自然観

Facebook草場一壽 (Kazuhisa Kusaba OFFICIAL)さん投稿記事

命とは、その人に与えられた生きるためのエネルギーです。空っぽの今の中に命を注ぐこと、それが生きることです。学校も職場も家庭も、そんな感覚を育てる畑です。

仲間と過ごす膨大な時間、人間の「芯」になる部分がそこでつくられるのです。だからこそ、いい仲間といい思い出を大切に。一生の宝物にしてほしいのです。

「知る」ということのなかに想像力を高めることができれば、自分も幸せになり、世界中がひとつになって平和もそこから生み出すことができるでしょう。

命とは、かけがえのないものだから、その命をどう使うかが大切であること思います。


マノマノ稲穂@manomano_farm

自分のことを認めてあげてください。自分が自分を認めていないとそれは他人に認められたいという欲求にすり替わります。自分を「褒める」に値する合格基準は高くなくていいです。みんな生きてるだけですごい。いまツイートを読めてるだけですごいです。減点方式ではなく加点方式で自分を見てください。


Facebook河野 修一さん投稿記事【自分を取り戻す最強のツール】

最強のヒーリンググッズ、パワーグッズ、健康グッズは何でしょう?

それは4つあります。そして基本的にはすべてタダ(無料)です。その4つとは、太陽、空気、水、土のことです。そして「病気」とは、ひと言で言えば、「自然でない状態」のことを言います。

つまり、病気とは、自分に最も近づいた自然である身体の自然性が失われた状態のことです。

例えば自律神経は、「自ら、律する、神の経(みち)」と書きます。言い換えると、それは振動数(周波数)のことです。

人は自然との触れ合いや繋がりが失われることで、天と地を繋ぐ自律神経という振動が狂い、病気になります。

だから、病気になったときにまずすべきことは、慌てて西洋医学の治療のレールに乗ることでも、化学合成された薬を飲むことでもありません。

まずは自然(ネイチャー)の高い振動数の中に入っていき、内省的な時間を過ごすことで、心身の正常な振動数を取り戻すことです。

こんなことをもっと意識してみます。

[太陽]朝日や夕陽を眺めることで光という生命情報を取り入れる(サンゲイジング)。

[空気]森、滝、海辺といった自然の中で新鮮なプラーナを取り入れる。

[水]できるだけ自然の湧水に近い水を飲む。

[土]絶縁体のゴムの靴を脱いで、大地の上を直接歩くことを習慣化する(アーシング)。大きな樹木の下で過ごす(ツリーハグ)。

自然の中でこそ、心の声も聞こえてきます。必要な気づきやインスピレーションがやってきます。人生の軌道修正をする決意も生まれます。本当の自分を取り戻すことができます。

それがおそらく病気という身体言語を使って、魂が伝えたかったことです。

土を耕すことを忘れるということは、自分自身を忘れるということだ。ガンジー


Facebook竹元 久了さん投稿記事  🌷徒然日記・森の声

  ある人の娘さんがドイツ人と結婚した。それが縁で、二人連れだってちょくちょく日本へやって来るようになった。そのドイツ人の彼が最近頻りに日本の里山の素晴らしさを口にすると言う。ドイツにも森は幾らでもあるに違いないが、日本の森のどこが良いのかと聞くと、下草が繁茂している、むさむさしさが素晴らしいというのである。ドイツにはこの様な感じの森はないそうで、魑魅魍魎(様々な化け物)の息使いや、森に潜む生命のうごめきを感じるそうだ。これが何とも魅力で、そう言う山の中を歩くと、異世界と交流することが出来、大変幸せな気持ちになると言う。たしかに日本人は、自然の風景の中から、季節の微かな変化を敏感に感じとり、四季の移ろいに心を動かされ、そこから俳句や短歌を生み出してきた。春になれば待ち構えていたように梅見に出掛けたり、桜の季節は各地で花見が催され、テレビで開花予報まで出されるのである。これらは当に日本的情緒の典型と言える。

 前秋に、イギリスの友人宅を訪ねたとき、「紅葉狩りに何処かへ出掛けようか~。」と言ったら、「イギリスではそんなことする人は一人も居りません。」と言われてしまった。イギリスでも黄葉する森は幾らでもあるそうだが、それを見る為にだけ、わざわざ出掛ける人は居ないらしい。「イギリス人は、はらはらと散る黄葉に、自分の人生を重ねると言うことはないのか。」と更に問うと、「そんなこと全然ありません。」と一言のもとに否定されてしまった。この時ほど日本人との精神構造の違いに驚ろかされたことはなかった。

最近、ある企業の会長さんがお寺にやって来るなり、「この感じは良いですね~。」と頻りに仰る。この方は旧家の育ちで、小さかった頃、お祖父さんが当時有名な禅僧を招いては、坐禅を組み法話を聞く会を催されていたそうである。お寺の長い廊下、部屋の違い棚の置き時計、開け放たれた廊下越しに見える鬱蒼とした庭の木々、部屋に漂う空気、どれを取っても小さかった頃の思い出に繋がることばかりで、懐かしさが込み上げてきたと言うのだ。

この二人の話を聞いて大いに感ずるところがあった。現代は万事便利になり、効率的で快適な生活が出来るようになった。それは大変結構なことなのだが、その為に失ったものも多い。これは以前別なところにも書いたが、私が四国八十八ケ所巡礼の歩き遍路に出掛けたとき、歩くことがどれだけ人間を本来の姿に立ち直らせるかを身をもって知った。山越えの遍路道を歩ききって、ふと振り返ると、急斜面に張り付くように点々と家が建ち、その間を梅林が覆っている。この何の変哲もない四国山地の田園風景が、代え難い素晴らしさで私の心に迫ってきた。ただ歩くだけで、こんなにも自分の心の内と向きあい、味わい深く景色を見ることが出来たのである。

私たちは日常的に車やバス、電車を利用し、極めて効率的、スピーディーに暮らしている。これは一方で、日々本来の心を失っていると言うことでもある。しかし、それで何か不都合が生ずるかと言えば別段ない。便利で快適ならそれが一番!と言うことになる。ところがもっと広い視野で社会全体を見ると、何処か歯車が狂い始めているのではないかと危惧される。親が子を殺し子が親を殺す、またお年寄りが一生掛かって貯めた命の綱とも言える蓄えを、騙して掠め取り、平然としている事件など、有っては成らないことが日常的に頻発している。これらはどう考えても異常としか思えない。便利さばかりを追い求めるうち、我々の心は知らず知らずの間に蝕まれ、本来あるべき姿を失ってしまったのではないだろうか。

嘗(かって)て人々の日々の暮らしは、自然と一体で、ゆったりとした時が流れていた。常に自分の心をそこに投影し、自然から生きる指針を学び教えられながら生きてきた。だから自然とは、人間の都合で利用するだけのものではなく、同等の価値を持った輩であったのだ。だから自然の持つリズムと歩調を合わせ、自然の発する声なき声に耳を傾け、会話するような気持ちで共に生活してきたのである。ところが現代は、丁度新幹線で矢のように飛ぶ車窓の景色を眺めているように、ただ効率一辺倒となり、その結果行き着いたのが自己喪失なのである。

最初にドイツ人が端無くも言ったように、日本人が古来より保ち続けてきた独特の自然観は、世界が注目する素晴らしい価値なのだが、日本人自身は全く気付いていない。それどころか西欧的合理主義を金科玉条のように思い、益々日本的情緒の大切さを忘れている。このへんでもう一度、近代合理主義から離れ、人間が本来持っている原初の速度で歩んでみれば、見落としたものに再び気付くことが出来るのではなかろうか。


Facebook竹元 久了さん投稿記事

🔵日本の「美意識」や「美の概念」~自然に対する「移り変わり」や「滅び」という時間概念

「侘び」「寂び」のような日本の伝統的な美意識は日本人が物事に対して感じる美の概念の一部です。

古来の日本人は職人気質でありながら、精神的で哲学的な内側の世界へ美に対する思想を抱き、完璧な空間を演出しながらも「移り変わり」や「滅び」に対して抵抗することなく自然のままに受け入れる変化を好む性質がありました。

そして、日本人はモノや空間だけでなく、その場の雰囲気や精神的な心構えに対して「美」を感じ追求していきました。

今回は、そんな日本人が抱く美意識を紹介していきます。

【日本人の自然観と神道】

まず初めに、日本人の美意識の根本にある概念として「自然」があります。

「花鳥風月」や「雪月花」という言葉から日本人は太古の時代より「自然」に対して「美」を見出してきました。自然を愛する日本人の美意識の特徴として「移り変わり」という時間の流れによる経年変化が挙げられます。

例えば日本庭園は自然をあるがままに作り出すことに重きを置いています。西洋の庭園に見られる調和の取れた景観とは異なり、自然的で混沌としている特徴があります。これは日本人が「自然のままに変化する景観を楽しむ」特徴があった事が挙げられます。

桜の花を美しいと感じるのは「刹那的に美しさと滅びていく儚さ」にあるように、日本人の美意識は「変化」や「空間」に左右されることが多く、自然の持つ得体のしれない大きなエネルギーをベースに価値観や思想が構築されています。そして、自然への畏れは日本人の思考のベースとなる神道へと発展していきます。

日本は島国で弓型の形をしており、中央に山脈が連なります。日本の気候は縦走する山岳地帯を境に太平洋に面している地域と日本海に面している地域とで大きく異なり、北海道と本州の高原地帯が亜寒帯、南西諸島の一部は熱帯、他地域は温帯に属しており、南北で寒暖差が大きく、地域ごとに自然の見せる姿が変わります。

山岳地帯から流れる河川の量も多く、水に恵まれております。また、同時に水害も多い傾向にあり、太古より日本人は自然の持つコントロール不能な強大な力に畏怖の念を抱きながら生活していました。

ある時は恵みを与えてくれる自然への感謝、またある時は全てを奪い去る自然への畏れはいつしか日本の信仰へと結びつきます。

日本はアニミズムによる自然崇拝がベースとなった神道を中心に文化が形成されました。そのため日本人にとって物事の判断基準は「神道」による信仰から生み出されてきました。

また、自然の美しさや自然の猛威と身近であったことから美意識の基盤には「自然」がもたらす変化に対して美を見出しました。

また、仏教の伝来により仏教の持つ思想や価値観が広がり日本の美意識は精神世界へと向けられていきます。特に「無常」は日本人の本来持っていた自然観と混ざり、「花鳥風月」のような自然の変化や移ろいの美を生み出していきます。

日本人は古代の時代より自然の音を雑音ではなく1つの音として捉えていたほど繊細な美意識を持っていました。

現代にも受け継がれている日本の美意識は日本という風土が生んだ文化によって独自に形成され、大陸から渡来した思想と溶け合い日本化させることで研ぎ澄まされていきました。

【無常】

無常とは「滅びゆく儚さに見える生き様の美」であり、日本人の思想や美意識において最も根本に近い概念の1つです。

「無常」とは仏教において中核教義の1つで仏教の根本思想である「無常」「苦」「無我」の三相にも含まれている思想で、飛鳥時代に仏教は日本に渡来し、国の中心的な宗教として人々の生活の中に現れました。

古代の日本ではアニミズムによる山や川、森や自然現象に神が宿ると考える自然崇拝の民族で神の依代として自然を奉ってきました。古代神道が主流の生活をしている中に異国神の教えである仏教が渡来し、日本の宗教文化に組み込まれました。

「無常」のもつ「死生観」や「儚さ」「移りゆくもの」が日本人の自然観と一致したこともあり、日本人は無常に「美」を感じるようになったのではないかと思われます。特に中世における日本文学では「無常」抜きに語ることができないほど思想の中心的な役割を担っていることから、日本人の基本的な価値観として「無常」は真ん中に位置していたと考えられます。

「無常」を代表するモチーフの1つに「桜」があります。日本人は古代より桜の花を愛していますが、桜の花が愛される理由の1つに「桜の生き様」に共感し、「美しく咲く姿は永遠ではない」という儚さや残酷さに無常を感じ取ったからであると言われています。

日本人は「移ろい」や「変化」に対して美を見出す傾向があり、西洋に多く見られる「永遠の美しさ」や「悠久の美」という姿勢とは真逆の考え方です。

「一瞬の美学」「刹那の美」「朽ちていく美学」は無常という美意識によって培ってきた日本人独特の美意識となります。

【もののあはれ】

「もののあはれ(物の哀れ)」は「をかし」と並んで平安時代における日本の美意識の中で中心的な美の概念で、平安時代の王朝文学を理解する上では避けては通れない文学的・美的理念の1つとなります。

「もののあはれ」は「哀愁さ」を指し、五感を通じて「見たもの・触れたもの・聞こえたもの・香るもの・感じるもの」によって生ずる「しみじみ」とした深く心に感じる「しんみり」とする感情を意味します。そして、その切なさや儚さは「無常」にも通じる写実的な哀愁に近い感情です。

苦悩にみちた王朝女性の心から生まれた思想であり、叶わない想い・願いに対して感嘆する心の動きと「無常観」を合わせた美意識として世に生まれました。

そのため王朝文学で使用される「あはれ」には悲しみが付きまといます。自分の思いが届かない悲しみや、形あるものはやがて滅びゆくという自然の摂理に感じられる無常観こそが「あはれ」という美意識に深みをもたせ「傷心的な心の動き」に美しさを感じさせてくれるのです。

歌人の西行は「都にて 月をあはれと おもひしは 数よりほかの すさびなりけり(都にいた折に、月を“あはれ”と思っていたのは物の数ではない すさび(遊び,暇つぶし)であった)」と「あはれ」について詠んでいます。この歌で西行は月に「あはれ」を感じ、神秘的で奥深い趣きから後の「幽玄」の境地を拓き、東洋的な表現である何もない空間「虚空」を表現しました。

「月の満ち欠け」「桜の花」「人の優しさ」「時間の流れ」といった移ろいの中で感じる哀愁さに「美」を見出した「もののあはれ」は「花鳥風月」のような自然の変化を鑑賞する自然観と、仏教思想の栄える者もやがては滅びゆく「無常」が人々の生活の中に溶け込み、戦や権力争いといった時代背景と、貴族文化と色恋のような文化的背景によって育まれました。この「あはれ」の美学は後の時代でも美意識の基盤として引き継がれていきます。

現代でも「儚さ」や「哀愁」は日本人の感情を突き動かす美意識の1つで、どこかノスタルジーを感じさせるものに惹かれる傾向にあります。今も昔も日本人は「もののあはれ」に心を動かされ続けているのかもしれません。

【をかし】

「をかし」は「もののあはれ」と並んで平安時代における日本の美意識の中でも重要な美の概念となります。

平安時代における王朝文学の中で「をかし」は重要な文学的・美的思想の1つで、もののあはれが「しみじみとした情緒美」であるのに対して、をかしは「明るい知性的な美」と位置付けられています。

「をかし」はは「趣がある」という意味を持ち、感覚的に物事を捉える性質があります。物事や景観に対して「物事や事象が感じさせる風情」「しみじみとした味わいが深いもの」に対して「趣き」を感じる心を指します。

カラッとした暑さが続く暑の日に、窓辺で内輪を仰ぎながら青い空と真っ白な雲を見上げる。その時「チーン」と風鈴の音が聞こえてきた時「なんかいいなぁ」と感じる心の動きが「をかし」です。

平安時代における「をかし」を読み解くことで日本人が何に対して「美」を感じていたのかを想像する事ができます。

源氏物語に「けづることをうるさがり給(たま)へど、をかしの御髪や」という一文があります。これは「髪をとかすのを嫌がるけれど、美しい御髪(おぐし)ですね」と現代語訳されます。また、枕草子では「また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし」では「また、ただ一つ二つと、(ホタルが)かすかに光って飛んでいるのも趣がある」と訳されます。

当時の日本人が感じていた「美しい」「素晴らしい」「綺麗だ」「物凄い」という風情に対して使われていた言葉であると思われるため。「をかし」は日本人の「ふとした時に感じる美」を表現する美意識の1つになります。

現代で言う「ヤバい」とか「エモい」にはどことなく「をかし」のニュアンスが含まれているようにも感じます。

ちなみに、室町時代では同じ「をかし」という言葉でも意味合いが変化し「滑稽である」「笑いたくなる」という意味を持つようになりました。能を大成させた世阿弥の能楽論の中に狂言の滑稽な様を「をかし」と表現していることからも言葉の意味が変化したことを裏付けています。

【雅】

「雅(みやび)」とは平安時代の王朝文化の中で生まれた美意識で、日本の伝統的な美的概念となります。「優雅さ」「洗練さ」という意味を持ち、平安時代の王朝文化や貴族の思想の中心的な美意識でもあります。

「みやび」の「みや」は「宮」を指し、「宮廷」を意味します。つまり宮廷好みの優美で優雅な美意識とそれに伴う「立ち振舞い」「姿勢」「所作」「博識さ」「マナー」「美的センス」を指します。

また、「雅」にも「無常」の思想は強く反映されており、「もののあはれ」や「移り変わり」という概念にも深く結びついていました。特に女性の装束、調度、絵画、建築、音楽の中で「雅な無常さ」は表現されます。

宮廷の女性の装束には四季折々の景色や色合いに合わせて、その彩りを装束の重ね目に表し色の変化を楽しんでいました。四季に合わせて変化させる色の重ねは貴族が女性に対して好意を抱く際の重要な要素でもありました。季節に合わせた色選びが教養として重要視されていた時代です。その変化を楽しむ様は「無常」や「あはれ」「をかし」の美意識が複雑に混ざり合った結果生まれたと想像されます。

また芸能面では雅楽が「雅」の世界を色濃く表しています。大陸文化のエキゾチックな装束と優雅さを表した舞踊と音楽は雅の持つ思想を強く反映しています。現在でも雅楽は当時の文化を維持したまま伝承され、演奏されているため平安時代の「雅」を感じることができます。

「雅」は文化的なものだけに収まらず、立ち振舞いや姿勢を表す哲学的思想としても発展をしました。優雅で博識な姿勢は貴族の教養であり、貴族社会において重要な行動指針でした。中世の日本文化の根本にある美意識であるため、後の世にも文化的にも思想的にも大きな影響を与えました。

宮廷文化で繁栄した「雅」は戦乱の世を経て一度滅びてしまいます。武士を中心とする乱世では「雅」という美意識はそぐわない価値観だった事が要因だと思われます。

しかし、乱世が終わり平和な時代が到来した安土桃山時代から江戸時代にかけて「雅」は復活します。雅を復活させた要因の一つに当時起こった芸術活動の1つ「琳派」が挙げあれます。琳派は「雅」の美意識を再現した芸術作品を多く生み出しました。

「雅」という平安時代に生まれた太古の美意識が持つ豪華絢爛な美しさは、現在においてもデザインや芸術活動、営みの中で生じる文化活動の中で影響を与え続けており、「豪華で美しいもの」「洗練されており優雅なもの」に対する美しいと感じる美意識は生き続けているのです。

【幽玄】

「幽玄」とは、日本の美意識の1つで、数多くの日本文化に影響を与えた最も重要な美の概念の1つとなります。「幽玄」は神秘的であること、奥深く味わい深い領域を指します。

幽玄とは目に見えるものではなく、目に見えない深い世界の領域から醸し出される美であり、感じるものであるため精神的であり哲学的思想の概念でもあります。そのため「幽玄」という美の感覚を言葉で伝えるのは難しく、実際にその奥深い味わいを体験したものにしか感じる事ができない感覚的な美の領域になります。一般的に「静寂さや神秘的な趣きの中で感じる心の動き」を指す事が多い美的概念です。

中世日本における文学、絵画、芸能などの芸術分野では「幽玄」は代表的な美意識で、芸術活動の中で開花した美しさの概念です。

幽玄は平安時代後期には概念として生まれており、「千載和歌集」の中で藤原俊成が歌論の中で西行の歌に対して「心幽玄に姿及びがたし」と論じられています。また、鎌倉時代に記された「方丈記」には「詞に現れぬ余情、姿に見えぬ景気なるべし」と論じられており「幽玄」は姿形で表すことができない余情であると表現しています。

幽玄は目に見えないが姿形からにじみ出ているオーラにも近い精神的なもので、天台宗僧侶で連歌作家の心敬は「ささめごと」の中で幽玄を「心の艶」と表現しています。幽玄は雅であることではなく、その奥にある「心の艶」であり、寒くやせたる「冷えさび」を表していると論じています。

この「冷えさび」を具体的な芸術の中で表現したのが世阿弥によって大成された「能(幽玄能)」となります。世阿弥は能を「老・女・軍」の三体と考え、老体を「神さび」、女性を幽玄に当てはめ「花鳥風月」「みやび」と考え、軍体を「身動き」と定義づけしました

世阿弥は幽玄を「優美」と解釈し、女性の優美な姿に幽玄を世阿弥は見ていました。静寂で神秘的な深い趣があり、優美で奥行きのある目に見えない「何か」を能の世界で表現しています。

「幽玄」は華道や茶道に代表される芸道や、和歌や俳諧などの歌、後の世に生まれる「侘び」「寂び」といった美意識など多くの文化に影響を与えていきます。

「幽玄」とは姿形で表現できるものではなく「奥深い趣き」「高尚で優美」「雅である」「上品である」という事柄であり、「そのさま」を指すため、美的理念として後世まであらゆる芸術のインスピレーション源として追求されていきました。


Facebook相田 公弘さん投稿記事

「ゆるすということ/もう、過去にとらわれない」ジェラルド・G・ジャンポルスキー

許すことは 幸せになるための 処方箋 許さないことは 苦しむための 処方箋

苦しみの原因が何であれ

苦しみにはすべて 「許さない」という種が 宿っていないだろうか?

復讐の念を燃やしつづけ 愛や共感を出し惜しみすれば 健康を害し 免疫が低下することは まちがいない当然だと思われるような 怒り でも こだわりつづけていれば 神の安らぎを味わえなくなる

許しとは その行為をよしとすることではない  残虐な行動を見逃すことではない

許しとは 怖れに満ちた過去にこだわり続けるのをやめる事

許しとは 古傷を引っかいて血を流し続けるのを やめる事

許しとは 過去の影に惑わされることなく 今この瞬間に 100%生き 100%愛する事

許しとは 怒りからの解放であり 攻撃的な思いに  さよならする事

許しとは誰に対しても 愛を拒まない事

許しとは 許さないという思いから生じた心の空洞を癒す事

許しとは 過去に何をした人でも すべての人のなかに 神の光を見る事

許しとは 相手のためだけでなく 自分自身のためであり自分が犯したまちがいのためであり

くすぶりつづけている罪悪感と自分を恥じる気持ちのためである 最も深い意味でのゆるしとは 愛に満ちた神から自らを切り離してしまった自分を 許す事 許しとは 神を許すことであり 神は自分を見捨てたという おそらくは まちがっている考えを 許す事

いまこの瞬間に許すという事はもう先延ばしせずに ただ 許す事

許しは心の扉を開け 感情をスピリットと一体にし  すべての人を神と一体にする

許すのに 早すぎることはない  遅すぎることもない

許すには どれだけの時間が 必要であろうか? それはあなたの価値観しだい

絶対に無理だと信じるなら 絶対に起こらない 半年かかると信じるなら 半年かかる 

一秒ですむと信じるなら 一秒ですむ

私は心から信じている ひとりひとりが 自分も含めてすべての人を 完全に許せるようになったとき 世界は平和になるという事を

ゆるすということ/もう、過去にとらわれない

            (サンマーク出版)

コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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