大空と雲

https://ameblo.jp/mindfulyuukiduke/entry-12577799479.html 【大空と雲】より

こんにちは!このブログにお立ち寄り頂き、有難うございます。

育児・仕事・人間関係に疲れたあなたの心を豊かで軽やかにする、アドラー心理学&マインドフルネスコーチ、ジュバ智子です。

昨日はいろいろと心が乱れる一日で、朝夕と瞑想の時間を取りました。

そして今日は久しぶりに陽が差したので、家のすぐ裏の林で歩行瞑想してきました。

空の青と草の緑が綺麗。私のブログの色彩イメージと同じ

座って静かに心を整えるのも大好きだけど、晴れた日に自然の中で歩行瞑想するのも

大好き。

じっくりと心と向き合うことと、大きなものに包まれているような、無限の広がりを感じること、どちらも同じくらい大切。

私は空が大きく広がっているところにいるのが好き。青空に、雲が散らばっていれば、もっといい。

悩み、苦しみ、怒り、悲しみ、それは全部流れ、形を変えていく雲で、そんな雲を丸ごと包んでくれる空が私。今日の空はまさにそんな空。

どんなに木が立ちふさがっていても、よく見ればその向こうには大空が広がっています。

ちょっと冷たい風を感じながら、右足、左足、右足、左足、足裏が地面を蹴っていく感覚を感じつつ、15分ほど歩き、休憩しながら鳥の声や風の音に聴き入り、空を見上げてしばらく呼吸を感じたら、また歩き始める。

小一時間歩いたら、心はスッキリ。帰り際に撮った一枚

マインドフルネスと出会うことができて本当に幸せだと感じた午後でした。


https://ameblo.jp/shiko-kankaku/entry-12595304924.html 【私は空で、思考は雲。】より

思考や感情は、私という広い空に浮かんでは消えていく雲のようなもの。

マインドフルネスや瞑想の世界で、たまに使われる表現です。この表現って、わかるような、わからないような……という人のために、詳しく説明してみますね。

まず「私は空」という表現ですが、これは、私は特定の形を持った個体のようなものではない。その私の中で、いろいろなモノ、思考や感情が現れたり、消えたりする。ということです。

私というものはコレコレこういうものです、とハッキリ示すことはできません。

例えば「私は会社員です」と言ったとしましょう。しかし、「会社員」というのは、私ではなくて、私の職業です。正確に言うと「私の職業は会社員です」となります。

「私は枡田智です」と言ったとします。これも正確に言うと、「私の名前は枡田智です」になります。名前が枡田智なのであって、私が枡田智なのではありません。

私の体はどうでしょうか? 私の体は私でしょうか?

私の体、ということは、私がこの体を所有している、ということになります。

この時、あくまでも体は所有される対象です。

では、体を所有している「私」って誰なんでしょう?所有される対象ではなくて、所有している主体は誰なんでしょう?よく考えてみてください。それは誰ですか?

……とまあ、こんなふうに考えてみると、私というものは、ハッキリとした形や言葉で定義できるものではない、ということがわかります。

私は、コレコレこういうものですよ、と言えたとしても、それは職業や名前、過去の記憶、人の評価などを元に、思考が作り出したイメージでしかありません。

それは、私ではなく、私の中に現れた思考です。私というのは、決まった形を持った存在ではありません。いうなれば、それは空間や場のようなものです。

自分の中にいくら私を探しても、見つかるものは、どれもこれも、私という空間の中に発生したイメージ、概念、思考、なんです。

さて、「思考は雲」という表現の方ですが、思考というものを、よくよく観察してみると、

自分が意図的に作っているというよりも、自動的に発生しているということがわかります。

マインドフルネス瞑想では、呼吸に意識を向けながら、思考が発生したらその思考に気づく、というトレーニングをやります。

この時、だいたいこんな感じになります。

スー、ハー、スー、ハー、(呼吸を感じている)

……昨日食べたラーメンおいしかったな。チャーシューが口の中でとろけて……ハッ! 思考が始まっている!(思考に気づく)

ハッ! の時点で、初めて自分の思考に気づいています。

それより前は、思考が始まっていることに、自分は気づいていないのです。

自分が気づいていない、ということは、自分が意図的に思考を初めているわけではない、ということです。

思考は、どこからともなく知らないうちに、湧き出ているんです。

思考は、過去の記憶やクセ、周囲の環境など、イロイロな条件が絡み合い、その結果、無意識に発生します。そして、しばらくすると消えていきます。それが「雲のようなものだ」と例えられるのです。

私は空で、思考は雲という表現は、実によくできた表現です。

よく、瞑想や仏教の世界では思考と私は別だと言いながら思考と私は分離していない

とも言います。これを聞くと、一見矛盾しているように思えます。

しかし、矛盾はしていないんです。

これが矛盾しているように聞こえるのは、「私」を決まった形のある個体のようなものだと考えるからです。

「私という形あるもの」と「他のもの」というふうに考えるからです。

私は形のないもの、空間のようなものと考えると、矛盾はしません。

私と思考は別だけど、分離はしてない、と言えます。

我々は、思考に限らず、ありとあらゆるモノとの関係を、形のある独立した私 vs 他のモノ

というように捉えます。

「独立した形ある個体としての私」を想定し、それと他のモノとの対立関係として、物事を捉えるクセがあります。

の捉え方は、正確ではありません。

架空の対立を作り出し、無用な苦しみを生み出してしまう可能性があります。

「私は空だ」とわかっていると、架空の対立がなくなり、無用な苦しみもなくなり、いろいろと楽になるかもしれませんよ。

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この一見怪しげなテーマを、スピリチュアル用語を一切使わずに、あいまいさを一切残さず、完璧に説明します。(波動とか宇宙エネルギーとか、そういった抽象的な言葉は一切使いません)


https://note.com/couple_kompeito/n/n9c02746e0c41 【マインドフルネス日記 | 不安な思考はまるで雲のように流してしまえ】より

マインドフルネス瞑想の勉強をしたときに教えてもらった思考についてのお話です。

たくさんのことが思い浮かんで不安になったり、何もできなくなる、そんなときに覚えておいたら心が楽になると思います。

思考とは

gooの国語辞書では

1 考えること。経験や知識をもとにあれこれと頭を働かせること。「思考を巡らす」「思考力が鈍る」

2 哲学で、広義には、人間の知的精神作用の総称。狭義には、感覚や表象の内容を概念化し、判断し、推理する知性の働きをいう。

3 心理学で、感覚や表象の内容を概念化し、判断し、推理する心の働きや機能をいう。

と記載があります。

思うこと、考えることと書くように、とにかく頭をつかった心の動きのように考えられます。

普段、仕事でも勉強でも頭を使うと疲れますよね。

しかし、この思考においては少し感情という部分も含まれているように思われます。

思考は行動も止める

あまりにもたくさんの考え事をしたとき、どんな現象が身体に起こるでしょうか。

たくさんの考え事と言うとマイナスなイメージが出てくるかもしれません。

なんらかの不安かもしれないし、緊張かもしれない。

楽しいこと(例えば明日遠足がある、友達と旅行に行くなど)があっても、興奮して寝れなくなったりします。

というように、思考は身体にダイレクトに伝わります。

先に書いた寝れなくなるのは、楽しくても不安があっても起こりえます。

お腹が痛くなることもあります。

わたしは心臓のあたりがドキドキします。

なにも悪いことを言われたわけでもないのに、悪いことが起こると妄想して緊張してしまうのです。

人によっては何も手につかなくなったり、反対に動きすぎて煩雑になってしまうこともあると思います。

考えることはすばらしいことですが、ときにマイナスに働いてしまうことがあるのです。

思考を雲にして流すやり方

そんなときどき起こりうる思考の渦も、マインドフルネスの先生がとてもいい解消方法を教えてくれました。

それは、思考は雲のようなものであるということです。

または、泡でもイメージがしやすいかもしれません。

落ち着こうと身体を休めても、考え事が止まらないとまるで曇り空のように頭の中がクリアになりません。

しかし、思考とはまるで雲のようなもので変化するものです。

楽しいも悲しいも、空にふわりと洗われて、そして形を変えて雨を降らせます。

もし目を閉じて心を落ち着かせようとしたとき、何かを思い出してしまったり、何か感情が沸いてきたら、その雲にラベルを貼って流すとよいということなのです。

もしかしたら泡のほうがわかりやすいかもしれません。

浮かび上がっては消えてしまう泡のように、もし思考が浮かび上がったらぽんとはじけさせます。

それをイメージすることに集中するのです。

ひとによってはたくさんの思考が浮かび上がってしまうかもしれません。

でもそれを良いも悪いもジャッジせず、ただただその雲や泡を眺めて見守るだけでいいのです。

実際にやってみたのですが、これが結構いいのです!

座り方は楽なものでOKで、なるべく静かなところで呼吸をして自分を落ち着かせます。

すると、フロー(スポーツでよく聞くゾーン)に入ろうとするのですが、いろいろ思い出してしまい、集中できないことがあります。

例えばこんな思考が浮かんだら、ラベルを貼って雲のように流すイメージをつくります。

洗濯物乾いたかな→洗濯物ラベルを貼って流す

明日のプレゼン緊張するな→プレゼンのラベルを貼って流す

電車に乗りたくないな→電車のラベルを貼って流す

なんだかわからないけど不安を感じる→不安というラベルを貼って流す

という感じです。

泡バージョンでもいいと思います。

するとだんだんと曇り空が青空に変わってくるのがわかります。

目を開けたときには頭がすっきりしている人もいるかもしれないし、心が穏やかになっている人もいるかもしれません。

もし、自分の心に曇りを感じたら5分でもいいので自分のために時間をつかってみてはいかがでしょうか。

コズミックホリステック医療・現代靈氣

コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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