https://bizzine.jp/article/detail/2542 【長崎県・五島に生まれた「人生の3冊」を集めた図書館「さんごさん」「DIAGONAL LEARN ななめの学校 」 イベントレポート】より
福岡銀行をはじめとするふくおかファイナンシャルグループが中心となり、西日本新聞社などのパートナーと共に東京、八重洲で運営するコワーキングスペースが「ダイアゴナルラン」。 聞きなれない名前だが「ダイアゴナル」とはサッカーの攻撃方法で、フィールドを対角線上に動くという意味。イノベーションにはタテ・ヨコの関係だけではなく、「ななめ」の関係が必要というコンセプトが込められている。ここで10月から始まったのが、「ななめの学校/DIAGONAL LEARN」だ。 第一回は、コピーライター/クリエイティブディレクターの中村直史さんがファシリテーターとなり、長崎県の五島に古民家図書館を作ったメンバーのトークが行われた。
「ななめの学校」って何?
中村直史氏(コピーライター/クリエイティブディレクター)
トークの司会を勤めた中村直史さんは、広告代理店から独立し、「BLUEとGREEN」という九州初のクリエーティブエージェンシーを立ち上げたクリエイティブディレクター兼コピーライター。福岡銀行の永吉健一さんに、コワーキングスペースである「Diagonal Run Tokyo(ダイアゴナルラン)」を紹介されたことをきっかけに「ななめの学校」を発案したという。
最初に福岡銀行の永吉さんから「ダイアゴナルラン」の話を聞いた時、「何それ?」って感じでした。サッカーで斜めに走ることだ、と言われても名前覚えられないし、そもそもなんで斜めに走らなきゃいけないのかと(笑)。 よくよく聞くと、従来の上下関係、横のつながり、地域を超えてつながりを作るんだと言う。それですごく良いなあと感じて、じゃあそういうことをもっともっと生み出せるような「斜めの学校を作りませんか」と調子にのって提案したら、すぐやろうということになりました。(中村さん)
そして始まったのが「ななめの学校 = ダイアゴナル・ラーン」だ。
第一回に、中村さんが選んだのが、長崎県の五島列島にある福江島に「古民家改装の図書館」を作ったプロジェクト。中村さんは五島出身。「五島は日本で一番素晴らしい島」だと胸を張る。この私設図書館を作った3人を紹介し、トークは進んだ。
東京で広告制作をしていた夫婦が五島に魅せられて
鳥巣智行(とりすともゆき)氏/大来優(おおらいゆう)氏/能作淳平(のうさくじゅんぺい)氏/中村直史(なかむらただし)氏
長崎県五島列島にある福江島、港からもほど遠い富江という町に「さんごさん」という図書館がある。築80年の古民家を改装した小さな図書館だ。
ここには、全国の人から寄贈された本がある。日本で唯一の「人生の3冊」を集めた図書館だ。2016年の8月にこの図書館が出来て以来、多くの人々が訪れてくるようになったという。
発起人の鳥巣智行さんと大来優さんは夫婦。東京の広告代理店でコピーライターとアートディレクターとして働いていた。
鳥巣さんは長崎出身で中学生の頃にはじめてこの島を訪れ、魅了された。鳥巣さんの先祖は五島列島出身。五島には隠れキリシタンの歴史があり、美しい教会や世界遺産候補もある。魚も美味しくサンゴの宝石でも有名だ。鳥巣さんと妻・大来さんは、東京在住ながら何度も足を運ぶうち、この島にいつか暮らしたいと考えだした。そして、五島・福江島でカフェ「ソトノマ」を立ち上げたデザイナーの有川智子さんに出会う。有川さんは福江島で様々な活動をしているキーパーソンで、Facebookで空き家情報を公開していた。
築80年で空き家歴30年の物件でしたが、管理状態は良かったんです。富江にはまったく観光資源がなかったんですが、商店街も元気があって一通り生活はしやすい。観光資源が無いのもかえって良いんじゃないかと思いました。(鳥巣さん)
この場所で何かを始めたい。築30年の空き家を購入し、リノベーションを考えていたところ、雑誌で建築家の能作さんを知る。直観的にこの人だと思い、メールを書いてアタックした。 能作さんは快諾してくれた。
当初、自分たちが暮らすためにと購入した古民家だが、運営を考えると、地元の人たちが集える場所にしたい。そして、島の人に溶け込もうと、有川さんに富江の人たちを集めてもらった。飲み会を開き、島の人達の話を聞いた。若者は高校を卒業すると島を出てしまう。雨がふると観光客が立ち寄る場所もない。そうした話を聞くうちに、やがて図書館を作るという思いに凝縮していった。
司会の中村さんは、はじめ図書館の構想を聞かされた時には不安を覚えたという。
図書館といっても資金はどうするのか?本はどうするのか?とかまったく決まっていなかった。島の人達が共感してくれたからといって、手を差し伸べてくれるほど甘くはない。(中村さん)
鳥巣さん夫婦は行政にもアプローチはしてみたものの、話は通じなかった。
図書館の構想をつくったころ、話を聞かせてほしいと長崎県の振興課に呼ばれて説明をしに行くものの話はかみ合わなかったんです。ロジカルに説明しても、図書館を作りたいというマインドの部分は、時間をかけないと伝わらないんですね。(鳥巣さん)
時間をかけること、地域に親しんでいくことが必要だった。建築家の能作さんは、まず地域に溶け込んで作っていこうと決意。そして事務所のスタッフの石飛亮さんに移住してもらうことになった。
まずスタッフ石飛くんに五島に住んでもらうことにしたんです。そこでまず彼にブログを初めてもらった。建築事務所なのにブログの開設から始めるって変ですよね、普通は図面を描くんですが(笑)。(能作さん)
そうやって、現地の人との交流や生活を共有していった。最初は少し距離を置かれていた島の人達との距離も縮まり、発起メンバーの本気度も伝わっていった。
島の子供たちに建築を教える
リノベーションは進み、図書館の形も見えてきた。そうする中で、中村さんの発案から島の子供たちを集めた「五島こども大学」が開かれた。工事の最中の現場に人を集まるのは稀だ。まして子供を集めるとなると危険も伴う。しかし、空間が作られていく過程と、建築の心地よさを子供達に伝えたいという思いで開催され、子どもから大人まで30人が集まった。
僕自身が島を出てしまったという罪悪感があったんです。出来れば島の子供たちに何かを残したい。それで島の子供たちが知らない職業として能作さんに建築の話を子供たちにしてもらったんです。いきなり建築の話が興味を持たれるか心配だったんですが、やってみると能作さんのこれまで作ってきた建物を子供たちにみせると、思わぬところで「きれい」とか「面白い」って反応してくれました。(中村さん)
こうした取り組みを重ねて、人が集まることの価値が、徐々に浸透していった。
島のモノと島の技をかけあわせる
島のモノや技を結集した建物を作る。建築家、能作さんは様々なアイデアを駆使した。
壁の色は、富江の町の民家で多くあるベンガラの朱色。地元の墓石の石材加工の技術を島の溶岩に応用し、階段や土間に使った。畳には五島のシンボルである椿の柄をあしらい、キッチンや浴室にはサンゴのかけらを大理石のようにあしらう技術が使われた。町の職人さんは大量のサンゴの端材をタダで分けてくれた。
こうして2016年の8月に図書館は完成し、富江は、かつてさんご漁で栄え、いくつものさんご店があることから「さんごさん」と名付けられた。
館長には、大来さんの長年の友人の大島健太さんが引き受けた。
あなたの大切な3冊を寄贈してください
人生の3冊に添えるシート さんごさんブログより転載
肝心の「本」については、寄贈してもらうことにした。大来さんのアイデアがこの図書館の成功の要因ともいえる。
図書館をつくるというと、「いらない本を譲ります」と言っていただくことが多く、気持ちは嬉しいのですが、それで引き取ってしまうと「誰かのいらない本」でさんごさんの本棚がすぐにいっぱいになってしまう。なので『あなたの人生のベスト3の本を譲ってください』と声掛けをしました。(大来さん)
日本中の100人の人たちの「ベスト3」が並ぶ図書館というアイデアは広がり、大学教授、漫画家、農家の人たちから沢山の本が集まった。本には寄贈者の紹介文が添えられていて、それぞれが熱い。
2016年の8月に完成以来、島には少しづつ変化が生まれ、現地住民も憩うようになり、観光客も訪れるようになった。さんごさんを拠点に、さまざまなカルチャーや人、知識がつながるようになった。
さんごさん ブログより転載
そして鎌倉など他の地域やコーヒー、アクセサリーやブランド・ショップなどとの「ななめの関係」も生まれていった。
ななめの人に出会い、ななめの知恵に触れる
地方創生が語られている。地方が過疎化し、若者がいなくなる。地域経済が疲弊しシャッター街化する。こうした状況を突破しようと各地域で多くの試みがおこなわれている。
「さんごさん」もそのうちの一つともいえるが、国や自治体絡みの地方創生の大きな予算が動いているわけではない。
オーナーである鳥巣・大来さん夫婦、建築家の能作さん、地元のキーマンの有川さん、館長を引き受け様々な企画を運営している大島さんといったメンバーの思いが融合して実現したプロジェクトだ。
メンバーの多くが、クリエイティブ畑であるためか、ひとつひとつの企画や作品が細やかで丁寧、温もりを感じさせる。こうした人々が五島列島の小さな町で、物語を紡いでいった。理路整然としたビジネスのプロセスがあったわけではない。今回の発表からも、ロジカルなビジネスモデルやプランは語られなかった。これからの運営をめぐって、混沌とした課題をみんなと共有していきたいという思いが伝わった。
地域発のイノベーションがこれまで出会っていなかった人の出会いから生まれる。
「ななめの学校」の第一回の授業として、これほどぴったりの内容はなかったかもしれない。
0コメント