【俳句は17音で宇宙を詠める】
https://ranyokohama.amebaownd.com/posts/7040657?categoryIds=664066 【吾であり宇宙である】
https://ranyokohama.amebaownd.com/posts/2966232?categoryIds=664066 【渦の世界】
Facebookさん長岡 美妃さん投稿記事
禅を世界に伝えた鈴木大拙。
彼の影響を受けた西洋哲学者は多くいる。
禅は悟りであり、今ここを瞬時に認識する。いや、認識すると同時に認識しないと言うのがいい。それは西洋哲学が追い求めたイデア、絶対精神、物自体などと言い表されてきた絶対世界である。
東洋のエキスでもある禅と出会った西洋哲学者たちは度肝を抜かれたのではなかろうか。時空間があるのが大前提で思考する西洋の認識方式では理解し切れない「今ここ」。主客を一致させたくとも、彼らの思考方式ではギリギリのところまでは行くがどうしても主客分離が起こってしまうジレンマを超えられない。
令和哲学カフェにてエーリッヒ・フロムを取り上げた。彼が自宅に大拙を招いたことは有名な話で、それがキッカケとなり著されたのが「禅と精神分析」。フロムがどこまで禅の世界を理解できたかは…分からない。彼の求めた自由が大拙の言う無心と重なるようでズレが生じている。
不立文字の絶対世界を演繹的に伝えるのが禅であるならば、西洋哲学は現実から帰納的にそこに到達しようと挑む。禅は脳(因果)を手放し、西洋哲学は脳を駆使する。
人類の功績は素晴らしいと感動が押し寄せてくる。繋がりそうで繋がらなかった東洋と西洋だが、人類は東西の接着を追い求めていた。なぜなら、その接着点こそが「間」だからである。それはジーザスの言う「門」であり、ラクダが通る針の穴。その門を通ったならば誰もが絶対世界に到達し得る。
今までは人間が絶対世界に到達することは不可能に近かった。ほんの一握りの聖人と呼ばれる人だけが通り抜けられる門だった。しかし21世紀の今、その門は大きく開き誰もが簡単に通過できるものとなった。なぜなら接着点の発見があったからである。
だから私は声を大にして言う。「認識技術nTechは直球で点を伝える、知の大統合の完全学問です。」と。
https://www.bookbang.jp/article/515842 【喋りまくる伊集院光が“17音で宇宙が詠める”俳句の魅力を「ピース又吉の師匠」に聞く】より
テレビ・ラジオで取り上げられた本Book Bang編集部 [ニュース/テレビ・ラジオで取り上げられた本] (日本の小説・詩集/エッセー・随筆)
タレントの伊集院光さん(48)が司会を務めるラジオ番組「伊集院光とらじおと」に7月25日、俳人・文筆家の堀本裕樹さん(41)が出演した。“全部喋ってしまう”伊集院さんと“17音で詠む”堀本さんの対話は大いに盛り上がった。
■俳句とは何か?
番組冒頭で伊集院さんは、堀本さんにとって俳句とは何か、と直球の質問。堀本さんはとまどいながらも「俳句は世界一短い詩。17音の短いなかに無限大の可能性が秘められている。宇宙から蟻まで詠める。短いけど器はでかい、そこが魅力であり難しさ」と答えた。
それを聞いた伊集院さんは、ほんの一文字で“ぞくぞくするようなダイナミックさ”を感じたり“ショボさ”を感じたりと変わる俳句のおかしみを指摘。堀本さんはそれに対し「短い17音のなかだからこそ響いてくる、立ちあがってくる言葉がある。5・7・5の韻律が言葉をパーンと際立たせる。そういう魔力があるんでしょうね」と俳句の魅力を語った。
■“縛り”があるからこそ“自由”が生まれる
伊集院さんはラジオ番組に送られてくる投稿で、書ける文字量に上限がある葉書と、どれだけでも書けてしまうメールとの差異や、投稿を140文字に収める必要があるTwitterなどの例をあげ、“縛り”があることで面白くなると語る。それを受け堀本さんは「“縛り”があるからこそ、そこに“自由”が生まれる」とまとめ、伊集院さんを唸らせた。
また伊集院さんは「僕はほんの些細なことを1時間喋りたい」と自分のラジオのフリートークは「全部言う」スタイルだと明かす。俳句は「全部言わない」ものなので、自分のスタイルとは対極にあるが、すごく勉強になる、とお互いのアプローチの違いを楽しんでいた。
■ピース又吉との交流
堀本さんはお笑いコンビ・ピースの又吉直樹さん(36)に雑誌の連載で2年間俳句を教えた。その講義は書籍『芸人と俳人』(集英社)としてもまとめられている。また最近では2人にカメラマンの鈴木理策さんを加えた3人で、聖地・熊野を巡った鼎談が『芸術新潮 8月号』(新潮社 7月25日発売)に掲載されている。
『芸人と俳人』『俳句歳時記 第四版増補 夏』
堀本さんはジャンルの違う2人との鼎談について「写真家は写真家の角度で来たり、芸人は芸人の視点で来たり、そのへんがすごく楽しい」と別の視点をもつ仲間との交流の楽しさを語った。最後に堀本さんは俳句を始めてみたいという人に、季語辞典『俳句歳時記 第四版増補 夏』角川学芸出版[編](KADOKAWA)を薦めた。
「伊集院光とらじおと」月曜から木曜朝8時30分よりTBSラジオにて放送中。
https://www.koukouseishinbun.jp/articles/-/6504 【17音で「宇宙」が詠める俳句 まずは読むことからスタートしよう(全国高校生創作コンテスト)】より
7月1日から募集開始となった「第26回全国高校生創作コンテスト」の俳句部門で審査員を務める俳人・文筆家の堀本裕樹先生。自らの創作の傍ら、入門書の執筆や句会を開催するなど、幅広い層へ俳句の楽しさを伝えている。近年ではピース又吉直樹氏との共著など多方面で活躍している堀本先生に、俳句創作のコツなどを聞いた。
「17音で宇宙が詠める」と語った師との出会い
―堀本先生が俳句と出合ったきっかけを教えてください。
俳句との出合いは大学2年生、19歳のときです。当時、小説家になりたいと考えていて、文章を自分なりに修行していました。その一環として俳句を詠むことが小説を書く上でプラスになると考えたんです。なぜそう思ったかというと、夏目漱石にしろ、芥川龍之介にしろ、昔の文豪は俳句に精通していましたし、良い俳句をたくさんつくっていました。だから自分も、俳句という韻文を磨く事で、小説のような散文の力も磨かれると考えたのです。それで、國學院大學に進んだ時に俳句サークルに入って、そこで俳句創りをはじめました。
大学時代の俳句サークルはきっかけにはなりましたが、そんなに熱心にのめりこんでいったわけではありません。ただ、その時のサークルの師範であった、鎌田東二先生との出会いは大きかった。鎌田先生は宗教哲学が専門で、非常に文学にも精通した方で、先生に言われたのが「俳句は宇宙を詠めるんだ」という言葉。俳句は世界一短い詩といわれていますが、その短い17音で宇宙が詠めるんだと。それがすごく胸の中に残っていました。その後、大学を卒業してから雑誌などの俳句欄に投稿し始めました。そのうちに、自分の句が次第と入選するようになり、そうなると非常に励みになって、だんだんと面白くなって。ひょっとして自分は俳句に向いているんじゃないかと思うようになりました。いろいろなところに投稿することで、自分の俳句の実力がどういうものかを確かめつつ、のめりこんでいったんです。
―堀本先生が考える俳句の魅力は?
俳句は省略の文芸といわれます。17音ですべて言うことは無理なんです。そこは潔くあきらめながら、そのなかで省略とか余白の部分を生かしていきます。生かす、というのは読み手にどれだけ想像させるかというところで、これが俳句の奥深さだと思います。
1つの句に対して、いろいろな物語が受け手によってそれぞれ広がっていきます。作品になったらそれをどう鑑賞しようが、受け手の勝手で、自由なわけです。これは、いろいろな芸術作品にもいえることだと思います。たとえば、ピカソの絵を前にして、作品の隣に本人がいれば、どういう作品か聞くことができますが、美術館はそうではないですよね。見る人がピカソの作品だけで感じること、思うこと、でいいと思うんです。作品の時代背景や作者の思いはもちろんあるわけですが、作品そのものだけではそこまでの情報量を持っていないですから。
俳句も受け手が読んで、「私はこう思う」「僕はそうではない」と、自由に考えられることが大事なんじゃないかと僕は思うんですよね。俳句は究極に情報量のない表現方法です。象徴度が高いという言い方ができると思います。象徴度の高い作品をどうやって自分なりに想像力を膨らませて、具体的に具象的に解釈するかというのが、受け手にとっても非常にスリリングなところだと思います。
―過去の受賞作の中で印象に残っている句はありますか?
次の、第21回最優秀賞の山下茜莉さんの句が印象に残っています。
月涼しまだ履き慣れぬ下駄の音
読んだ時に、とても物語のある句だと思いました。句の中では履き慣れない下駄を履いて、どこにいったのかは省略されています。それはお祭りであったり、花火大会であったりすると思うんですけど、下駄の音だけでそういう場面を想像させて、なおかつ、作者の思いを載せているように思います。「履き慣れぬ下駄の音」に。それはつまり、新しい下駄ですよね。この日のために新調しておろしたのか、会う人に敬意をこめているといいますか。「まだ」というのも上手いです。この「まだ」に非常に含みがありますね。全体を通して美しいですよね。下駄の音が夏の月へ響いていくような、そういう印象を受けました。
―俳句を創る時に押さえておきたいポイントを教えてください
1)屋内・屋外どちらでも詠んでみる
俳句を作るシチュエーションを考えると机の上、要するに屋内で創るか屋外で創るかの2つに分かれると思います。屋内だったら僕はジャズが好きなのでジャズを流しながら集中して考えるということが多いです。屋外の場合は「吟行」※という言い方をするのですが、僕はどちらも実践しています。屋内では、自分の頭の中にある想像力が非常に大事になります。屋外に出たときは、自分の頭の中よりも、見たもの・触れたもの・聞いたものが俳句になっていくんです。どちらも大事だと思います。俳人によってはどちらか一方が得意だったり、「どちらもできる」という人もいると思いますが、高校生のうちはどちらも試して俳句を作ってみれば良いのではないでしょうか。
※名所旧跡を訪ねたり、近所を散歩しながらなど、外に出て俳句を創ることを吟行という。
2)推敲を重ねていく
俳句も文章と同じく推敲は重ねます。たまにできたものがそのまま推敲もせずに作品として成り立つこともありますが、たいてい推敲を重ねて仕上げるということが多いと思います。たとえば助詞ひとつとっても、「に」にするのか「の」にするのかとか微妙なニュアンスの推敲があり、それがとても大事。17音という短い中で一文字たりとも無駄にできません。一文字にそこまで気を遣うのは俳句が一番なのでは? 一文字でも粗があると、それが目立ちますから。助詞以外にも、語順をどうするか。5・7・5のなかで何度も語順を入れ替えたり、もちろん季語も大切です。1つの句に対していろいろな推敲の観点があります。僕も審査員をさせていただいている中で、推敲を重ねた句はわかります。日々俳句を見ることが多いので、だいたい見抜けるようになってきています。
3)たくさん創ってたくさん捨てる
俳句の世界でよく言われるのですが、「多作多捨」という言葉があるんです。たくさん詠んだなかで素晴らしい出来の句は1つあるかどうか。初心者のうちはとにかくたくさん創って、その中で推敲もしながら、良いものを拾い出すというのが力になっていくと思います。そのときの選び方は自己判断しかありません。「これはできたな」と自分で思えるような作品に気づいて発見していく。自分でたくさん創る中で良いものができたなと思ったときは、コンテストに出したり、投稿したりして真価を問いましょう。そうすると「自分の見立て通りだった」とか「まだどこか足りなかった」と分かるようになっていきます。だから、コンテストや投稿は、自分の実力をみるうえで大切な物差しになると思います。
そのときに、同世代の他の作品を見ることはとても大事です。落選して「落ちちゃった」だけで済ませると進歩がないので、「なんで落ちたのか」ということを自分なりに考えることが大切です。そういう自分も何度も落選してきていますから。そのたびにどこがだめだったのかを自分で分析して、同時に入選した作品を読んで、入選作品はやっぱり素晴らしいな、立派だなと、素直に鑑賞しましょう。これは、勉強と同じで、テストで間違ったところをそのまま置いておくとそれ止まりですよね? 答え合わせをして自分なりに分析をして、「だから間違ったんだな」と正しい答えを導き出して納得すると、学力って付いていきますよね。俳句も同じなんです。
―初めて俳句に挑戦するときは何を心がければ良いでしょうか?
俳句を始めるなら「俳句歳時記」という季語辞典と友達になるというのが近道だと思います。俳句歳時記には、季語に対する説明があって、さらに例句が載っています。季語を覚えることができるし、例句も目に入ってくるので、俳句が親しくなっていく。だから、まずは俳句歳時記を開いてみて鑑賞すると良いでしょう。いきなり創るのは大変だから、まず読むことからスタートしていってもいいんじゃないかなと思います。
また、松尾芭蕉などの古典で俳句の知識が止まっている人は多いと思いますが、俳句というのは現代の人もたくさん詠んでいて、いろいろな事象が17音で詠まれているということに気づいてほしいです。俳句歳時記にはそういった句もたくさん収録されているので、まずは触れてみてください。
ー最後に、高校生にメッセージをお願いします。
高校時代に、宮本輝さんの『螢川』『泥の河』という作品に出合いました。高校の前に古書店があって、その前に自販機があったんです。100円でジュース買おうかと思ったんだけど、なぜかそれをやめて古書店で『螢川』と『泥の河』が収録された文庫本を買ったんです。その日の夜に一気に読んで、すごく感動したんです。涙を流しながら読んでいました。なかでも、螢の美しい描写に感動して目を開かれた感じがしました。「言葉でここまで人を感動させることができるんだ」ということを体感したんです。
この話には続きがあって、それ以来宮本輝さんの作品はずっと読み続けてきました。僕にとって宮本さんは本当に雲の上のような存在であり、本当に尊敬する小説家です。それで、20年以上経ってから、ひょんなことに宮本さんの新刊の書評を書かせていただく仕事があり、さらに雑誌で「宮本輝の10冊」ということで、宮本さんの10作品の書評をしたんです。それをご本人が読んでくださって、そこではじめて宮本さんとつながるわけですよ。そして、お手紙をいただいて、そのあと『螢川』の舞台となった富山県で実際に宮本さんとお会いして対談することになったんです。
高校時代の夏に、ジュースを買わずにふとした拍子で宮本さんの文庫本を買った。あの日の出会いが、20年以上経って、作者ご本人と対談することにつながるわけです。これって不思議なことだと思うし、自分にとって奇跡的なこと。将来作者に会ってお話しすることができるなんて思いもしなかったけど、ずっと読み続けて、俳人として言葉に携わってきた。それが呼び寄せた奇跡だと思っています。
だからみなさんには、高校時代に出合う本の大事さを伝えたいですね。何十年経ったときにあなたの人生を変えることもありますよと、そういうことを伝えたいです。
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