人が思考停止する理由。従順であることの危険性

FacebookTakahisa Taniguchiさん·投稿記事

令和になり、文科省はこれまでの不登校対応を転換させる通知を全小中学校へ向けて出しました。

それまでの不登校対応では、本人の意思ではなく、「学校に登校する」という結果を重視。

不登校なんて本人にも理由がわからないこともあるのに、子どもの気持ちや事情は無視。

これが「学校復帰前提策」と呼ばれ、不登校の子どもとその親が苦しみ、孤立してきた要因の一つ。

学校復帰を迫る先生からの電話が怖くて部屋にひきこもらざるをえなかった人もいれば、

急な家庭訪問を受けて自殺を図った子もいるといいます。

文科省は、それを定めてきたこれまでの通知(2003年)を廃止し、新たな通知を出しました。

“不登校児童生徒への支援は、「学校に登校する」という結果のみを目標にするのではなく、

児童生徒が自らの進路を主体的に捉えて、社会的に自立することを目指す必要があること。”

その前にも文科省は、「不登校は問題行動ではない」という旨の通知を出しています。

それなのに、学校現場では未だに「学校復帰前提策」がとられているとしか思えない話をよく聞きます。

今増えているのは、「学校に行きたくない子ども」ではなく、「子どもが行きたくない学校」だと思いますが。文科省がこういう通知を出しているという事を知っていると知らないとでは、学校現場と話し合う時に大きな違いがあると思います。

文科省も変わってきています。

思えば、ここ20~30年の間に信じられないスピードで起きた、「社会の仕組みの変化」や「テクノロジーの革新」、「価値観の多様化」。

それに比べると、義務教育は驚くほど進化していないように思えます。

今学校現場で起きている問題は、学校現場だけの問題ではなく、社会全体の問題。

いま必要なのは、学校教育の進化であると同時に、義務教育としての「学校」と、「家庭」以外に、「子どもの居場所」と、「人生の選択肢」をいかに私たち大人が増やせるか。

僕もそのための活動を進めています。繋がりましょう。


Facebook木村 正治さん投稿記事

かつて日本の平安時代には末法思想が流行り、世が終わるとされました。その時に人々は信仰に救いを見出す現象が芽生えました。そしてまた、世は終わりませんでした。

鎌倉時代になると世が乱れ、都ですら至るところに人々の死体が死屍累々になり飢餓が蔓延し凄惨な風景が広がりました。そのような中から、それまでの貴族だけのものだった仏教を一般庶民にまで対象とした鎌倉仏教がいくつか生まれました。

お経を唱えるだけで誰もが救われるとした鎌倉仏教は瞬く間に信者を増やしていきました。

聖徳太子は(厳密に言えば後世に聖徳太子と言われた人物)は、未然記の中でそのような宗派の発生を予言しており、やがてその派生した宗派が国を滅ぼすと予言しています。

それはまさに今の政財官界が新興宗教に支配されていた姿を言い当てていると感じます。

更にはマタイ福音書24章2には、イエス・キリストの弟子がイエス・キリストに

「世の終わりには、どのような前兆がありますか。」と尋ねたことに対して、「人に惑わされないように気をつけよ。」とイエス・キリストは答えている事が記されています。

人に惑わされないように気をつけよ。

まさに今の8000万人以上の日本人の姿そのものではありませんか。

皆がマスクをするからマスクをする、皆が液体を打つから液体を3回も4回も打つ、

目の前で人が倒れても皆が打つから打つ、家族が亡くなっても皆が打つから打つ、

息子が意識不明になっても娘の腕が上がらなくなっても皆が打つから打つ、

死産流産が激増してもメディアが推奨するから迷いながらも打つ。

まさに惑わされ続ける今の8000万人以上の日本人の姿をイエス・キリストは2000年以上前に予言していたかのようです。

多数の人々が人に惑わされる・・・・・これをイエス・キリストは世の終わりの前兆だと弟子に答えています。

まさに今の日本人。

このままならば終わりを迎えかねないくらいに深い眠りの中にあります。

聖徳太子とイエス・キリストには何か似通ったものを感じないでもありません。

ちなみに深い眠りの中にある8000万人以上の日本人は、・毎日一生懸命に暮らしている

・日々の仕事や日常を一生懸命にこなしている・仕事ぶりは真面目で優れている

・仕事に関する知識はしっかり持っている が、しかし世の中で何がなされているのかを

知らないし知ろうともせず疑うこともなく盲従している、そういう人々です。

そういう人々は人に惑わされて群れをなしそのまま流されていきます。

まさに世の終わりの前兆でしょうか。そのようにならない事を願っています。


https://karapaia.com/archives/52166059.html 【人が思考停止する理由。従順であることの危険性】より

 まわりのみんながフェイスブックやツイッター、ラインをやりはじめたから自分もはじめた?家族が特定の政党を支持しているから自分もその政党を支持している?皆が大学行くから大学に行った?就職はどう?親に進められるままに安定した職種を希望してる?

 その選択にあなたは本当に満足しているの?

 羊みたいに従順な信じ込みはとても危険なことである。体制に順応するのは危険が伴うのだ。社会にとってもあなた自身にとっても。

 右に倣え、まわりに従って自分の意志で行動しないことがどれほど自分を不幸にしているかという記事が海外サイトに掲載されていた。

体制順応とは何か

 体制順応とは自分の態度や信念が他人の影響を受けて形成されるプロセスのことである。仲間の圧力で影響を受けることもあるし、長い時間をかけて少しずつ影響されることもある。

 結果、あなたは他の人と同じような行動をとるようになる。それは「羊」と呼ばれる行為である。(訳注:羊は前を行く者を追う習性がある)

あなたの羊度はどれぐらいか

 これを読んでいるあなたは自分が自由で独立しており、他人の信念が自分に影響することなどないだろうと思っている。正解かもしれない。しかし体制順応とは気が付かないうちに少しずつあなたを浸食している場合もある。

 実際にそれがどれぐらい影響を及ぼしているかあなたが知らないかもしれない。たとえば下記にあげるいくつかの項目は、あなたが気が付かないうちに何かに影響されている可能性がある。

・食事の食べ方・マナー・車の運転・好きな音楽の種類・見ているニュース番組 

・宗教観・支持政党・仕事

 もちろんすべての従順が悪いというわけではない。ただし、”自分の人生の中で、人がやってるから自分がやっていることがある”、という事実を認めよう。

 人間は群れで生活する動物だ。人間は群れたがり、そのグループの中で他の人と同化したがる習性がある。

 人と違うということは危険なことなので好まれない。そこで従順になり体制に順応していくのだ。皆と同じになろうとする。

 そしてここが危険なところだ。なぜなら、考えることを辞めてしまうからだ。

 皆がやっていることは正しいと思いこむことで思考停止する。論理は消え去る。なぜそれをしているのかについて考えない。

 なぜそんな行動をとるのか?皆がしてるからだ。その行為が正しいかどうかなんて考えない。前の羊について行くだけだ。

 例えばどこかのカルト宗教について考えてみたらいい。彼らは特定の考えに従順であり、盲信に基づいた理念を受け入れている。彼らはそのことについて批判的に考えたり論理的に考えたりはしない。

 これは社会にとって極めて危険である。彼らは疑問なしに指示に従い、従順恭順の名のもとに恐ろしい行動をとり始める。

 宗教的な対立、人種差別、政治的な対立、暴力、そして戦争ですらも、人々が(他人に影響されず)自分たち自身で考えさえすれば防げるはずだ。

従順であることがなぜ不幸なのか

 さて家庭に目をむけてみよう。

 人生があまり面白くないのは、人々が自分が納得してないことに従順に生きているからではないかと推察する。

 古い例だと子供は芸術家か小説家になりたいと思うのだが、両親の指示により大学に行って法律やビジネスを学ぶ。

 子供はいわゆる「正しい道」を選んだわけだが、決してそれが本人がやりたかったことではないのだ。彼は両親の希望に従っただけだ。

 これと同じことを我々はいつもやっている。人々が期待する通りに行動する。自分自身で考えるのが怖いし、人と違うことをするのが怖いのだ。

 これはとても悲しいことだ。自分で起業せず、9時から5時の会社員生活を選ぶ。高校卒業後、世界を旅するのではなくそのまま大学に行く。

 そうして我々はグレーゾーンで一生を終える。そっちでもないこっちでもない、でも人々が同じことをやっている、そういうゾーンで。

なぜ自分自身で考えなければいけないのか?

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 私達がこの世で幸せになるために、また子供のためにもっと平和な場所を作るためには、自分達で考え始めなければいけない。

 自分たちを取り巻く世界について疑問に思い、思案し、分析しなければいけない。親が言ったから、指導者がそう言ったから、ネットでの多数派がそうだから、友人がやってるからという理由で物事を受け入れてはいけない。

 そしてもっとも重要なことは、メディアが”これが真実だ”と報道したからという理由で物事を受け入れてはならない。

 真実を見つけるためにあなたは疑問を抱かなければいけない。そして苦労してでも自分でその問題に関して調べ上げなければならない。あなたが自分自身で真実を見つけた時、苦しみと憎しみは消えるだろう。

手遅れになる前に

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 今日から自分自身で考えることを始めよう。年を取った時に、自分の人生を振り返って、人が望んだ通りに生きた人生だったと気づくのでは手遅れだ。自分の情熱と直感に身をゆだねよう。

 今こそ自分の人生を他人の人生とは違ったものにする時だ。自分のまわりの世界に疑問を持とう。自分の人生に疑問を持とう。どうしてそうしたいのか自分に疑問を持とう。

 従順であることは平凡で危険な盲目の人間しか生み出さないのだ。

 人は知らず知らずのうちに思い込みに支配され、自ら考えることをやめている。多数派がいつも正しいとは限らない。自分の信じる真実とは、自分が努力して考え抜いた結論からしか得られない。

コズミックホリステック医療・現代靈氣

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