Facebook小早川 智さん投稿記事「重陽の節句」男性性と女性性の融合
「今当たり前のことが、あと数年で当たり前でなくなるでしょう。これは脅しでもなんでもなく、来たりくる現実なのです。もっと御霊磨きをしてください。
強制的に祓われないためにも。いったんあなたの心の枠組みを壊して、外に出てください。
あなたが縛られているものから解き放たれ、勇気を出して、魂が望むほうへ一歩踏み出してください。
そして、今起こっていることを、もっと切実に自分のこととして感じてください。
皆一枚の布のようにつながっているのです。対岸の火事だと高みの見物などしていられないのです。
困難な時、試練の時ほど、自分の魂の光を守り、大きくして、内側に重心を持ってください。
そして、出来事や出会いから学んだ知恵や気づきを、周りの人たちと分かち合ってください。
どんな状況でも、喜びの種を見つけ、しみじみ感謝できる境地になれば、世界は続いていくでしょう。
魂の存在として、この時代を切り開いていくお一人になってください。
あなた達は、すべてを分かってこの時代、この地に降りてきた冒険者なのです。
この勇気ある決断をしたあなたたちを、私は心から応援し、見守っています」
https://ameblo.jp/ryomano/entry-12819858370.html?fbclid=IwAR2aq80nfkM749S2vV9rJ8FAo02Cnvr3lZblMKiY3OLpTxZYW0u_gYutegg 【しなやかに生きるために……⁉️】より
あなたは青空です……⁉️😊🌈
読書セラピー「賢者の一言」J.クリシュナムルティ
「なんと青空は澄み渡っていることか。広大で、時間を越え、どこまでも」
「しなやかに生きるために」
コスモス・ライブラリー より
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青空とは意識のことです。そして、思考や感情は雲 ☁️私たちが自分だと思っている心や身体も雲です。
雲は、様々な形をしながら流れて行きます。
流れては消えていく雲を、楽しみながら観察することができれば、何があっても大丈夫🙆♂️
禅の修行者のことを雲水と言いますが、
流れる水のように、行く雲のようにこだわりのない境地を表しています。
毎日を、行雲流水、青空の心で楽しみましょう🏃♀️💕🌈
今日も読んでくれてありがとう🙏😊💕
https://www.dokusyokansoubun.jp/text67rd/kou.html 【「流れる水のように」】より
長野県松本深志高等学校 1年 河西俊太朗
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川を流れ行く水のように、僕はこの本を一気に読み終えようとしていた。清澄が姉の水青のウエディングドレスの刺繍を完成させる最後の場面で、ドアのチャイムが鳴る。
そこにやってきたのは一体誰だったのだろう。僕は想像する。紺野さんならきっと、そのドレスを身にまとった水青の美しい姿を見るために息を切らして駆けつけてきただろう。完成を楽しみに待つ黒田さんだったら、「いい刺繍はできたか」と、ためらう全を引きずるようにやってきたかもしれない。初めての一人旅を堪能した文枝であれば、ドレスを気にかけながらも、たくさんのお土産を抱えて旅の話をし始めるに違いない。皆がこのドレスの完成を待ち焦がれていた。
でもこの後、清澄はこう言っている。「誰が来たとしても、ドアを開けるのは僕だ。」この言葉は眩しい光の矢のように僕の胸に突き刺さった。どんなことがあろうと、これからの未来は自分の足で歩いていこうという決意だからだ。自分の心に正直に生きていこうとする新しい一歩を踏み出した。刺繍が好きで中学時代には友達もなく、母や祖母に心配されて高校に入った。一時は無理をして周りに溶けこもうとしていたが、やっぱり自分の好きを貫く決心こそが、この言葉につながったのだろう。
この本を読みながら考えることは、「普通」や「らしさ」だ。これまで男「らしい」服を着て、振る舞いをして、「普通」に勉強もしてきた僕であって、特段無理をしてきた覚えもそれほどない。しかし時折、周りの「普通は、さあ」という言葉に少し引っ掛かりを感じたこともある。僕はこの三月まで受験生であったが、「受験生らしく」頑張れと言われることには、一体どんな基準でそんなことを言うのかと腹立たしく思ったこともあると、正直に白状しよう。
一方で、「自分らしさ」という憧れのような気持ちで持っていた考え方にも、少し修正が加えられた。これまで僕は揺るぎない芯のような「自分らしさ」を見つけて貫くことは、とても格好いいことのように思い込んでいた。
しかし、ここに登場する人物たちは時に急激に、またゆるやかに自分を変えていった。文枝はマキちゃんとの偶然の出会いから、今まで封をしてきた自分の理想を実現しようとする。それまでは時代や親や配偶者の圧力で、自分の心のままにあることができなかった。水青の「かわいいものは無理」というような頑ななあり方も、過去の心の傷と向き合うことから、ゆっくりとウエディングドレスへと流れ着くことができた。
考えてみると、揺るぎない「自分らしさ」など本当はないのかもしれない。僕は二年ほど前、アメリカを訪れた。ほんの少しでも外国に行ったら、世界のことも自分のこともこれまでと違う見方ができると大いに期待していた。けれども、街を行きかう大勢の人々に圧倒されるばかりで、かえって自分が小さな存在だと思い知らされるだけであった。胸を張ってこれが自分だなどと言うことはとてもできない。
だから、その時々の姿こそが全て自分だと考える。水のように、環境や状況によってしなやかに形も変わるし、水蒸気や氷にも変化する。
肝心なのは、前へと流れていこうとすることに違いない。僕自身も、外国で必死にコミュニケーションを取ろうとした経験は、自信となって、何でも挑戦していこうとする原動力になっている。文枝も水青も、思い出したくない過去の自分の姿や出来事があっても、それに縛られることなく、次のステージへ滑らかに進んでいる。清澄も自分の心に素直に向き合い、前を向いている。その時の自分こそがまぎれもない真実の自分であるから、今を大切に生きることが本当に大事なことだと思う。自分「らしさ」は水のように変幻自在であろう。
であるからこそ、「普通」であること、「らしく」あることを自分自身にも他者にも強く求めるのは間違っている。枠にはめ込もうとすることも、一部分だけを見て評価したり全否定したりすることはもうしない。
今は、世界中がコロナ禍という暗くて長いトンネルの中にあるが、誰もが自分の心に素直に向き合うことを忘れなければ、水のように姿かたちを自在に変えながら、きっと大きな海まで流れ着くことができるとこの本に教えてもらった。「流れる水は淀まない。」は全の言葉だが、一瞬一瞬を大切にしたり、わずかでも努力し続けたりすることができれば、今の苦しさややり切れない思いが浄化されるときも必ずやってくる。それは人に対しても同じだ。その人の「流れ」に寄り添うことでしか、本当の姿に触れることはできない。そして、その先にはきっと僕たちの新しいドアが開け放たれるのを待ってくれているはずだ。
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●読んだ本「「流れる水のように」」(集英社)寺地はるな・著
https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/7333/ 【天に添って 上から下へさらさらと流れる水のように生きよう】より
定本「老子道徳経」の読み方 早島天來編より 人生を最高に生きる老子の言葉 第二十三回
上善は水の若し
★水のように生きる
私たちは、一歩外へ出れば、つねに戦いが待っています。出世競争、成績の競争、権利を争う競争、などなど。そして子供のころから、人より良い成績を取れば優秀で、社会に出れば、出世した人が偉い、と当然のように考えてきました。しかし、世界の名著、古代中国に生まれた『老子道徳経』では、そんな無む益えきな競争はやめて、さらさらと重力の法則にそって、抵抗することなく流れゆく水に、本当の生き方を学びなさい、と教えています。
確かに水は高いところから、低いところへと、逆流することなく流れ、やがてその長い旅を終えて大きな海に流れ込みます。最も低いところにある海は、たくさんの川の水を飲み込んで、静かにたたずみ、多くの生命を育はぐくんで、自らを誇ることなどありません。嵐となれば、大波が岸辺を削り取りますが、また天気になれば、何もなかったかのように静かにそこにあります。
静かに寄せては返す波の音を聞いているだけでも、心が癒やされ、デジタル化した社会で疲労した脳が、生き生きとよみがえります。この海が私たちに与えてくれるエネルギーは何なのでしょうか? これこそが天地自然の流れのままに生かされる「気」のエネルギーなのです。
古代中国の人達は、この「気」というエネルギーを発見し、研究しました。そして、私たち人間にも、この「気」というエネルギーが体内に流れており、天地自然の強きょうの気の流れに対抗することなく、その流れに沿った生き方をみつけ、実践して行くことが、健康と元気の基本であり、また幸せに豊かに生きられる道だと気づいたのです。
★家庭でも仕事でも水になろう
さあ、では私たち人間が、どのようにして、この忙しい喧噪けんそうの社会の中で、水になれば良いのでしょう。そして、どのように行動すれば、それが天地自然に沿った、健康な元気な生き方となり、幸せへの道となるのでしょうか?
その最も簡単な答えは、まずは受け入れることから始めることなのです。相手の意見や考えを、まず「そうですか」と受けいれることです。水はどんな形の器にも、そのまますっと流れ込みます。何かと対立することがありません。
ところが私たち人間は、特におとなになると、なかなかそれが出来ません。家族の言うことでも、仕事場でも、そのまま受けいれたら負けになると、どこかで思っているのです。 ところが、まず受けいれるということは、負けではないのです。まず、そのまま「はい、そうですか」と受けいれることで、相手はふっと気が和なごみます。そこから本当の対話が始まるのです。
今日から実践してみませんか。雄大な天地自然の姿に学び、水に学ぶことで、きっとあなたの人生は、より豊かに幸せへの扉を開けることでしょう。
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