https://www.sankei.com/article/20160314-LY5Y3ICO25MWHFYXZTZ32O6QSM/ 【漱石と鴎外に与えた乃木大将の殉死の意味とは… 文芸批評家、都留文科大学教授・新保祐司】より
今年は明治の文豪・夏目漱石の没後100年の年である。青春時代に著作をずいぶん読んだが、漱石文学の愛読者というほどではない。今では、「明治の精神」を代表する一人であると考えている。
『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『草枕』などの初期の名作や『三四郎』『それから』『門』の中期の三部作、『彼岸過迄』『行人』『こころ』『道草』『明暗』などの後期の作品群は、今日でも読まれている作品であるし、今後も読まれ続けるに違いない。
≪『こころ』に描かれた場面≫
しかし、今日の日本、21世紀の世界の中の日本、ということを思うとき、漱石の何が最も日本人の精神に訴えるものであるか、と考えると、それは『こころ』の中で、明治天皇の崩御と乃木大将の殉死に触れている文章であり、そこで「明治の精神」という言葉を出していることだと思う。
小林秀雄は有名な『モオツァルト』の中で、モーツァルトの音楽を熱愛したフランスの作家・スタンダールの『ハイドン・モオツァルト・メタスタシオ伝』の結末の一節-モーツァルトを「裸形になった天才」ととらえた文章-について代表作である「数百頁の『赤と黒』に釣り合っていないとも限るまい」と小林らしい批評をした。同様に『こころ』の中の明治天皇と乃木大将について触れた一節が、漱石の数多くの「数百頁の」長編小説と「釣り合っていないとも限るまい」といえるのではないか。
『こころ』の結末にいたって、主人公の「先生」は「夏の暑い盛りに明治天皇が崩御になりました。その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終わったような気がしました」という。そして、「自分が殉死するならば、明治の精神に殉死する積りだ」と妻に語る。「それから約一か月ほど経ちました。御大葬の夜私はいつもの通り書斎に坐って、相図の号砲を聞きました。私にはそれが明治が永久に去った報知のごとく聞こえました。後で考えると、それが乃木大将の永久に去った報知にもなっていたのです。私は号外を手にして、思わず妻に殉死だ殉死だと言いました」と書かれている。
≪「覚醒」した日本人の基層≫
そして、その死に深い共感を抱いて、ついに「先生」も自殺するにいたるのだが、こういう「一節」に漱石という人間が「明治の精神」を代表する一人である所以(ゆえん)があらわれているのである。
漱石・夏目金之助は、慶応3(1867)年、ということは明治維新の年の1年前に生まれている。まさに明治の子であり、近代日本の文明開化の中で成長し、生きたわけである。幼少からの深い漢学的教養という台木に、西洋文学(漱石の場合は、英国文学)が接ぎ木された。「明治の精神」の悲劇的な相貌(そうぼう)は、この精神における接ぎ木から来ているが、そのような近代日本の悲劇については、明治維新から半世紀ほどたった明治44(1911)年に行った『現代日本の開化』という講演で漱石自身が鋭い認識を示している。
そして、その1年後、明治天皇が崩御し、乃木大将が殉死するのである。近代人・漱石は、それまで近代人のエゴイズムの問題を鋭くえぐり出していたが、ここで深い衝撃を受け、乃木大将の殉死が象徴する、いわば前近代の精神に「覚醒」したのである。単に前近代の精神というよりも、日本的精神の基層にある何か、といった方がいいかもしれない。この「覚醒」が表現されているものとして、『こころ』のこの一節は、極めて貴重であり、今日の、そして今後の日本人の精神に訴えるものであり得ているのではないか。
≪忘れ果てていた大いなるもの≫
このような「覚醒」は、明治の文豪として並び立つ森鴎外にも起こった。これが、2人の文豪に起きたということは、乃木大将の殉死が日本人にとっていかに深い意味を持っているかを表している。
近代人・鴎外も、奇しくも『現代日本の開化』の次の年に発表した『かのように』という作品で、世界と人間の価値は、ある「かのように」あると語っていた。絶対的なものの見方ではなく、相対的な見方であり、絶対的なものがある「かのように」考えるのである。その鴎外が乃木大将の殉死に衝撃を受け、武士の殉死を描いた歴史小説『興津弥五右衛門の遺書』を書いた。それから、鴎外は近代の日本から離れ、前近代のことを書くようになっていく。
この漱石と鴎外という2人の近代日本の文豪の精神に起きた「覚醒」は、今日の日本人にとって何か大きな示唆を与えているのではないか。明治維新以来の文明開化の中に生きた2人は、50歳くらいになったとき、乃木大将の殉死という事件に邂逅(かいこう)した。そして、自分の精神の基層にあった日本的精神の何かが噴き出したのである。
21世紀の日本人も戦後七十余年という更なる文明開化の中に生きて、何か大いなるものを忘れ果てていた。今や、そのことに気がつかされ、日本人の精神の再生が深いところから起きてくる時代になってきたのではないか。(しんぽ ゆうじ)
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https://www.famille-kazokusou.com/magazine/manner/164 【曼荼羅が表す意味とは?意外と知られていない、身の回りの曼荼羅も紹介】より
曼荼羅が表す意味とは?意外と知られていない、身の回りの曼荼羅も紹介
曼荼羅(まんだら)とは密教で生まれた絵で、仏様の世界や悟りの境地が描かれています。お寺での葬儀の時に見たことはありませんか。曼荼羅は種類が豊富で、僧侶の修行のツールでありながら、世界のアートとしても親しまれています。ここでは、曼荼羅の意味や歴史、身近にある曼荼羅を紹介します。
曼荼羅とは。意味や歴史について
曼荼羅(まんだら)という言葉を耳にしたことはあるけれど、どんなものか分からない人も多いでしょう。仏教用語ということは知っている、なんとなく幾何学的な模様をイメージする、という人もいるかもしれません。まずは、曼荼羅の歴史や構造上の特徴について理解しましょう。
曼荼羅とは 曼荼羅の模様
曼荼羅の語源の「マンダラ」とは、もともとサンスクリット語で“まるいもの”という意味です。巷でささやかれているような「マンダラはサンスクリット語で本質や神髄」というよりも、単にシンボリックな図柄を表現しているようです。
曼荼羅は密教で悟りを開く(修行)のために生まれた絵です。いろいろな仏様が描かれています。
密教とは、大日如来を本尊とする仏教の一流派です。そのほかの特徴は、難解のひとこと。言葉ではっきり分かる仏教の教えを「顕教(けんぎょう)」と言いますが、これに対して、言葉だけでは分からないものごとの真理、仏への道を説いています。また、修行のような体感を重視していたり、曼荼羅のような絵柄を使って直感的に悟れるのも密教の特徴です。師匠から弟子に口伝や体験で教えが受け継がれることが多く、「秘密の仏教」と認識されることもあります。とてもバリエーションに富んでいて神秘的なのです。
曼荼羅の歴史について
古代インドを起源とする曼荼羅。当時崇められていたバラモン教やヒンドゥー教でも、神や仏の世界を図形やシンボルで描いていました。これが密教にも取り入れられたと考えられています。
曼荼羅のルーツは、古代インドで土壇と呼ばれる土に描かれたイラストとされています。土壇は説話(仏教の教えを広める会)の会場の目印であり舞台です。「壇」には、領域という意味があり、仏像などを安置し供物などを供えます。ちなみに日本では葬儀の祭壇のように、木製の壇が多く作られてきました。仏様が大集合している、ポピュラーな曼荼羅の絵は、布に描かれたものが始まりと言われています。
曼荼羅は密教の広がりとともに、アジア圏を中心に伝わっていきます。北はチベットから、南はスリランカまで、その他、東南アジア、中国などにも浸透していきます。
日本には、奈良時代に密教が、平安時代に曼荼羅が伝えられました。空海が初めて持ち込んだとされています。
曼荼羅の構造
曼荼羅は、時代によって描かれてきた内容が異なりますが、ベースは正方形や円で描かれています。図形の中で最も安定した形で繰り返し描きやすいこともあり、選ばれたようです。
よく目にする中後期密教の曼荼羅には、さまざまな菩薩や如来といった仏様が配置されています。アイドルグループのユニット編成ばりに種類があり、目立つ仏様やユニットの狙いもそれぞれ違います。以下は、主な構造の一例です。
大きく書かれた仏様を「中尊(ちゅうそん」)」と言います。信仰の中心になるもので、守護尊とも呼ばれます。AKB48のセンター的役割を果たし、常に目立つところにいます。曼荼羅はシンメトリーになることが多いので、中尊を核に、そのほかの仏様や、方形の城郭、円形の仏塔(お釈迦様のお墓のようなもの)が配置されます。東西南北には門があり、それぞれの門を守護するように4つの仏様が配置されることが多いです。
曼荼羅の絵は、内(中尊)から外に向かって、また、外から内に向かって見ていきます。日本密教では、前者を仏が衆生を救済する姿に例え、後者を衆生が仏になるために努力することに結び付けています。曼荼羅は難しくなりがちな密教の教えを分かりやすくしてくれます。
曼荼羅の種類(基本の4種と流派によるもの)
グレーの背景に木造の仏像
曼荼羅にはいくつかタイプがあり、国、時代、宗派によって絵柄が異なります。ここでは、基本の4種と、日本でみられる代表的な3つの曼荼羅を紹介します。
四種曼荼羅
日本に普及している真言密教には大きく4種の曼荼羅があり「四種曼荼羅」と呼ばれます。それぞれ描かれているモチーフ、意味合いが異なります。詳細は次の通りです。
①大曼荼羅
仏様(如来や菩薩)の姿をそのまま描いて、仏の世界を表現。すべての曼荼羅の基本。
②三味耶(さんまや)曼荼羅
仏様をシンボルに置き換えて描いたもの。阿弥陀如来は蓮華、宝生如来は宝など。衆生救済、慈愛に焦点が当てられている。
③法曼荼羅
すべての仏様が悟りに入った状態「禅定」で描かれている。文字で抽象的に書かれることが多い。仏教の真理、仏の智慧を表している。
④羯磨(かつま)曼荼羅
大日如来以外はすべて女尊で描かれている。羯磨とは、業(カルマ)、行為のこと。実際に行う供養に特化した曼荼羅。
この4種の曼荼羅に、一印、四印の曼荼羅を加えて基本の6種になることもあります。さらに、日本曼荼羅のパイオニア、弘法大使・空海が示した曼荼羅のとらえ方は上記ともまた違っています。知れば知るほど曼荼羅の世界は広く深く渦巻いていきます。
他にも、経典や流派などで呼び方の異なる曼荼羅があります。以下では、代表的なものを紹介します。
両界曼荼羅(りょうかいまんだら)
真言密教でよく用いられる曼荼羅です。以下で紹介する「胎蔵界曼荼羅(たいぞうかいまんだら)」と「金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)」を合わせたものを指します。2つの曼荼羅は、ルーツは違うものの、どちらも大日如来をテーマに描かれたものです。そのため、唐の僧によってまとめられ、悟りの世界である胎蔵界と、知恵の世界である金剛界の2つセットで紹介されるようになりました。
日本では掛け軸にまとめて描かれることが多いため、同じ壁面に飾られますが、正式には東西別々に飾ります。インドでは、西が正面となるように胎蔵界曼荼羅を、東が正面となるように金剛界曼荼羅を祀ります。
胎蔵界曼荼羅(たいぞうかいまんだら)
胎蔵界曼荼羅は、『大日経(だいにちきょう)』に基づいて悟りの世界そのものを表現したものです。大日経は、日本密教におけるもっとも重要な経典のひとつです。
「胎蔵(たいぞう)」は母親の胎内で子どもを守り育てるように、悟りの本質も育ち生まれてくる、という意味を持つ言葉です。
中央に描かれた赤い蓮の花、そしてその中に大日如来や菩薩が描かれているのが大きな特徴です。赤い蓮の花は人間の心臓をあらわしています。どんな人も仏になる素質を秘めており、大日如来の慈悲でその道が開かれることを絵に表したものです。
もともと胎蔵曼荼羅(たいぞうまんだら)と呼ばれていましたが、金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)と対にして扱われるようになると、呼応するように「界」が付けられ、胎蔵界曼荼羅という名が定着したと言われています。
金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)
金剛界曼荼羅は、経典『金剛頂経(こんごうちょうぎょう)』に基づいて、大日如来の智慧や道徳の世界を表現したものです。金剛は最も硬い金属、もしくはダイヤモンドを意味しており、大日如来の知恵がダイヤモンドのように堅固で、何ものにも屈しないことを示しています。
月輪を組み合わせた絵柄が特徴で、9つの曼荼羅を1つにまとめた構成であることから、「九会曼荼羅(くえまんだら)」の別名を持つことでも知られています。
曼荼羅は身近なところに
曼荼羅カラーセラピーで描かれた曼荼羅
曼荼羅はデザインの面白さなどから、仏教以外のものにも変容してきています。ここでは、私たちの生活の中にある曼荼羅を紹介します。
曼荼羅アート
曼荼羅が「大人の塗り絵」になって、話題を集めたことがあります。緻密さもさることながら、色を選んで塗っていく作業が自律神経を整えることから、最近ではカラーセラピーの要素も加わって親しまれています。
曼荼羅修行がアートとしても評価されているものがあります。「砂曼荼羅」です。その名の通り砂で描く曼荼羅アートは、チベットの僧侶らによっておよそ1週間かけて描かれたもの。無心に砂を落としていく作業は、精神を鍛えます。そして、1週間という時間をかけて作った美しい作品も、完成後にすぐに壊します。諸行無常の教えを体現しています。
1本の紐からできるケルティック・ノットも曼荼羅アートの1つと言えるかもしれません。1本の紐からできる模様には始まりと終わりがないため、「永遠」や「魂の循環」などの意味が込められています。これらの模様は、書物やローマ帝国の床や壁に使われているデザインで、円形や四角形が基本形です。
曼荼羅アクセサリー
最近はアクセサリーにも、曼荼羅の模様をよく見かけるようになりました。神秘的な魅力を秘める曼荼羅の世界観に惹かれ、ネックレスやピアス、ペンダントなどをハンドメイドする人も少なくないようです。
マンダラチャート
マンダラチャートは、曼荼羅のデザインを基に作られたビジネスやスポーツの目標設定シートです。まるバツゲームのように3×3の9マスを描き、真ん中に目標を、その周囲に手段や戦術を書いて、目標の達成を目指します。メジャーリーガーの大谷翔平選手が、高校生時代に使って二刀流のステップにしたことでも話題になりました。曼荼羅が日常生活に浸透しているトピックスのひとつです。
曼荼羅と向き合うと心の安定につながる
曼荼羅アートを体験する女性の手
曼荼羅の絵柄や文字には、ひとつひとつに意味があり、それぞれの世界観と救いの内容を表しています。お葬式や法要などで密教系のお寺を訪れたときにぜひ探してみてください。じっと見つめて手を合わせれば、心の安定につながることでしょう。
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2022.12.07 06:16